帝国から王国へ
翌日。シャーリン以下、ずらりと並ぶ兵士に見送られ王宮を後にする。
見送る中にはコムの姿もあり、その横にはシャオランがいた。まるで、お爺ちゃんと孫の様な二人に別れの挨拶で近付くと、シャオランがぺこりと頭を下げた。
「頑張ってお勉強してね」
「はい。有難う、お姉ちゃん」
あどけない顔をした、いかにも『弟』といった雰囲気のシャオランが可愛らしくて実菜が声を掛けると、シャオランはにっこり笑って返事をしたが、隣に立つコムは冷めた視線をシャオランに向けており「お前、ちょっと向こうへ行ってろ」とシャオランを遠くに行かせると、実菜と静加を手招きした。
「あ奴は、かなり強かで肝の座った小僧じゃったわい」
「シャオランが?」
全くそんな雰囲気が感じられず、実菜が首を傾げるとコムは苦い顔で頷き、昨日、実菜たちが医務室を去った後、シャオランと二人きりになった時の事を話し始めた。
「言うておくがな、小僧。嬢……シャーリン様は、今までの国の在り方を正そうとしてらっしゃる。恨むのはお門違いじゃからな」
コムはシャオランを連れて、王宮の直ぐ近くに構えた自宅へと向かう道すがら、そう念を押した。
この小僧が何処かの工作員とも考えられたが、その時はその時だとコムは思っていた。
「知ってるよ。だから父さんと母さんは殺されたと思ってる」
「どういう事じゃ?」
シャオランの予想外の言葉に、コムは眉を顰めた。
「俺の父さんはシャーリン様派の兵士だったんだ……雑兵だったけどね。だけど、だからこそ殺しやすい。数に入れられてないんだよ、兵士として。でも誰かさんは、少しでもシャーリン様派を削りたかったんだろうね。ありもしない……何処かの国の工作員の疑いを掛けられて拘束されたんだ。きっと、父さんと同じ様な人はもっといるよ」
先程までとは打って変わったシャオランの大人びた口調にコムは内心目を見張った。
「でも、俺はシャーリン様を恨んだりなんてしない。物心がつく前からシャーリン様の話は父さんから聞いてた。一人で戦っている立派な御人だから、お前も大きくなったら、シャーリン様を支えられるような人間になれって。そう聞かされて育ったし、そうするつもりだ。
……父さんがシャーリン様を支えられていたかは疑問だけどね。
俺の名前……父さんが付けてくれたんだ。少しでも……似てる名前をって」
父親はシャーリンと響きの似ている名を付けたのだろう「シャーリン様は気付いてくれた」と、シャオランは少し笑った。
「しかしそれなら尚更……何故、危険物を投げて騒ぎを起こすような真似をしたんじゃ」
コムはシャオランの言動に矛盾を感じずにはいられなかった。
「あんな物、当てられるとは思っていないし、そんなつもりもなかった。
言っただろ?シャーリン様を支えられる人間になりたかったんだ。それには先ず近くに行かなくちゃ」
「じゃから、何故、それが騒ぎに繋がるんじゃ。下手をすれば殺されとってもおかしくなかったんじゃぞ?」
コムが引き受けなければ牢獄行きだったはずだ。しかし、シャオランは少しムッとした表情をコムに向けた。
「俺の言った言葉に嘘は無い。今の生活のままじゃ、大人になるまで生きていられる保証は無いんだ。どのみち死ぬなら、少しでもシャーリン様に声が届く可能性がある方法を取ったまでだ」
実際にシャオランは栄養失調に近い状態で、まともな食事も取れていないというのは明白だった。無謀な賭けと思われる事をしてでも近付きたかったという事か。しかし、シャオランが牢ではなく医務室に運ばれたのも、シャーリンが医務室に来たのも偶然である。そもそも本来は女帝陛下と一介の曲者が直接話す事など有りはしない。
「シャーリン様と話が出来たとして……」
「お涙頂戴の話を聞いて、シャーリン様がそれを放っておくかい?」
飄々と話すシャオランにコムは驚愕した。
この小僧……食えん奴じゃの。やはり何処かの間者か?しかし、それを儂に話すとは……何を考えておる?
目の前のシャオランに警戒を強めるコムとは裏腹に、シャオランは強い眼差しでコムを見上げていた。
「なあ、あんたの弟子になる事は、あの方の為になる事か?あの方の支えに……俺はなれるか?」
まるでそう考え、行動する事で自身を支えているかのようだ。
眼差しは強いが、縋る様なシャオランの問いにコムは、先程とは違う理由で驚愕した。
「年齢的にも危ういといえば危ういが、今は生きる為の心の拠り所がある分、あの小僧の心配は無用じゃ」
家族を失った只の可愛らしいだけの子供だと思っていた。コムから話を聞いて、俄に信じられない気持ちで実菜は頷いた。
「……弟子かぁ」と何処か遠くを見ながら静加が呟くと、コムは再び苦い顔をした。
「そりゃ、あの場での方便じゃ。時期をみて小僧がどうしたいか……やりたい事をやらせるつもりじゃ。しかし、知識は持っていて損はない……期間限定の弟子じゃ」
「コムさん……シャオランのお爺ちゃんみたい」
「誰が爺ちゃんじゃ!」
孫の未来を慮る祖父のように感じた実菜だったが、コムにツッコミを入れられ慌てて両手で口を隠した。
「ふぉっふぉっ。そうじゃ、コイツは小僧じゃて」
「ぅおわっ!婆さん、どっから湧いて出たんじゃ!驚くじゃろうが!」
背後からの声に、実菜を始めビクッと肩を揺らして驚いて振り返るとそこにはメイメイが立っていた。
「湧いて出たとは失礼な。私はずっと、ここに居たぞぇ」
この人……人を驚かすのが趣味なのかしら。心臓に悪いから突然登場するのはやめて欲しいのだけど。
「やはり、あのチビ助も面白そうな奴じゃったの。それだけに残念じゃ……お前さん達、本当に帰るんかぇ?」
メイメイはこちらの心情など何処吹く風でシャオランを見やった後、こちらに向き直った。
「ええ、帰りますとも。何しろ……」
「愛する夫がおるんじゃったな。それは、もう聞いたわ」
メイメイは静加の言葉尻を取り、面倒臭そうに後を続けた。
「随分と皆、仲良くなりましたね」
見送られているところでつい話し込んでしまい、それを見兼ねたロイがシャーリンを伴って近付いて来た。早く帰れと言わんばかりである。
実菜たちが帰らないと、ずらりと並ぶ兵士たちは自分の仕事に戻れないので、それも仕方のない事ではあるがロイらしいといえばロイらしい。
「ロイ……これからは簡単に会えなくなるのね」
ロイらしい一面を見た事で急に寂しさを感じた実菜だったが、ロイはそれ程ではなかったらしく目を丸くした。
「死ぬ訳ではないので、また会えます」
だから「簡単に」と言ってるじゃないの。と、実菜は思ったが、それはそれでまたロイらしい。
「ロイ、セシルに何か伝える事はある?」
「会った時に伝えます」
つまり、特に無いという事だろうか。まあ、生きていればいつか会えるから、それで良い話なのね。と、実菜は頷いた。
「人生は何が起こるか分からん。何かあれば直ぐに伝えろ」
「心得ます」
一緒に見送られているケビンが口を挟んだ。ロイは思う所があったのか、それには真剣な眼差しで頷いていた。
「聖女様、近い内に必ず、約束は果たします」
シャーリンが実菜に向かってそう言うと、抱擁を求めて来た。約束とは交流会の事だろうと理解した実菜は笑顔で頷き、シャーリンと抱擁を交わした。
「……それまで、お元気で」
****
そして、事件は帰国後の翌々日に起きた。
船旅は何事もなく予定通りだった。予定通り帰国した後は、ゆっくりと一日休みを取り次の日のお昼頃に実菜は研究室に顔を出した。
そして研究室の扉を開いた所で実菜は中に居たリードを見て愕然とした。
いや、正確にはリードが腕に抱えている白い物体を見て、だが。
「やあ、ミナ。久しぶりだねぇ。ロイは元気だったかい?」
何事も無さそうにリードが声を掛けてくるが、実菜は言葉が出なかった。
「あの、リード……それは?」
やっとの思いで実菜が口を開き、その物体を指差すとリードは「ああ、コイツね」と、実菜が驚いている理由を理解した。
コイツ呼ばわりされた白い物体はもぞもぞと動き、ぴょこんと三角の耳を覗かせると、リードの腕の上に頭を乗せた。
「数日前からこの辺をうろついてたんだ……多分、野良なんだろうけど、いくら追い払っても戻って来ちゃうんだよ。この犬」
リードに頭を撫でられ、気持ち良さそうにしている白い犬とは裏腹に、実菜の心拍数は上がっていった。こちらに視線を向けたその犬の、その細めた目がメイメイを思わせたからだ。
……いやいや、まさかね。いくら何でも考えすぎだわ。それに、あの時見せてくれた狐の姿より3周りくらい小さいし。
いや、でも、何でこんなにメイメイに似てると感じるのかしら。
実菜はあまり変化というものを理解していなかった。
「ねぇ、ちょっと。入口で止まってないでよ。後ろがつかえてるんですけど?」
その時、後ろから静加の迷惑そうな声が上がった。気付けば実菜は、扉の前で立ち塞がった状態のままであった。
「あ……静加、大変……かも?」
「勘違いかもしれないけど」と、自信なく実菜が静加に助けを求める。
「何よ……ん?んん〜?……ぅげっ?!」
実菜に促され、部屋の中を覗いた静加もその犬を認めると、変な声を出して後退った。静加のこの態度でこの犬がメイメイであることは、ほぼ確定である。
その二人の様子を見て、訝しんだのはリードである。
「何?どうしたの二人とも。犬が嫌いなの?」
そう言ってリードが犬の顔を見せる様にこちらに向けると、その腕から犬が飛び上がってこちらに向かって来た。
「わっ!きゃあ!」
「えっ!ちょっと!……ぅぶっ!!」
犬は実菜の顔の辺りまでジャンプし飛び付こうとしたのだが、驚いた実菜が思わず払い除け勢いそのままに隣いた静加の顔面に直撃し、そのまま静加の顔にへばり付いた。
「何だ、仲良しだね。丁度良かった」
どの辺を見て仲良しとしたのかは分からないが、リードは安堵の表情を浮かべると、ひとり頷いた。
静加は顔からベリっと犬を剥がすと、致し方なく抱っこし、リードを恨めしそうに見やる。
「丁度良いって何がよ?」
「ソイツさ、いくら追い払っても戻って来ちゃうけど、ここでは動物は飼えないからさ、シズカが引き取ってよ」
王宮の敷地ではペットは飼えない決まりらしく、飼うとしたら実験用としてなのだそうだ。
これ以上、敷地内をうろつくようであれば処分する事になる。それは可哀想だ、というところに二人が帰ってきた。という事である。
「ミナは王宮に住み込みだろ?だからシズカ」
「私も寮住まいなんだけど」
「あれ?セシルから聞いてない?屋敷はもう完成してるだろ?後は引っ越すだけじゃないか」
当たり前のていでリードはいるが、静加は寝耳に水といった表情をしている。
「……今日、一緒に行きたい場所があるとは言ってたけど」
「あ、やべ。秘密だったか!俺から聞いた事は内緒にしといてくれ!」
リードが拝む様な仕草を静加にするが、静加は呆然としたままだ。
「……だって、着工はこれからだって……とんでもない屋敷だったら、どうしよう?!」
静加の心配は屋敷が豪邸だったらどうしよう。という事らしい。それを聞いたリードは合点がいったらしく手をポンッと打った。
「だから『こんな小屋でいいのか』ってアイツ言ってたのか」
「小屋?」
実菜が眉を顰めてリードの言葉を拾うと、リードは頭を掻いた。
「いや、アイツの中では小屋なんだろうな」
「って、事はやっぱり?!」
リードの奥歯に物が挟まった様な言い方に、静加は不安そうな声を上げる。
「あの別邸は特別大きく建てたみたいだからね……その敷地内に建てたから小屋に見えるって感じだな。でも、豪邸という感じでもないぞ……と、思う。多分」
確か、別邸はかなり大きいと聞いている。その敷地内にあれば普通の屋敷でも小さく見えるというもの。上位貴族であるリードが言う「豪邸という感じでもない」というのは庶民から見てどの程度なのか。それがリードにも分かり兼ねる故の歯切れの悪さに思えて静加の不安は消えずにいた。
お読み頂き有難う御座いました。




