幽霊騒ぎ
少し長めです。時間がある時にどうぞ。
静加の引っ越しも終わり、意外にもメイメイは屋敷で大人しくしているらしく、実菜はあの日以来メイメイを見ていない。
つまり、平和な日々が訪れていた……のだが、実菜は研究室の机に頬杖を付き、目の前で調合されていく生薬を眺めながら何故かむくれていた。
目の前で調合しているのはロイドという若い男だ。若いのはそれもそのはず、魔法学園を数ヶ月後に卒業する学生で卒業後は第三魔導師団への入団が決まっている。卒業するまではこちらでバイトをしているという事だ。
「……私も手伝うわ」
「いえ、それには及びません。シズカさんにも聖女様には触らせないよう言付かってますので」
駄目元で実菜が言ってみるが、案の定ロイドからはけんもほろろな返事が返ってきた。
スラッとした長身の爽やかイケメンといった風貌だが、実菜はこの男に真面目で融通が利かない印象を持っていた。
まるでロイを若くした感じだわ……名前も似ているし。
そう、実菜が不貞腐れている理由は、職場に来ていながら自分の仕事が無いという事だった。
「ねぇ、何で第三魔導師団なの?第一の方が良かったんじゃない?」
「現状、第一は暇でしょう?世の中が平和に向かっている昨今、戦闘よりもそれ以外の能力を高める方が将来的に使えると思いまして」
暇を持て余した実菜から暇潰しの相手として認定されてしまったロイドは、手を動かしながら的確に返した。
「……しっかりしてるわねぇ」
実菜は自分よりも年若い少年とも思えるロイドの考え方に、同じ年頃だった自分を思い起こしてみたがその事には触れないようにした。
「ミナさん、あまり若い子を苛めないで下さいよ?」
奥の部屋から出て来たリュートがこちらに気付き、揶揄かう様に声を掛けてきた。
「リュート。やめてよ、苛めてなんていないわ。感心してたところよ。それよりも、最近は随分顔色が良いわね」
「はは。徹夜する事がなくなったからですかねぇ〜」
リュートはいつも奥の部屋に籠もって徹夜している印象だったが、最近は普通に朝に出勤し、夕方には帰るという生活をしている。理由を聞いたところ、健康の為というありきたりな返事が返ってきた。
「ところで、ロイドは優秀だと聞いているよ?飛び級で卒業だろ?」
実菜もそれは初耳だった。聞いた話では魔法学園は十歳から入学する事が出来て五年制だという。
つまり、普通に卒業すれば十五歳だが……。
「あなた、今何歳なの?」
「……十三です」
特別興味があった訳ではないが、話の流れでつい聞いてしまった実菜だが、ロイドの返答に思わず絶句した。
十三と言ったら、まだ子供じゃないの!仕事していいの?……まぁ、この国では有りなのか。
……という事は、もしかして真面目で融通が利かないんじゃなくて、子供だから言われた事を忠実に守っているだけ、という事か。
実菜は手をポンッと打ち、ひとり頷いた。
「老けてるわね」
「……よく言われます」
「ミナさん、そこは「落ち着いて見える」とかにしておいた方がいいですよ?」
実菜のストレートな物言いにロイドはバツの悪そうな顔をし、リュートは苦い顔をした。
「若さの武器は若いうちにしか使えないのに勿体無いわね」
いつの間にか外から帰って来ていた静加が入口でローブを脱ぎながら話に入って来た。
「……若さの武器って何よ?」
いくらロイドが老けているとはいえ、十代にしか見えない。十分若いと言える。
「う〜ん……潜入捜査とか?子供の方が警戒されない事もあるじゃない」
「そうかもしれないけど実際に子供な分、危険じゃないの」
「大丈夫よ。相手は幽霊だもの」
「……何の話なのよ」
いつもの実菜と静加のやり取りだと思ったのか、リュートは肩を竦め「それじゃ、俺は帰る」と、手を振って研究室を出て行った。
「もしかして、それって噂の幽霊屋敷の話ですか?」
ロイドが如何にも怖い話をしているかの様に顔を顰め、声を潜めた。
「流石、優秀な新人君ね。その通りよ」
静加は満面の笑みをロイドに向けたが、ロイドは何かを察した様で顔を青くした。
「街の外れにある屋敷で幽霊の目撃証言が多数出ていて、近隣住民から何とかしてくれっていう申請が第一魔導師団に来ているらしいわ」
「……なんだ、第一魔導師団か」
ロイドは第一魔導師団に話が来ていると聞いて、青い顔から一転、安堵の表情を浮かべた。
「幽霊が苦手なの?」
ロイドの様子を見て、実菜が首を傾げた。実菜もその手の物は得意ではないが、魔導師団に入団するという事は、人外の物を相手にする事もあるのだが……。
「あっ!!だから第三に希望したのね?!」
実菜に指摘されたロイドは図星だったのか、口を真一文字にし眉尻を下げた。
なんだ、尤もらしい事を言ってたけど子供らしくて可愛いじゃない。
「それでね。私達が潜入捜査をする事にしたの」
静加は実菜とロイドのやり取りを気にする事なく話を続けた。その言葉に驚いたのは実菜である。
「え、潜入?え……私……たち?」
まさかと思うが、その達の中に自分は入っていないわよね?と、微かな希望を抱いた実菜だったがそれは叶わなかった。
「そう!三人で明日その屋敷に行きましょう!」
「えっ?!まさか俺もですか?!」
ロイドは安堵の表情から一転、またも顔を青くさせた。
「最近、その手の出動が多いし、ガセも多いから第一の士気が下がってんのよ……今回もガセだろうってね。だから現状把握の為に私達にお鉢が回って来たってわけ」
「でも……俺は、まだ学生ですし……その……」
本気で嫌なのだろう、ロイドは青い顔のままでもじもじとしている。
「大丈夫よ、昼間に行くし。もし本物の幽霊なら……ほら、浄化出来る人もいる訳だし」
静加はへらへらとしながら実菜の肩を叩く。静加が言い出したら、それを覆すのは容易ではない。ロイドは逃げられないと悟ったのか、絞首台を前にした死刑囚の様な顔で静かに頷いた。
「ねぇ、ロイドは連れて行かなくても良いんじゃない?」
ロイドの様子があまりにも気の毒に思え、ロイドが帰った後で実菜は言った。
「苦手な事こそ場数を踏んだ方が良いと思うけどねぇ。若いし」
しかし、静加に言い返される。しかも、正論と言えなくもない。
「ねぇ、本当に幽霊だと思う?」
実菜もどちらかと言えば苦手なのである。魔物の類とはまた違った怖さがあった。
「どうかしらねぇ……しかし、魔導師団の出動が幽霊屋敷の調査とは。世の中、平和になったものだわねぇ」
静加はしみじみとひとり頷いているが、確かに今では魔物の「ま」の字も聞かなくなった。瘴気の出現も然りである。よって、今回の様な幽霊騒ぎや魔物によって破壊された家屋や橋の修繕などの手伝いが魔導師団の仕事になりつつあった。
「じゃあ……今日、家に来る?」
「えっ、良いの?」
話の流れがおかしいが、静加のその誘いを断る理由は無い。
「セシルの実家から高級なお肉を頂いたから焼肉パーティーにしようと思って」
それなら尚更、実菜には断る理由が無い。実菜は胸の前で手を組んで激しく頷いた。
五時を過ぎ、すっかり暗くなった道を街灯を頼りに二人並んで歩く。ここから静加の家まではゆっくり歩いても十分程なのだか、今歩いている道沿いに建っている柵の向こうは既にクリスフォード公爵家の別邸なのである。
王家主催のパーティーにも会場として提供する事もあるというその別邸には、以前引っ越しの手伝いと称して訪れている。実菜はその規格外の大きさに度肝を抜かれた。
門をくぐると左右に庭園が広がっていて、それが屋敷の玄関まで続いていたが、その途中に不自然に庭園の中へ入って行く道が作られていてその先に夫婦の屋敷が建てられていた。薔薇の花に囲まれたその新居は、母屋に比べると確かに小屋に見えなくもなかった。
綺麗な花に囲まれて素敵だと実菜は思うのだか、静加曰く庭師に見張られている様で嫌なのだという。
その別邸の門が見えて来た頃、静加が急に足を止めた。
「どうしたの?」つられて実菜も足を止めると静加の視線の先に目を凝らした。
街道に面して背の高い木も目隠しの様に植えられているが、母屋と違い夫婦の屋敷は外からでも一角が見える。静加はその一角を眉を顰めて見つめていた。
「おかしいわ」
新築の屋敷の真新しい白壁が暗い中でも目立つが、二階の一部がまるで穴でも空いているかの様に不自然に黒く見えた。
「今日はセシルは休みで家にいるはずなんだけど」
何かあったのかもしれない。そう言うと突然、静加が走り出した。慌てて実菜も後を追う。
屋敷に近付くと、穴が空いている様に見えたのではなく、実際に穴が空いているのだというのが見て取れた。二階の寝室の壁にぽっかりと穴が空き、部屋の中が見えてしまっている。
「……どういう事?」
他の部屋に明かりが灯り、それがちらちらと移動している事から中に人が……恐らくセシルなのだが……居る事が窺えた。
「まさか……強盗……とか?」
屋敷の外に壁の破片が飛び散っている事から、恐らく中から破壊されたのだろうが、爆弾を持った強盗でも入ったのだろうか。破壊された壁も破片にも黒く焦げた様な跡があった。
不審者が居るかもしれない。迂闊に中に入るのは危険だと、そう考えた二人は恐る恐るリビングの窓からそっと中の様子を窺った。
「……何……してるのかしら」
中ではセシルが焦った様子で、灯りを手に廊下に出たり部屋に戻ったりと右往左往していた。
これでは不審者はセシルである。
中に入っても大丈夫だろうと玄関から屋敷に入ると、それに気付いたセシルが走って来た。そして、静加の姿を認めると、いきなり飛び付くようにして抱きつく。
「シズカ……本物のシズカだ……良かった」
静加の首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでそう言うセシルに実菜は若干引いたが、静加は冷静にセシルを押し戻した。
「先ず、何があったのか説明してくれない?見た所、家が破壊されているようだけど?」
「違うんだ!!未遂なんだよ!僕は何もしていない……いや、壊したのは僕なんだけど」
セシルは動揺しているのか、意味不明な事を叫んでいる。
「分かったわ。取り敢えず、お茶でも飲んで落ち着きましょう」
壊れているのは寝室だけである。静加がリビングで人数分のお茶を淹れると、セシルはそれを一気に飲み干した。
「シズカ、落ち着いて聞いてくれ、もしかしたら、この家には……幽霊……いや、魔物が棲んでいるかもしれない」
至極真剣な表情でセシルは話し出したが、その内容に実菜と静加は顔を見合わせた。
「静加、もしかしてセシルにメイメイの事……」
「……言ってないわ」
「本当なんだよっ!!」
コソッと二人が話したのを、自分の話を信じていないと捉えたのか、セシルが青い顔で訴えた。
「僕……ベッドで昼寝してたんだ……そしたら、シズカが帰って来て」
そこまで言うと、急にセシルが顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。
「いや……シズカがそんな事してくれるはずないんだ……」
もぞもぞと何か言っているが、何を言っているのか分からない。
「何なのよ、私は今帰って来たのよ」
「だから、未遂だって!僕は何もしてない!」
セシルがガバッと顔を上げる。今度は真っ青になっていた。静加がそんなセシルをジト目で見つめる。
「……で?そのシズカは何をしてくれたって?」
「いや、だから……その……」
セシルは両手をもじもじとさせ、顔色を赤くしたり青くしたり目を泳がせていた。
「でもっ!!触られて気持ち悪かったし、それに、そのシズカは獣臭かったんだ!だから……とっさに……」
「火炎で攻撃したのね」
セシルが頷く。
「揶揄かっただけじゃのに、シズカの旦那は乱暴者じゃのぅ」
「ほら!今、声がしなかったか?!やっぱり、この屋敷には何かいる!!」
セシルは突然の声に騒いでいるが、大方を理解した実菜と静加はセシルの足元に座り込んでいる白い犬を見つめた。
「……前より小さくなってない?豆柴みたいで可愛いけど」
「なんか、この大きさが気に入ったみたい」
「何でそんなに落ち着いてるんだよ?!……メイメイがどうしたんだ?」
セシルが不思議そうに二人の視線の先にいるメイメイを抱き上げ膝の上に乗せた。それを見た静加は嘆息する。
「その手のイタズラはセシルには効かないみたいだからもう止めてくれる?このままじゃ家が全壊しちゃうわ」
自分に向かって話している様な静加にセシルは眉を顰めた。
「シズカ?何を言って……」
その時、セシルの膝の上でボンッという音と共に白い煙が上がる。
「っ!!!」
煙が消えるとセシルの膝の上には、セシルに覆い被さる様に静加が乗っていた。
「途中まであんなに悦んでいたのに……酷いじゃないか」
静加もどきが上目遣いでそう言いながら指先でセシルの輪郭をなぞる。静加にそっくりなのにやたらと艶かしい。
セシルは目を白黒させて目の前の静加もどきと静加を見比べた。
「んなっ?!なっ?なぁーっ?!!気持ち悪い!!」
セシルが迷いなく静加もどきを投げ飛ばすと、もどきは空中で一回転し、床に着地した。着地した時には既に豆柴の姿をしている。
「ふぉっふぉっ。乱暴者じゃのぅ」
可愛らしい見た目とは裏腹の声を発したメイメイに、セシルは青い顔で勢い良くソファから立ち上がった。
「僕は悦んでなんかいない!!」
「……気にする所はそこかぇ?」
豆柴は呆れた様子でお座りの姿勢を取った。
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