実菜の思いつき
今朝の騒動のお陰か、どの病室に行っても職員から嫌な態度を取られる事は無かった。寧ろ歓迎されていた。
「怖ろしい程、スムーズだわ」
「良い事じゃないの。邪魔者じゃない認定を貰えたって事よ」
昨日の今日での掌返しに戸惑う実菜に対し、静加はあっさりしていた。
しかし、スムーズに行っている理由は他にもあった。
病室に入り患者の顔を見ただけで、何が必要か分かるようになっていたのだ。ただ量だけは測らなければならず、そこだけは時間が掛かった。
「お昼ご飯が食べられるなんて。しかもお米だわ、幸せ〜」
おやつの時間にはなってしまったが、二人は病院の食堂で食事にありつけていた。
ただ、調理人も一人しかおらず、お米と漬け物だけだったが、それでも久しぶりのお米に実菜は十分満足していた。
「それにしても、実菜の成長は著しいわね。私より早く選べるようになるなんてね」
静加は、たくあんの様な漬け物をポリポリとかじりながらそう言って笑っているが、実菜は聞き捨てならなかった。
「ちょっと待って。それって私がやらなくても良かったって事?」
「私がやっちゃったら、修行にならないじゃない」
静加は、さも当たり前の顔でキョトンとしていた。
「……修行って、何のよ?」
「直感力のよ。まあ、良いじゃない。いつか役に立つわよ……多分」
多分て……。そもそも直感力とは何なんだ。生薬の選定以外で何に役立つというのだ。
実菜は騙されたような気分がし、苦い顔で八つ当たりの如く、たくあんをガリガリとかじった。
「これを食べたら、コムさんと交代して薬を飲ませて周るわよ」
静加は素知らぬ顔でそう言いながら、やかんに入ったお茶を湯呑みに注ぐ。この調子であれば、夕方頃には終了させられるだろう。
実菜はこれには安堵していた。残業の辛さは良く知っている。
「コムさん、全員飲ませて来たわよ」
実菜と静加で手分けして病室を周り、予定通り夕方頃には調合室へ戻るとコムが笑顔で二人を迎えた。
「ご苦労さん、饅頭あるぞ」
そう言って、小さいちゃぶ台を出すと饅頭とお茶を淹れた湯呑みを置いた。
「やった!甘い物が欲しかったのよね。頂きます!」
真っ先に静加が飛びついて、パクリと一口頬張った。
それを見て実菜も饅頭を口に入れる。あんこの甘みが身体中に染み渡る。
「く〜っ!やっぱり、糖分は大事よね。生き返った〜!」
静加も同じ様に感じたようで、そう言ってお茶を飲み干した。
そんな二人をコムが細い目を更に細めて、笑顔で見つめていたが、徐に口を開いた。
「お前さん達は、良くやってくれたよ。感謝しかない。もう大丈夫じゃ。
お前さん達にはお前さん達の仕事があるんじゃろう?」
「え、コムさん、それはどういう……?」
大丈夫の意味が分からず、実菜が聞き返す。
「お前さん達は方法を教えてくれた。これ以上は我々の仕事じゃよ。これだけ症例があれば十分じゃし、何よりも若い頃の探求心を思い出させて貰った」
コムはニンマリとすると、患者のカルテの束をポンポンと叩いた。
「この病院の薬師も直に良くなるじゃろうし、他の病院へは儂が行って治療しよう」
協力はここまでで良いから、国に帰れということだろうか。
静加はちゃぶ台に置かれた急須を勝手に取り、コムの前に置かれた空の湯呑みにお茶を注ぐと、コムに聞き返した。
「つまり、私達は用済みという事?」
「お前さん、それはちと人聞きが悪いぞ。全部やらせてしまっては、我々の成長がないじゃろう?
まあ、相談する事くらいはあるかも知れんがな」
静加の言葉にコムは茶化すような返事をすると、苦い顔で静加の淹れたお茶をすすった。
静加はそんなコムを見つめていたが、徐に急須を取ると自身の湯呑みにもお茶を注いだ。
「もう少しこの仕事は手伝いたかったけど、コムさんの言いたい事も分かるわ。本当に残念」
静加は心底残念そうにそう言うと、お茶をすすった。
「話は聞きました。病状の改善が著しいとか」
王宮へと戻った二人は、シャーリンから晩餐に誘われて、大きな円卓を囲んで食事兼報告をしていた。
「少し知恵を貸しただけです。コムさんは勉強家だし、直ぐに流行病も終息するんじゃないですか」
そう言って、静加はローストビーフのようなお肉を口に放り込む。思いの外、美味だったらしく口をもぐもぐさせながら目を輝かせていた。
そんな静加を見てシャーリンは微笑むと、ナプキンで口を拭った。
「そこで、あなた方に御礼を差し上げたいのですが、何か希望はありますか?」
「いえ、そんなのいりません……」
「本当ですか?!」
実際、まだ病が終息した訳でもないのだ。実菜が遠慮しようと口を開いたのと、静加の声が被る。しかも静加の声の方が大きく、実菜の声は掻き消された。
「こら!調子に乗らない!私達、大した事してないじゃない」
実菜が静加を軽く睨むが、シャーリンはそのやり取りを見て爆笑していた。
「いや、失礼。どうやら、あなた方のやり取りは私のツボらしい。
……聖女様は、何か望む物はないですか?」
以外にもシャーリンはゲラのようだ。笑いは落ち着いたが、今にも笑い出しそうな表情でシャーリンが実菜に問い掛けた。
うーん、これは断るのも失礼になるのかしら。でも望みなんて直ぐに思い付かないわねぇ。
実菜は唸りながら静加を見やると、静加もそれに気付き、口をもぐもぐさせながら実菜を見返した。
お米……。
「あ!それなら、帝国の情勢が落ち着いたらで良いんですけど、ドラゴニアンと交流会みたいなのやりません?」
「交流会?」
「そう!異文化交流です」
食文化だけでも全然違うし、上手くドラゴニアンで帝国の文化が受け入れられれば、お米とか輸入しやすくなるかも。という、完全な実菜の下心ではあったのだが、これが意外にも受けた。
「それは、こちらがお願いしたいくらいです。改めて、おじさま……いえ、ドラゴニアン国王陛下へ挨拶で伺う予定ではありますので、その時に提案させて頂きます」
下心からではあったが、シャーリンが嬉しそうにそう言っているのを見て、実菜は申し訳ない気持ちでもじもじしてしまった。
「それに……それを機に我が国の国民達も、互いの文化を知る事が出来るかもしれない」
そうか、帝国は異文化の国の集りのようなものだったわね。きっとこれからは、自由に自分達の文化で生きていけるようになるのね。
そう思うと、実菜は異文化交流が実現するのが今から楽しみになった。
「あなた方は明日には帰るのですか?」
ふと、シャーリンが伏し目がちになった。急な表情の変化に実菜は戸惑う。何かあったのだろうか。
「ええ、そのつもりですが」
そうよね?と静加を窺うと彼女も頷いた。
「あの、こんなお願いをするのは心苦しいのですが、ドラゴニアンに置いて来た臣下に帰って来るように伝えては貰えませんか」
「ああ!何だ、そんな事ですか!それなら大丈夫です。伝えますね」
確かに、今シャーリンが帝国を離れるのは難しいだろう。
「そういえば、宰相は決まったのですか?」
静加がついでのように聞いた。
「ええ、悩みに悩みましたが、総大将にお願いしました」
総大将といえば、『シャーリン様命』のあの軍人だったわね。という事は、総大将も替わるのね。
「前宰相の息のかかった者は除外したので……」
「つまり、早い話が人材不足という事ね」
それだけ、上層部には宰相側が多かったということだろうか。苦い顔でシャーリンが頷いた。
「前宰相は、心を入れ替える事はないのかしらね……」
そうすれば、こんなに悩む事はないのだ。
きっと、仕事は出来たのだろう……方向が違っただけで。
思わず実菜は呟いた。
そんな実菜の様子に静加が「嫌な予感がする」と、苦い顔になった。
「ねえ、静加。前宰相もクラウドの時みたいに、上手くいかないかしら」
「ああ、やっぱり……実菜の事だから、いつかそんな事を言い出すんじゃないかと思ってたよ。
でも、デイビッドみたいに『働かせて改心させよう』じゃなくて、まだ良かったわ」
静加はそう言って溜息を吐いた。シャーリンは二人のやり取りの意味が分からずキョトンとしていた。
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