雨降って地固まる
海竜の姿が近付くにつれ、雨が降り出し徐々に激しさを増していった。
広場に居た者達は、雨が降り出した事で上空の異変に気付いたようで、土砂降りの中どうしていいか分からず右往左往していた。
「何だあれは?!……龍?!」
「あれは……海竜様かもしれません!!」
観衆の中には、シャーリンと元宰相のイーチェンが対峙したその時、その場に居た兵士もいた。
海竜が怖ろしい怪物でない事を知っているその兵士は、逃げ惑いぶつかり合っている者達に「慌てて逃げなくても良い」と叫ぶが雨音も重なって上手く伝わらない。
「逃げなくても大丈夫です!海竜様はきっと祝福に来たのです!!」
「祝福?……この土砂降りがか?!あれが本当に海竜だと言うなら、これはあの皇配陛下を否定しているのではないか?!」
その兵士が必死で叫ぶ隣で同僚の男が嘲笑った。
「ずぶ濡れだ。兎に角、逃げるぞ」と男は言ったが、海竜は観衆の頭すれすれまで近付き、旋回しながら観衆を舐めるように飛び始め、皆、恐怖で固まり逃げる事も出来なくなっていた。
あれが、話に聞いていた海竜か?ミナが従えているドラゴンと似た様なものだと思っていたが……だいぶ違うな。
……これはやはり、私は承認に値しない……という事だろうか。
この状態が祝福されているとは思えない。ロイは棒立ちで、雨に打たれながらぼんやりと海竜を眺めていた。
海竜は何度か旋回した後、ロイの正面に向かって飛んで来ると、顔を近付けた。
「オヌシか」
「……はっ?!えっ!!」
喰われると思い、咄嗟に目を瞑ったロイだったが、海竜から低い声を掛けられ、戸惑う間に海竜はロイの胴をむんずと掴み、バルコニーまで勢い良く飛び上がった。
「うわっ!やっぱり!」
ロイが海竜に掴まれた事で、兵士とその同僚はロイが喰われると思ったのか両手で自身の目を覆った。……が、しっかりと指の隙間から事の成り行きは見ていた。
海竜は、バルコニーで雨に打たれながらも心配そうにロイを見ているシャーリンの隣にロイを下ろすと「フンッ」と鼻を鳴らした。
「海竜様がいらして下さるとは思いませんでした。有難うございます」
シャーリンはそう言うと、喜びのあまり海竜の鼻に抱きついた。
海竜はもう一度「フンッ」と鼻を鳴らすと、さっさと空に舞い上がり消えて行ってしまった。それと同時に雨も上がり、再び青空が顔を見せた。
後で広場から見ていた者に聞いたところ、海竜は王宮の屋根にとぐろを巻く様に寝そべり、その姿が消えた後には虹が掛かっていたそうだ。
「ほら!やっぱり海竜様は祝福に来たんだ!」
「お前……絶対、信用出来ないタイプだよな」
兵士はころっと手の平を返した同僚を軽く睨んだ。
「まあ、そういうなよ。しかし……本当にいるんだな、海竜って……て事は、シャーリン様がいる限りこの国は安泰だって事じゃないか!」
そう言うと男は「やったーっ!」と諸手を上げた。しかし、そう思ったのはこの男だけではなかったようで、皆、ずぶ濡れであったが諸手を上げて歓喜に湧いていた。
何事も予定調和とはいかない。予定時刻は大幅に過ぎてはいたが無事にお披露目はお開きとなり、泥だらけのロイとシャーリンは皆に手を振りながらバルコニーから部屋へと戻って行った。
「文字通り、雨降って地固まる……なのかしら」
窓にへばり付き、ロイとシャーリンがバルコニーから部屋に入って行くのを見ながら実菜が誰に言うでもなく呟くと、静加は「結果良ければ全て良し」と呟いた。
「いやぁ、びっくりしたのぅ……以前……シャーリン様が海竜様と共にイーチェンとやり合ったとは聞いておったが……本当におるんじゃのぅ」
コムは未だ半信半疑といった表情で椅子に腰掛けると、冷めたお茶をすすった。
その時、部屋にノックの音が響き侍女が入室してくると、ケビンに「ケビン様、女帝陛下が話がしたいと隣の部屋でお待ちです」と告げた。
「ん?ああ、分かった。有難う」
ケビンは侍女にそう返事をすると、実菜達に向けて「じゃ」とでもいうように片手を上げて部屋を出て行く。
侍女はケビンを見送ると、今度はコムへ「コム様、医官様がお呼びです」と告げる。
「え?医官が?何でじゃ?」
「先程の騒ぎの者の件で。との事です」
「騒ぎ?何じゃったかの」
コムは眉を顰めて首を傾げた。
「爆弾騒ぎの事じゃない?」
静加が口を挟むと、コムは合点がいったようでポンッと手を打ったが「それで何故、儂が?」と、再び首を傾げた。しかし、侍女はそれ以上は聞かされていないようで「存じ上げません」と、無表情で返した。
騒動を起こしたなら牢ではないのか。何故、医官の居る医務室なのだろう。と訝しんだが、行ってみなければ状況が分からない。
「まあ、呼んでいるなら行くしかなかろう」
コムもケビン同様、片手を上げて二人に挨拶すると部屋を出て行った。
「お茶、淹れ直しましょうか」
ケビンとコムが出て行き暫くすると、先程の侍女が声を掛けてきた。
あら、珍しい。向こうから声を掛けて来るなんて。
これもロイが海竜様に祝福を受けた影響かしら。
「………」
実菜は、無言でお茶を淹れ直している侍女の横顔を見つめた。
まただわ。この違和感。何なのかしら。
「……静加」
静加にも聞いてみようと隣の静加に声を掛けたが、何故か侍女を監視するように睨んでいるのを見て、実菜は口を噤んでしまった。
「ねぇ、実菜。そういえば、あなたメイメイに何か言ってたわよね」
静加は実菜に話し掛けてはいるが、静加の視線の先には侍女がいる。
「え?メイメイさんに?……何だったかしら」
「お面がどうとかって話よ」
「ああ、それね……何て言ったら良いのかしら。顔がダブって見えるというか……兎に角、形容し難い違和感があったのよ。メイメイさん」
うーん?でも、目の前にいる侍女にも同じ様な違和感があるのは、どういう事なんだろ。
実菜は、澄ました顔でティーポットを温めたお湯を捨てている侍女を見つめながら首を傾げた。
「私……それを聞いて考えたんだけど、メイメイはメイメイではないんじゃないかと思うの」
「……ごめん、意味が分からない」
静加の言う事は今までも分からない事が多かったが、流石にこれはもう少しヒントが欲しいところだ。
「メイメイさんがメイメイさんじゃなかったら、誰なの?なりすましてるって事?」
メイメイが誰かがになりすましていたとして、実菜が違和感を持つ理由にはならない。何故なら元のメイメイを知らないから。
そうだとすれば目の前の侍女も誰かがなりすましているという事になるが、そんな事をして一体誰が得をするというのか。
「あ!!まさか!誰かを暗殺するため?!」
「……いや、多分違うと思う。それと、その単語をそんな大声で言っちゃ駄目よ?」
「あわわ……そうよね。その考えだと同じ違和感があるこちらの侍女さんも暗殺者って事になっちゃうもんね!」
実菜はそう言い切ってから、己の失言に気付き慌てて両手で口を塞いだが遅かったようだ。そっと上目遣いで侍女を窺うと、侍女は持っていたティーポットを静かに置き、動きを止めた。
「私はねぇ……メイメイは暗殺者じゃなくて……魔物だと思うのよ」
「そう……まも……って、はあぁっ?!」
静加は動きを止めた侍女の動向を監視するかのように睨みながら衝撃の発言をした。
どういう事?メイメイが魔物?魔物がメイメイになりすましてるって事?という事は、この侍女も?
実菜は混乱して、ぽかんと口を開けたまま固まった。
「ふぉっふぉっ……勘の良い奴等じゃのぅ……面白い」
そう言って侍女がゆっくりとこちらに振り返った。
えっ?今のこの侍女が喋ったの?!
顔も声も若い女なのだが、喋り方の雰囲気はメイメイだ。
「じゃが、魔物と言われるのは、私は好かん。あんな知能の低い物と一緒にされるのは心外じゃ」
「じゃあ、そんなに魔物の気配を漂わせてるあなたは何者なのよ?」
混乱が止まらない実菜とは違い、静加は平然としている。寧ろ警戒心を解いている気さえした。
「……九尾だ」
静加の質問に答えたのは侍女ではなくまた別の声だった。しかし、この部屋には実菜と静加の他には侍女もどきしかいないはず。
今度は何ー?!誰がいるの?!
声の主を探して部屋を見渡すと、人はいなかったが尻尾の長いイグアナの様な生き物が椅子の上に乗っていた。
「勝手にバラすんじゃないよ。海竜」
心底つまらなそうに、侍女改め九尾は腕を組んだ。
「え〜っ!!海竜様〜っ?!……縮んじゃったの?」
大雨を降らせたから縮んでしまったのだろうかと実菜がおそるおそる近付くと、徐々に大きくなり、部屋半分ほどの大きさになったかと思うと、また小さくなり先程のイグアナ大の姿に戻った。
「案ずるな。大きさ位は自由自在だ」
「うわ、凄い。でも小さくなると声は高くなるんですね……かわいい」
「かわっ……」
海竜は絶句しているようだったが、ぬいぐるみの様に思えてしまい、思わず実菜は海竜を高い高いをするように抱き上げた。
「うわっ!何をするのだ!放せ!」
海竜はぶんぶんと尻尾を振り回して抵抗をするが、残念な事に喜んでいるように見えてしまっていた。
「で、九尾は何で人に化けてるの?」
「オヌシはもう少し儂に関心を持て!!」
すっかり実菜の腕の中に収められてしまった海竜が、無視されたと感じたのか静加にツッコミを入れた。
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