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聖女として召喚されたので、期待に応えてみた結果  作者: 珠音


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アガギア領の視察②

目が覚めると、いつもと違う天井が目に入った。


あれ、私……ああ、そうか、アガギア領に来てたんだっけ。


寝惚けた頭で実菜は昨日の事を反芻した。

あの後、伯爵から晩餐に呼ばれたのだが、そこへ領民達がなだれ込んで来たかと思うと、一気に飲めや歌えのドンチャン騒ぎの宴会と相成った。

20人はいただろうか、最初は恐縮していても酒が入れば、調子に乗る奴は少なからず居るものである。そして、喧嘩を始める奴等も居るのである。

昨夜もそれで大騒ぎになったのだ。


しかし、意外だったのは静加だった。


「まさか、下戸の笑い上戸だったとは……」


実菜は、隣のベッドで未だ眠りこけている静加を見ながら呟いた。

男達の喧嘩を見ながらケラケラと笑い続ける静加には恐怖さえ感じた。何かおかしなキノコでも食べたのではなかろうかと心配した程だ。

……葡萄酒をひとくち呑んだだけなのに。


でも……デイビッドは来てなかったわね。


実菜の目的は彼の様子を確認する事だ。


彼の性格を考えたら、領民達と上手くいっていなくても仕方ないか……。


実菜は一気に気が重くなったが、そんな事も言ってはいられない。気合を入れてベッドから起き上がると、タイミングを見計らったかのように部屋の扉が遠慮がちにノックされた。


「あ、起きていらっしゃったのですね」


実菜が扉を開くと、メイドのルルが部屋の中を窺いながら静かにワゴンを押して入って来た。

ワゴンの上には顔を洗う用の洗面器と水の入ったピッチャーが乗っていた。ルルはワゴンを隅に置くと、何か言いたげに実菜をチラ見しながらモジモジとエプロンの裾にシワを作っていた。


「どうしたの?」


あまりにもルルが「どうしたの」待ちをしているので実菜が声を掛けると、待ってましたとばかりにルルは破顔し、実菜の両手を取るとぎゅっと握った。


「私、聖女様のお陰で、またここで働かせて貰えてるんです!!本当に有難うございます!!」


「それは……昨夜も聞いたわ。でも良かったわね」


そう、昨夜の宴会では領民だけでなく、途中から使用人達も一緒になって騒いでいたのだ。

そしてルルは泣き上戸であった。今と同じ様に実菜の手を取り、何度もお礼を言われたのだ……泣きじゃくりながら。

泣きじゃくりながら抱きつかれた時には、流石にどうしたものかと困った。しかも、その後もずっと実菜にくっついてまわっていた。


「じゃあ、顔を洗うから」


いつまでも手を離そうとしないルルに、さり気なく離すよう促したのだが、効果は無かった。


「いくら伝えても、伝えきれないんです」


いや、本人がもう十分なんですけど……そもそも、ルルの件は静加の功績だし。でもまた泣かれても困るしな。


ここの人達は何かと聖女様の功績にしたがる節がある。実菜もそこは訂正するのは無理だと諦めていたが、いつまでもこのままでは日が暮れてしまう。


「このままじゃ、顔を洗えないわ」


「もう少しだけ聖女様を感じていたいです」


おおう。これは変な方向に話が行っていないか。


縋るようなルルの様子に実菜は激しく困惑した。


「いや、でもね、そろそろ……」

「お腹空いた」

「そう、お腹空いた……って、静加、起きたの?」


見るとベッドから起き上がった静加が寝ぼけまなこで目を擦っていた。

その時ルルの手から一瞬だけ力が抜けた。その瞬間、実菜は手を引き抜きルルから距離を取った。


「静加、ご飯の前に顔を洗わないと」


悪気は無かったが、ルルにくっつかられたままでは何も出来ない。実菜はピッチャーを手に取ると、洗面器に水を注いだ。


「うん、どこー?」


静加はまだ寝惚けている。


「こっちよ」実菜は振り返って静加の手を引いた。ルルはというと、口を尖らせ自身の両手を見つめていた。


何だコレ……ここ、保育園か何かかしら。


「きっと、お母さんて大変なんだろうなぁ〜」と、ぱちゃぱちゃと顔を洗っている静加を見ながら実菜は漠然とそんな事を感じていた。



そんなこんなで、朝食は伯爵も混じえ実菜達と五人で取っていたのだが、それは伯爵の謝罪から始まった。


「昨夜はすみませんでした。あそこまでお祭り騒ぎになるとは思ってもみませんでした。

ルルも……年齢はそこそこですが、少し子供っぽい所がありましてね」


伯爵は朝から汗が止まらないようだ。しきりにハンカチでおでこを拭いている。

普段からルルの聖女様熱は高いらしかった。

静加は記憶が曖昧なのかキョトンとしながら厚切りベーコンと格闘し始めた。ジョンとトイはすっかり領民達と馴染んで一緒に騒いでいたので、曖昧な笑みを伯爵に返した。


「ルルは……甘えん坊さんなんですかねぇ」


今朝の事を思い出しながら実菜も曖昧な表現をすると、伯爵の眉尻が更に下がった。


「ここで働く者の殆どが孤児ですから、皆そうなのですが、特にルルは甘える時に甘えられる大人が近くに居なかったようで……聖女様に母性を感じているのかもしれませんな」


「母性……ですか」


そう言われて思い返すと、台所仕事をしている母親に纏わりつく子供の雰囲気に似ているとも思えなくもない。つまり、甘えているという事なのだが。


「聖女といったら母性の象徴みたいなもんだもんね」


満足気にベーコンを口に運びながら静加が補足した。


母性の象徴って……それは聖女じゃなくて、聖母なのでは?!


「そうですね。我々にとって聖女様は理想の女性像ですから」


そうなんだ?!どうしよう、こんなのですみません。て、感じだわ。

そもそも独身の私に母性を求められても困るんですけど。


急に実菜の肩に重いプレッシャーが伸し掛かり、口に運んだパンの味が感じられなくなっていた。



「そう言えば昨日は予定よりも随分早いご到着でしたが、早く出られたのですね?」


場の空気を変えようと伯爵が話を変えた。


「早くも出ましたけど、休憩も入れなかったのでその分早かったですね」


「そう……休憩も取らずに……だったのですね」


実菜は真実をそのまま述べただけなのだが、伯爵の様子が少しおかしい。動揺しているのか、微かに目が泳いでいた。


「あ、それは、俺等が交代で走らせてたんで休憩の必要がなかったんですよ」


トイが伯爵の言葉に説明を入れた。


「そうですか、それは良かった」


伯爵はそう言葉を締め括ったが、どこかしんみりとした雰囲気が残っていた。


「旦那様……」


そこへ、隅に控えていた執事のセバスが伯爵に近付き、耳打ちをした。


「……そんな物があったか?」


伯爵は眉を顰めたが、実菜達の視線に気付くと笑顔を向けた。


「申し訳ございません。私とした事が、うっかり仕事を残していたようです。皆さんはゆっくりしていて下さい」


伯爵はそう言い残すと、自身の執務室へと姿を消した。だが、何故かセバスはこの部屋に残っている。


いつも主人に付き添っている訳ではないのかと、実菜が不思議に思っていると、セバスがこちらに向かって頭を下げた。


「主人が空気を悪くしてしまい、申し訳ありません。ですが、少し我が主の事を知って頂きたく、お耳をお借りしても宜しいでしょうか?」


「どういう事でしょう?」


各々が口をもぐもぐさせながら、首を捻ってセバスを見やった。


「お恥ずかしい話ですが、旦那様は以前は今とは全く違う人間でした。

領民達を働かせるだけ働かせ、寝食も最低限しか与えない。そして、そこから得た収益は全て自分の物という、はっきり申し上げれば、最低の人間でした」


セバスの言葉に、皆の口の動きが止まった。

今の伯爵からはとても想像が出来無い。そして、そんな話をするセバスの思惑も分からなかった。


そんな伯爵が変わったのはある事故がきっかけだったそうだ。

当時、伯爵には夫人と子息が一人いたが、ある日急用で二人は日帰りで王都へ出掛けた。その帰り道で馬車が道を外れ、崖から滑落し馬車は大破、夫人と子息は放り出された拍子に大木に叩きつけられ即死。

原因は恐らくは御者の居眠りだと思われた。その時、御者を務めていた者も即死だったが、普段は農地の仕事をしていた領民で、睡眠もそこそこに駆り出された者だった。


「旦那様は、領民達を物の様に扱っていた事を激しく後悔しました。そこで初めて全ての人間が等しく同じ人間なのだと気付いたのです。

それに気付く為に払った代償はとても大きいものでしたが。

……もう、30年以上も昔の、若い頃の話ですが。

旦那様は皆様が休憩せずにいらしたと聞いて、少し昔を思い出したようです」


なるほど。先程の伯爵の動揺はそれだったか。


「それは、申し訳なかったです」


セバスは実菜に向かって首を横に振り、優しく微笑んだ。


途中にある休憩所も、領民達が農産物を運ぶ時の為に作った物だった。


セシルは魔物討伐の為に用意してくれたものと思っていたみたいだけど、ずっと前からあの休憩所はあったんだわ。皆の安全の為に。


「色んな所から働き口の無い若い者を引き取って来るのも贖罪のつもりだったようです……最初は」


今では本当の息子、娘の様にその成長が生き甲斐になっているようだ。


「……何も血縁だけが家族ではないわよね」


静加がオレンジジュースの入ったグラスを揺らしながら呟いた。その呟きにセバスは頷き、ニッコリと微笑んだ。


「ええ、今では大家族です」


そういえば、静加も日本に養子がいるのよね。


実菜は複雑な気持ちでお皿の上の目玉焼きをつついたが、すっかり冷えてしまっていた。


「では、私はそろそろ旦那様を誤魔化しに行きませんと。あと、この話をした事は、旦那様には内緒でお願い致します」


セバスは嘘をついて伯爵を部屋から出したのか。


実菜は呆れてセバスを見ると、セバスは茶目っ気たっぷりのウィンクをして見せた。……つもりだったのだろうが、残念ながら両目を瞑ってしまっていた。


「伯爵は良い執事を付けているようね」


部屋の扉が閉じたのを確認してから、静加が言った。

静加が言ったのが言葉通りなのか、揶揄なのかは分からなかったが、実菜はその言葉に頷いていた。

いいね機能なるものまで出来るとは……と思いましたが、実際に自分の作った物が肯定されるのは凄く嬉しいと改めて実感している今日この頃。


ブックマーク登録や作品評価、いいねをして下さった方々。有難うございます。本当に励みになっております。


お読み頂き有難う御座いました。

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