婚姻の儀式
「大丈夫よ、ロイ。シャーリン様は海竜様のお気に入りだもの。きっと認めて下さるわ」
実菜は肩を落としているロイが気の毒になり声を掛けたのだが、ロイからはジト目が返って来た。
「お気に入りという事は余計に私の事を認めては頂けないのでは?」
「……そういう考え方も……あるかもね」
ロイってこんなに自己評価の低い人だったかしら。
「……こんな……陛下にも、皆さんにも……ご足労頂いて、もし承認されなかったらと考えると……いや、もしそうでも彼女の支えにはなるつもりですが」
ぶつぶつとロイは独り言のように呟いていた。
「結婚出来なくても側に居たいって、それはノロケなの?
でも大丈夫よ。何だかんだ言って海竜様って優しいし」
とうとう青い顔をしてしゃがみ込んでしまったロイの肩をぽんぽんと叩きながら静加が励ます。
「側にって……私はただ支えにと」
ロイは静加の揶揄を含んだ言葉に今度は顔を赤くした。
「側に居たくないの?」
「……居たいですけど」
実菜からしたら終始にやにやとしている静加はロイで遊んでいるようにしか見えないのだが、ロイはいたって真面目に答えている。
「何じゃ、お前さん達。まるで海竜様と知り合いみたいな言い方をするのう。
この国の者でも若い者は海竜様の名前すら知らんというのに」
メイメイは三人のやり取りを見て、不思議そうに首を傾げた。
そうだ、メイメイさんがいたんだったわ。海竜様に会った事があるなんて言ったら、びっくりして腰抜かしちゃうわよね。気を付けなくちゃ。
メイメイが「どこで……」と口を開いた時に、侍女から声が掛けられた。
「ほぅ、もう時間かぇ。ならば、シャーリン様にも説明しに行かにゃならん」
メイメイはそう言うと、侍女に連れられシャーリンのもとへと行ってしまった。
メイメイが前日に到着出来ていれば、きっと事前説明も昨日の内に終わっていたに違いない。
儀式が始まった。
神殿の中には長椅子が置かれ、そこに実菜をはじめ参列する者達が座って待っていた。シャーリン側にも三人座っていたが、その中に王宮薬師のコムの姿もあった。
この儀式自体がそういうものなのか、どちらの参列者も三人で、かなりこじんまりとした式に感じられた。
アットホームな雰囲気で緊張感の無かった神殿だったが、暫くすると弦楽器の音楽が流れ、厳かな空気へと変わると、部屋の両端からシャーリンとロイが中央へと向かってしずしずと歩いて来た。
中央で二人が揃うと正面へと向きを変え、祭壇に向き直ったところで端からメイメイが歩いて来て二人の正面に立つ。
音楽が途切れたところで、メイメイが参列者に向かってペコ、ペコと頭を下げ、正面の二人にも頭を下げると徐に口を開いた。
「これより、ロイ・スティックマイヤーと、リー・シャーリンの婚姻の儀を執り行う。
いかなる結果が出ようとも、今日、ここにお集まり頂いた者達が証人となり、結果が覆される事は決して無い。いかなる理由があろうとも、だ。
……御二方とも覚悟はよろしいな?」
普段の喋り方とは違い、はっきりと響く声でメイメイが問い掛けると、ロイもシャーリンも神妙な面持ちで「はい」とだけ答えた。
メイメイは祭壇に向き直ると、横に置いてあった銅鑼を叩く。思いの外、大きく音が響き、実菜は思わず肩をビクつかせた。
実菜の心拍数とは関係なく「この地に鎮まりまする海竜様におかれましては……」と、メイメイの祝詞が始まった。
「……今日、ここに婚姻を結ばんとする二人がおります。許される者であれば祝福を頂きたく存じ上げます」
そう言うと、メイメイは徐に祭壇に置かれていた水の鏡を取ると、掲げながらロイとシャーリンの前に置かれた台の上に置いた。
「お二人共、手を鏡へ」
メイメイに言われ、二人がおずおずと手を伸ばす。二人の手が鏡に触れた……が。
何も起こらない?
実菜は状況が気になり、祭壇の方を見ようと一人きょろきょろと身体を伸ばしてみたが、鏡に変化が起こった形跡は見られなかった。
しーん。と、その場に沈黙が流れた。ロイにしてみたら数時間にも感じられたかもしれない。
「……海竜様、それが答えでよろしいか?」
1分ほど経った頃メイメイが声を上げると、微かに参列者達がざわめいた。
「やはり、あの男では駄目だという事だ」
極小さな声であったが、静かな空間ではしっかりと響く。驚いて声の方を見ると帝国の総大将の男がロイを睨み付けており、それをコムが宥める様な仕草をしていた。
「……では、この婚姻は……」
「待って!!」
メイメイが儀式の結果を告げようとした時、思わず実菜は声を上げていた。メイメイはにやりと口角を上げ、実菜に視線を向けると「何じゃな」と、意地悪そうな声を掛けた。
「だって……」と言ったが、実菜に考えがある訳ではない。困って静加に目を向けると「仕方ないな」というような嘆息が返って来た。
「海竜様!!嫉妬は見苦しいですよ!シャーリン様の涙の結晶でも作るおつもりですか?!」
静加が鏡に向かって声を張り上げると、どこからか揺らめく光りが放たれた。
「鏡が……」
誰かが声を上げた。よく見ると、鏡には波の様な物が映っており、その波に光りが反射して煌めいている。その煌めきが鏡の外に放たれて光りが揺らめいていた。
「海……?」
実菜が呟いた時、鏡から部屋全体に飛沫が上がった。しかし、その飛沫は幻影のようで、どこも濡れる事はなかったが、鏡がただの鏡に戻った時には祭壇に虹が掛かっていた。
「では、この婚姻は、海竜様の祝福を以て成立とする。死が二人を分かつまで離れる事は許されない。よいな?」
虹が消え、元に戻っても参列者達は色めき立っている。そんな中、何事も無かったかのようにメイメイが二人に向かって結果を述べると、二人も動揺を隠せないまま「はい」と答えた。
儀式が終わっても、その後のお披露目がある。ロイとシャーリンの二人は実菜が声を掛ける間もなく、王宮の広場へと向かって行った。
「二人とも、久しぶりだのう」
自分達も広場へ移動しようかと話をしていた実菜達のもとへとコムが嬉しそうに声を掛けながら近付いて来る。ケビンはそれに気を使ったようで、一足先に広場へと向かって行ってしまった。
自分が誰なのかと説明するのが面倒だったのかもしれないが。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。その後、どうですか?」
知り合いに会えた事で実菜も嬉しくなる。
「驚くほど順調じゃ。じゃが、国民達はまだ大変な状態ではあるな」
大変とは感染病の事である。殆どの者が病に罹っても回復するようになり、完治した者は再び罹患することがほぼなくなったというが、しかし、まだ感染病が終息したわけではない。看病に追われる者達はまだ多いという。
そんなこともあり、本来であれば国民へのお披露目として街道を馬車でパレードするのだそうだが、今回は取り止めとなった。
「お二人の婚姻は時期が悪い……いや、医療に従事する者達の中ではドラゴニアン王国への評価は高いからの、その国の者との婚姻は……それは良いんじゃが……その、王宮でのお披露目は王宮関係者がほとんどじゃからの……何も無ければ良いんじゃが」
時期尚早だと言いたいのか、コムは何とも言えない複雑な顔をしていた。
先程の総大将の事もあり、ロイへの風当たりは良好とは言えないのではないかと、流石の実菜も思っていたが、コムの不吉な言葉にこれから始まる広場でのお披露目に不安を覚えた。
「ふぉっふぉっ。小僧が、相変わらず生意気じゃのう」
そこへ、水の鏡を元の木箱にしまい背中に背負ったメイメイが話に割って入って来た。
コムとメイメイは顔見知りのようだが、コムを小僧呼ばわりするとは流石である。
「婆さんは、何十年経っても、変わらず婆さんだの」
「婆さんが若い娘に変わったらおかしかろ」
コムの嫌味にメイメイは意味深な視線を静加に向けながら飄々と返した。
「そりゃ、そうじゃが、相変わらず口が減らないのぅ」
コムもメイメイにつられて静加を見やった。
そういえばコムさんには以前、静加が変な啖呵を切ったのよね。信じてなさそうだったけど。
でも、メイメイさんには何も言っていないはず……メイメイさん、何か気付いてる?
別に静加の中身が、かなりのお姉さんだという事が知られたところで何も困る事はないと実菜は思っているのだが、静加は警戒心剥き出しの視線をメイメイに向けていた。
「……早く行かないと、お披露目が始まっちゃうわ」
静加の醸し出す不穏な空気に居た堪れなくなった実菜がメイメイから静加を引き離そうと考えた結果、こう言うしか思い浮かばなかった。
「ふぉっふぉっ。まだまだ、青いのぅ」
実菜に促され、広場に向かう実菜と静加の後ろ姿に向かってメイメイが楽しそうな声を上げたので、実菜がそっと振り返るとメイメイがにやにやとしたまま二人を見送っていた。
「……お面みたい」
メイメイの細い三日月のようなその目に理由の分からない違和感があり、実菜は無意識にそう呟いていたが、どうしてお面だと感じたのかその理由は分からなかった。
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