聖女ですか?う〜ん、どうでしょう?②
**ほんの少しだけ気持ち悪い表現が出てきます。想像力が豊かな方はお気を付け下さい。**
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なんやかんやあって、団長への悪戯も功を奏し?リラックスした感じでパーティー会場となる広間の壇上の控室の様な所へ移動する事が出来た。隣にはカイル団長。団長は特に私が嫌いと言う訳では無く、女性に慣れていないだけ。という言い訳をしていた。
陛下の建国記念の祝辞が終わり、「聖女を紹介する」と言う陛下の声が響く。
「聖女様、お願い致します」
会場警護をしている騎士の一人から合図を貰い、頷いて前に進み出る。
やだ、急に緊張して来た。こんな慎重に歩いたことがあったろうか。いや、ない。
声は出さずに会釈だけで良い。という事だったが、チラリと広間に視線を向けたのは失敗だった。
この国は貴族制度があって、今日は国内の貴族が集合している。とは聞いていたが黒っぽいタキシードと色とりどりのドレスで会場が埋め尽くされている。
こんな所でコケたりなんかした日にゃあ立ち直れないってもんです。
こんな光景見たこと無い。いや、今見た光景は黒の下地に花の絵の絨毯だった……は流石に無理があるか。
危惧していた事が起きたのは、まさに現実逃避する間も無く陛下の御前に着こうとした時だった。
「異議あり!!!」
広間に地を這う様な低い声が大きく響いた。
ほらほら、やっぱりぃぃぃ!!詐欺がバレてるよーーー?!こういう事になるんじゃないかと思ってましたよ!私どうなるんですか?!死刑になるんですか?それとも死刑ですか?!
頭の中で激しく動揺した刹那、カイル団長が音も無くわたしを庇う様に前にでる。成程、護衛されるってこういう感じか、初めてだから何か新鮮。
変なところに感心した事で落ち着きを取り戻した私を他所に会場のざわめきが大きくなる。正に事件は現場で起きていた。
声の主は前の方にいた赤髪の年配男性の様だ。少し周りから距離を取られている。
「陛下!貴方は謀られてますぞ!!其奴は何の力も持たない只の女です!!!」
「お前に発言の許可をした覚えはないのだがな、ジル・ウォーター?」
興奮した様なその男の物言いに対し、冷静な口調で陛下がその男を見据える。
「そうだ、そうだ!」
「証拠を見せろ!」
しかし会場内から数人の賛同の声が上がり始めてしまった事で、他の招待客達も不安そうな顔でオロオロしている。
陛下を無視する様なこんな言動有りなのかしら?!でも不味いわ。このままだと混乱が広がって大変な事になっちゃう。どうしよう〜!
――――――ポロンッ。
ざわついた空気の中、突然のピアノの音に会場が水を打ったように静まり返った。この後ダンスパーティーへと移行する予定の為、王宮楽団の楽器が端に準備されているのだが、そのピアノの前に楽士では無さそうな銀髪の少女が腰を掛けている。白いワンピースを纏い、透けるような白い肌をした少女の蒼い瞳は恐い程印象的で目が離せない感覚に陥る。
恐らく会場内の全ての視線を集めたであろう彼女は、まるで自分に注目したかどうかを確認するかの様に会場を見渡すとニコッと口角を上げ、ピアノに向き直り鍵盤を叩いた。
誰も動かなかった。いや、動けなかったと言うのが正しいか。
その華奢な身体には似つかわしくない力強い曲調は去る事ながら、大きな音では無いのに全身が振動する様な音の響きがとても心地よく感じてしまったから。
この振動は和太鼓に似ているかも……。
そんな感想を抱いた頃、ピアノの音が止んだ。
少女が立ち上がり、何かを探すかの様に視線を巡らす。
皆ピアノの余韻に浸っている中、先程の騒ぎの発端の男が動きを見せた瞬間、彼女の眼光が鋭くなった気がした。
男が言葉を発しようと口を開くのと彼女が歌い出すのとが重なる。
決して大きな歌声では無いのに会場の隅々にまで響き渡る振動はピアノの比では無い気がした。
歌いながら彼女が歩き出す。その先には問題の男、ジル・ウォーターと言ったか、が居る。
「ぐ、ぐふぅ……!」
突如、ジルが苦しそうな呻き声を上げその場に倒れ込んだ。彼女がそれに近付く。周囲は距離を取りつつ固唾を呑んで見守っている。何とも言えない緊張感が漂っていた。
彼女は苦しみ藻搔くジルを仰向けにすると、その場にしゃがみ込み、徐ろに彼の口を開くとその口の中に自身の手を突っ込んだ。
「きゃっ!」と周囲のご婦人から声が漏れたが関せず、その手を今度は引き抜くと、赤黒いというか、ドス黒いというか、何かの内臓の様にも見える物が引き摺り出された。
な、なま、こ……?口から?!
「「「きゃ〜っっ!!」」」
その光景を見てしまった数人のご婦人がその場に倒れ込む。間近で直視してしまっては仕方無い。お気の毒な事だ。実際私も吐き気がする。
警護の者がバタバタと入って来て男を束縛するやらご婦人を救護するやらで、またもや騒然となってしまったが、やはり少女は我関せずと言った感じでキョロキョロと何かを探している様に見えた。
ガシッと肩を抱かれビックリして見上げるとカイル団長だった。
「一旦部屋まで戻ります。恐らく今日はこのまま終了となるでしょう」
私にだけ聞こえる声で囁くと陛下を見遣る。陛下も此方に気付いていたらしくカイルに向かって頷いた。それに異を唱える理由も無いので陛下に向かって黙礼すると壇上を降りた。
「あの、一人で歩けます」
部屋までの廊下で私はとても困っていた。というか恥ずかしい思いをしていた。
「この方が早く安全な場所まで運べますので我慢して下さい」
カイルは至極真面目に答えるのだが、その運び方が恥ずかしいのだ。私の腰に腕を回し、そのまま持ち上げて、正に「運んでいる」のだった。
「物じゃ無いんだから…」
確かにお姫様抱っこでは両手が塞がってしまうので安全では無い。ということなのだろう。それに、それはそれで恥ずかしい事に変わりは無い。
道すがら無人では無いのだ、メイド達ではあるが行き交っている。カイルは気付いているのだろうか、何故か通りすがりに生温かい視線を送られているということを。正直勘弁して欲しい。降ろしてくれー!
しかし、王宮の自室として使わせて貰っている部屋にたどり着くまで降ろしてもらえなかった。
部屋に入ると、念の為連絡がある迄はその衣装のままにしましょう。とメイドに言われてしまい仕方無いのでローブは脱いだが、そのままお茶とお菓子をつまんでいる。のだが……正直、部屋の隅にカイルが佇んでいるのが気になる。今日は護衛という立派な仕事なので仕方が無いのだが、私なんかの為に団長という立場のある方の時間を使わせるのは大変心苦しい。気不味いこの時間は一体何時まで続くのか。
「一緒にお茶して頂けませんか?」
せめて甘味の一つでも口にして欲しくて声を掛けてみた。
「滅相も御座いません」
ですよね〜。
「部屋の中は護衛する必要無くないですか?話し相手が欲しいんです。暇なんで」
思わず本音が漏れる。
「ここからお相手させて頂きます」
手強いな!流石だ団長。セシルなら秒で陥落なのに。
「聖女様の髪と瞳の色はこの国では珍しいです」
ややあって、カイルが口を開いた。先程の話し相手の件を真摯に受け止めた結果だろう。
「そのようですね。故郷の国では黒の髪と瞳が特徴とされてます。島国だからあまり他国の血が入らないので、それ以外の色の方が珍しいですね。あ、別の国には団長さんと同じ金髪碧眼の方とかもいらっしゃるんですよ。あとは…赤毛とか?」
意外と話が弾み、どうでも良い内容もあったが暇つぶしには良かったわ。と、カイルに大変失礼な感想を抱いていると、セシルが部屋にやって来た。
「あ、まだ衣装のままだった?聖女様のお披露目は後日改めて。という事になった」
歯切れの悪い感じでそう言うと、何とも言えない視線を私に送ってくる。
「うん、これはメイドの計らいだと思うから気にしないで?」
それより気になる事がある。聞いても良いのだろうか。
「ところで、今日のアレは何だったのでしょう?」
少し間を置いて質問してみた。
「その事なんだけど、あの場に居た女の子が聖女様に会いたがってる。会わせて貰えば何があったか説明するって」
「やっぱり」
「やっぱり?」
セシルが目を見開いた。
「彼女は私にメッセージを送っていたと考えています。実は彼女に会わせて貰いたいと思っていました」
「……驚いた。彼女の言った通りだ。聖女の方から会いたいと言ってくるだろうって」
やっぱりね。あの時のピアノ曲も歌もこの国のものではない。先程カイルに確認したからこれは間違いない。
――――――でも、その曲も歌も私は知っている。
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