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お兄様の愛

「ロザリー!ロザリー!」

 愛称で呼びながら、お茶を飲んでいたロザリーヌ達の元へ走って来たのはフィリップ王太子である。


 その場にいたキャシー、他のメイド、リリアも驚いてティーカップ片手に時が止まる。愛称で呼ぶことなど滅多になかったのだ。


 さらにフィリップは立ち上がったロザリーヌをぎゅっと抱きしめた。小さく華奢なロザリーヌはフィリップにすっぽりと包まれる。


「危ない目にあったんだな。大丈夫か、私は間違っていたようだ。ロザリー、君はここに居なさい」


「お お兄様」

(お兄様……リリアが凄い顔してますけど、なんで、なんで急にこうなった……私、悪い妹なんじゃ?!)


「ロザリー、まだ話がある。付いて来なさい」

 フィリップは皆を置いて自室にロザリーヌを連れて行く。


 カチャと扉が閉まる。緊張するロザリーヌに目尻を下げ優しい顔で口を開くフィリップ。


「ひとつだけ聞かせてくれ、ロザリー」


「はい お兄様」


「今まで、リリアに嫌がらせをして来たのはどうしてだ?今となっては人が変わったようだが」


 そりゃそうである。本当に人が変わったのだから。


「そ それは……きっとお兄様を取られたくなかったのです。ご ごめんなさい」


 とオリジナルのロザリーヌの心情を思い描き、苦し紛れの言い訳を述べた。

 確かに小さな嫌がらせで、今回のリリアほどの酷いことはしていない。命に関わるようなことはしていないのだ。オリジナルのロザリーヌであればまさに、これから毒を盛り浮気をでっち上げるだろうが。


 それを聞いて、フィリップはまたロザリーヌを抱きしめる。苦し紛れとはいえ、可愛らしい理由である。


「かわいい妹よ。ロザリー、お前はかわいい。この兄をお前から誰も奪ったりはしない。心配するな。」


 と、一旦後ろに下がったフィリップが両手を広げる。


「最近全くしないだろう。私が避けてしまったから。さあ!飛び込んでおいでお兄様に」


(え……なに)


 フィリップを溺愛していたオリジナルのロザリーヌは何度拒絶されようが毎度フィリップに駆け寄りジャンプし飛びつき抱っこされるようなハグをしていたのだ。


 それは小説で書かれている。


 ハッと気づいたロザリーヌは、仕方なく少し助走をつけてフィリップめがけて飛びついた。

 両足でフィリップを挟み、なんとも恥ずかしい格好である。

(あああ……これは完全にシスコンブラコン状態じゃない。だけど……温かい 温かさが身にしみる……)


 ぬくもりに溺れ、忘れてはならないのだ。血の繋がりのない兄妹であることを。


「お お兄様。リリアが勘違いしますし、これからは え 遠慮します」

「何を……遠慮なんていらない。お前は私の大事な妹だ。もう危険な目には合わせない。ずっと私の元にいればいい」

「…………」


(襲撃されたから?なんで急にこんなに愛が強いの……)


 何はともあれ兄フィリップの中でロザリーヌは悪役王女ではなくなったようである。ただずっと兄の元になど居たならば一生独身コースであろう。



 コンコンコン


「フィリップ様 リリア様がお見えでございます。」


「あとにしてくれ」


 リリアはあからさまに苛立ってその場を立ち去った。

 ヒールの踵をカチンと鳴らした音が鳴り響いた。



「ロザリー 何か欲しいものはあるか?行きたい場所はあるか?」


「王都へ行きたいです。街を見たいです。」

 オリジナルのロザリーヌなら、高価な宝飾品か舞踏会を開けなどと言ったはず、王都の視察など全く興味を持たなかったのだ。


「では、早速明日行くとしよう。」

「あの、お兄様 リリアも一緒に行きましょう。シモン王子もお連れして。」

「そうだな。皆で行けば話も弾む。」


 すっかりご機嫌なフィリップ、堅物だが単純で鵜呑み体質なのかも知れない。

 フィリップはシモンから聞いた話も、ダミアンから聞いた話も胸の奥底にしまう事にしたのだ。

 王の耳に入れば全てがひっくり返る。リリアを吊るし上げる気はない。ロザリーヌを自分が守れば問題はないと決意した。


 だが、リリアへの愛情が冷めてゆくのは仕方がないのであった。


 片や真相も知らないロザリーヌは、リリアが気になる。彼女を不幸になどさせたくない、シナリオ通りフィリップと結婚して欲しいだけであった。



 ◇◇◇

 リリアの部屋


「フィリップ様がお見えです」


 ゆっくりと部屋へ入って来たフィリップ。

 そこにはいつも通り清楚でプリンセスという響きがぴったりなリリアが佇んでいる。ゆるく巻かれた髪にショコラブラウンの瞳を潤ませる。


「リリア 明日王都の視察へ参ろう。シモン王子もお連れしようと思う」

「それは良い考えですわ」

「それから、ロザリーヌはここに置く」

「はい。わ 私……勘違いをしてきたようです。これからは妹のように……ロザ」

「分かった。よろしく頼む」


 遮るように言葉を重ねたフィリップはリリアに触れることなく部屋をあとにした。


「……はあ」と深いため息を落としたリリアはその場に崩れるように座り込んだ。


(全部失敗……。あの顔は、全て知っているのね……そんな……どうして何も言わないの。どうして……。いっそのこと、ぶたれたほうが救われる……)

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