必要な物は、人それぞれ
「さて、じゃあ、コムさん。これを煎じて患者に飲ませて来て。飲ませる患者、間違えないでね。
あ、その前に入院期間が長い病室を教えて貰える?」
静加はそう言いながら、生薬の分量を記したカルテをコムに渡した。
「お前さん、ちと、人使いが荒過ぎではないかの」
コムは苦い顔をしながらも、静加からカルテを受け取り、代わりに別のカルテを静加に渡すと、病室の場所を説明し始めた。
何だかんだ言って、コムは素直な人間の様だ。実菜が選定している間も、それを見ながら「ほほう」とか「うーん」とか、カルテと見比べて唸っていた。
しかし……。
実菜は不安を感じていた。何故なら、静加が別の病室で同じ作業をする気満々だったからだ。
「さ、じゃあ、次の病室へ行くわよ」
案の定、静加が元気良く実菜を振り返る。
「やっぱり?……私達、お昼も食べてないのよ?
お外、真っ暗よ?静加ちゃ〜ん」
恐らく希望は叶わないだろうが、実菜は一応そう伝えてみた。
「泣き言なんて言わないの!今日は、その病室で終わりにするから、頑張って!」
やっぱりか、でも患者もお医者さん達も頑張ってるんだもんね、仕方ない頑張るか。
「働いている人達はご飯食べられているのかしらね」
実菜が立ち上がりながら、溜息混じりにそう口にすると、薬を煎じ始めていたコムも溜息を吐いた。
「睡眠と食事は大事な事なんじゃがの。今は、十分とは言えんの。
……まあ、儂は薬を作り終えれば帰るんじゃがの。あれじゃあ、感染せずとも病気になっちまう」
それだけ言うと、コムは煎じている鍋に集中してしまった。
「さあ、私達は私達に出来る事をしましょうか」
病室まで来た所で、静加がそう言って気合を入れた。
「さっき、私が選んだ生薬って、どの人のもほとんど同じだったじゃない?どうして一緒では駄目なのかしら」
たまに違うものだったり、量も多少違うが大差無い。実菜にはそう思えて、ついそう言ってしまったのだが、静加が目を丸くさせているところから、どうやら違ったらしい。実菜は慌てて口を閉じた。
「十人十色と言うでしょう?薬という物はその人の体格、体力、体質で内容が変わってくる物なのよ」
「でも、日本の薬局で風邪薬とか売ってたじゃない」
あれは、確か年齢で量が違うだけだったと思う。実菜は首を傾げた。
「効く人と効かない人がいるのは、何でだと思うのよ」
「……あ」
実菜自身、同じ薬でも効く時と効かない時があったのを思い出した。
そうか、あれが体力の差というものか?
実菜が頷いているのを見て「さあ、理由が分かったところで、頑張って頂戴!」と、静加が実菜の肩を叩いた。
患者の顔を覚え、調合室で同じ様に生薬の選定をしたところで、人間とは慣れる生き物なのだという事を実菜は体感していた。
「凄い!さっきより早く終わったわ!」
同じく10人だったのだが、顔を覚える時間は変わらなかったが、選定作業には殆ど時間がかからなかったのである。静加も驚いた様にウンウンと頷いていた。
「本当ね。これなら、すぐ全員分終わるわ。今日中に出来る所までやっちゃおうか?」
「………」
藪蛇だったか。
帰れると思っていた実菜が心の中でガックリしていると、助け舟を出すかの様に病室から戻って来たコムが声を掛けてきた。
「お前さん達、これ以上材料がないじゃろ?在庫も無いんじゃよ。入荷は明日じゃ。明日また来ておくれ。
丁度、王宮から迎えも来てるしのう」
最初の冷たさは何処へやら。コムが笑顔で、明日また来いと言う。
煎じた漢方薬に手応えでもあったのかしら。
どちらにしても、助かったわ、お腹空いて倒れそうだもの。
そう思って見ると、コムがホクホクしている様にも見えなくも無い。が、早くご飯が食べたい実菜にはどちらでも良かった。
「仕方ないね。それじゃ、お暇させて頂くとしますか。あ、コムさん。これもお願いします」
さり気なく静加が10人分のカルテをコムへと押し付けると、コムからジト目が返ってきたが、静加は澄ましている。どうやら、煎じるのはコムに任せるつもりらしい。
迎えも来ているし、材料が無いのでは致し方ない。これには、静加も大人しく帰るしか無かった。
白衣と三角巾を洗濯籠へ入れ外へ出ると、門の所でシャーリンの使いが待機しており、実菜と静加を王宮の客室へと案内してくれた。シャーリンは多忙らしく、挨拶は出来なかったが二人は豪華な夕食を頂き、先に休ませてもらう事にした。
次の日の朝、実菜と静加が再び病院を訪問すると、頬を紅潮させ、鼻息を荒くしたコムが二人を迎えた。
「ちょっと、コムさん。そんなに興奮してどうしたの」
のんびりした口調で尋ねた静加とは対照的に、コムは興奮して言葉にならないらしい、身振り手振りで何かを訴えている。
「えっと……何が言いたいのかしら。病室?あ、違うの?じゃあ……患者?」
ジェスチャーゲームの様に、コムの仕草を見て実菜が当てずっぽうに口にすると、コムが首を振って答える。どうやら患者に関する事で興奮しているらしいが……。
実菜が眉を顰めていると、横から腕組みをしてコムの仕草を見ていた静加が口を出した。
「うーん、昨日、薬を飲ませた患者に変化があった。とか?」
「その通りじゃ!!」
コムが「ビシッ」という効果音がしそうな勢いで、静加に人差し指を向けた。
「話せるじゃないの!!」
「こっちじゃ!」
コムは静加の激しいツッコミは全く気にせず、いや、無視して、手招きしながら年齢を感じさせない走りを見せた。
コムを追って走らざるを得なくなった二人に気付いた白衣の女性が、「これを〜」と、言って二人分の白衣と三角巾を持って走る。
何かを追っている女性を見た、他の職員が「何事か起きたみたいだ」と、更に他の職員に声を掛け、その女性を追う。その様子は宛ら運動会の様であった。
「はぁ〜っ!朝から走る事になるとは思っていなかったわ。ねえ、静加……って、ぅわあっ?!」
病室まで走らされた実菜は、静加を振り返って驚いた。
何故だか白衣の集団が二人の後について来ていたのだ。
「ど、どうしました?」
実菜は、恐る恐る手前にいた女性に声を掛けた。
「はあっ、はぁっ、あの、これを……」
すっかり息の上がった女性が、そう言って白衣と三角巾を二人に差し出してきた。
「ああ!急いでて忘れてたわ!有難う」
実菜と静加がそれを受け取り、身に着ける。それを見ていた職員達が廊下でざわめき始めた。
「え?まさか、それだけ?」
「誰だよ、事件とか言った奴」
実菜が、ざわめきの原因が分からず戸惑う横で、静加は腹を抱えて笑っている。
そこへ、騒動のきっかけを作ったコムが病室から顔を出した。
「何をしているのじゃ、早く来い。ん?皆、集まってどうしたのじゃ?
まあ、何があったかは知らんが、折角ここまで来たんじゃから、皆も見て行け」
知らぬが仏とはこういう事を言うのかもしれない。皆、腑に落ちない雰囲気でコムに促されるまま、病室を覗き込むと、中の様子に言葉を失った。
「あれ?医師方、お揃いでどうしました?」
ベッドに起き上がっていた患者の一人が、こちらに気付き声を掛けて来た。他の患者も横になっている者もいるが、皆、意識はしっかりしている様に見えた。
「様子を見に来てくれたんじゃよ」
コムがそう答えると、患者がニッコリ笑った。
「まだ熱は少しあってボーッとした感じはありますが、お陰様で起き上がれるまでにはなりました」
そう言ったのは、特に顔に特徴の無いあの患者だった。笑うと目尻の皺が深くなり、人の良さそうなおじさんになった。
「何を騒いているんだ」
騒ぎを聞きつけてか、ジンシが職員を掻き分けて前に出て来ると、患者の様子を見て皆と同様に言葉を失った。
「ああ、院長」
コムがジンシに気付き声を掛けると、無言でジンシがコムを病室の外へと引っ張り出した。
「どういう事だ?何をした?何が起きている?」
ジンシが、コムに小声で問い質す。
稀に回復する患者も居るが、一度にこれだけの患者が回復する事は今まで無かった。
「この二人に協力してもらって、薬をいつもとは違う調合にしたんじゃよ」
そう言ってコムが実菜と静加を指差すと、ジンシが二人に驚愕の視線を向けた。
「良いんじゃなぁ〜い」
調合室で静加がカルテを手にニンマリしている。
「ふぉっふぉっふぉ。一度にこれだけの症例が取れるとは」
コムも別のカルテを手にホクホクしていた。
昨日、訪問した別の病室は病状が重かったので、起き上がれるほど回復するのは難しかったようだが、意識は戻っていた。
やっぱり、この二人、気が合うと思うわ。
実菜が似たような状態の二人を見ながら、そんな感想を抱いていると、静加が気合を入れた顔で実菜を振り返った。
「今日は取り敢えず同じ薬を投薬するとして……今日は他の全病室、終わらせるからね!」
今日は取り敢えず……?
「静加、取り敢えず、とは?」
嫌な予感がし、実菜が恐る恐る静加へ問う。
「体調に変化が出たのだから、薬も変わるでしょ。だから、今日は様子見よ」
やっぱり〜!でもそれじゃ、キリがないじゃない!いつ終わるのよ〜。
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