それぞれの結婚前日
強引な展開ではありますが、よろしかったらお読み下さい。
「それにしても急が過ぎると思うのよ。私は」
目の前のティーカップに向かって実菜が呟いた。
正面にはロイとシャーリンが座っているが、正面切って言う勇気はなく、結果、ティーカップに話し掛けるという奇行となってしまっていた。
そう、ここはアンドロワ帝国の王宮の応接間である。
ロイとシャーリンの吉報が入った後、挙式が一ヶ月後でそこに実菜と静加も参列して欲しいと告げられた為、こうして挙式の前日に前乗りしているのだ。
「まあ、賛否両論ありますが、早目に地盤を固めるという結論に至りました」
ロイが他人事のようにそう言うと、お茶をすすったが、実菜は「そういう事じゃないのよ〜!!」と、心の中で叫んだ。
この電撃結婚の馴れ初めを聞きたいんじゃないの!女子は皆んなそうでしょ?!女心が分からない人ね!
「そんな事より、馴れ初めを教えてよ」
あくまでも事務的なロイに、実菜が聞いて良いものか、もじもじしていると隣の静加があっさりとシャーリンに問い掛けた。
話を振られたシャーリンは、頬を赤らめて「え……」と、隣のロイを見やった。視線を向けられたロイは「言うな」とでも言うように、顔を顰めて首を横に振ったが、シャーリンは熱を持った頬を両手で覆いながらも口を開いた。
「実は……ドラゴニアン王国で初めて会った時から、私は彼の事が気になっていたのです」
「わぁあ!シャーリン様、何を言い出すんだ?!」
シャーリンの告白にロイが慌てふためき、いつも涼しい顔か、顰めっ面しかしていないロイの表情が崩れた。
「えええ〜!!そうだったんですか?!全然気付かなかったです」
「普段もロイはシャーリン様を様付けで呼んでいるの?」
慌てるロイを無視して実菜と静加は身を乗り出した。
「そういう話はしなくても……」
「二人だけの時はリンと呼んでくれてます」
「うわあぁあ〜!!」
真っ赤な顔で止めようとするロイを、シャーリンも照れながらも無視して話を続けると、ロイはガタンッと椅子を倒して立ち上がり「外が空気で吸ってきます!!」と意味不明な言葉を吐き、部屋の外へ飛び出して行った。
「……あんなに照れなくても良いのに」
「まあ、ロイだからね」
ロイが飛び出して行った扉が閉まるのを見届けると、女子三人は顔を見合わせた。
「……私は、この喜びを共有したいだけなのですが」
「そうよね。私達にノロケたら良いと思うわ」
そう言うと静加はお茶を淹れ直して、お茶菓子も確認すると「女子会準備オッケーです!」と敬礼して見せた。
****
「はぁーっ」
ロイはバルコニーまで逃げて来ると、手すりに熱くなった頬を当て、冷やしながら息を吐いた。
何故、女性というものはあんな恥ずかしい話を人前で平気で出来るのだ?!
二人の間でのやり取りは、二人だけで共有していれば良くないか?!
「……理解出来ない」
「ほう?お前が理解出来ないとは、どんな問題だ?」
「うわっ!」
完全に一人だと思っていたロイは、背後から不意に掛けられた声に驚いて飛び上がった。
「無防備なお前は珍しいな」
「へい……」
「今はただのケビンだ」
そう、帝国にやって来たのは実菜と静加だけではなかった。国王陛下であるケビンも親友の娘の挙式に参列したい、と無理矢理ついてきたのである。
「ケ、ケビン……殿。すみません、少々気持ちが乱れる事がありまして」
「ははは!お前でも新婚ともなると、そんな風になるのだな!」
恐縮するロイを見て、ケビンは豪快に笑った。
「しかし、へ……ケビン殿、国の方は大丈夫なのですか?」
王国での帝国の評判はすこぶる良くない。その帝国と交流を持つ事など言語道断といった空気の中、挙式に参列するとは言えず、今回の件は特に近しい人間にしか告げずに出て来ていた。つまり、お忍びである。
「レインがおるからな。何の心配もしとらん。今すぐ生前退位しても良いくらいだ」
ケビンはバルコニーの手すりに手を掛け、遠くに微かに見える海を見つめた。
「ところで、両親はどうしている?」
ケビンがロイに問う。
「変わらずです。一度ついた評判を変えるのは難しいのでしょうね」
これから変えていくとはいえ、悪評高い帝国に婿に入るのである。ロイの両親からすれば人質に取られるようなものであった。
実際にはロイは王族でもなければ、地位のある家の子息というわけでもないので、人質としてはとても弱いのだが、両親としてはお断りしたい縁談である事には間違いなかった。
しかし、相手は女帝である。断れば、何をされるか分からない。仕方なく息子を差し出した、というのが正直なところだろう。
帝国に足を踏み入れるのも恐ろしいらしく、息子の結婚式だというのに不参加だった。
帝国は帝国で、家格の低い男を皇配に迎えるのは不本意のようで、ロイに対する風当たりは正直冷たい。
つまり、この婚姻は両国にとって好ましくないものであった。
「……余の事を卑怯者と思うとるか?」
正面を見据えたまま、ケビンがロイに問い掛けたが、卑怯者とは何の事を言っているのか理解出来ずロイは言葉に詰まった。
「ユースンに何かしてやれたのではないかと……今でも思うのだよ……後悔している」
ロイが無言でいる事を、どう受け取ったのかは分からないが、ケビンは話を続けた。
ユースンはシャーリンの父親でケビンの親友だった男である。
「今回ほど、聖女を羨ましいと思うたことはない……余は非難する事しか出来なかった」
ケビンは彼が国政の事で苦しんでいたかどうかさえ知ろうとせず、遠くの国から非難する事しか出来なかった事を悔いていた。それを卑怯者と表現したらしかった。
もし、その時にどうにか出来ていたら、もっと祝福される婚姻になったのではないかと、そう思っているようでもあった。
ケビンはロイに話をしているというより、懺悔している様に思え、ロイは黙って聞いているしかなかった。
「話をしていたら……もしかしたら……助ける事が出来たかもしれんのに」
熱に浮かされたかのように呟くケビンはとても苦しそうに顔を歪めた。
「ケビン……殿。「今」は過去からしか作られないようですよ」
苦しそうなケビンを見ているのが辛くなり、ケビンと同じように海の方に視線を向けながら、ロイが口を開いた。
「その……ユースン様との事があり、シャーリン様が国政を見て育ち……ケビン殿との関係があり、今があるなら……私は「今」で良かったと、幸せだと思うのは、非情でしょうか」
上手く言えないが、それまでの出来事でどれが欠けても「今」にはならない。
たとえ、それがどんなに辛い事で、取り返しがつかない事であっても……だ。
ロイに苦い記憶が薄っすらと甦った。それでも、今はレオンハルトが王であったからこその「今」だと思えている。
辛い事があって良かったと言っていると取られてもおかしくはない。ロイはケビンからの叱責も覚悟した。
ケビンは眉を顰めてロイの言葉を聞いていたが、ロイの言いたい事が伝わったのか、「ふっ」と、笑みを漏らした。しかし、残念ながら泣き笑いの様な表情になってしまっていた。
「……余の後悔も「今」に繋がる為には必要な事だったと?
シャーリンの……娘の幸せの為ならば、ユースンも許してくれる……か?」
どうやら誤解なく気持ちが伝わったようで、ロイは安心したが、ケビンが気持ちを取り直すように一度深呼吸し、ロイに向き直ったことで緊張が走る。
今はいつもの国王陛下の姿ではなくお忍びの、一般的なスーツ姿ではあるが、やはり陛下は陛下だった。醸し出す雰囲気がガラリと変わり、思わずロイは背筋を伸ばした。
暫し沈黙した後、ケビンが口を開く。
「悪評は簡単には無くならない」
「分かっております」
「お前の代では変えられないかもしれん」
「承知の上です」
「それでも、シャーリンを守ってくれるか?」
「この身に代えても」
ケビンはロイを引き寄せ、抱擁した。
「シャーリンを宜しく頼む」
「お任せ下さい」
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男子チームが熱い誓いの抱擁を交わしていた頃。
一方、女子チームは……
「私、手紙でおじさまに弱音を吐いてしまったのです。相談出来る人材が欲しい、と。
私としては、聖女様やシズカ殿を、と思っていたのですが、開けてみたら……びっくりです!!
あの時の驚きと喜びと言ったら!よく心臓が止まらなかったと、心臓を褒めて上げたくらいです!!」
興奮した様子で早口で捲し立てるシャーリンに、静加が「はい、はい!」と手を挙げ、負けじと声を上げた。
「私、私!ロイを相談役に推したの私よ!!」
「ああ!有難うございます!ああ!弱音を吐いて良かったです!」
「ロイから?シャーリン様から?」
「私が押して押して押しまくりました〜!!」
「きゃ〜!!シャーリン様ったら、肉食〜!!」
「流石〜!!シャーリン様が押して押して押し倒したのね!」
「やっだ!!シズカ殿!そこまでは出来ません!!」
シャーリンが静加の背中をぺしぺしと叩いた。
「そうよね!そこは男性から来て欲しいところよね!!」
「きゃ〜!!聖女様まで露骨〜!!」
シャーリンが両手で頬を覆った。
「……でも、ロイだからねぇ〜。ヘタレっぽいなぁ〜」
「そんな事、ありませんでした!!」
「へー」
実菜と静加ににやにやとした視線を向けられたシャーリンは「きゃー!!」と、テーブルに突っ伏してしまった。
女子チームは……大いに盛り上がっていた。
お読み頂き有難う御座いました。




