メイメイ、こき使われる
「ソフィア……ソフィア!!返事をしてくれ!どうしたんだ?!今の光りは何だ?!」
相変わらずミハイルは廊下で騒いでいる。実菜は廊下に顔を出して、そっとミハイルを窺った。
げっそりと痩けた頬に落ち窪んだ目。真実を知ってしまった今では憎らしい犯罪者の顔にしか見えなかったが、それにしても窶れ具合が酷い。
「……ソフィアに酷い事をしておいて、自分はのうのうと良い人ぶって生きているなんて」
「ふぉっふぉっ。あの男はそう長くはあるまい。死んだ人間を実体は無いとはいえ、意図的に生前の姿のままこの世に留めるなど……相当な生気が必要じゃからな」
思わず口にした実菜の肩をメイメイが宥めるように叩く。振り返るとメイメイは未だにソフィアの姿のままだった。
「……意図的に?」
「じゃあ、残り少ない人生を牢獄で過ごすって事になるのねぇ」
ベッドの方から静加の声がするのでロイドを介抱しているのかと思ったら、何故かベッドの下から静加が這い出しているところだった。
「牢獄で?……って、いうか、静加何しているのよ」
「おかまいなく〜」
静加は立ち上がると、パシパシと服についた埃を払う。
「じゃ、ロイドを起こしたら、ミハイルを連行してとっととずらかりましょうか」
まるで悪事を働いた者の物言いだが、丁度その時、ボーッとしていたロイドの焦点が合った。
「……あれっ?!俺、どうしたんでしたっけ?何でベッドに座ってるのでしょう?」
慌てて立ち上がりきょろきょろとするロイドに安心した実菜だったが、ハッとメイメイを振り返った。ここでまたソフィアの姿を見られたら元の木阿弥である。
「あ、メイメイ……そうだ、メイメイを探してたんですよね」
いつの間に变化したのか、とてとてとロイドの前を横切り、静加のナップサックに鼻を押し付けすんすんしている豆柴メイメイが目に入ると、ロイドは合点した様子で手を打った。どうやら記憶が曖昧であるらしい。
「ナップサックに入りたいのでしょうか?帰りは別にこのままで良いと思うのですが」
絶対にそういう事では無いと思うが、ナップサックには既にビスクドールが入っている。メイメイが入る余地が無いほど既に膨らんでいた。
「取り敢えずミハイルを連れて一旦戻るわよ」
静加は、よいしょっとナップサックを背負うと廊下のミハイルに向き合う。
「これからあなたを連行するわね。腕以外の拘束は解いてあげるけど、こう見えて私結構強いからね。痛い思いをするだけだから変な真似はしないように」
そう言いながら静加が手を払う仕草をすると、ミハイルの両腕が後ろ手に縛られるように動いた。
「え?おい、これはどういう事だよ?!」
「どうもこうもないわよ。あなた、まさか自分がお咎め無しだとでも思ってた?」
「ふざけるなよ!俺は何も悪い事はしてないぞ!」
彼には罪の意識は毛頭ないらしい。そう言うなりミハイルは階段に向かって走り出す。が、静加が手をピストルの様な形にし「バーン」と、些かふざけた調子で何かを発すると、階段手前でミハイルの足がもつれ、階段を転げ落ちた。
「……死んでないわよね?」
派手な音がした階段の下を覗くと、踊り場でミハイルが仰向けで気を失っていた。
「全く、手が焼けるわね……ねぇ!それよりさっきの技なんだけど、魔力を糸みたいにしてみたの。どう?」
「え……どうって言われても」
新作の技だったらしく、ドヤ顔の静加は実菜に感想を求めてくるが、第三者からしたらただミハイルが勝手に転んだようにしか見えないのである。実菜は返答に困った。しかし、これに食いついた者がいる。
「シズカさん!魔力の形を変えられるのですか?!それは、魔力量を変えるという事ですか?!」
若干、食い気味で興奮した様子のロイドは誰かを思わせた。
「いいえ、魔力量を変えたら弱くなるでしょ?だから、この場合は……」
「それは、今、話さなくちゃいけない事?!」
このままでは長くなりそうだ。ミハイルも目を覚ますかもしれない。嬉々として講釈を始めようとする静加を実菜は止めた。
「……ロイド、あれ出来る?物を浮かせる魔法」
静加は不満そうな顔をしていたが、ミハイルをちらりと見るとロイドを振り返った。
「物を浮かせる?」
「前にセシルが魔法陣を使って……魔物を移動させた事があったのよね」
「……魔法陣」
ロイドは少し考えてから「ああ!」と、声を上げた。
「あれを移動させたいのよ」
ロイドの反応に「出来る」と解釈した静加は踊り場のミハイルを指さした。
「なるほど……やってみます」
ロイドは踊り場に駆け下りると、懐からチョークを取り出し踊り場の床に魔法陣を描き出した。
「うーん……確か、これで良かったと思うのですが」
自信なさげにロイドは言ったが、魔法陣の上にミハイルを移動させ、魔法陣に手を置くと陣が赤く光り出しミハイルを乗せたまま浮き上がった。
「流石、飛び級ね」
「でも、俺の魔力だと浮かせる所までですね。移動するのは難しい」
「じゃ、手伝うわ」
静加が魔法陣に手を触れると、更に高く浮き上がる。今回の一件でロイドの静加に対する評価は爆上がりのようだ。ロイドが感嘆の声を漏らし小さく拍手した。
ミハイルをそのまま運び、玄関を出た所で静加が「あっ」と声を上げ、実菜を振り返る。
「そうだ。毒も押収しなくちゃいけないんだった。実菜、悪いけど探して来てくれない?」
「え、毒?……え、何それ?……え、どこにあるの?」
「証拠品。ミハイルがソフィアとそのお祖父さんとお祖母さんを殺した毒よ……裏庭に埋めたらしいんだけど……「捨てた」ではなく「埋めた」と言うからには何かに入っている状態だと思いたいのよね」
「ええっ?!ミハイルが殺した?!」
実菜とロイドの声が揃った。二人には初耳の話だった。
「……ソフィアは病気だったんじゃないの?」
実菜は徐々に弱っていくソフィアを意識の中で見ている。病気で亡くなったとしか思えなかった。
「徐々に弱っていく毒を盛られていたのよ」
その言葉に実菜は目を見張った。そう、まさに徐々に弱っていったのだ。という事は本当に毒殺されたという事か。実菜は改めてミハイルを睨み付けた。
「このストーカー野郎……許すまじ!!」
「うん。それは、分かるから。毒を探して来て」
「いや、だって、中身だけ捨ててたら見つけようがないじゃない。ミハイルを起こして聞いてよ」
「起きたら聞くから。それまで取り敢えず見て来てよ……メイメイ!一緒に行ってあげて」
突然、声を掛けられたメイメイは「何で?!」と、言わんばかりに勢い良く静加を見上げたが、静加に睨まれ「フンッ」と鼻を鳴らし、渋々といった感じで裏庭に向かって歩き出す。
「……本当にメイメイは頭が良いんですね。言葉が分かるみたいだ」
ロイドがぽつりと呟くと「頭が良い」に反応したのか、尻尾をふりふりし上機嫌で振り返った。
「あ、聖女様を待っているのではないですか?」
「……そうかもね」
言葉が分かるんだから、頭が良いもなにもないじゃない。実菜は何とも言えない気持ちでメイメイの後を追った。
庶民の屋敷だという事だが、比較的広いこの屋敷。裏庭も結構な広さだった。定期的に手入れはされてはいるらしいが、草茫々だ。実菜は絶望的な気持ちで庭を眺めた。
「ねぇ、メイメイ。埋めたって、どこだと思う?」
「そこまでは私も分からん」
最近の話であれば、掘った跡が分かり易いかもしれないが、見る限りではそんな場所は無い。
「えー、ほら、ここほれワンワンって、あるでしょ?」
「……何じゃそれは。そんなものはない」
この世界に花咲かじいさんはいないのか。と、仕方なく実菜は枯れ枝を拾うとそれで草をかき分けてみた。
「あの娘の話では瓶に入っとったそうじゃぞぇ」
「あの娘って、ソフィアの事?あの黒靄は喋れたの?」
実菜は人間の姿のソフィアの霊体にはお目にかかっていない。あの黒い靄を思い出していた。
「ミナと小僧が来る直前にあの姿になったんじゃ。それ以前に、お前さん達が最初に屋敷に入って来る前に私は中に入っておったからのぅ」
何かを思い出したのか、メイメイは「ふぉっふぉっ」と笑い出した。
「あの男……犬が屋敷の中に迷い込んだと思ったんじゃろうのぅ。慌てて追い払いに来たが、そこにお前さん達が来て……屋敷の外に隠れおったわぃ」
「あ……だから、扉が開いていたのね?!」
それにしても、扉を閉める事もせず逃げるとは相当焦っていたのだろう。
「お前さん達が出て行って、また戻って来たじゃろ?あの時の慌てぶり……ふぉっふぉっ」
メイメイは前足で地面をてしてしと叩く。彼女の中では相当面白い事らしい。
「あの男は玄関の所でお前さん達を止めて追い返す算段だったのじゃろうが……犬の姿を見せてやったら追い掛けて来ての……ふぉっふぉっ」
ああ……だから二階に上がった所で声を掛ける事になったのね。
「それにしても……メイメイ、あなたどこに隠れてそれを見てたのよ」
いくら小さい犬とはいえ、誰にも見つからずというのは難しい。
「私は何にでも化けられる。あまり、小さきものに化けるのは良しとしないんじゃが……時と場合によるんじゃ」
「小さき?蠅……とか?」
「あの娘はあの男がいないと、良く喋る」
何に化けたかは言いたくないようだ。実菜の問いには答えず話を変えたが、十中八九実菜の予想通りなのだろう。
「毒の入った瓶を見せられ、どうやって殺したのかを嬉々として語られたと言っておったのぅ……あの娘、相当な恨みを抱えておる様子じゃった」
そんな話をされて喜ぶとでも思ったのかしら。自分を殺した毒とか……ん?そういえば、ミハイルはソフィアの部屋の水差しに何かを入れていなかったかしら?
「……あ!あの瓶?!」
「ん?何じゃ?」
「ミハイルがソフィアの部屋の水差しの中に瓶に入ってた何かを入れてたのを見たのよ!」
ミハイルの手の平に収まる程度の大きさで、瓢箪を長細くしたような形の瓶だった。
「ほう?……して、それは今、何処に?」
「…………」
瓶の形状が分かったところで、現状が変わる訳ではなかった。
「……多分、探している物はあの瓶という事よね……どこにって、分かれば苦労しないのよ……あの瓶〜!!」
実菜はあの瓢箪瓶を強く思い出していた。と、視界の隅で蠢く何かを感じ、恐る恐るそちらを見やると地面から煙の様な、陽炎の様な物が立ち上っていた。
「うわっ!メイメイ、何あれ?!」
柵の下に置かれた大きめの石の下の地面からそれは出ているようだったが、メイメイには見えていないらしかった。
「あれとはどれじゃ?」
実菜が指さした方を見ながらメイメイは首を傾げていた。惚けている訳ではないらしい。しかし、実菜には見えている。実菜は恐る恐るその石に近付いた。
「この下に何かあるのかしら」
その石を動かそうと石に手を掛けた時、メイメイが「死体でも埋まっとるのかのぅ」と囁いた事で驚いた実菜が「ぎゃっ!!」と、そのまま勢い良く石を押し倒した。
「何じゃ?どうしたんじゃ?」
「どうしたじゃないわよ!脅かさないでよ……死体だなんて」
「ふぉっふぉっ。あの男一人でこの企てが出来たとは思えんからのぅ。可能性を言うたまでじゃ」
その仲間をここに埋めたとでも言いたいのだろうか。あのイカれた男ならやりかねない。
「……冗談じゃ!!この掘り返した跡を見よ!この小さな穴に人ひとり入る訳なかろうが?!」
固まってしまった実菜を見兼ねてか、メイメイは石と同じ大きさの範囲で掘り起こされたのであろう地面を前足でてしてしと叩いた。
「分かってるけど……メイメイが掘ってよ。犬の方がこういうの得意でしょ?」
「シズカといい、お前さんといい……私を何だと思っておるんじゃ」
「犬じゃないの?」
勝手に犬に化けているのはメイメイなのである。メイメイは「……仕方ないのぅ」と、溜め息を吐くと勢い良く土を掘り返した。その姿は正しく犬そのものであった。
ミハイルは大して深くに埋めた訳でもないらしい。すぐに埋められていた何かしらが出てきた。
「……割れてる」
ミハイルは瓶を粉々にして埋めたのだろうか。出てきたのは瓶だったであろう硝子の破片たちだった。
お読み頂き有難う御座いました。




