デイビッド
時を遡り、デイビッドがアガギア領に来た頃のデイビッド視点です。
俺は今、何をさせられているんだ。
デイビッドは鍬を持たされ、畑を耕していた。
アガギア領に連れて来られ3日が経っていたが、未だにデイビッドは何故ここに連れて来られたか理解していなかった。
こんな事をするくらいなら、一生幽閉されている方がまだマシだ。なんなら処刑されたって良い。
「おい、ディー。もっと腰を入れろ。それじゃ、表面をなぞってるだけだぞ」
デイビッドの指導をしているカイが檄を飛ばした。
デイビッドはここでは「ディー」と名乗っていた。本人がそう名乗った訳では無く、伯爵がそう紹介したのだが、デイビッドにはどうでもいい事だった。
コイツ……本来なら口も聞けない立場なんだぞ。俺に対して偉そうにするな。
デイビッドは、いつも偉そうに命令してくるこのカイという男が気に入らなかった。
だいたい、俺が何をしたっていうんだ?
父上からは「邪悪なものに利用される様な愚か者」と罵られたが、そんな事は知らん。邪悪なものって何だ?!
デイビッドは八つ当たりする様に鍬を振り下ろすが、それでも力が足りず畑の表面をなでるだけだった。
クソッ。土塊まで俺を馬鹿にするのか!
……アイツだ。アリスが近付いて来てからおかしくなって来たんだ。アリスの所為だ。俺がこんな目に合っているのもアリスが全部悪いんだ。
「よし、少し力が入るようになって来たな。そろそろ飯にするぞ」
ガシガシと畑に八つ当たりしていただけだったが、そんなデイビッドを満足気に見て、カイが声を掛けた。
カイは畑の端に座り込むと、鞄の中からサンドウィッチを取り出した。
「おい、早く来い」
カイが自分の隣に来い、とでもいうように地面を叩きながらデイビッドを呼ぶ。
……何で、地面に直に座るんだよ。
デイビッドが嫌々ながらカイの隣に腰を下ろすと、カイからサンドウィッチを渡された。
「これ、お前のな」
そう言うとカイは自分のサンドウィッチにかぶり付いた。
「瘴気にやられちまって、どうなる事かと思ったけど、聖女様が土を浄化して下さったからな。今、植えてる作物はきっと豊作だ」
カイは聞いてもいないのに、上機嫌で話す。デイビッドは無言でいるので、ほぼ独り言である。
聖女……俺をここに放り込んだあの女か。アイツが余計な事をしなければ、こんな面倒な事をしなくて済んだのに。
「お前も伯爵に拾われて来たのか?俺もなんだよ。
あの人は本当に良い人だよな」
デイビッドは返事をしないものと思っているのか、カイは勝手に決め付け話し続けた。
カイは孤児だったが、孤児院にいた訳ではなく路上生活をしていて、繁華街でパンを万引きして捕まった所を居合わせた伯爵が助けてくれたのだという。
「給金も十分な金額くれるしな。屋敷の中で働く奴等には文字も教えてくれるんだぜ?」
何だそれは、そんなの貴族の義務の内だろ。貴族の義務、王族の義務なら俺だって知っている。別に驚く程の事じゃないじゃないか。
当たり前の事にデイビッドは苛々した。
「他でも働ける様に金も知識も与えてくれてるらしいけど、伯爵が良い人だからさ、結局、皆ここから離れないんだよな」
「だから!!そんな事……」
……俺だって知っている。と言いかけて口を噤んだ。
知っているから何だと言うんだ?
デイビッドは自身が苛々している理由に気付いてしまった。
デイビッドも伯爵のように義務を果たしたかった。そうするつもりでいたのに、そうしていない事をまるで責められているかの様な気持ちになってしまっていたのだ。
俺だって、いつか何かするって、思ってたさ。
「………」
……いつかって、いつだ。何をするって?
「お前、あれか、落ちぶれた貴族っていうやつか。ヒョロヒョロだし、手も綺麗だもんな」
カイが手に付いたソースを舐めながら言ったその言葉にデイビッドはカイを睨み付けた。
「いや、馬鹿にしているわけじゃない。勘違いするな。そういう奴は、俺等には天国にも感じるこの生活も辛いだろうな。と、思っただけだ」
デイビッドは愕然とした。
兄上は俺より若い年齢の時から、陛下の代わりに視察に行く事も多かった。一度だけ連れて行かれた事がある。その時もここの様な農地だったが、兄上は農民達の宴会に混ざり酒を酌み交わしていた。
王族が毒でも入れられてたらどうするんだ。
……それを、兄上は笑って。
俺は「馬鹿じゃないのか?」としか思っていなかった。
兄上は、陛下の目となり、知ろうとしていたんだな。……国民の生活を。
いつか王族として仕事をするんだと思っていたデイビッドだったが、いつかではない。いつでも行動はして良かったのだ。兄上はそれを教えようとしてくれていた。という事に今更気付いた。
既に行動にしている人間と、知っているだけの、思っているだけの人間。
どちらが評価されるのかは明白だった。
していないのは知っていないのと同じだ。
俺は……国民を馬鹿にしていたんだな。そんな人間は王族である資格がない。
父上の言う通り、俺は愚か者だ。
……愚か者は利用し易い。
今までの事が頭を過ぎり、デイビッドは湧き上がるものを感じていた。それを振り払うかのように無言のまま、サンドウィッチをむしゃむしゃと食べ始めたが、中のチキンがやたらと塩辛い。
「このチキン、しょっぱ過ぎるだろ……」
デイビッドの声が心なしか震えていた。
カイは、文句を言いながらも食べ続けるデイビッドを見ない振りをして「そうだな」とだけ言った。
「おい。冗談だろ?何だそれは、ミミズの絵か?」
ここの領民は文字の読み書きが出来ない。
数日後、デイビッドは屋敷の敷地内にある寮の食堂でカイに文字を教えていたのだが、軽い気持ちで「教えてやる」と言ってしまった事を後悔していた。
まさか、これ程までとは……。
「うるせぇな、俺はな、自慢じゃないがこの30年間ペンすら持った事もねぇんだよ!」
カイがバシバシとテーブルを叩きながら怒鳴る。
「おおぅ!それは間違いなく、自慢じゃねぇよなぁ!」
デイビッドも負けずに怒鳴り返した。
声だけ聞いていれば、輩の喧嘩である。輩の怒鳴り声で他の領民達が、何事かと集まって来た。
「何だ、カイとディーか。何してんだ?……ん?落書きか?ガキかよ」
テーブルに置かれた紙を覗き込んだ男が、カイの書いた文字を落書きだと認定した。
「馬鹿野郎!これはな!……文字だ」
流石に下手くそである自覚はあるのか、カイが自信なく言い返した。
「何て書いてあるんだよ」
「知らねーよ」
「何だそりゃ」
デイビッドは目の前のやり取りに、思わず溜息が漏れる。カイは目ざとくそれに気付くと、矛先がデイビッドに戻った。
「だいたい、ディーの教え方が悪いんだろうが!」
「んだと!この野郎!」
やり取りが振り出しに戻る。が、今回は周りに集まった者達が止めに入った。
「まあ、待て待て。ディー、お前、字が書けるのかよ。そんなら、俺の名前ってどう書くんだ?」
物珍しそうに一人が言う。
コイツは確か……ケインだったか?
「ケインはこう……因みにカイはこう、な」
さらさらっと、デイビッドが紙に二人の名前を書くと、皆が紙を覗き込んだ。
「へー、凄え。この紙貰っても良いか?練習しよ。
カイと同じ字が入ってんな。じゃ、これが“イ”か」
「次は俺!俺な!ソンだ。ソンはどう書くんだ?」
結局、その場に居た者達、全員に名前を書いてやる事になった。
成程な。興味ある物なら確かに覚えやすいよな。
デイビッドは嫌々勉強させられていた事を思い出していた。勉強とはそういうものだと思い込んでいたのだ。
面白え、目から鱗だな。
幸か不幸か、その日以降デイビッドの休憩時間は領民達に取られてしまう事となった。
「あー……少し育ちが悪いかな、今年は気温が高めだったし、植え付け時期も遅かったしな」
デイビッドが領地に来てから三ヶ月が経とうとする頃、畑の様子を見ながらカイが呟いた。
作物など見た事のなかったデイビッドにはよく分からないが、葉っぱが青々と茂っているように見える。何が問題なのだろうか。
「葉っぱは出てるぞ?」
デイビッドの言葉に、カイは眉を顰めた。
「お前……キャベツって知ってるか?」
「この野菜だろ?」
デイビッドだってその位は知っていたが、調理前のキャベツは見た事が無かった。故に、その茂っている葉っぱが、いわゆる完成形のキャベツだと思っていた。
カイは嘆息すると、そのキャベツ畑を何か探す様にウロウロとし、しゃがみ込むとデイビッドを手招きした。
「これを見ろ」
カイに促され、葉っぱの中を覗き込むと、拳大くらいの丸い葉っぱの塊が出て来た。
「これがキャベツだ」
「へー。丸いのか。面白えな」
心底不思議そうにキャベツを見ているデイビッドにカイは「やっぱりか」と、呆れ顔で呟いた。
「売り物になるのは、このくらいの大きさだ」
そう言って、カイはデイビッドが見ているキャベツの5倍程の大きさの丸を両手で作った。
「小せぇじゃねぇか」
デイビッドは小さいキャベツを突いた。
「だから、育ちが悪いって言ったんだよ!まあ、お前は育ちが良いみたいだけどな!
……つーか、お前さ、勉強だけじゃなくて、もっと一般常識を学べよ!どんだけボンボンだったんだよ」
これには、デイビッドは返しようが無かった。
「はー。葉っぱも枯れ始めているからな、これ以上は丸くならないか……これは売れないな。
他の畑も同じ様だと、今年の収益は無くなるぞ」
カイは苦い顔のデイビッドは無視して、深刻な顔で呟いた。
「はっ?!売れない?!何でだよ!あんなに大変な思いをして作ったんだぞ?!」
カイの呟きにデイビッドが驚愕した。
「だから……一般常識を学べって。こんなの誰が買うんだよ。お貴族様なんかに出したらゴミ扱いされるぞ?
……これは、ウチの領地で消費する分だな」
「………」
「農業っつーのはさ、天候で大きく左右される訳よ。
あー、折角、聖女様が土を浄化してくれたのに、申し訳ない」
何だよ、何であの女に申し訳ないなんて考えるんだよ。悪いのは天候だろ?
野菜なんて金出せばいくらでも買えると思っていたけど、こんな大変だったんだな。
金があっても作る奴がいなきゃ、野菜だけじゃなく、何も手に入んねぇんだよな。こんな当たり前の事、今まで考えた事もねぇや。
俺、凄ぇ狭い世界に居たんだな。
デイビッドが感慨に耽っていると、屋敷の方から荷馬車が猛スピードで駆けて来るのが見えた。
「おーい!おーい!!」
デイビッドとカイが何事かと荷馬車を注視していると、荷馬車を操縦している者が大声で叫んでいるのが聞こえて来た。
「ソン。何かあったのか?!」
操縦していたのはソンだったが、この慌てぶりはただ事ではない。カイが荷馬車に駆け寄り、問い質す。
「た、大変だ!!せ、聖女様が……」
ソンは相当慌てているのか、口がもたついて吃ってしまう。
「お、落ち着けソン。聖女様がどうしたんだ?!」
とは言え、カイもソンに釣られてアワアワしてしまっていた。
「聖女様がいらっしゃる……そうだ」
やっとの事で、ソンがそう言うとカイが目を見開いた。デイビッドは「なんだ……」そんな事、と言いかけて慌てて口を噤んだ。
以前、聖女の事を「あの女」と言ってしまった時、本気で殴られた事を思い出したのだ。
ここの奴等は本物の聖女信者だからな。下手に口は出さないでおくのが利口だ。
「魔導師団の視察に同行しているそうだ」
ソンがそう付け加えると、カイとソンが揃ってデイビッドを振り返った。
「お前、絶対に粗相すんなよ!!」
二人して声まで揃えんなよ。何しに来るかは知らないが、別に会わなければ良いだけだ。
「分かってるよ」
デイビッドは苦い顔で答えると溜息を漏らした。
お読み頂き有難う御座いました。




