不審者の行方
静加と九尾が一頻り海竜を揶揄い、海竜が椅子の上でふて寝をし始め、実菜がこの一人と一匹は似ているわ。と思い始めた頃、扉の向こう側から人の話し声が近付いて来た。
「お待たせしてすまない」
扉を開いた人物が、開口一番そう言うとその後ろから「支度を整えてから来たものですから」と、説明が聞こえた。
あれ?ロイとシャーリン様だわ。
ロイとシャーリンはずぶ濡れになってしまった為、お湯を浴びてからこちらに来た。と、説明した。
確かに式の時は白地の服装だったが、今は赤地の装いになっている。
しかし、実菜は「はて?」と首を捻った。
確か、陛下はシャーリン様に呼ばれて隣の部屋へ行ったのよね?
しかし、シャーリンはお湯を浴びていたと言う。そういえば、誰がそれを伝えたのだったかと思い出し、実菜は九尾を振り返った。
「って、あれ?」
先程まで九尾が居た所にはその姿は無く、代わりに老女のメイメイが椅子にちょこんと腰掛けていた。
それだけでなく、海竜の姿も消えていて、代わりに静加がへらへらとしていた。
「あら?おじ……ケビン様はどちらに?あら、やだ。その前に、この部屋には侍女の一人も居ないじゃない!」
シャーリンが慌てて、自分付きの侍女に命じていると「ふぉっふぉっ。あの殿方は雉撃ちにでも行ったかの」と、老女メイメイが素知らぬ顔で嘯く。
凄い嘘っぱちだわ。じゃあ、陛下は何処へ行ったのかしら。そういえば、コムさんだって……。
実菜はじっとメイメイを見つめた。それに気付いたメイメイはニヤリとし、声を落とした。
「ふぉっふぉっ。夢は覚えているようで何も覚えてはおらんもんじゃ」
実菜はメイメイが何の事を言っているのか分からず、怪訝そうに眉を顰めた。
「コムさんも?」
実菜も声を落として問うと「直に分かる」とだけ返ってきた。
「じゃが、そろそろそちらの陛下を迎えに行ってやるかのぅ」
そう言うとメイメイは腰を上げ、ちょこちょこと部屋を出て行く。
それと入れ替わる様に軍服を着た男が開いたままの扉をノックした。
「女帝陛下。ご歓談中、申し訳ございません。少々お耳を拝借して宜しいでしょうか」
「うむ。何だ」
好奇心たっぷりの静加の視線に戸惑ったのか、軍服の男は俯き加減で入って来て、何やらシャーリンに耳打ちすると、シャーリンは眉間にしわを寄せ「分かった」と、男に返事をし、こちらに向き直った。
「慌ただしくて申し訳ない。急ぎの問題が出来てしまったようだ」
「もしかして、医務室へ行くの?」
すかさず静加が問うと、シャーリンが目を丸くした。どうやらその通りらしい。
「私達も行っても良い?」
「……え?いや、それは……こちらの問題で……」
静加の申し出に流石のシャーリンも戸惑っている。
「コムさんが医官に呼ばれて行ったって事は、私の知識ももしかしたら役に立つかもしれないじゃない」
もっともな事を言っている様に聞こえるが、静加の顔には「面白い事がありそうだ」と書いてある。
しかし、シャーリンは静加の言葉に眉を顰めた。
「医官?……今日は不在のはずだが?」
更にシャーリンが首を捻ると、静加は「じゃあ、聞き間違いかも」と、こちらも素知らぬ顔で嘯いた。
しかも「早く行かないと」と、シャーリンを急かしている。
「シズカ、いい加減に……」
「まあ、問題はないだろう」
「……シャーリン」
ロイが静加を止めに入ったが、それをシャーリンに止められロイは諫めるようにシャーリンの名を呼んだ。
「ふふ。シズカ殿の意見を聞くのも面白いではないか」
シャーリンが悪戯っぽく言うと、ロイは嘆息して静加を睨んだ。
静加は睨むロイを横目に涼しい顔で、部屋を出て行くシャーリンの後に付いて行く。どさくさに紛れ、実菜も静加の後に付いて部屋を出た。
二階から一階へ下りて廊下を進んで行くと、聞き慣れた声が聞こえてきて、そこが医務室である事が分かる。
「じゃから!卵でも口に放り込んでおけば良かろうと言っておるじゃろうが」
コムの声が部屋から漏れているが、相手の声ははっきりとは聞こえない。
先導をしていた軍服の男が部屋の扉を開けてくれて中に入ると、ベッドを挟んで別の軍服の男とコムが何やら不穏な雰囲気を醸し出していた。
「お前さんは、何度言えば分かるんじゃ。この小僧は栄養不足なだけなんじゃ!」
「そんなんで倒れるか?病気なんじゃ……」
「倒れる!病気じゃない!薬は滋養のみ!これで話は終いじゃ!」
ベッドでは少年が上体を起こして、言い合う二人を不安そうに交互に見ていた。
「コム。呼ばれて来てみれば……何の話をしている?」
「ああ!嬢……じゃない、シャーリン様、いいところへ来てくれた」
コムがこちらに気付くと、ホッと安堵の表情になる。
「呼び方は今まで通りで良い。それより、この少年は?」
シャーリン達が入室して来た事で、ベッド上の少年は不安そうな表情から怯えた表情に変わった。
「お披露目の時に不審物を投げた者なんじゃと。じゃが、捕まえた時には意識を失っておっての。それで呼ばれたんじゃが……」
皆に見つめられ、少年は心なしか頬を紅潮させて俯いた。
「あれ?この子」
実菜はこの俯いている少年に心当たりがあった。
「実菜、この子を知っているの?」
「ほら、お披露目の時に一人でいた……迷子だと思っただけだったから……」
気にしていなかった。という言葉は飲み込んだ。
知らなかったとはいえ、その時に保護していれば騒ぎにはならなかったはず。実菜は一人、反省していた。
「兎に角、この小僧の処分はどうする?牢に入れておけば良いか?」
「子供だぞ、しかもこんな……がりがりで」
コムはシャーリンに尋ねたのだが、軍服の男が横から口を挟むとコムはあからさまにうんざりといった表情をした。
恐らくだが、二人はずっとこのやり取りをしていたものと思われる。
そのやり取りを見ていたシャーリンが「ふっ」と、笑みをこぼした。
「そういえば、お前の息子もこの位の年齢だったか、ライ?」
シャーリンに声を掛けられ、ライと呼ばれた軍服の男は「はい!」と、元気良く敬礼した。
「コムさんは酷いんです!こんな病気の子供を牢に入れろと言うんです!」
「じゃから!!」と、コムは言いかけたが、いい加減言い飽きたらしく肩をすくめるだけに留まった。
シャーリンは笑いながら「なるほどな」と言うと、少年に近付いて行った。
「少年、お前の名前は?」
「……シャオラン」
シャオランと名乗った少年は、シャーリンとは視線を合わせようとはせず、俯いたままだった。
「はは。私と名前の響きが似ているな。ではシャオラン、自分が何をしたのか説明は出来るか?」
ベッドの横の椅子に腰掛けて、シャーリンはシャオランに優しく問い掛けた。
「……父さんと母さんはどこかに連れて行かれて何年もいない。でも姉さんは側にいてくれたから……」
暫く黙っていたシャオランが話し出したのは質問の答えとは違うが、シャーリンは黙って聞いている。
「……お姉さんがいるのか」また黙ってしまったシャオランの言葉をなぞる様にシャーリンが口にすると、シャオランの肩がビクリと震えた。
「……姉さんが、いたんだ……でも、病気……お金無くて、苦しそうな顔のまま……死んじゃった。俺……一人」
連れていかれたというのは、拘束されたという事だろう。しかし拘束していた者達は皆、開放している。シャオランの両親が戻って来ていないという事は、もう既に亡くなっていると推測出来た。
皆、何も言えず部屋にはシャオランの嗚咽が響いた。
「何を投げたの?」
静加がしゃしゃり出て、シャオランの顔を覗き込むと、突然の事に驚いたのかシャオランの肩がビクッと揺れ、嗚咽が止まった。
「……爆竹」
シャオランが静加に答えると、横からライが「これです」と、拳の大きさの石に爆竹をぐるぐると巻き付けた物を出した。
「子供が作った物です。殺傷能力はありません。当たっても火傷程度でしょう」
そう言うと、ライはその爆竹をシャーリンに差し出した。シャーリンは何とも言えない表情でそれを受け取ると嘆息し、爆竹をロイに預けると、シャオランの手を取った。
「シャオラン、お前の両親と姉さんを助けてやれなくて申し訳なかった。私を恨みたくなるのも仕方のない事だ」
シャオランが顔を上げ、シャーリンを見返した。
「村の人達が教えてくれた……父さんと母さんを隠したのは女帝陛下だって……だから、返してって言いたくて……来た。殺されるかもしれないって言われたけど、一人だったら……死んだ方が良い」
シャーリンが、ぐっ、と息を飲んだ。シャオランはまだ両親が生きている。シャーリンが隠しているだけだと思っているようだ。
下手な事は言えない。何と答えて良いか分からず、シャーリンは言い淀んでいた。ライは声を出さず号泣していた。
「小僧、お前、死にに来たのか」
静かになった部屋にコムの声が響き、シャオランがハッとコムを見上げた。ジロリとコムの細い目がシャオランの瞳を捉えると、シャオランの瞳が泳ぐ。
「それは、ちと甘え過ぎと違うかの」
「コム!」
「いんや!自分で死ぬ勇気もなく、人に殺してもらおうなどと考える奴に優しくしてやる必要など無いんじゃ!」
シャーリンがコムを諫めるが、コムは更に語気を強めた。
「コムさん!本当にあなたは酷い!この子は酷い目に合っているっていうのに!」
ライもコムに向かって語気を強めた。
「いいんだ!!」
シャオランが叫んだ事で、また部屋が静かになった。
「分かってる。分かってるんだ……父さんも母さんも、きっと、殺されてる。
……でも、それでも俺……一人になっても、生きなきゃって、一生懸命働いて……でも金を稼いでも、すぐ盗られるんだ。
……大人には勝てないんだよ、どうしたら良いんだよ。もう、分かんなくなったんだよ」
器用な子であれば何とか上手くもやれたのかもしれないが、素直であればあるほど騙されやすいという理不尽な世界もある。シャオランはいいカモにされてたのではないかと思うと、実菜は胸が痛んだ。
「簡単じゃ」
「え?」と、シャオランがコムを見つめた。
「儂の弟子になればええ」
コムはドヤ顔で言うが、シャオランは眉を顰めた。
部屋に居る者達もコムの突然の提案に目を丸くして驚いた。
「弟子って……じいさん、何してる人なんだよ?」
「薬師じゃ。金が無くて買えなかった薬を自分で作ればええ」
「作ったって、もう、姉さんは……」
「姉さんみたいな人を助けられる仕事じゃぞ?喜べ、儂は弟子は取らん主義じゃからな。一番弟子じゃ。そうと決まったら今日から儂の家に住め」
「はあっ?!ちょっと、俺まだ何も……」
「嬢、コイツは未成年で未遂じゃった事じゃし、儂が預かっても良いかの」
コムはシャオランの意思はガン無視で話を進めていく。シャーリンは笑って頷いた。
「おお、そうじゃ、忘れとった。その前にお前は卵を食え」
「さっきから卵、卵って……」
「馬鹿者が!卵は完全栄養食なんじゃぞ?!お前は少し太らにゃいかん」
コムがシャオランに一喝した。
「コムさん!あんた、最高っす!」
ライがコムに抱きつき、ぎゅうぎゅうとするとコムは「何じゃ!儂は男に抱きつかれても嬉しくないぞ!」と、押し返し、皆の笑いを誘った。
シャオランにとって、これが幸せかどうかは分からないが、こうして、不審者による不審物騒ぎは一件落着した。
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