実菜の思いつき②
「クラウドの時みたいにって、具体的にどうするつもり?浄化でもするの?」
「ゔっ」
静加に聞かれ、実菜は言葉に詰まった。
「クラウドはそもそも人間じゃないし、瘴気の塊みたいな物だったから、浄化する事でなんとかなったのよ?元宰相は悪意の塊ではあるけど、人間よ?」
「ゔゔっ」
特に実菜に具体的な策があった訳ではない。「浄化したら何か変わるかな〜」くらいの、ただの軽い思いつきだった。静加にツッコまれ、実菜は小さくなる。
「分かってるわよ。ちょっとした思いつきじゃないの、そんなに言わなくたって良いじゃない」
「その思いつきとは、どういうものなのだ?」
実菜が小さくなりながらも静加に言い返すと、黙って二人のやり取りを見ていたシャーリンが口を挟んだ。
あ、シャーリン様が居たんだわ。
実菜はすっかり彼女の存在を忘れて、静加と内輪の話をしてしまっていた。失礼極まりない。
「以前、ドラゴニアンで瘴気の塊が暴れてたのを、実菜が浄化して解決した事があったのよ。
だから、元宰相もそれで何とかなるんじゃないか。……と、彼女は思いついたそうです」
静加がシャーリンに説明すると、それを聞いたシャーリンが「ふむ」と、考えるポーズを取った。
「彼の場合は、悪意……というか、性格のようなものだが、それが浄化で何か変化が起きるか、ということか」
シャーリンは、数秒ほど沈黙した後、実菜に向かって再び口を開いた。
「やってみたいのであれば、やってみるのは如何か?」
「えっ?でも何も変わらないかもしれないですよ?」
何の確証も無い、言わば実験の様なものだ。それを、あっけらかんとして提案するシャーリンに実菜が問い返した。
「ならば、変わらない、という事が分かるな」
至極当然、といったシャーリンの物言いに静加が爆笑した。
「あはは!確かに!良かったじゃん、実験させてもらいなよ。上手くいっても、いかなくてもお咎め無しだよ」
「上手くいけば、我が国も助かる」
そう言って、静加と一緒になってシャーリンは笑った。
意外とシャーリン様は豪胆なのね。笑い合う二人を見ながら、実菜は思った。
翌日。
本来なら帰国するはずだったが、実菜と静加は地下牢の元宰相の許へと案内されていた。
地下牢って、やっぱり何処も同じ様な物ね。ジメッとした感じで暗いわ……って、当たり前か。
でも、シャーリン様は何だか楽しそうだわ。自分を殺そうとした男に会うの嫌じゃないのかしら。
地下牢など、気分の良くなる場所ではない。実菜は気を紛らわせようと、シャーリンで目の保養をしていた。
シャーリンはシャーリンで、珍しい物を見せてもらえるという期待から気分が高揚していた。
静加は……ニヤニヤしていた。
それを迎い入れた看守は、異色の三人組を訝しく思いながら案内した。
案内されたのは、一番奥の牢だ。鉄格子のその向こうには手枷をされた元宰相が居た。
実菜達に気付いたその男は、落ち窪んでギョロリとした目だけをこちらに向けた。
こういう所に入ると皆同じ顔になるのかしら。牢に入れられてからそんなに経ってないはずなのに、ひげモジャだし。
「何の用だ。地下牢に戦いたか」
うわ〜。と、実菜は無言で観察していただけなのだが、怯えていると感じたようだ。男は実菜を鼻で笑った。
「実菜、さっさと終わらせて。早く帰ろう」
静加が実菜を急かす。実菜もこんな所に長居はしたくはない。この男にこれからする事を説明する必要も無いだろう。実菜は目を閉じ、さっさと浄化の準備を始めた。
「何だ、何をして……るっ?!」
無言で目を閉じ、祈るような仕草をした実菜を訝しく見ていた元宰相だったが、突然光り出した実菜に驚愕の色を隠せなかった。
更に光りが自分の中に入って来るような気がして、思わず目を閉じた。
実菜は実菜で、いつかの様にこの男の意識が入り込んで来る感覚を感じていた。
うう、何度やっても、この感じは気持ち悪いわね。この男だから余計気持ち悪く感じるのかも……。
そんな事を思っている実菜だったが、次第に見た事のない景色の中に自分が居ることに気付く。
色の無い、白黒の世界。何処かの一室で、男が小さな少年を叱責している。男は元宰相に雰囲気が似ているが、何処と無く違う。彼の父親だろうか。という事は、少年は元宰相か。
面影があるわ。この景色は元宰相の幼少期という事かしら。
でも、薄暗いし色と音声が無いのね。何を怒られているだろ。
この暗い色を明るくしたら良いのかしら。と、実菜は見えている景色を光りで包もうとした。
しかし、光りで満たしても、徐々に暗闇に光りが押し戻されるようにして元に戻ってしまう。
まるで、拒絶されているみたい。
気付くと、実菜は元いた地下牢に戻って来ていた。
実菜は、何の手応えも感じる事が出来ずに呆けていた。元宰相も何が起こったのか分からず、実菜と静加、そしてシャーリンを交互に睨み付けている。
「他人を変えようなんて、そもそも無理なのよ」
したり顔で静加が実菜の肩をポンポンと叩いた。
「本人が変わりたいと、本気で思ってなくちゃ。
海龍様も言ってたでしょ?魂を磨いていないって。そんな魂をどんなに浄化したって元が元なんだもの。この男はこういう人生なのよ」
実菜が静加を振り返ると、静加がうんうん、と何度も頷く。
「さっきから何なんだ貴様等は!!」
「さ、もう気は済んだでしょ?帰るよ」
牢の中で怒号を飛ばす男を完全に無視して、静加は実菜とシャーリンに帰るよう促した。
実菜は大人しく帰ろうとしたが、ふと男を振り返った。
「あなたの人生に色と音が付くと良いですね」
鬼の形相だった男は、実菜の発した言葉にキョトンとし、言葉を失った。
「ごめんなさい!!シャーリン様!無駄な事に時間を取らせてしまって!」
地下牢から出て来た所で、実菜は平謝りした。
「そんなに謝るな。それより、凄いな、あの光りは。心地良いし、私はとても穏やかな気持ちになったぞ?」
シャーリンは心から称賛しているようだったが、実菜はひたすら穴を探していた。
思い付きと言ってはいたけど、全く、これっぽっちも、何も変わらないなんて……穴があったら入りたい!!
「シャーリン様も、そう仰っている事だし、もう良いじゃない」
静加はいつもの気楽な感じで、実菜を慰めた。
地下牢の男は、先程まで実菜が居た場所を睨む様に見つめていた。
本当に、何だったのだ彼奴等は。
「私を変える、だと?」
私は何も悪くはない。何を変えるというのだ。馬鹿馬鹿しい。
男は独りごちると、硬いベッドに仰向けになり、汚い天井を見上げた。
しかし、さっきの光りは何だったのだ。確かに私の中に入って来たと思ったが……そのせいか、何だか頭がボーッとするな。
あんな奴等と手を組むような女が、皇帝だとは……この国も終わりだな。私が皇帝ならば……。
「……」
私が皇帝だったなら、どうだったというのだろうか。
「……思い出せない?」
私は何故、皇帝になりたかった?
『お前は皇帝にならなければならない』
ふと、懐かしい声が蘇った。父上の声だ。
幼い頃から常に言われていた。皇帝の座を取り返さなければ、と。
しかし、大剣も振るう事も出来ず、失望された。
いつからだったろう、前皇帝を本気で憎む様になったのは、シャーリンを憎む様になったのは。
父上との事を思い出す時、常に色が無い。声も今日まで思い出す事が出来なかった。
あの女は何故それを知っている?
そんな事はどうでも良い。男は、未だボーッとする頭を振った。
何故、今更、そんな昔の事を……。
『お父上に失望されてしまう』
また父上の声だ……お祖父様はもういないじゃないか。子供の頃、いつも思っていた。認めてくれるお祖父様はもういないのに、と。
はっ、と男は目を見開いて空を見つめた。
「私も……同じ、だった?」
そんな訳はない。と打ち消そうとするが、もう消す事は出来なかった。
私は……皇帝になりたかったのではなく、父上に認められたかった、のだ。
国の為として来た事は、自分の力を見せ付ける為だけにして来ただけか。
父上の様に……あんな風になりたくない。と思っていたのに。
それを認めてしまうと、何故か身体が軽くなった気がした。
『イーチェン、お前はお前の思うように生きろ』
父上の今際の言葉だ。
父上、最期の最期にそんな事、言うなよ。卑怯だろ。
そうだ、あの時はその言葉を無かった事にしたのだった。今更、変えられない、と。
ならば、自分のしてきた事は全て無駄だったということか。
無駄な人生にしてしまった。
いや、この事に気付けただけまだマシか。
「この私が、まだマシ……とは」
そう言って、男は自嘲した。頭はいつの間にかスッキリしていた。
父上との思い出も、鮮明に色付いていた。
その後、イーチェンは改心して表に出てくる事になるのだが、それはまた別のお話。
……かも、しれない。
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