親の気持ち
嵐の様なアリスを見送った後、暫く固まっていた三人だったが、伯爵が「青春ですねぇ……羨ましい限りです」と呟いた事で実菜は我に返った。
「あれって……絶対勘違いしてるわよね?!」
先程のアリスの様子では明らかに実菜の事を恋敵としていた。
確かにデイビッドが見違える程男らしくなった事は否めない。だかしかし、お互いにそんな甘酸っぱい感情などは全く無い事は分かるはず。
どこをどう見たらそう見えるのかしら。恋は盲目とはよく言ったものね。「自分が好きな人は皆が好き」とでも思っているのかしら。
「そもそも、静加がおかしな言い方をしたからじゃない?」
「え?どこがよ?」
そうよ、静加が変な言い方でアリスを煽ったからじゃない。逆恨みで嫌がらせでもされたらたまったもんじゃないわ。
「もう相応しい人がいるとか、いないとか、言ったじゃない」
「ほぇ〜、実菜は自分が相応しいと思ってるんだ」
静加が揶揄するように大袈裟に肩をすくめると、伯爵がその隣で「コホン」と咳をした。
「そうは思ってないけど、あの状況だと……」
「どの状況?……例えば、照れながら話をしている男とその話を聞いて泣いてる女。とか?ついでに言うと、その男に惚れてる別の女がそれを遠くから見ている。とか?」
あ、あれ?あれれ〜?
アリスのいた所からは距離があったし、何を話しているか内容までは分からなかったはずだ。
確かに……そりゃあ、勘違いしますわな。
想いを告げられて、それを喜んでいるの図。に見えなくもない。いや、実際にそうなのだが、想いの内容がアリスの想像とは全く違う。
ある意味、私の方が盲目だったかも。
実菜は己にも非があった事に気付き、うろうろと目を泳がせていると、そこへ伯爵が「ウオッホン」と大き目の咳払いをした。
「伯爵、体調が悪いのですか?」
「……いえ、そういう訳ではないのですが」
そういえば先程も咳をしていた。風邪でも引いたかと実菜が問い掛けると、伯爵からは半目が返って来た。
静加はけらけらと笑いながら「この人こういう人だから」と言って伯爵の背中をぱしぱしと叩いている。
伯爵は仕切り直すように、もう一度小さく咳払いをした。
「……まあ、男女間の云々はご自身で気を付けて頂いてですね」
伯爵は静加に叩かれたのが痛かったのか、背中を擦りながら話しを続けた。
「いえね、我々は聖女様達にいつまでも滞在して頂いて構わないのですが……寧ろそうして欲しいくらいですが、もし帰られる時は領民達が畑に出ている時間。今くらいの時間がよろしいですよ。
そうでないと……また騒ぎになってしまいますから。
それを、一応お伝えしておこうかと思いまして」
なるほど、お見送りの宴、とか送別会みたいな事にならないとも限らない。
「じゃあ、もう帰ろっか」
「えっ?!」
静加はあっさりと帰る宣言をすると、実菜の意思は確認する事なく畑に手伝いに出ているジョンとトイを呼びに、とっとと行ってしまった。
「……あなた達、ここに残る?」
実菜が伯爵と共に屋敷の玄関に戻って来た辺りで三人が走って戻って来たのだが、ジョンとトイを見た実菜は、思わずそう口にしてしまった。
団服の上着を脱ぎインナーだけの状態で、そこらじゅう土で汚れた二人は、とても魔導師団には見えなかった。
どう見ても農夫だわ。
「馴染み過ぎっすかね?」
そう言って二人は、笑いながらその場で上着の袖に腕を通すとベルトを外し、着衣を整え始める。
「ちょっと!そこまで馴染まなくても良いのよ!」
「あ、すんません。つい」
二人はズボンまで下ろそうとしたが、すんでのところで下着が見えない様にゴソゴソと整えた。
この調子で王都に戻って大丈夫だろうか。
順応能力が高いのも考えものだとは知らなかったわ。
「でも、本当に帰っちゃって良かったの?」
帰路についた馬車の中で実菜は静加を窺った。
「まぁね、あの伯爵はしっかりしているから大丈夫よ。困った事があったら必ず連絡するようにって念も押してきたし」
確かに、あの伯爵であれば必要に応じて向こうから進言しそうだ。
「それに、ここに来たのは陛下にデイビッドの様子を見てくるように頼まれたからでもあるし。その用事も済んだから、もう良いのよ」
「陛下から?」
「親って、そういうものなんじゃない?何だかんだ言って、気が気じゃなかったんでしょ?良い報告が出来るから安心したわ。
……まあ、嫁候補に関しては、一波乱ありそうな気もしなくもないけど」
静加がくすくす笑いながら、意味深な視線を実菜に向けた。
「静加、絶対に面白がってるでしょ。不吉な事を言うのは止めて頂戴」
「あら、恋愛っていうのは、障害があった方が燃えるんじゃないの?」
「無駄な炎上はしなくていいのよ。誤解したままアリスが何か仕掛けてきたらどうするのよ」
大した事はしていないとは言え、前科はあるのだ。襲って来ないとも限らない。
「彼女は何か出来るほど賢くないわよ。それにきっと、伯爵がどうにかしてくれるわ」
辛辣な上に他力本願ですか。
これではアリスに言った台詞も、わざと誤解させるように言ったとしか思えない。しかも後始末を伯爵に押し付けるような発言をしている。実菜には静加が何を考えているのか分からなかった。
だけどそっか、だからこんなあっさりと帰るのか。
てっきり早く帰りたい理由でもあるのかと思ったけど……。
「………」
実菜は思わず静加をじっと見つめた。
「何よ?大丈夫よ、アリスは監視されているんだから。襲って来たり出来ないわよ」
「そうじゃなくて……今更だけど、よくセシルがついて来なかったなぁって思って」
もしかしたら何日か滞在する事になっていたかもしれないのだ。あのセシルの事である、ついて来ていてもおかしくはなかった。
まあ、仕事だからね。流石のセシルもそこは弁えているか。
「あ〜……多分、今、鬼教官から仕事を叩き込まれているだろうから、それどころじゃないだろうね。
……そもそも、今回の事は伝えずに来たし」
鬼教官とは何だ。静加の言っている意味が分からない。いや、それよりも……。
「伝えずに……来たの?」
「ロイからセシルに伝えるなって、箝口令が敷かれたのよ」
「か、箝口令?……そこまで」
セシル……そこまで信用されてないのね。ロイの気持ちも分かるけど、夫婦なのに妻がいつ帰るのか知らされないのも、それはそれで可哀想ね。
実菜はセシルに同情しつつ窓の外に視線を向けると、外は既に日は落ち、暗くなっていた。
……今日中に帰れるかしら。
次の瞬間に実菜はセシルに同情した事などすっかり忘れていた。
****
「私が陛下に報告に行ってくるから、実菜は研究室で待っていて」
翌日は午後からの出勤にしたこともあり、ゆっくりと研究室へ向かっていると、途中で静加とばったり会った。
「私も一緒に行くわよ?」
静加がどんな報告を陛下にするのか気になり、実菜も一緒に行こうとしたが「二人も行く必要ない」と静加にバッサリと切られてしまった。
「仕方ない、研究室に行くか」
渡り廊下で静加を見送ると、研究室へ向かおうと振り返った時だった。
建物の陰から人影が飛び出したかと思うと、実菜を羽交い締めにし、口を塞いだ。
「っ?!」
しまった!!油断してたわ!今度は何よ?!
奇しくもそこは、シェーンが現れた所だった。嫌でも悪い想像をしてしまう。
「しーっ!シズカに気付かれるかもしれないだろ?!」
「もががっ?!もがもがっ」
セシル?!何してんのあんたは?!と実菜は言いたかったが、声にはならなかった。
「大声出さないでね」と言いながら、セシルが実菜から手を離した。
「一体、何事よ?」
ただのイタズラだとしたら質が悪い。しかも、静加に知られたくないとは、どういう事だ。実菜はセシルを睨む様に眉を顰めた。
「そんな顔をしないでよ。ミナに聞きたい事があるだけなんだから」
「だったら普通に聞きなさいよ。何でわざわざ驚かす必要があるのよ」
「あ、そうか、ごめん。最近のミナはシズカと二人でいる事が多いから、一人になる所を狙ってて……焦っちゃった」
てへ。という雰囲気でセシルは言っているが、その内容はストーカーの供述である。
「あのさ、それでミナはさ……ニホンに帰るの?」
実菜の心情など気付く事もなく、セシルは本題へと入った。しかも、若干もじもじしているのが気持ち悪い。
「日本に……?それ、ね……」
「シズカも連れて行く気なの?!」
……質問したなら、答えを聞けよ!!
しかし、セシルは真剣な表情で実菜の肩を掴み、揺さぶる勢いで迫って来る。
「シズカは帰る気でいるんでしょ?!だから、僕と一緒に住んでくれないんじゃないの?」
セシルは泣きそうな、辛そうな表情をしているが、実菜は激しくイラッとした。
静加は日本に帰る素振りなど一度も見せていない。それどころか、この国の将来の為に自分が出来る事を考えて動いている。
「バチンッ!!」
乾いた音が渡り廊下に響いた。
「い、いひゃい」
実菜が両手で、セシルの顔を挟むようにして叩いた音だった。
「セシル、あなた……静加の何を見ているの?ちゃんと見ていたら、そんな事、絶対言えないわ。
静加はね、静加は……ああ!もう、いい!!
……そうよ、こんな男には静加は任せられない。私が日本に連れて帰るわ!!」
「そ、そんひゃ」
連れて帰るとは言ったが、静加はきっと、この国に残る。実菜は悔し紛れにセシルの頬を両手で横に引っ張った。
何で自分の事しか考えていないような、こんな男が良いのよ、静加は?!
「……嘘よ、静加は日本では83歳で亡くなった事になっているはずだもの。今の姿で帰ったって、戸籍がないわよ」
思わずセシルを叩いてしまったが悔しい気持ちは収まらない。が、静加がもう選んでいる事は分かっている。これは八つ当たりだった。
「は、はち……じゅう?」
セシルは実菜に叩かれ赤くなった頬を擦りながら目を見開いた。
「……ねえ、何で私を取り合う様な微妙な三角関係が出来上がっているワケ?」
「静加!!」
「シズカ!!」
振り返ると、陛下の執務室に向かったはずの静加が苦い顔で腕組みをして立っていた。
「セシルが浮気してるって皆が騒いでいるから、戻らざるを得なかったのよ」
そりゃ、渡り廊下ですからね、丸見えですよね。
「げふっ?!」
突然セシルが静加に向かって走ったかと思うと、タックルをする様にして抱き締めた。勢いが良過ぎた所為で、あまり色気の無い声が静加から漏れた。
「シズカ……83歳だって……」
「うん、そうだね」
「ずっと結婚しなかったの?」
「うん、そうだね」
「ごめん、何十年も一人にして」
「ううん」
セシルは静加の髪に顔を埋める様にして、更にぎゅっと力を込めた。
実菜としては母親の気持ちに近い親友を取られるような気持ち。と、ご理解下さい。
お読み頂き有難う御座いました。




