お披露目
広場に近付くと歓声とざわめきが聞こえて来た。
「あ、もうお披露目されてるみたいよ?」
少し話をしていた所為で遅れを取ったようだ。
実菜は小走りで広場へ向かった……が。
人が……少なくない?
王宮の迫り出したバルコニーでロイとシャーリンが手を振って群衆の歓声に応えていたのだが、広場は数千人でも入れそうなほど広い。
ぱっと見る限り数百人くらいはいそうだが、何分にも場所が広すぎて余計に少なく感じてしまう。
服装を見ると、軍隊や王宮に従事する者の他に平民も混じっているようだが、感染病の事があったとしても、それにしても少ない。
「こういうのってさ……もっと人が集まるのかと思ってた」
実菜はいつかテレビで見たパレードみたいにもっと人がひしめいていると思っていたのだが、これでは少し寂しい。
「それだけこの結婚を祝福したい人が少ないって事なんじゃない?」
実菜が敢えて口にしなかった事を平然と静加は言ってのけると、二人を近くで見ようと群衆の前の方へと進んで行った。
群衆に近付いて分かったのだが、喜んで歓声を上げている者も居れば立場上、仕方なくその場に居るといった雰囲気の者も居る。寧ろ仕方なく拍手をしている者の方が多い気さえした。
何、この温度差。こんなに、ロイは受け入れられてないの?
実菜は愕然とその光景を見ていたが、ふと気になる者の存在に気付いた。
大人達に紛れる様にして十歳くらいの少年が目に入ったのだ。
親に連れられた子供は他にもいるのでそれは珍しくないのだが、その少年は一人のようだ。何より、実菜の目を引いたのは、その少年が思い詰めた表情で俯いていた事だった。
皆が上を向いている中、下を向いている少年は目立っていた。
「ねぇ、静加。あの子……見て、一人みたい」
放っておいても良いのだろうが、親とはぐれてしまっているのであれば保護してあげた方が良いだろうと、実菜は静加に声を掛けた。
「あの子?……どこに?」
実菜に声を掛けられた静加は、周りを見渡してから眉を顰めて実菜を振り返った。
「あそこよ……て、あれ?」
実菜は指を指そうとしたが、静加に視線を向けていたその一瞬で少年は群衆に紛れてしまったようで、見えなくなっていた。
まぁ、迷子だったとしても、お家は分かるでしょうから大丈夫よね。
静加は首を傾げながら実菜を見たが、実菜は笑って誤魔化すと、それ以上、実菜も少年を気にする事はなかった。
「お前さん達、ここにおったんか」
そこへ、コムが小走りで二人のもとにやってくると「ふぅ」と息を吐く。
「お前さん達が上におらんから、探しに来たんじゃ」
「上?」
実菜や静加には二階のバルコニーの近くに部屋が用意されているのだそうだ。
コムは走って来てくれたらしく、呼吸を整えてからそう説明した。
「ケビンさんは部屋に来ておったが……誰もお前さん達を案内しないとは」
コムが苦い顔で「困ったもんじゃ」と息を吐いた。コムのその反応を見て、実菜はハッとした。
もしかして……私達も快く思われてない?!
ケビンはこういう場面での常識を持っているが、実菜達は無知である。そうでなくとも、侍女が案内するものだと思うが、そんな空気は全く無かった。
それどころか、儀式の前に居た部屋にも世話役として侍女が一人付いていたが、頼まなければお茶一つ淹れてくれなかった事を思い出していた。
その時は何も思わなかったが、それを踏まえて思い返すと、わざと何もしなかったのではないかと疑ってしまう。
「今回の婚姻は急に決まったからの……皆、戸惑っているのは確かじゃ」
実菜の気持ちを察してか、コムは部屋へ移動する途中、そう言って困り顔を実菜に向けた。
「ところで、コムさんはメイメイさんと知り合いなの?」
静加はそんな事はどうでもいいのか、話を変えた。
「え?ああ、昔な」
コムの父親も王宮薬師で、かつてコムが薬師見習いとして王宮に初めて来た時に一度だけ会った事があるという。
「一度だけしか会っていないわりには親しげに見えたんだけど?」
冗談を言い合える仲という事は、結構親しいと思うんだけど。
しかも、昔に一度会っただけなのによくメイメイさんだって分かったわね。
コムとメイメイのやり取りを思い出して実菜は首を傾げた。
「印象の強い婆さんじゃったからのぅ。当時も小僧、小僧とだいぶ揶揄されての」
「昔って、コムさんはお幾つだったの?」
小僧と呼ぶからには若かったのだろうけど、メイメイなら年齢など関係なくそう呼びそうだ。
「確か……十歳の頃じゃったと思う。まあ、見習いという名の雑用係じゃがな」
なるほど、それは小僧だわ。と実菜は頷いた。
「でも、よく十歳の時に一度会っただけのメイメイさんが分かりましたね」
「その頃と全く変わらんからの。一目で分かった」
実菜と静加は沈黙した。
「えーと、コムさんて、今お幾つ?」
「六十歳じゃが?」
「昔に会った時のメイメイさんはお幾つだったのかしら?」
「んー?そうじゃのう……七、八十歳くらいじゃったのかのぅ……兎に角、今と変わらん」
再び実菜と静加は沈黙した。
五十年前に少なくとも七十歳に見えた人が……今、九十歳?
計算が合わないのはどういう事か。よっぽど、メイメイが老けていたのだろうか。実菜は混乱していた。
「そんな事より、ほれ、部屋に着いたぞ。ここじゃ」
自分が話した内容に矛盾があると気付いているのか、いないのか。それともどうでもいいのか。コムは部屋の扉を開け、二人を部屋の中へ促した。
「遅かったではないか。もう終いだぞ?」
部屋の中に入ると、お茶を飲みながら寛いでいたケビンから笑顔を向けられた。
この部屋の窓からは、丁度バルコニーと広場が見渡せるようになっていた。
ケビンの言葉通り終了するところなのだろう。群衆に手を振っていた二人が下がろうとしていた。
「……あっ!!」
その時、一緒に窓の外を眺めていた静加が窓にへばり付き、焦った声を上げた。
「え、どうし……ああっ!!」
実菜もつられて窓にへばり付くようにすると、丁度、何者かが火花の散る塊をバルコニーに向かって投げたところだった。
「何、あれ!もしかして……爆弾?!」
実菜は叫んだが、ここからは何も出来ない。
しかし、それに気付いたロイが素早くシャーリンを庇う様に前に出てると、その塊に何かを投げつける様に手を振り上げた。
振り上げたロイの手からは水の塊が放たれ、火花の塊を包むとジュッと微かな煙を上げ、消滅した。
ロイはそれを確認すると、すぐにシャーリンを安全な所まで下げさせ、バルコニーの下を覗き込み、手摺りを越え広場へ飛び降りた。
「あ、しまった。今、私は守られる側だった」
思わず呟いたロイだったが、そんなロイを群衆は黙って見つめていた。
しまった。また、余計な事をしてしまったか……。
それまでもロイの言動は、この国においてから回っていた。
……ただこの国の者達が、新参者を受け入れる事が出来なかっただけなのだが。
しかし、今回はいつもと違うとロイは感じた。
下では既に、不埒な何者かは取り押さえられていたのだが、取り押さえた者達が取り押さえた姿勢のままロイを見上げて固まっている。
その者達だけでなく、群衆全員が固まっていた。
これは……どういう状況だ?
この反応の是非が分からず、ロイは地面に片膝をついたまま混乱していた。
「……う」
う?
一番手前に居た者が口を開いた。
「うっわーっ!!すっげー!何だ今の?!かっけー!!」
それを切っ掛けに、群衆が一気に歓声を上げた。
女性などは頬を染めて「かっこいいーっ!!」と叫んでいる。
ロイは群衆の手の平を返した反応に目を白黒させるしかなかった。そして早くこの場から離れたかったが、既にそれが出来る雰囲気ではなくなっていた。
「この国の人達って……単純……なのかしら」
窓にへばり付いたまま一部始終を見ていた実菜が思わずそう口にすると、後ろから「素直と言ってくれ」というコムの声がして実菜は己の失言に気付き、誤魔化す様に曖昧な笑みをコムに向けた。
「まあ、これからはやりやすくなるんじゃない?なかなかの人心掌握だわ」
バルコニーの上から心配そうに下を覗いているシャーリンとは対照的に歓喜に湧いている群衆を見ながら静加が感心したように、うんうんと頷いた。つられてケビンも同じ様に頷いている。
「……でも、ロイ……戻って来られるかしら。もう皇族なのに……一応」
広場ではロイが群衆にもみくちゃにされ始めていた。皇族に対してこれは不味いだろうと思うが、これがこの群衆の今の気持ちを素直に表現した結果なのだろう。
「迎えに行った方が良いかな?上に逃げた方が良いよね」
「いや、それはまた変な誤解を呼ぶと思うから止めて」
静加は空からの救出を考えたのだろうが、以前の様な誤解を招きかねない。既に外に出ようとしている静加を慌てて実菜は止めた。
「だが、しかし、離してもらえそうにないのぅ」
ケビンは美髯を撫でながら楽しそうに事の成り行きを見守っていた。
「ケビン様、もしかして……面白がってません?」
「ハッハッ。あのロイが人気者になっているのだぞ?これが面白くない訳ないではないか。
……ああ、ほれ、ロイのあんな表情は見た事なかったぞ」
いや、相手は結構な荒くれ者たちですよ?相手は戯れているつもりでも、結構な暴力になると思いますけど?
実菜はもみくちゃにされ、小突かれ回されているロイの無事を祈った。
「あーあ、白い衣装が泥だらけね。勿体無い」
のんびりした静加の言葉からは、助けに行く気は毛頭ない事がうかがえた。
「大丈夫かのぅ……ん?雲行きが怪しくなってきたかのぅ」
ふと、空を見上げたコムが眉を顰めた。つられて皆が空を見上げると黒い雲が空を覆い始めていた。
これなら皆、帰らざるを得ないだろうと考えている間にも、あっという間に空が黒い雲に覆われ「ゴロゴロ……」と、唸り声を上げた。
「やだ、雷?」
雨はまだ良いが、雷は嫌いである。実菜は眉を顰めた。
「ん?何じゃ、あれは?」
コムがそう言って空を指さした。コムが指さした方を見ると黒い雲に時折、稲光が見えるのだが、その中を何やらうごめく物がある。それは次第に雲から出てくると蛇の様な動きでこちらに向かって来た。
「……あ」
実菜と静加が同時に声を上げた。
あれは……間違えようもなく、海竜様よね?
実菜は静加を見やった。静加も実菜を見返し、お互いに頷いた。
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