証人
「……もう少し、信憑性のある話をして頂きたいのですが」
代理人はメガネのブリッジを中指で押し上げながら立会人を見上げたが、立会人からは冷ややかな視線が返ってきた。
「今の話が信用出来ないと仰るか?」
「いかにも」
立会人から冷ややかな視線を送られながらも代理人は、それが当たり前であるかの様な態度は変えない。寧ろ実菜を馬鹿にしている様にも見えた。
「……で、あるか」
声を発したのは陛下であった。想定外の事であったのだろう。代理人はビクリと肩を揺らし、怯えた様子で陛下を見上げた。
「聖女の言は余のそれと同じ。それを信用出来ないと申すのであれば……それが分からぬお前ではあるまい?」
些か強引な道理ではあったが、実菜は陛下に庇われたのだと理解した。しかし、これでは脅しである。
「えっ……えっ?!お、恐れながら申し上げますっ!私は、決してそのようなつもりでは……」
そんなつもりでないなら何のつもりだったのだろうか。しかし、誰であっても些か信じられない内容である。実菜は、土下座する勢いで陛下と実菜へと頭を下げる代理人に同情に近い感情を抱いた。
「まぁ、よい。もう一人、証人が居る。その者の言を聞こうではないか」
そう言って陛下は立会人に目配せをすると、立会人は神妙に頷いた。
「では、クジョウシズカ。あなたがこの件に関して知り得た事を話して下さい」
「はいっ!!」
静加は飛び上がる様にして立ち上がると、元気良く証言台に立ち、その勢いに引き気味の立会人に向かって元気良く宣誓した。
「先ずは、お見せしたい物があります。それは……あ、ちょっと待ってね……これです!!」
静加はローブの中で、もぞもぞと少々もたついたが「ジャーン!」と、中から取り出した物を天高く掲げた。凄く楽しそうである。
「あー……証人。それは何ですか?」
立会人は静加の勢いに慣れたのか、至って冷静な問い掛けをした。
「小瓶です!」
それはセシルが修復したあの小瓶であった。静加が小瓶を掲げた状態でその小瓶を振って見せると、中に入った透明な液体がちゃぷちゃぷと揺れた。
「……それは、分かります」
立会人は「私が聞いているのはそういう事ではない」という視線を静加に向けた。
「まさか、それが被告人の使った毒だとでも?」
代理人がメガネを押し上げながら、前のめりでその小瓶を見つめ思わず呟いたが、勝手に発言してはいけない決まりらしく、大袈裟な程ハッとして口を噤んだ。
「ハハハ!まさか!!あの瓶は割った上で埋めたんだぞ!それは、偽物だ。これは証拠品の捏造だろ?!」
「え?」
勝ち誇った様子で笑うミハイルに、代理人が驚きの表情で振り返るとミハイルも又「え?」と、代理人を見返した。代理人が何故驚いているのか、理解していないらしい。
立会人は訝しげな視線をミハイルに送るが、陛下は表情を変えずにミハイルを見つめていた。
静加は「むふ」という含み笑いが漏れ聞こえてきそうな程の満面の笑みを湛えていた。物凄く楽しそうである。
「私、これは小瓶だとしか言ってないわよー!」
そう言いながら静加がミハイルに向かって小瓶を振って見せた事でミハイルは自分の失言に気付いたが、後の祭りである。代理人はすっかり青い顔になり、ミハイルを呆然と見つめていた。
「きゃははっ!こんな簡単にボロを出してくれるなんて思わなかったわ!!」
「証人は、はしゃがないで下さい!!」
小瓶を掲げたまま、その場でくるくるとターンを決めている静加に、見るに見兼ねた立会人が「コン、コンッ!!」と、木槌を叩いた。
証人が証言中に窘められる事もあるらしい。
代理人などはそれどころではないのだろう。両手で顔を覆い、俯いてしまっていた。
「えーと……この形の瓶は珍しいらしいです。被告人の今の反応を見て頂けたのであれば……」
「異議あり!!……証人は妄りに審理を混乱させようとしています!」
踊るのを止めて話し始めた静加を、いつの間にか立ち直っていた代理人が遮った。決して混乱させているようには見えないが、立会人は陛下を窺うように見上げた。
陛下は片眉を上げ、静加と代理人、ミハイルを順に見やると、立会人に向かって頷いた。どこか楽しんでいる様な表情にも見える。実菜は違和感を覚えていた。
今の流れで十分じゃないのかしら。これ以上、何を証明すれば良いのよ。
「あー……異議を認めます。証人は、はしゃがずに証言して下さい」
いや、いや。代理人の異議は静加の踊りではないだろう。
実菜は安っぽい喜劇を観ている様な気分になっていた。
「はい……では、折角ですからもう一人の証人に来てもらっても宜しいでしょうか?」
静加は急に真面目な口調になり、陛下を見上げた。
「ほう……証人とな?許可しよう。連れて参れ」
陛下の許可が下りたのを確認すると立会人が静加に向かって頷いた。
「はい。では……良いわよー!!入ってー!」
静加が実菜が入って来た扉に向かって大声で呼び掛けると、静かに扉が開いた。
実菜はもう一人証人がいる事など初耳である。誰かしら、と扉の方を見つめていると、入って来たのは黒いローブを身に纏い、顔を隠す様にフードを深く被った小柄な者であった。
引き摺る程の長いローブであったが、歩く度に裾からパンプスの先が見える。どうやら女性の様だ。
その女性が証言台に向かうその途中。実菜に向かって頭を下げた。その時に見えた女性のニヤリと上がった口角に、実菜はぎょっと目をむいた。
「ちょ、ちょっと……」
「実菜、静粛に!」
「いや、だって……」
思わず立ち上がりかけた実菜を、黒いローブの証人と入れ替わる様にして戻って来た静加が「いいから!」と、椅子へと押し戻した。
「では、証人。フードを取って名前を言って下さい」
二人の押し問答を余所に審理は進行していく。立会人に言われ、女性はフードを外すとウェーブのかかった金髪をローブの上になびかせた。
「ソフィア……生きていた頃はソフィア·グランデと呼ばれておりましたわ」
女性はそう言うと、立会人に向けてにこりと小首を傾げた。
そう、証人として現れたのは、成仏したはずのソフィア……ではなく。
「なんで……メイメイが?」
「しっ!!静粛にって言ってるじゃないの!」
静加に肘で小突かれた。二人がコソコソとしていると「ガタンッ」と大きな音が響き、見るとミハイルが勢い良く立ち上がったのか、椅子が倒れていた。
「動くな!!」
証言台に近付こうとするミハイルの後ろ手に繋がれているロープを衛兵が勢い良く引き戻し、その勢いでゴロンとミハイルも倒れた。
「ソフィア!!助かったよ!皆に話してくれ。俺は何も悪い事はしていないって」
「被告人は静粛に!!」
倒れたまま叫ぶミハイルに、立会人は木槌を勢い良く叩いた。そしてソフィアをじっと見つめた。
「ソフィア·グランデ。あなたは亡くなっていると聞いておりましたが?」
「はい。しかし、真実を伝えるべく、こうして亡霊となってここに参りました」
今まで死者が証言台に立つ事などあったのだろうか。いや、ないのだろう。立会人は陛下を窺っていた。
「……話を聞こう」
暫しの沈黙の後そう言うと、陛下は肘掛けに肘を付き、額に手を当て見透かす様な視線をソフィアに向けていた。
「では、ソフィア。宣誓を」
死人であってもそこは決まりらしい。立会人は宣誓を要求した。
「私、ソフィア·グランデは偽りなく証言する事を誓います」
いや、いや、いや。秒で偽りしかないんですけどっ?!これ、バレた時、私達にも罰があったりするやつじゃないの?!
瓢箪と宣誓するソフィアに実菜は焦って隣の静加を見るが、彼女は相変わらず楽しそうにしているだけであった。
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