実菜、打ちのめされる
「お〜い、実菜!こっちだよ〜!」
団員用の食堂の一角で静加が大きく手を振った。
無事、帝国から戻り陛下への報告も終え、数日が経った。日常に戻り今日は静加と一緒に昼食を取る約束をしていたのだが……。
「何で、セシルもいるの?」
「ミナ酷いよ。僕がいちゃ駄目なの?」
別に駄目ではないが、女子会のつもりでいた実菜は、ついつい口が滑ってしまった。
「ごめん、ついて来ちゃったのよ」
「ああ、いや、それは別に良いんだけど……」
軽く溜息を吐きながら、実菜は席に着いた。
「何よ、まだあの事を気にしているの?」
静加が半ば呆れた顔で実菜に問う。恐らく、静加の言う「あの事」とは、帝国での浄化の失敗の事だろう。実際には、成功したと言って良いのだが、今の実菜には知る由もない。
しかし今、実菜が気落ちしている原因はそれではなかった。
「私……クビになっちゃったのよ〜!」
そう言うと、実菜は食堂のテーブルに突っ伏した。
そう、実菜は今まで第三魔導師団で「手伝い」をしていたのだが、瘴気が無くなった今、「手伝いは要らないから、もう来なくて大丈夫だよ〜」と、リードから明るくクビ宣告をされてしまっていたのだ。
「この世界に来た時、いつか、こんな日が来るんじゃないかと思ってはいたわよ。
でも、でもね、解雇するにしても三ヶ月前に宣告するもんでしょ?急に言われても、私、今後どうやって収入を得れば良いのよ?!」
突っ伏したまま、実菜は胸の内を吐露した。
「あ、ああ、その事か。リードから聞いてはいたけど、でも、別にミナは存在しているだけで価値の有る人だから王宮に居るだけで良いんだよ?お金を使う事もないでしょ」
何だそれは。働かずに衣食住が手に入るなど、そんな上手い話があるはずが無い。そもそも、自分にそんな価値が有るとは思えない。
セシルの言葉にも、実菜は顔を上げる事が出来なかった。「クビ」という響きが思いの外、実菜を打ちのめしていた。
「だったら、私の助手として働けるように陛下にお願いしてみる?」
「?」
静加の言っている意味が分からず、実菜は顔を上げた。
「私、魔導師団を辞めて、町で薬屋をやろうと思って。だけど陛下にその事を報告したら、魔導師団でやれば良いって言われちゃったのよね……町の方が病人がいるのに」
そう言うと、未だ納得はしていないのか、テーブルに肘をつき、口を尖らせた顎を掌で支えた。
陛下とは、町の病院等に王宮から派遣する。という形で落ち着いたのだそう。
「酷いよね。第三魔導師団の方に行っちゃうんだよ?」
セシルが恨みがましそうに言っているが、実菜は無視した。
「……そんな話、いつの間に?」
「この間の、帝国の件の報告の時」
気付かなかった。そういえば、報告の後に陛下に時間を取ってもらっていた気がする。
「この国はハーブなのよね。まあ、私が扱ってた生薬の中にもハーブと呼ばれてる物もあったけど、全体的にはそこまで詳しくないから……帝国から生薬を取り寄せるルートも確保したし。
でも、折角だからハーブの研究もするわよ」
そう言うと、静加は角口にしていた顔を、満面の笑みに変えた。ヤル気満々であった。
「取り寄せるルートって、もしかしてコムさん?」
「シャーリン様よ。欲しいものがあるかって、言われたでしょ?その時に」
初めて聞く話に実菜は目を丸くした。
そんな話、したかしら。そういえば、客室に戻る前に二人で何か話していたかも……。
「だから、やたら機嫌が良かったの?」
「えっ、顔に出てた?」
「地下牢に行くっていうのに、やたらニヤニヤしてたから」
「ニヤニヤとは酷いわ」と、静加は再び角口になったが、実菜は驚愕の事実に愕然としていた。
「……何で、何も言ってくれなかったのよ」
わざわざ実菜に相談したところで、何が変わるというものでもない。実菜もそれは分かっていたが、寂しさも感じていた。静加は自分ひとりで人生を切り開いている感じがする。
それに比べて、私ときたら……落ち込む事しか出来ないなんて。
実菜は理由の分からない焦りを感じて拳を握りしめた。
「で、どうする?助手になる?
……実菜には他にも選択肢はあると思うけど、私はどっちでも良いわよ」
「選択肢?」
実菜には、心当たりが無い。首を傾げた。
「日本に帰る、という選択肢よ。いつまでこの世界に居るつもり?別に生涯をこちらで過ごしてもらっても私は一向にかまわないけど」
「え?日本に帰る……?だって、帰る方法は無いって……」
セシルに言われた……と、実菜はちらりとセシルを見やると、セシルは居心地悪そうな顔をしていた。
「え?帰れるの?」
実菜は驚いて静加に向き直ると、静加の残念な子を見る視線とぶつかった。
「私を日本へ送ったのは誰だと思ってるの?」
あ……純子だ。
「逆に何で帰れないと思ってたの?」
「だって、最初にセシルから帰る方法は無いって言われて……」
どういう事だ。セシルが嘘をついていたという事か?
実菜は混乱していた。
「ああ……それはきっと、陛下の許可を得る方法が無いって事じゃないかしら」
そう言って、静加が視線をセシルに向けた。
「まあ……そうだね。あの手の術は陛下の許可が無いと使用出来ない事になってる」
そう言ったセシルだったが気不味かったのか、その話には深く触れず、話を変えた。
「それよりさあ、シズカ。そろそろ一緒に住もうよ。
僕たち夫婦なんだよ?新婚で別居って、酷くない?
ねぇ、ミナもそう思うよね?!」
半ば呆然としている実菜に、セシルが同意を求めて来た。
「あ?ああ、今は二人共、寮に住んでるのよね」
現在、王宮には独身寮しかない。既婚者は寮を出なければならないはずだが「引越し先が見つからない」という事にして、有耶無耶にして先延ばしにしていた。
「そうなんだよ、クリスフォード家の別邸が近くにあって、それを貰ったから……」
「師団長!!」
そこへ、ロイが食堂へ入って来た。鬼の形相でセシルを呼ぶ。
「げっ!やばっ!」
セシルは逃げようとしたが、当然そんな事は出来ず、あっと言う間に距離を詰められた。
「師団長。今朝、私は何と申し上げたか、覚えていますか?」
ロイはセシルに詰め寄るだけでは飽き足らず、セシルの胸ぐらを掴んでいた。ロイの口調が丁寧な分、怖ろしさが増している。
実菜と静加は、静かに事の成り行きを見守っていた。
「1時に陛下と会議……」
「それは良かった!私はまた、師団長は言葉が理解出来ない人間かと思っていました。
……で?今は何時ですか?」
「1時30分……」
「ああ!これも良かった!てっきり師団長は、時計が読めないのかと思っていました」
その後もセシルは散々な嫌味を言われながら、ロイに引きずられるようにして食堂を出ていった。
「……嵐みたいだったわね」
二人が出て行った食堂の入口を、ポカンと見つめながら静加が呟いた。
実菜もヘコんだ気持ちをすっかり忘れ、静加の呟きに同意した。
「しかし、陛下との会議に遅刻とは……」
流石の静加も呆れ顔だった。その静加の呆れ顔を見ながら実菜は、聞こうと思って聞けていなかった事を思い出した。
「静加、私、一度あなたに聞いてみたかったんだけど、あの……セシルの、どこが良かったの?」
婚約者だった人とは違う人間な訳だし、こう言っては申し訳ないが、セシルは少し……頼りない感じがするのだ。
生まれ変わり、というだけで。というのはどうなのだろう、と実菜は思っていた。
「……う〜ん、うん?」
実菜の問いに静加は難しい顔で首を捻り、考えるポーズをした。
「どこが良いかと問われると……困るんだけど」
そこで困るのは……困るんじゃない?!
「話すと長くなるかもしれないけど、私、子供の頃イジメられっ子だったのよね」
「静加がっ?!」
静加がイジメられっ子だったとは、衝撃だ。想像出来ない。
「まあ、相手には億倍返ししてやってたけどね」
おい、イジメられっ子はどこ行った。それはイジメられてるとは言わないのでは?
「静加相手によくやるわね。どうしてイジメられてたの?」
実菜の問いに静加のジト目が返ってきた。
「私、日本で育ったのよ?」
「……知ってるわよ」
静加の当たり前の返答に、実菜はキョトンとした。
何を急に当たり前の事を言っているのかしら。と、静加を見つめると、静加の金色の瞳が実菜を見つめ返した。
「この容姿で、日本で育ったのよ?」
「この容姿でって……あっ!!」
この世界に来てから、日本人離れした髪色とか瞳の色の人ばかり見てて、全く違和感がなかったけど金色の瞳は日本では、確かに……イジメの対象になり得るわね。
「そういえば、静加はこの国と日本人とのハーフだったわね」
そんな実菜に静加は嘆息してから話を続けた。
「今でこそ、カラコンとかあって、そこまで異形扱いはされないかもしれないけどね。
まあ、そんな感じで私は一匹狼だったのだけど、彼だけは普通だったのよ」
「普通?」
「そ、他の人が私を魔女扱いして、遠巻きに悪口を言うだけの中、普通に話し掛けて来たのよ」
魔女……雰囲気あるわぁ〜。
だけど、今は本物の魔女だね。とは言えない雰囲気ね。
いつもとは違う、若干シリアスな雰囲気に実菜は黙っていたのだが、顔には出ていたらしい。
「今は本物の魔女、だとか思ったでしょ」
「うわ!本当に魔女ね!」
静加は苦い顔で、テーブルの上に置いてあったコップの水で喉を潤した。
「最初は私も、彼が興味本位で近付いて来たと思ったのよ。で、聞いたの『この目が怖くないのか』って。
そしたら、『そういえば、僕とは違う色をしてるね』だって。
あの人にとって、目の色なんてその程度の問題だったのよ」
生まれ変わりとはいえ、違う人間なのに何故かセシルを思わせるわ。
「最初から、彼の興味は私自身だった。
その後は何となく一緒に居るようになって、それが普通になってた」
静加は遠くを見つめながら、綻んだ表情で話を続けた。
「セシルといる時も同じ感覚なのよ。普通……というか、自然なの」
損得でも、理屈でも無い。という事だろうか。実菜にはまだ分からない感覚だった。
「ところでさ」
一通り話し終えて一呼吸おいたところで、苦い顔をした静加が切り出した。
「お昼ごはん、食べない?」
気が付けば食堂の人影はまばらになっていた。
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