アガギア領の視察
実菜視点に戻ります。
季節感を出すのをすっかり忘れていましたが、11月頃と思って下さい。
「ついこの間ここを通ったのが、何年も前の様な気がするわね……」
実菜は日が昇り始めた外の景色を見ながら感慨深そうに呟いた。
今、実菜は静加と共にアガギア領に向かう馬車の中に居る。出来るだけ早い時間に到着出来るようにと、朝日が登る前に王宮を出発していた。
「色々あったからねぇ〜」
静加が言うには、初めて経験する事は時間が経つのが遅く感じられるらしい。子供の頃の方が一週間が長く感じたのは、慣れない事が多いから。と、そういう事らしいのだが。
そう言われれば、日本にいた頃は毎日同じ事の繰り返しで、一週間が本当にあっという間だった気がするわね。
この世界に来てからまだ一年も経っていないのか……。
実菜はふと、視線を景色から静加に移した。
「静加はどうして薬屋になろうとしたの?そんなに好きなんだ?」
日本でしていた仕事をこの世界でもしようなんて、よっぽど好きなんだろう。
「魔法の方が面白いし、そこまで好きではないけど……」
そう言うと静加は、実菜とは対照的に馬車の外に視線を向けた。
「人間てさ、退化しながら成長してるって知ってる?」
突然、静加はこの話に関係無さそうな話を実菜に振った。
退化は能力が無くなるとか、消えるとかよね。それと成長?真逆の事だと思うけど。
「どういう意味?知らないわ」
実菜は素直にそう答えた。
「例えば、赤ん坊は何語でも話せる能力を持って産まれてくるの。でも、周りが話す言語を聞いてそれを覚えるでしょ?そしたら、その言語以外の言語を話す能力を切り捨てちゃうの」
「確か……幼いうちに習得しないとバイリンガル、トリリンガルとは言えないとか。そういう事?」
実菜でもそのくらいの知識はあった。
「うん、まあ、そんな感じで、その場所で生きて行くのに不必要な能力を切り捨てながら成長して行くのが人間なわけだけども。
そういう考え方でいくとこの国に生きる人間は魔力を切り捨てたんじゃないかと思ったの。
……長い時間を掛けてね」
実際、昔は魔力を持たない者の方が稀だったが、今では魔力持ちは国民の半数にも満たない。
「つまり、昔は魔力が必要だったけど、今では必要ないから魔力を持たずに生まれてくるようになったと、そう言いたいの?」
「あくまでも個人的な考え方よ。それに、正確にいうと魔力を開放させる能力を切り捨ててるんじゃないかと思ってるわ」
うーん?魔力自体は持っているという事かしら。何だか複雑な考え方ね。でも、それが何で薬屋に結び付くのかが分からないわ。
実菜は静加の話を聞きながら首を捻った。
「あと何年かは分からないけど、いつか魔力持ちはいなくなるんじゃないか。と思うわけよ」
このペースでいくと、百年くらいでそうなるのでは。と、静加は考えているらしかった。
「ならば、私は魔法を発展させるより、持っている知識を残してあげる方がこの国にとっては良いんじゃないか。と、そういう事よ」
成程、だから薬屋か。
「この国は、その辺がまだあやふやだから資格が無くても処方出来ちゃうしね」
「ん?どういう事?日本でそういう仕事をしてたんじゃないの?」
実菜は更に首を捻った。
「私は医者じゃないもの。『これが良いよ〜』って、アドバイスするだけよ」
実菜の頭の上にハテナが飛ぶ。ではどうやって、収入を得ていたのか。
「ごめん、今更だけど……あなたって、何の仕事をしていたの?」
ただの物知り婆さんだったのだろうか。確かに別の仕事をしていても、知識を持っている人は沢山いる。
「ん〜……?」
急に静加は難しい顔になり、人差し指を顎に当て考えるポーズをすると首を捻った。
「言いたくなければ、別に良いのだけど……」
静加を悩ませていると感じた実菜はそう言ったのだが、言いたくない職業とは一体何だろう、と更にハテナが増えた。
「……言いたくない訳ではなくて……」
静加がそう言った所で、御者側の窓から声が掛かった。
「聖女様、静加さん。休憩所が近付いて来ましたけど、どうします?休みます?俺等は休まなくても大丈夫なんですけど」
今回はジョンとトイが御者として同行してくれていて、声を掛けてくれたのはトイだった。
実菜と静加は顔を見合わせた。座りっぱなしで疲れているといえばそうだが、二人は乗っているだけなのだ。操縦している二人が大丈夫なら休まなくても大丈夫である。実菜と静加は確認するように頷き合った。
「あなた達が大丈夫なら、このまま行っちゃいましょう」
静加がトイに向けて答えると「了解です」とだけ返って来た。
「この分だと、だいぶ早く到着出来そうね」
静加はそう言いながら、お昼ごはんとして持って来ていたサンドウィッチを窓から御者台にいる二人に手渡した。
お昼ごはんの時間としても、結構早いけどね……。
実菜はそう思ったが、朝も早かったのでお腹は空いて来ている。素直に静加の差し出したサンドウィッチを受け取ると、一口頬張った。
「それにしても……」実菜は気付いてしまった。
「私って、護衛がつかなくなったよね」
今回はジョンとトイがいるが、それは護衛というよりも、御者としての役割の方が大きい。
前回の病院の視察などは静加と二人きりだった。しかも、徒歩。
いつまでも仰々しくされても嫌だが、極端過ぎやしないかと実菜は少し苦い気持ちになった。
「あ、気付いちゃった?別に隠すような事ではないけど、敢えて言う程の事でもないかなと思って」
瘴気の件が詳らかになった今、襲われるような危険も無いだろう。という事らしいが、実際はドラゴンを操るような人間が一番強い。という意見で満場一致したそうな。
それに、それを知らずに襲うような賊は小物であろう。という事だった。
「複雑だわ……」
「まあまあ、これから行くのはアガギア領だからさ、もっと威厳のある顔をしててよ」
「?」
少しヘコんだ様子の実菜に静加がそう言うが、実菜は何の事か分からなかった。
「一応、早馬は走らせたのよ?突然行ったら大変な事になりそうだから。
まあ、知らせても大変だろうけど、迎える準備くらいは出来るでしょ?」
「……静加、何の話をしているのよ?」
「……行けば分かると思うわ」
眉を顰めている実菜に、静加は呆れた顔でそう言ったが、説明するのが面倒くさいだけの様にも思えた。
案の定、アガギア領の領主、サイモン伯爵の屋敷に到着したのは、おやつの時間を少し過ぎた頃だった。
「ようこそお越し下さいました。しかし、こんなに早くご到着されるとは……」
伯爵は落ち着いた様子で一行を迎えてくれたが、どこか目が泳いでいた。エントランスにすら通してくれないのだ。
伯爵と一緒に数人のメイドもいたのだが、彼女達も何かを気にしている様子を見せている。
何かがおかしい……?
実菜達一行は顔を見合わせたが、そこへ一人のメイドが屋敷の裏手からコソコソと伯爵に近付いて耳打ちすると、たちまち伯爵の顔が綻んだ。それを見たメイド達の顔も綻ぶ。
「あの……?」
中へ入れてもらうよう催促するのもおかしいが、いつまでも外に居るのもおかしい。実菜が伯爵へ声を掛けた。
「ああ!申し訳ない!改めまして……ようこそ!アガギア領へ!!」
伯爵が先程とは打って変わって張り切ってそう言うと、メイド達が玄関の扉を開いた。
うっわ!何コレ?!
扉が開きエントランスが露わになると、実菜の目にお花畑が飛び込んで来た。
エントランスのレッドカーペット以外の床や壁、いたるところにピンクや黄色や白色のお花が飾られている。
「聖女様、ようこそー!!」と、数人のメイドがフラワーシャワー宜しく籠に入った紙吹雪の様な物を実菜の頭の上に向けて撒いた。
うわー、前はこんなじゃなかったわよね。何があったのかしら。
顔に付いた紙吹雪を取りながら実菜が足を踏み出すと、足元でサクッと音がする。
サクッ?実菜が足元を見ると、ピンクの花が落ちている。どうやら踏んでしまったようだ。実菜は何となくそれを拾い上げると、目を丸くした。
「これ、紙で出来てるの?!」
「はい。聖女様に喜んで頂こうと、昨夜屋敷の者達全員で作りました」
「えっ!!」
よく見ると確かに、どこから見ても薔薇の花、という超絶技巧もあれば、薄目で見れば花に見えなくもない、という物もある。
「実菜、上を見て」
静加がコッソリと実菜の背後で囁いた。「え?」と実菜が視線を上げると、エントランスから二階に上がる階段の上の方に、花に埋もれて横断幕の様な物が下がっていた。
あら、何か書いてある……何々?『聖女様、ようこそアガギア領へ』?
「ぎゃっ?!」
「いやぁ〜、何しろ聖女様がいらっしゃると聞いたのが昨日だったもので、急拵えになってしまいましたが何とか間に合いましたな」
実菜が固まっているのも構わず、伯爵が「ふう」と息を吐き満足気に頷いていた。
だから屋敷の中に通してくれなかったのね。
しかしこの装飾……お誕生日かよっ!て、感じだわ。いや、結婚式か……?
いやいや、華やかで良いと思う。決して迷惑だなんて……思ってないわ。
静加が言っていたのは、こういう事か。
そういえば、ここの人達は『聖女様』が大好きな人達だったわね。忘れていたわ。
「コンナ……カンゲイシテイタダイテ、イタミイリマス……」
これは、私に対する敬意なんだから、と実菜が半目になりながらもお礼を述べると「当然の事です。本来ならもっと、盛大にするところです」と伯爵とメイド達の笑顔が返って来た。
やっぱり私は、あっさりした待遇が性にあっているのよね。
実菜は半目のまま己を理解した。
静加は……腹を抱えて笑っていた。
お読み頂き有難う御座いました。




