ニセモノ
静加の視点が続きます。
さて、どうしたものか。
静加は部屋の中を行ったり来たりしていたが、ふとメイメイの姿が見えなくなっている事に気が付いた。
「落ち着きがないわね」
自分の事は棚に上げ、どこに行ったのかと廊下に顔を出すと、ビスクドールを咥えたメイメイが隣の部屋へ入って行くのが見えた。
本物の犬でもあるまいし、あんな物をどうするのか。
ミハイルはメイメイのおイタには気付かなかったのか特に気にしている様子はなく、寧ろ早く開放してくれと言わんばかりの視線を静加に向けていた。
「そういえば、あの人形の声は誰の声なの?」
ソフィアの声だとは分かっていたが、敢えて静加は知らぬ振りをした。
「ソフィアだよ。あの人形で侵入者を追い払おうと思いついて喋らせたんだ……その後は何を言っても喋らなくなったけど」
「喋る文面はあなたが考えたの?」
「いや、違う文面を用意したけど、勝手に違う事を喋ったと思ったら一切俺の言葉に反応しなくなった」
『この屋敷から出て行け、次に来たら呪い殺す』
つまりそれは、人形に言葉を吹き込む為に言ったのでは無く、ミハイルに対して放った言葉だろう。反応を示さなくなったのも彼女の精一杯の抵抗だと静加は理解したが、当のミハイルはそんな事を考えもしないのだろう。
「いくら殴りつけて叱ろうとしても今は身体が無いからね……言う事を聞かなくて困るよ」
悪びれる様子もなくそう言い放つミハイルに静加は戦慄した。
「俺の言う事を聞く事が彼女の幸せなのに」
やっぱりこの男……狂っているわ。どこの世界にもいるのね……本気で狂った事を言う奴って。
「彼女が幸せかどうかを決めるのはあなたじゃないわ……彼女自身が決めることよ」
こういう男には何を言っても無駄だと分かってはいるが、静加は黙って聞いていられず思わず口にした。
「分かってないな、君は。俺は彼女に幸せを与えてやってたんだ。その証拠に彼女はいつも泣いて喜んでいた」
ああ、やっぱりね。この男と話をしてもイライラが募るだけだわ。
ミハイルの言葉の通じない予想通りの返しに静加は沈黙した。
こんな男に関わってしまったばかりに、ソフィアは……。
その彼女を見ると、ベッドからミハイルのいる方向を睨み付けていた。
「……そう、私はいつも幸せだったわ」
突然ソフィアの声がミハイルの方から聞こえ、慌てて静加はミハイルを振り返った。
「……えっ?!」
静加は驚愕を隠せずにいた。ミハイルの直ぐ近くにソフィアが立っていたのだ。
しかし、直ぐにそのソフィアは九尾の化けたニセソフィアだと気付く。
……何で人形なんて抱えてんのよ。
可愛らしさアピールなのか、ニセソフィアはあのビスクドールを抱えていた。
「……ソフィア、ソフィア!ああ!!やっと蘇って来てくれたんだな!」
興奮しているミハイルにニセソフィアはにっこりと微笑む。
「ごめんなさい。今まであなたの事を誤解していたの。いつも私の為にしてくれていたのよね。これからは、あなたとずっと一緒にいるわ」
「そうか、良いよ。分かってくれたなら。だけどもっと早くそれに気付いていたら、苦しんで死なずに済んだんだぞ?それに、お前のお祖父さんとお祖母さんだって死なずに済んだんだ」
嬉々としてミハイルは語っているが、その内容は恐ろしいものだと本人は分かっているのだろうか。
「そうよね。私とお祖父様とお祖母様を殺した毒は今はどこにあるの?」
「必要無くなったからね。屋敷の裏庭に埋めたよ。君が誰の目にも触れずにいてくれるというなら、もう用意する必要もない」
ミハイルはニセソフィアの手を取ろうとするが、見えない壁に阻まれやきもきしていた。
「ええ、もちろん。あなたが言っていたようにあなただけの人形になるわ」
静加はニセソフィアが何をしたいのか分からず、戸惑いながら本物のソフィアに視線を向け目を見開いた。
「……鎖が」
ソフィアの足に繋がれていた鎖が薄くなり、消えかかっている。ソフィアも何が起こっているのか分からず自身の足を見つめていた。
「……だから、あなたも目の前にいる私だけを想ってくれるでしょう?他の誰でもなく、目の前にいるこの私よ?」
「当たり前だろう?何を分かりきった事を聞くんだ!」
廊下ではニセソフィアとミハイルのやり取りが続いている。ミハイルがニセソフィアの問いに答えた時、鎖は完全に消え去った。
「分かっていたけど……確認しただけよ」
ニセソフィアはミハイルにそう言うと、静加に視線を移した。目が合うとニヤリと口角を上げ、意味深に微笑む。
ニセソフィアは未だ何か言っているミハイルを無視するとその横をすり抜け、隠し部屋の静加の所までニヤニヤしながらやって来た。
「これで自由になったかのぅ?」
ニセソフィアはソフィアの足を確認すると「ふぉっふぉっ」と笑った。
「ソフィア?ソフィア!!どこに行くんだ!ここにいてくれ!」
廊下でミハイルが狂ったように叫んでいるが、ニセソフィアは完全無視だった。
「ふむ。一度外れれば大丈夫じゃ。二度は無い」
「その顔でその喋り方は止めてくれる?それよりも何が起こったのよ」
ソフィアの顔でメイメイの喋り方は些か気持ち悪い。
「呪いと祈りは似て非なるもの……人間の執念……想いの強さは恐ろしい。という事じゃ」
メイメイのはぐらかす様な物言いに静加は眉を顰めた。
「あなた……何か知っているわね?あの鎖はミハイルの呪いだとでも言いたいの?」
「まあ、そんなとこじゃ」
やはりメイメイは何か知っているようだ。しかし、鎖から開放されただけでは不味い。今はソフィアを無事に天に上げることが先決だ。メイメイには後で問い詰めてやる事に決め、静加はソフィアに向き直った。
しかし、そのソフィアはというと、ベッドに突っ伏す形でふるふると震えていた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?!」
静加はソフィアを抱き起こそうとするが、残念ながら静加の手はソフィアの身体をすり抜けてしまう。
「うぅ……あの男……許さない……呪い殺してやる」
がくがくと激しく震え出したソフィアは絞り出すような声を出し、その身体からは黒い靄の様な物が溢れ出した。顔を見ると目が釣り上がり口は裂け、可愛い顔が台無しになっていた。
「こ……これは」
静加は思わず二歩ほど後退った。
「ふぉっふぉっ。悪霊になりかけておるようじゃのぅ」
「何が「ふぉっふぉっ」よ。笑い事じゃないでしょ!」
可愛らしかったソフィアの姿は醜い悪霊の姿へと変貌を遂げていた。
「この娘の憎しみはそれ程強かったのじゃから、それも致し方あるまい。それに……ほれ、専門家が来るようじゃぞぇ」
憤る静加を横目に、メイメイは楽しそうに三面鏡を指さした。
「何よ、専門家って」
そう言いながら三面鏡を見ると、実菜とロイドが玄関に入って行く所が映っていた。
「あら、待っていてって言ったのに……でも、そうね。こうなったら、ソフィアには強引にでも成仏してもらいましょう」
浄化でどうにかなるだろうと静加は踏んでいた。
実菜とロイドは階段まで来た所で騒ぐミハイルに気付いたのだろう。右往左往している二人が鏡に映ったのを見た静加は「仕方ないわね」と、呟きながら廊下に顔を出して階段に向かって叫んだ。
「ミハイルは動けなくしてあるから大丈夫よ!早く上がって来て!」
程なくして二人が二階に上がって来たが、二人にとっては意味不明な言葉を喚き散らすミハイルの様子に後退っていた。ロイドなどは完全に怯えて実菜にしがみついている。
「大丈夫だから!早くこっちに来て!」
静加の声で廊下の奥に部屋が出現している事に気付いた二人は今度はその事に戸惑っているようだった。
「……早くしてよ」
静加は呆れていた。
が、そうこうしているうちに悪霊ソフィアの唸り声が大きくなる。ハッと静加が振り返ると、部屋の中を黒い靄の塊が縦横無尽に飛び回っていた。
「ふぉっふぉっ。元気じゃのぅ」
外にでも出られたら一大事だ。ニセソフィアの言葉は無視する事にした静加は実体のない悪霊ソフィアに効果があるかは分からないが、イチかバチかミハイルにしたように拘束を試みた。
「ふがぁっ!がぁっ?!」
突然現れた透明な壁に行く手を阻まれた悪霊ソフィアはその場でぐるぐると回っていた。
「あ……効いたみたい」
静加が安堵していると、ただ事ではないと感じたのか、慌てた様子で実菜とロイドが部屋へ駆け込んで来た。
「うわぁっ!何これっ?!」
部屋の真ん中でぐるぐると回り続ける黒い靄にロイドは固まった。
「これ……クラウド……ではないわよね」
「確かに似ているけど違うわ。後で説明するから、兎に角コレを浄化して欲しいのよ」
当然、状況を把握しきれていない実菜は戸惑っているが、この状況が長引くほど自我を取り戻す事は難しくなるかもしれない。静加は焦っていた。
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