ロイド、断罪される?!
「但し、君は来なくて良し!」
翌日、第三魔導師団の研究室に難しい顔をしたセシルが現れると、仁王立ちでロイドを指さし高らかに宣言した。
あまりに突然の事に実菜を含め、打ち合わせをしていたリードや他の師団員たちも口をぽかんと開けて何事かと固まった。
ロイドだけは、セシルから自分が断罪されているかの様なこの雰囲気に青ざめていた。
「おい、おい。セシル、お前……突然来て何の話だ?いつも言ってるだろ、説明しろって」
いち早く金縛りの解けたリードが「いつもの事」といった雰囲気でそう言うと、既にセシルの言葉の内容には興味が無いようで、師団員との打ち合わせを続けた。
リードの言葉が合図だったのか、他の師団員たちも自分の作業に戻って行く。
セシルは、そんな周囲の雰囲気など気にする事もなく真っ直ぐ実菜とロイドのいる作業台へと歩み寄るときょろきょろと周りを見渡した。
「あれ……シズカは?」
「まだ来てないけど……それよりも、さっきのは何?」
明らかにロイドに向けて言っていたようだが思い当たる節がない。それはロイドも同じ様で絶望的な表情でセシルを見つめていた。
「ああ……ミハイルの審判の日が決まってね。ミナは証人として出廷してもらうけど……君は来なくて良し!!」
再びセシルは難しい顔でビシッとロイドを指さした。
審判……裁判とは違うのかしら?呼び方が違うだけ?
……でも、なんだそんな事か。てっきりロイドの就職が取り消しとか、そういう事かと思ったじゃない。紛らわしいわね。
昨日、何か悪い事をしてしまったのかと不安になっていたロイドもそれを聞いて安心したのか、背もたれに身体を預けて息を吐いた。
「……俺、もう仕事に来なくていいとか言われるのかと思いましたよ」
ロイドが安堵したついでにそう口にすると、セシルの片眉がぴくりと上がった。
「ほう……君は、そう言われる様な……何か不味い事でもしたのかな?」
セシルは訝しむ様なじっとりとした視線をロイドに向け、迫る様に顔を近付けた。
「え?い、いえ……そんな事は……あっ」
こんな状況下でも、ロイドは近付いて来たセシルの顔に頬を染めていたが、セシルの背後に迫る者に気付くとそちらに視線を向けた。
「話をそらすのかい?何をしたのか正直に……あだっっ!!」
尚も話し続けるセシルの頭に、背後に迫った者の会心の一撃、拳骨が落とされた。
「何をするっ!!……あ……シズカ」
鬼の形相で仁王立ちした静加がセシルを睨んでいた。
セシルは怒り任せに振り返ったのだが、相手が静加だと分かると、しゅんと小さくなり上目使いに静加を窺った。
「何をするはこっちの台詞よ!!本当、馬鹿みたい!……ロイド、セシルに何を言われたの?」
静加はセシルに一喝すると、ロイドに問いただした。
「あ、いや……別に、何も」
「今日、セシルが何か変なのよ。やたらとロイドに攻撃的な気がするんだけど、何かあったの?」
鬼の形相の静加も怖いのである。おろおろするだけのロイドに代わり、実菜が静加にそう返すと静加は大袈裟な溜め息を吐いた。
「もう!いい加減にしなさいよ!子供に嫉妬なんて、みっともない!子供相手に浮気なんてする訳ないでしょうがっ!!」
静加がセシルに向かって怒鳴りつけると、更にセシルは身体を縮こませたが口を尖らせている。不服の様だ。
「でも……今だって、コイツ……僕の話に顔を赤くしてさ……怪しいじゃないか」
それは、ロイドがあなたのファンだからです。
この事態のしょうもない理由に、実菜は知らず地蔵の様な顔でこの場を見守っていた。が、見守るつもりはない者もいる。不意にセシルと静加の首根っこが掴まれた。
「いい加減にするのはお前らだ。夫婦喧嘩は家でやってくれ」
リードであった。二人の喧嘩に他の師団員たちが耳を澄ませる事に集中してしまう。これでは仕事にならない。
「えっ?私までっ?!」
「シズカ……お前の声が一番大きい」
と、いう訳で二人はリードによって、ぽいぽいっと研究室の外に放り出された。
きょとーんとした数秒の沈黙の後、研究室は爆笑の渦に包まれた。リードが一喝するが、なかなか収まる気配がない。
「お前も大変だな」
ロイドは半笑いの師団員に肩を叩かれ、曖昧な笑みを返すと複雑な表情で実菜を振り返った。
「何が誤解を招いたのでしょうか?」
誤解とは静加との浮気の件の事だろうが、そんな事を聞かれても実菜にだって分かりはしない。首を傾げた。
「ところでアイツは何しに来たんだ?」
まだ午前中だが、既に疲れた様子のリードが二人のもとへとやって来た。
「昨日の……件で審判の日が決まったって……あ!結局、いつなのか聞いてないわ」
「ああ、あの幽霊屋敷の件ね。アイツ……いつだったかな、結構早かったと思ったけど」
「えーと」と、言いながらメモ帳をめくる。報告があったのだろうか、リードは知っているようだった。
「俺が伝えれば良かったんだな……ああ、これは強引にねじ込んだな。五日後の正午だ」
「ねぇ、リード。この国では騎士が刑を決めて牢に入れたりするものなの?」
昨日のセシルの話では裁判のようなものは無さそうだったが、証人として出廷しろとはまるで裁判だ。
「は?全て陛下が審判を下しているけど?何でそんな事を聞くの」
実菜が昨日セシルから聞いた話をリードに話すとリードは頭を抱えた。
「そんな訳ないだろ……セシル、馬鹿を披露し過ぎだ。そんな無茶苦茶な事をしたら暴動が起こるだろうが」
ですよね〜。私もそう言ったんですよ?一応。
実菜はリードの言葉にうんうんと頷いた。
「まぁ、今までそういった報告、雑務は全てロイがしていただろうし、魔物を相手にする事の方が多かったからな。過程が分かってないんだよ」
聞けば、全ての事件は陛下に報告され、結果釈放されるなり、投獄されるなりの判決が下されるという至極当たり前といえば当たり前の話であった。
「まぁ……庶民の小さい傷害事件とかは話し合いで済ませる事も確かにあるからな。そう見えなくはないんだろ……しかし」
リードはそう言ってロイドを見やるとニヤッと口角を上げた。
「ロイド、お前は間違っても第一に移動しない方が良いぞ?お前は素直で真面目で頭が良いからな。そんな事になったら間違いなくロイと同じ立ち位置にされる」
リードは仕事を丸投げされるぞ。といったニュアンスで言ったつもりだったが、悲しいかなそれは伝わらなかったらしい。ロイドはポソっと「……セシル師団長の右腕」と呟き瞳を輝かせた。
「ロイさんとは師団長の右腕だった方ですよねっ?!」
リードの余計な一言でロイドに変な希望を抱かせてしまったかもしれない。いや、人の幸せは本人が決める事である。セシルに振り回される事に幸せを感じる人間もいるかもしれない。
実菜は地蔵の様な顔でロイドの将来を案じた。
「こんな所にいたのね」
研究室を放り出された静加は食堂で一人、お茶をしていた。お昼には少し早い時間という事もあり、他に人はおらず貸し切り状態だ。実菜もお茶だけ貰って静加の正面の席に腰を掛けた。
「あはは。公認だからサボりじゃないわよね?」
リードに放り出されたのだ。確かに自主的なサボりではない。
「ところで、何でセシルは有り得ない誤解をしてたの?」
実菜は軽い気持ちで聞いたのだが、静加の様子が明らかに不機嫌に変わる。これは、思い出し怒りか。
「知らないわよ、あの馬鹿!私のロイドに対する接し方が親しそうだ。とか何とか。優しいとか何とか。当たり前じゃない!相手は子供なんだから!!最初は私も面白がってたけど、いい加減しつこいのよ!!」
静加は「ふーっ!」と鼻息荒く一息で捲し立てた。
……静加が優しい?
セシルはどの辺を見てそう感じたのだろうか。実菜は腕組みをして「うーん」と唸った。静加のロイドへの接し方を思い返してみたが、それらしい態度は思い出せない。単にセシルが嫉妬深いだけとも思えるが、しかし。
「……今まで第一魔導師団の師団員たちにどんな態度を取っていたの?」
そういえば実菜は、静加が師団員たちとどんな絡みをしていたのか殆ど知らないのであった。
「あ、そうだ。私と実菜は証人として出廷するらしいけど、ミハイルの審判が五日後だって聞いた?」
静加は、ふいっと視線を逸らすと180°話を変えた。どうやら思い当たる節があるらしい。
まあ、深く追求する内容でもない。実菜はそのまま話に乗っかることにした。
「……リードから聞いたわ。具体的に私は何をすれば良いのかは分からないけど」
セシルから証人として。と、言われたが何の証言をすれば良いのかは聞かされていない。
「立会人に聞かれた事に答えれば良いだけよ」
「……立会人?」
静加によれば、陛下が裁判長で立会人は裁判官兼検事みたいな感じだという。被告人であるミハイルにも弁護士みたいな立ち位置の代理人と呼ばれる人間がつくのだそうだ。
「今朝、その代理人に呼ばれてたんだけど、証拠があるのか確認されたわ」
静加は頬杖をついて嘆息した。
「証拠……無いわよね」
証拠品といえばセシルに直して貰った小瓶だが、元に戻ったとて中身は無いし、入っていたとしてもそれを使って殺人を犯したと証明するのは難しいのではないだろうか。しかし、ミハイルを無罪放免には絶対にしたくはない。
「まぁ……何とかなるでしょ」
軽い感じでそう言った静加の笑顔が悪そうに見えたのは気の所為だろうか。静加のこの雰囲気が何を意味するのか実菜は分かり兼ねた。
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