なにも浄化するのは瘴気だけとは限らない。再び
実菜の視点へと戻ります。
実菜は目の前の光景に絶句していた。
あまりに静加が戻って来るのが遅いので、静加に文句を言われる事を覚悟でロイドと屋敷の中へと戻って来たのだが。ミハイルはおかしな事を口走っているし、隠し部屋はあるし、そして何よりその部屋の中には得体の知れない物が浮いているしで言葉が出せずにいた。
静加はクラウドとは違うと言っているけど……確かに瘴気とは違う様な気もしなくもない……だけど……何じゃこりゃ?!
「取り敢えず、早く浄化してやってよ」
「簡単に言ってくれるじゃないの」
「だって、簡単でしょ?」
浄化など久しくしていない気がする。いきなりやれと言われても上手く出来るか不安があるのである。
「ふぅ」と、息を吐いたところで実菜は部屋の隅に佇む見覚えのない女性に気付いた。
「え?この女性は……?」
と、言いかけたところでその女性に違和感を覚え、まじまじと凝視した。
「あ……もしかして、メイメイ?……何、その姿」
実菜の言葉を耳にしたロイドはきょろきょろと部屋の中を見渡した。
「え?……そういえばメイメイはどこに行っちゃったのでしょうね」
ロイドはそう言ってから実菜に近付き、囁やいた。
「聖女様……ところで、そちらの女性はどなたでしょうか?」
「わ、分からないわ。誰かしらね」
実菜にもメイメイが何故この姿をしているのか分からないが、何より目の前の女性がメイメイだと伝えるのはややこしい。とぼけるしかなかった。
メイメイはというと、この状況を楽しんでいるようで含み笑いで様子を眺めていた。
「ねぇ……早くしてってば」
静加のイライラした声がして、見ると苛立ちを隠す事も無く怖い顔をして仁王立ちしていた。
「さ、今から聖女様が浄化のお手本を見せてくれるからしっかり見てましょうね」
「……聖女様の浄化」
静加は嫌味の如くそう言ってロイドを促すと、二人してこれまた嫌味の如くじっと実菜に注目した。謎の女性に化けたメイメイもニヤニヤとしながら実菜を見つめている。
う……凄く、やり難い……特にロイドの期待の籠もった瞳が……失敗出来ないじゃない。
「じゃ、準備が出来たら言ってね。アレを開放するから」
「え?あ、そうなの?」
だから不自然にぐるぐるしてるのか。じゃあ、もう面倒臭いから部屋全体を浄化しちゃえば良いかしら。
実菜は先程までの緊張は何処へやら、胸の前で手を合わせると勢い良く大きな光りを作り出した。
「もう良いわよ」
「はいはい……ほら、やっぱり簡単じゃない」
静加がひょいと何かを払う仕草をすると、その途端、待ってましたとばかりに悪霊ソフィアが勢い良く飛び出す。しかし、実菜によって作られた浄化の光りに包まれると、その勢いは減速し、ぷかぷかと漂う様に停止した。
「……凄い」
ロイドが啞然とした様子で呟いているが、今は無視だ。実菜の中に悪霊ソフィアの意識が流れ込んで来た。
『あなたとのお付き合いはお断りしたはずです!家にまで来ないで下さる?!』
『そんな照れなくて良いのに……ちゃんと分かっているから、そういうのはいいよ』
ソフィアとミハイルがこの屋敷の玄関で言い合いをしている。見る限り話が噛み合っていない。ソフィアはかなり憤慨している様子だ。
メイメイが化けている女性にそっくりだわ。もしかして、この女性がソフィア?
でも何でメイメイはソフィアに化けているのかしら。
……あれ?という事は、あの得体の知れない物は……ソフィア?一体、何がどうなっているの?!
状況は全く飲み込めていないが、場面は人通りの無い林の中の小道へと変わっていた。バチンッと何かを叩く音が響く。
『何するんですっ?!……それよりも、後をつけて来ないで下さるっ?!』
ソフィアが震える声で叫ぶ。
『君が他の男と話していたのが悪いんじゃないか。俺という恋人がいるのに』
ミハイルがソフィアを叩いた音だった様だ。手で押さえたソフィアの頬が赤くなっている。
『あなたと私は何の関係もありませんわ!!』
『悪い事をしたから教えてあげてるのに……拗ねてそんな事を言うなんて……わからず屋だな、君は』
ミハイルがソフィアの髪を掴み引き寄せると、顔だけでなく腕や背中をバシバシと叩く音が響く。
『やめてっ!!』
『教えてもらえる事を泣いて喜んでくれるなんて、俺も教え甲斐があるよ』
倒れ込んだソフィアが手元にあった石を恍惚の表情をしているミハイルの顔に投げつけた。一瞬怯んだ隙きをつきソフィアはミハイルから逃れ、走り去って行く。
ソフィアから流れ込む意識を感じながら実菜は戦慄していた。
……どういう事?相思相愛の純愛物語ではなかったの?!
これが現実にあった事なら、ミハイルは……ストーカー……だった?それも、少し……いや、かなりヤバい奴。
どう考えても、恋人同士のやり取りには程遠い。そして場面は再び屋敷に戻る。しかし夜だ。ソフィアはベッドで寝ているが部屋の隅に人影が佇んでいた。ミハイルだった。ミハイルはそっとポケットから小瓶を取り出すと水差しにその小瓶の中身を流し込んだ。
その気配にソフィアが目を覚ます。
『あなた……何で……』
『ああ、今日は起こしてしまったね』
『……今日は?』
『安心して。俺が毎日、君の寝顔を見守りに来ているからね』
『まい……にち?』
ミハイルの悪びれる様子もなく、寧ろソフィアがそれを望んでいるかの様な物言いに、暗くて表情はよく見えないがソフィアは青ざめている事だろう。声は震えていた。
『お祖父様ー!!お祖母様ー!!助けてー!!』
ソフィアが叫び声を上げた事で、ミハイルはサッと部屋から姿を消した。
場面は変わらず寝室だったが明るい。昼間の様だ。
月日が経っているのかもしれない。ベッドに横たわるソフィアは病気の様だった。白く透き通って綺麗だった肌はガサガサで所々発疹の様な物が出来ている。
『……少し食べないと』
お祖母様らしき老女がスープを持って部屋に入って来た。ゴホゴホと咳込みながら何とかスプーンを口に運ぶが、直ぐに手を止めた。
『あの男は来てないわよね?』
『見張っているから大丈夫よ……可哀想に。ごめんなさいね、警備を雇ってあげられなくて。それよりもちゃんと眠れているのかしら』
『あの男は夜にやって来るのよ……寝られないわ。私……殺されるかもしれない』
老女がソフィアを抱きしめると、ソフィアは震えながら嗚咽を漏らした。
『どうして、こんな事に……悔しいわ』
老女はずっとソフィアの背中を擦っていた。
再び夜の場面に移ると、ソフィアはベッドに横たわり咳き込んでいた。どこから忍び込むのかミハイルがベッド脇に跪き、ソフィアの顔を覗き込んでいる。ソフィアには叫び声を上げる体力すら残されていないようだ。
『もう少し……もう少しで誰にも邪魔されない二人だけの世界が作れる。ずっと一緒にいられる。君も嬉しいだろ?』
相変わらず手前勝手な言葉を吐くミハイルに、ソフィアは睨み付ける事しか出来ないようだった。
悔しい……絶対、許さない……コイツの所為で私は……!!!
ソフィアの激しい憤怒の感情が実菜に伝わって来て心苦しい。この時点でソフィアは恨みの塊の様になってしまっていた。
うん。そりゃ、そうよね。こんな生きる価値も無いような男。
実菜はソフィアに同情を禁じ得なかった。ミハイルがいなければ、楽しい恋愛だって出来たかもしれない。結婚して、子供を産んで家族を作る事が出来たかもしれないのに、こんな恐怖を与えられて……挙げ句、病気になって亡くなったのだ。
「でも、だからこそ……あなたが!!……こんな醜い姿でここに留まってあげる価値は、あの男にはないのよ!もう……苦しい事は終わったの!!」
ここに留まっている限り、ミハイルに囚われてしまうという事だ。そんな事は許したくない。
実菜は、光りにより一層の力を込めた。
「う……わぁ!」
ロイドが感嘆とも驚愕ともとれる声を漏らした。
実菜が目を開けると、黒い靄の塊が浮いていた所には光りに包まれたソフィアが浮いていた。意識の中で見た美しい頃の彼女である。
「戻って来られたのね」
静加がソフィアを見上げてそう言うと、ソフィアはにっこりと微笑んだ。
「恨みでも何でも、あんな男は思ってやる価値は無いよ。早く忘れな……次は良い男と縁を持つんだよ」
ふわふわと浮かぶソフィアは笑顔で頷いた後、実菜へ向かって頭を下げると満面の笑みのまま、光りと共に消えていった。
「き、消えた……?!」
実菜と静加は余韻に浸っていたのだが、ロイドはおろおろとしている。
「それで?幽霊を見た感想はどうなのよ?」
余韻を邪魔された静加がロイドをからかうと、ロイドは目を丸くした。
「え?幽霊?……えっ、えっ?!もしかして、今の女性が……ですか?」
ロイドは理解が追い付いていなかった。黒い塊とソフィアが同一だという事も理解しているか疑わしい。
「……美しいです」
「幽霊相手に何を色気づいてんのよっ!!」
ポッと頬を赤らめたロイドを静加が爆笑しながら小突いた。
しかし、ロイドは直ぐに平常に戻ると首を傾げ、ニセソフィア……メイメイを振り返った。
「あの……もしかして、双子……ですか?」
「……あ」
ロイドの疑問に実菜と静加は声を揃えた。
どう言って誤魔化そうかと実菜は考えていたが、当のメイメイはというと、にこにこしたままロイドに近付く。何も言わずに近付くニセソフィアに戸惑っているロイドの両目を手の平で隠す様に翳すと、更にロイドの耳元に口を近付け「……忘れろ!」と囁やいた。
いや、いや、いや!そんなので忘れます?!どんなおふざけですかっ?!
実菜は心の中でズッコケていたが、メイメイがロイドから手を離すとロイドは夢を見る様な表情になり、ふらふらとし始めた。慌てて実菜がベッドへ座らせたが、ボーッとしている。
「これ、大丈夫よね?何をしたの?」
「ふぉっふぉっ。娘に化けた私の事だけ忘れさせたんじゃ。正気に戻った時には覚えとらんよ」
メイメイは楽しそうにそう言うと、静加のナップサックにビスクドールを仕舞い込んだ。
「ちょっと!ドサクサに紛れて何をしてんのよ?!」
「ふぉっふぉっ。可愛いかろ?」
静加は、何を心にもない事をと言いたげなジト目を向けたが、このビスクドールは証拠品でもある。結局持って帰ることになるのだ「まあ、良いか」と、嘆息するに留めた。
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