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聖女として召喚されたので、期待に応えてみた結果  作者: 珠音


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横着すると後悔することがあるらしい

「この国に科捜研があったらな〜」


ミハイルの審判の日、当日の午前中。作業台で作業するロイドを頬杖をついて見守りながら実菜が呟くと、ロイドが作業を止め顔を上げた。


「カソウケン?……それは、何かの技の名前ですか?」


確かに、いかにもありそうな響きだが、違う。実菜は口を尖らせた。

実菜がこんな言葉を呟いたのは勿論、今日の審判での証拠品である小瓶の鑑定が出来たらと思っての事であったが、ロイドにとっては未知の言葉であった。


「それより、今日の正午でしたよね。シズカさんはもう審判棟に行ってますけど、聖女様はまだ行かなくて良いのですか?」


静加は打ち合わせがあるとかで、そそくさと先に出て行ってしまっている。

ハッとロイドが焦った様子で時計に視線を向けた事でつられて時計を見ると、時計の針は11時を指していた。


「11時半に来るように言われているから大丈夫よ」


何しろ王宮の敷地は広い。審判の棟は裏手にあり、今いる研究室からは普通に歩くと15分程かかるが、今から向かえば少し早いくらいだ。実菜はのんびり構えていた。


「……聖女様、あの時計が15分遅れているのはご存知ですか?」


急ぐ様子のない実菜に、ロイドが恐る恐る上目使いで確認すると実菜が弾かれるように立ち上がった。「ガタンッ」と勢い良く椅子が倒れ、何事かと注目を集めたが今はそれどころではない。


「えっ、何それ!!知らないんだけど!!何で誰も直さないのよ!!」


しかし、愚痴っている場合ではない。実菜は急いで審判の棟へと向かった。とは言ってもまだ十分間に合う時間ではあるのだが「そんな時に限って」という事はよくある話であった。

実菜は道に迷ったのである。


「おかしいわね。この棟で良いはずなんだけど」


いくつか並ぶ棟の一番大きい建物だと聞いていた。見る限りでは一番大きな建物に入ったのだが、中はあちこちに階段があり、それがどこに向かっているのか分からない。さながら迷路の様であった。


「こんな事なら横着しないで下見に来れば良かったわ」


後悔先に立たずである。しかし、人に聞こうにも人っ子一人見当たらない。もう既に階段を上がったり下ったりを繰り返していたが、闇雲に歩いてこの建物から出られなくなっても困る。


「この棟ではないのかしら……それにしても、衛兵の一人や二人、居てくれても良いじゃない」


若干の息切れを起こし、愚痴をこぼしながら実菜は人気がないか周囲を窺った。どこを見ても同じ様な階段と廊下が続いている。


「何だかこの廊下、永遠に続いてる様な感じさえしてくるわね。まさか、異世界に迷い込んだとか?!……いや、でも私は今、異世界にいる訳で、異世界からの異世界という事は……一周回って元の世界?!」


ぶつぶつと現実逃避とも思える独り言を呟きながら、手近に見えて来た扉を開けようとした時、その扉が勢い良く開いた。


「ふぎゃっ?!」


「あ、すまん!人がいると思わなくて……って、あれ?ミナさん?」


扉と顔面の激突を、すんでのところで阻止した実菜は中から出て来た人物に声を掛けられ見上げると、目を丸くして佇んでいるリュートと目が合った。


「……あれ?今日出勤してたの?ここで何してるの?」


魔導具を担当している彼がこんな所で何をしているのか。しかも今日は休みだった気がしたが。実菜は急いでいる事も忘れ、首を傾げた。


「それより、時間大丈夫ですか?聖女様とはいえ、流石に遅刻は不味いのでは?」


リュートは自分の懐中時計を懐から出すと、実菜に向けて見せた。針は11時半を指している。


「ぎゃっ!!やばっ!!……ねぇ、リュート。この建物、変じゃない?ずっと同じ所をぐるぐる回ってる気がするんだけど」


実菜の半泣き状態を見て、リュートは事態を把握した。


「ああ……この建物は罪人も入るでしょ?だから脱走防止で迷路みたいにしてあるんですよ。外に衛兵がいなかったですか?」


いたら今ここで困ってはいない。実菜は恨めしそうな顔をリュートに向けた。その表情で十分伝わった様だ。


「あはは……そうか。丁度、交代の時間だったのかな?……そこの階段をずっと一番下まで下りて行けば大丈夫ですよ」


リュートは自分がもと来た廊下を振り返ると、その先の階段を指さした。扉の向こうが廊下とは実菜は思いもしなかったが、リュートはどうやら案内する気はなさそうだ。しかし、贅沢は言っていられない。実菜はリュートへの挨拶もそこそこに、階下へと走った。




「遅ぉーい」


一番下まで下りた所にあった扉をそっと開き中を覗くと、それに目ざとく気付いた静加の間延びした声が響き、実菜へと注目が集まった。とは言っても中に居たのは静加と、見た事のない年配の男性が一人だったが。



うぐっ。静加め、恥ずかしいじゃないのよ。



実菜は、その見知らぬ男性に向けてぺこぺこと頭を下げながら入室すると、足早に中央のベンチに座る静加の隣へと並んで座った。

改めてその部屋を見渡すと、すり鉢状になっていて天井はかなり高く、後ろの席でも前方が見渡せる設計でベンチが置かれている。正面には証言台が置かれ、その向こうには一段高い壇上があり、そこに男性が座っていた。この男性が立会人だろうか。


「さて、では聖女様もいらした事ですし、少し早いですが始めましょうか。

あ、そうそう。その前に……本来であれば聖女様には陛下と同じ壇上にいらして頂くところですが、今回は証人という事ですのでそちらにお座り頂く事をお許し下さい」


実菜は「何だ、早いんじゃないの」と思っていたが、後に続いた立会人の言葉にハッと顔を上げた。見れば男性の座る壇上より更に高い、二階に当たる場所にも席が用意されている。恐らくそこに陛下が座るのだろう。



そういえば、すっかり忘れてたけど……私ってばそういう立場だったんだっけ?!

ひぃ〜!良かったわ証人で。あんな所に座るなんて恐れ多くて出来ないわよ。



「……では、被告人ミハイル。入りなさい」


実菜の動揺など知る由もなく、立会人は淡々と進行していく。

立会人の合図で、実菜が入って来た扉とは反対側の扉から後ろ手に拘束されたミハイルが衛兵に伴われて入って来た。一緒に入って来た衛兵とは別の、メガネを掛けた神経質そうな男性が代理人なのだろう。

ミハイルは入って来ると、実菜たちに横顔を見せる形で座らされていた。


「では、陛下の御成になります。皆様、ご静粛に」


普段は穏やかな印象であるが、しかし陛下はやはり陛下であった。ゆっくりと登場すると神妙な空気が流れ、視線を向けられれば緊張が走る。


陛下の着座を確認すると、立会人は一呼吸置いてから徐ろに口を開く。


「これより、被告人ミハイルによるグランデ家三人の殺害容疑について審理を始める」


話の流れからグランデというのがソフィアの名字だという事が分かった。立会人の言葉にミハイルは顔色一つ変えずに無表情でいる。何を考えているのかは分からないが、魚の死んだような目とは裏腹にやたらと肌の色艶が良くなっているのが窺えた。

実菜の脳裏にはメイメイの『……生気が必要』という言葉が浮かんでいた。それを踏まえて考えるならば、ソフィアが成仏した事でミハイルは元気になっている。という事である。


「何だか、それって……」


思わず口をついて出たが、後半の「納得出来ないわ」という言葉は立会人に睨まれた事で飲み込んだ。


「ミハイル。お前に掛けられた容疑はソフィア·グランデ及びその祖父、祖母の殺害である。これについては証人もいるのだが、申し立てがあるそうだな……申してみよ」


立会人がそう言うと、ミハイルの隣に座っていた代理人が立ち上がった。


「彼は三人の死には関与していないと申しております。何故、自分に恋人殺害の容疑が掛かっているのか分からないと」


代理人は中指でメガネのブリッジを押さえて、実菜と静加を舐める様に見ながらそう言うと、立会人を見上げた。


「なるほど……では、証人である聖女様にお聞きしましょう。あなたの知っている事をお話し下さい」


突然話を振られた実菜がきょろきょろとしていると「いや、あなたが聞かれてるから」と、静加から小声でつっこまれた。


「だって……何を話せば良いのよ」


「見た事を話せば良いのよ」



いや、いや。見た事って言ったって……信じて貰えるとは思えないんですけどっ?!



死んだ人間の意識を見たなど誰が信じるだろうか。妄想だと言われて終わるのがオチである。実菜は目眩を感じていた。


「……聖女様?どうされました」


しかし、立会人は訝しげな視線を実菜へ向けて来る。仕方なく実菜は出来るだけゆっくりと立ち上がった。


「では、宣誓をお願いします」


実菜が立ち上がったところで立会人が謎の言葉を宣った。



宣誓……って、何っ?!



すっかり固まってしまった実菜に「私、神倉実菜は、偽りなく証言する事を誓います」と、静加が小声で囁く。


「私……神倉実菜は、偽りなく証言する事を誓います」


立会人はジト目で実菜と静加を交互に見やったが、黙礼すると「どうぞ」と、促した。



これじゃ、さ○や○女将ね……あは。



「えっと……先ず、ミハイルはソフィアの恋人ではありませんでした」


「はぁっ?!何を……」


「被告人は静粛に!!」


実菜が話し始めたところで、ミハイルが大声を上げ、立会人に窘められた。ミハイルは不服そうであったが、黙った事を確認すると立会人が「続けて」と、実菜を促した。


「はい。ミハイルはソフィアが交際を何度も断っているにも関わらず、自分とソフィアが恋人であると思い込むだけでなく纏わり付き、彼女が他の男性と話をしただけで暴力を振るう事もありました」


ミハイルはギリギリと歯軋りをしながら実菜を睨み付けている。その事に実菜は気付いたが、構わず続けた。


「それとミハイルは毎夜、勝手にソフィアの屋敷に忍び込み、ソフィアが寝ている隙に飲み物に毒を入れていました。ソフィアはミハイルに毒を盛られている事には気付いていませんでしたが、忍び込んでいる事には気付きました。その事にソフィアはかなりの恐怖を感じていました……以上です」


実菜は本当はミハイルにもっと怒りをぶつけてやりたい所であったが、感情的になりそうな気持ちを抑え、出来るだけ淡々と語った。


「なるほど……聖女様、あなたは今、まるで近くで見ていた様な、断言する物言いをされました。あなたとソフィア嬢が面識があったとは聞いていませんが、今の話は誰かから聞いた話ですか?」


「……いいえ、私は、相手に起こった出来事を見る事が出来ます。今、私が語った事はソフィアが私に見せてくれた……事実です」


何と言われようと、見たものは見たのだ。実菜は開き直っていた。

立会人は感情の読めない表情で「ふむ」と頷く。


「では、何故ミハイルは恋人だと言っていたソフィアに毒を盛ったのでしょうか。聖女様はその事については何か見ていらっしゃるのでしょうか?」


「ミハイルは……ベッドから起き上がる事が出来ないほど弱ったソフィアに『誰にも邪魔されない二人だけの世界が作れる』と言っていました。自分だけのものにする為に殺害したのではないでしょうか」


実菜も、こればかりは推測になってしまうが、ミハイルをちら見すると、彼は驚愕の表情で「何故それを」と呟いた気がした。


「なるほど……分かりました。有難うございます。お座り下さい」


立会人に言われ、実菜は静かに着席した。


「……という事ですが、何か異論はございますか?」


立会人は実菜が着席したのを確認すると、ミハイルの代理人に問い掛けた。


「異論も何も……この方の言っている事がよく分からないのですが……要は、実際に見た訳ではない。という事ですよね?」


代理人は神経質そうな顔を顰めて首を傾げるとメガネを押し上げた。



うん。分かってた、分かってたよ。そういう反応が返って来るだろう事はね。うん。



実菜は嘆息すると、肩を落とした。

お読み頂き有難う御座いました。

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