帰るとか帰らないとか
しょうもないやり取りになってしまってますが、よろしかったらどうぞ。
実菜は抱き合う二人を見て、思わず渡り廊下の柱の陰に隠れた。全く隠れる必要も無いのだが、見てはいけないものを見ているような気がしたからだ。
こういうのって、あまり堂々と見てられないわよね。
だが、隠れながらも事の次第はしっかりと見守っていた。つまり、出歯亀である。
「……一人じゃなかったし」
静加がぽつりと呟くと、「え?」とセシルが顔を上げた。
「一人じゃなかったわよ。若い男と二人暮らしだったもの」
「……え?」
静加の告白にセシルは言葉を失い、次第に顔が白くなっていった。
静加、絶対に面白がってるわね。
静加の唇が今にも笑いそうにふるふるしている事から、セシルの反応を面白がってるように見える。
静加は養子が居たと言っていた。若い男というのはその男の事を言っているのだろうが、流石にここで誤解をさせる言い方は如何なものか、質が悪い。セシルが可哀想だ。
良い雰囲気だと思ってたのに、ここでふざけますかね。
苦い気持ちで実菜は見守るという名ののぞきを続行した。
「じゃ、じゃあ、やっぱり、ニホンへ……帰るの?」
「何の話よ」
魂が抜けかけている様子で、そう呟いたセシルに静加は眉を顰めて首を捻った。
静加の馬鹿たれ。私がフォローしたのにまたセシルがおかしな事を言い始めたじゃない。
実菜は何をどうフォローしたつもりでいるのか分からないが、二人に集中していて背後に歩み寄る人影に全く気付いていなかった。
「んぎゃっ!!」
不意に首根っこを掴まれたかと思うと後ろに引っ張られ、実菜は潰された猫の様な声を出した。
恐る恐る振り返り、その引っ張った腕を辿って顔を見上げると、ロイの半目と目が合った。
「あなたは何故、のぞきのような事をしているのです?」
のぞきのような、ではなくのぞきです。とは言える雰囲気ではなく、実菜は曖昧な笑みを返した。
「うちの師団長がどこぞで油を売っているようでしたので、探しに来たのですが……」
そう言ってロイは視線を実菜から外し、静加とセシルに向けると嘆息した。
「何故こんな所でちちくりあっているのですか?あの二人は」
ち、ちちくり……ロイの口からそんな単語を聞く日が来るとは思わなかったわ。
「ア、アノ……ハナシテクダサイ」
ロイの言葉には動揺させられたが、いつまでも首を掴まれているのは居心地が悪い。
「何故カタコトです?ああ、すみませんね。少し気が立っていまして」
そう言うとロイは実菜から手を離した。
そういえば確かにいつもより疲れた顔をしているわね。
静加が言ってた鬼教官てロイの事かと思ったのだけど、教官てそんなに疲れるのかしら?
「鬼教官て疲れるの?」
あ、そのまま言っちゃった。
「ストレートですね。鬼にならざるを得ないですし、疲れるのですよあの方を相手にするのは。
……で?この状況は何なのですか」
鬼である自覚はあるようだ。しかし、この状況を説明するにしても、実菜もよく分からない。
「愛を確かめ合っている、とか?」
「ですから、何故ここで?」
「成り行き、とか?」
実菜は首を傾げた。セシルが突然、静加に飛び付いたのだ。そこはセシルに聞いて欲しい。
実菜とロイがそんなやり取りをしていると、セシルがこちらに気付き、猛ダッシュでこちらに向かって来た。
「ロイ!!僕は決めたぞ!僕は、ニホンに帰る!」
「そもそも、あなたはこの国の住人ですが?」
「うぐっ……」
「一先ずここを離れませんか」
ロイに言われ周りを見ると、窓から好奇心たっぷりの視線がいくつも向けられていた。
「……今度はどんな噂が立つやら」
ロイは、ふう、と息を吐いた。
****
「大体のところは分かりました」
セシルの執務室に退散し、事の次第を説明したところでロイが口を開いた。
「つまり師団長は、ミナに会いに行ったらシズカもいたので、一人になるのを待って抱きついたら、シズカが戻って来てしまったので抱きついて誤魔化した。と」
「激しく違う!!それじゃ全く別の話だ!」
ロイのややチクチクした言い方に、セシルが机を叩きながら激しく抗議した。
「現場を見てた人間からしたら、真実など大した問題ではないらしいですよ?面白ければ良いのでしょう」
うんざり、といったロイの言葉はどこか説得力があった。
いつかの「ロイが振られた」の一件は未だに尾を引いているらしい。今度は「実菜が横恋慕していた」等と噂が立ってしまったら、たまったものではない。実菜は憂鬱になって来た。
「そもそも何で私が日本に帰る事になっている訳?」
まだ聞かぬ噂話に実菜が憂鬱になっていると、隣で静加が心底不思議そうな声を上げた。
「だってシズカが……」
「私がいつ言ったのよ」
「ゔ……誰も言ってないけど」
「でも……」と、何か言いたげなセシルに皆の視線が向けられた。
「セシルは静加と一緒に住みたいのよ」
たまらず実菜が助け舟を出したつもりだったが、言葉が足らなかった。
「それが何で日本に帰る事に繋がるの?」
静加がセシルに向けて首を傾げると、セシルが静加を辛そうな瞳で見つめた。
「僕と一緒に住みたがらないのは、ニホンに帰るつもりでいるからじゃないの?
僕と結婚したのだって……仕方なくって感じだったし。その……こ、恋人もいるんでしょ?」
そう言うとセシルは机に突っ伏してしまった。自分で言った言葉にダメージを受けてしまったらしい。
「何だ、そんな事?」
静加は目を丸くしているが、セシルは静加の言葉にガバッと顔を上げた。
「そんな事って!」
「私、若い男と住んでたけど、それが恋人だなんて一言も言っていないわ。養子よ」
うん。最初からそう言っていれば良かったのよ。実菜はひとり頷いた。
「よう…し?でも養子って事は子供だろ?」
「あの子はもう大人だもの。一人でも大丈夫よ。そのように育てたし」
「じゃあ、なんで……」
「一緒に住まないかって事?住む家って、前に連れて行ってくれた屋敷よね?」
セシルは無言で頷く。ロイは冷めた顔をして終始無言でいる。実菜も同じく無言で二人を見守った。
「あんな、百人も住めそうな広い屋敷に二人で住むなんて、私は嫌なのよ」
「……へ?それだけ?」
今度はセシルがきょとんとした。
「大事な事よ。掃除するのも大変じゃないの。だいたいね、門をくぐってから玄関に到着するまで馬車で5分もかかるって異常よ?」
「普通……じゃないの?掃除が嫌なら使用人を雇えば良いし、というか、そんな事させないし。現に今だって定期的に屋敷と庭の手入れをしてもらっているんだけど?」
前世の記憶があるとはいえ、セシルはこの世界で育ってきたのだ。しかも公爵家の子息として。
しかしセシルにとっては普通の事でも、一般庶民として生きて来た静加にとっては受け入れ難い生活である。ただそれだけの事だった。
「いや、これからはその雇う為のお金も私達が払うという事でしょう?私達のお給金で、あの規模の使用人のお給金を出せるとは思えないのだけれど?
それとも、屋敷の維持費は今まで通り親に出してもらうつもり?」
「ゔっ」
「私、その事は何度も言ったはずだけど?セシルの「住む家」の概念を変えてもらわないと、一緒には住めないわよ」
静加の言う事はもっともだった。
「つまり、今回の騒動は師団長の常識の問題という事で、この話は終了ですね。後は勤務終了後にお二人で話し合って下さい。
では、師団長、昨日の残りの事務処理を進めて下さい」
ロイが事務的に話をまとめると、セシルがげんなりとした表情に変わった。
「どうして僕一人で全部やらなくちゃいけないんだよ」
「……今まで私一人でやっていましたけど?それに、そもそも師団長の仕事ですし?」
呆れた話だ。師団長の仕事がそれだけではないにしても、今までセシルは何をして来たのだろうと不思議に思う。これでは魔力だけの師団長と言われても致し方ない。
それにしても。と、実菜は首を傾げた。
どうして急に仕事をさせるようになったのかしら。
首を傾げた実菜にロイが気付くと、苦笑いを実菜に返した。
「私が甘やかして来たのがいけないのですが、そうも言っていられない状況になりまして」
そう言うとロイは静加にちらりと一度視線を向けた後、ふうー、と長めに息を吐いた。
「どこぞの師団員が陛下に進言したようで」
「進言?」
師団員といえば、セシルの部下という事だ。上司が仕事しない。とか、告発みたいな事かしら。
「ええ、アンドロワ帝国が我が国に相談役になる人員を求めてきたらしいのですが、その相談役を私にしたらどうかと、進言した者がいたらしいですね。
一体何を企んでいるかは分かりませんが。陛下に頼まれるという事は、いわば命令ですから」
あ、何か全然違う話っぽいわ。
「相談役?」
「国を立て直す為に、国外の人間の意見を聞きたいとの事です。何故、私なのか……」
そこで再びロイは静加を見やったが、静加はスッと視線を外した。
「それって、凄い事なんじゃないの?ロイが認められているって事じゃない。凄い!」
「……そう、ですね」
実菜は素直に褒めただけなのだが、何故かロイからは冷めた視線を送られた。
「そうよ!国の立て直しなんて、ロイに向いているじゃない!」
不自然にも見える程、大袈裟な仕草で静加が言うとロイはギロリと静加を睨んだ。
「つまり……ロイが暫く帝国に行ってしまうから、セシルに仕事を叩き込んでいる。という事?」
「そういう事です。何しろ帝国が落ち着くまで無期限で、という無茶苦茶な話なのでいつ帰って来られるか分からないのです」
うわ。無期限て……これはシャーリン様に頑張ってもらうしかないわね。
「陛下はシャーリン様を可愛がっている雰囲気だったから、きっと力になりたいのでしょうね」
「その様ですね。だから、余計に気が重いのですよ」
そう言うとロイは指でこめかみを押さえた。ロイが疲れているのはこの事が原因のようだった。
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