初恋は繰り返す
ピカピカ。目の前が真っ白になり何も見えなくなる。
これで何度目だろうか。遠のく意識のなかで、深い穴の中に落ちていくような不思議な感覚に襲われる。次こそは、次こそはと願いながら、記憶が遠のいていく。
もやがかかった視界がだんだんと晴れていき、目の前に広がる景色に懐かしさを感じる。やっと世界は元に戻ったんだ。
僕はついにやったのか。やり遂げたのか。遠くから歩いてくるフランス人形のように美しい彼女を見て僕はそう思った。
こぼれ落ちる涙を拭って、誰かの日常で溢れてるこの世界に僕も同化する。車や自転車、誰かの会話、風が吹く音。煩雑な音が心地良く感じる。
艶やかな髪、色素の薄い肌の色、白いのニットに纏われた彼女の姿は天使と見紛うほどに美しかった。一歩一歩近づいてくる彼女に僕の心は奪われる。
今日で最後の一目惚れか。
そんなことを思った。もちろん彼女は僕のことを知らないが、あの時と同じように、勇気を振り絞って声をかけた。
「ありがとう嬉しいわ」
そう言った彼女の目を見て胸が熱くなる。美人なんて言葉は特別じゃなくなるほど言われてきたと思うが、彼女は頬を赤らめてつづける。
「今日は悲しいことがあったから誰かといたい気分だったの。そこの通りのカフェに行くつもりだったから一緒に行きましょ」
僕はこの言葉を知っていた。何故彼女が悲しい気分なのか、カフェの場所も彼女がカプチーノを頼むってことも全部知っている。何度聞こうが彼女の声を聞くだけで鼓動のリズムが早まっているのが胸に手を当てなくてもわかる。
安堵のせいか、涙が溢れ出て止まらない。長かった。ほんとに長かった。やっと君といられる平和な世界に辿り着いたんだ。 君は何も知らないだろうけれど。
少し困惑した顔でこちらを見ている彼女に、僕は言った。
『一目惚れしちゃいました。』
彼女は涙の理由も聞かずに「私もです」とだけ言って微笑んだ。
通り過ぎていく人達の視線も気にせず僕は彼女抱きしめると、優しく包み込むように抱きしめ返してくれた。
幸せにつつまれ、日常世界から切り離された静寂な世界を一つの電子音が切り裂いた。
「PayPay♪」
音のない世界に煩雑な音たちが蘇る。
「ごめんなさい。痴漢対策で近づいてきた相手から500円送金される仕組みになってるの」
困惑している僕に恥ずかしそうに彼女はそう言った。
500円送金済みと表示された携帯を見て、500円なら安いもんだな。まぁ、この未来は変えは必要ないかと思ってもう一度彼女を抱きしめる。
「PayPay♪」