協力するとか、しないとか
生薬の話がちょいちょい出てきますが、敢えて実名はぼんやりさせてます。小心者なもので。
生薬に詳しい方には、アレの事をいってるのかなぁ、と想像を楽しんでもらえたら、と勝手に思っております。
病院は木造ニ階建て、広さは一般的な体育館ニつ分程。その横に簡易テントが作られ、そこに寝かされている患者も居た。時折呻き声の様なものが響いている。建物全体がどんよりとして見えるのは、多分気分的なものだろう。
「本当に行くの?」
シャーリンに案内され、実菜と静加は病院の前まで来たのだが、実菜は野戦病院とも言えそうなその様相に戦いていた。
「陛下?!突然どうされました」
そこへ、この病院の者だろう割烹着の様な白衣を着て三角巾を口に巻いた白髪の男がシャーリンを認めて、慌てて走り寄って来た。
「ジンシ、悪いがこの二人に病院を案内して欲しい」
「案内?」
眉を顰めたジンシは不機嫌を隠す事もなく実菜と静加を睨む様に見やった。
「陛下……恐れながら申し上げます。現状、案内している時間は御座いません。そもそも病が伝染る危険がありますし」
ジンシが飛び出して来たので、建物の扉は開き放しになっていた。その隙間からは、白衣を来た人間が忙しなく行き交っているのが見える。意地悪でなく本当に忙しいのだろう。
「それは、承知の上だ。しかし、この者達はドラゴニアンから治療薬の開発に協力する為にわざわさ来訪して下さったのだ。
コムに頼もう。コムがこちらに来ているはずだが……調合室か?」
実際は、静加が強引さが招いた所業なのだが、正直に言ってしまえば、中にすら入れてくれはしないだろう。シャーリンの機転だった。
コムとは王宮の薬師だという。この病院の薬師が感染してしまったので、今日はこちらの病院で薬を調合しているという事で来たのだ。
シャーリンの有無を言わせない雰囲気に、ジンシは迷惑な客人を追い返す事は無理だと悟った。女帝陛下の怒りを買うのも面倒だ。ジンシは、それとは分からぬよう、嘆息した。
「しかし、陛下はお帰り下さい。万が一があっては困ります」
それだけは譲れない。というジンシに折れ、実菜と静加だけがコムの所へと向かった。
「コレを着けろ、何があっても自己責任だからな」
院内に入ると、不機嫌なジンシに白衣と三角巾を渡された。
よく見ると、ジンシの目の下はクマで真っ黒になっている。不機嫌なのではなく、疲労困憊なだけかもしれない。
その状態には実菜は覚えがあった。
その間も、ジンシはズンズンと廊下を奥へと進んで行ってしまう。二人は白衣を着ながらジンシについて行った。
「入るぞ」
奥にあった部屋に到着すると、ノックが早いか声掛けが早いか扉を開けた。ジンシは部屋の中を確認すると、「客人だ」と声を掛けた。
「ここだ、入れ」
それだけ言うと、ジンシはさっさと自分の持ち場へと戻って行っていまう。実菜と静加はどうしたものかと顔を見合わせ、恐る恐るその部屋へと入室した。
板張りの八畳程のその部屋の中では、背中を丸めて薬研を動かしている男が居た。肩まで伸びた白髪で、前髪をちょんまげの様に結い、その目は長く白い眉毛に隠れている。この男がコムなのだろう。
しかし、入室して来た二人には見向きもせず薬研を動かし続けている。耳が遠いのか、無視しているのか、何とも言えない緊張感があった。
「すみません、コムさんですよね?女帝陛下から治療薬の研究の協力を頼まれて来ました」
正確には協力を頼むように頼んだ。というややこしい状況なのだが、実菜は頼まれた事にする方が良いのでは、と判断した。
「いらん。……嬢は何を考えておるんじゃ」
嬢とはシャーリンの事だろうか。耳が遠い訳ではないようだったが、これは、頑固ジジイというやつか。冷たい言葉が返ってきた。
「どんな薬を処方しているのか見せてもらえませんか?」
このまま、お互い黙っていても埒が明かない。静加がダメ元で頑固ジジイ……コムにお願いした。
部屋には小さな机が置いてあり、その上には乳鉢が幾つも置いてある。コムは面倒臭そうに視線だけを静加に向けると、無言のまま顎でその乳鉢を指した。
その乳鉢に入っている物が薬なのだろう、静加はその机に近付くと、乳鉢を手に取った。
「お前さんの様なお嬢ちゃんに、何が分かるんじゃ」
コムは乳鉢を覗き込む静加を「お嬢ちゃん」だと決めつけて鼻で笑った。
静加は、その態度に微かに片眉を上げたが、気を取り直し、乳鉢の中の物をまじまじと見つめた。
「その中身が何か分かれば、協力させてやってもよいぞ。寧ろ、そのくらい分からんようでは邪魔なだけじゃ」
コムとて、すり潰された生薬の種類を完全に当てるのは困難だ。追い返す為に無理難題を言っただけだった。
しかし、直ぐにコムは静加を甘く見過ぎていた事を思い知る事になる。
静加は乳鉢を机に戻すと、壁に顔を向けた。壁には生薬が入っている引き出しが幾つもある。静加は黙ったままその引き出しまで歩み寄ると、引き出しのプレートを確認するようになぞる。
引き出しを開け中身を確認すると、その引き出しを抜き出し、一つ、二つとコムの前に置いていく。作業を止め、静加の動きを目で追っていたコムの前には、合計五つの引き出しが置かれていた。
コムの視線が、引き出しの中身から静加へと移る。
「熱が下がった患者に使ってるの?それとも麻痺が出てる患者?……ああ、その前に、これは正解?」
無言のままコムの目が見開かれた。眉毛に隠れていた訳ではなく、目が細いだけだったようだ。
「それと、これは全員に飲ませているわけではないわよね?」
コムの態度で正解とした静加は、更に机の上の半紙を指差した。その半紙の上にも何種類かの生薬が置かれている。
「基本、それを煎じて飲ませておる」
コムの言葉に、今度は静加が目を見開いた。「この世界はまだ、生薬の研究は進んでないみたいね」という呟きは、思わず出たものだったが、コムの耳にはしっかり届いていた。
「少しかじっている程度で自惚れるな、ひよっ子が!儂はこの道40年じゃぞ!その儂が……」
「治せてないじゃん!」
うぐっ!と、コムが言葉に詰まった。真っ赤な顔に青筋が浮き出て見える。相当、頭にきているようだが、治せていないのも事実。フーフーと鼻息を荒くするのが精々だった。
「どっちが自惚れよ?!もっと柔軟にならないと進歩が無いわよ!それにねぇ、私はこの業界、60年!!たかだか40年の分際で、でかい口叩くんじゃないわよ!!」
いや、40年て相当よ?そんなにお嬢ちゃん扱いされたのが頭にきていたのね。
二人の喧嘩に巻き込まれては敵わない。実菜は傍観者を決め込んでいた。
「しょうもない嘘をつくでない!!そもそも、お前さん60年も生きとらんじゃろうが?!」
「生きてるわよ!私はねぇ、83歳よ!!こう見えても!!思い知ったか!敬え!」
お互い真っ赤な顔で言い合いをしていたが、静加の放った年齢に、コムは半信半疑というか、呆れた顔になった。
そりゃ、そうだよねぇ。どう見てもお嬢さんだもんねぇ。反則だよねぇ。
意外とこの二人は気が合うのではなかろうか、と実菜が思い始めた頃、二人の熱も冷め始めた様だ。
「もう良い。そうまで言うなら、やってみせろ。協力してやる」
コムは、静加の年齢は嘘だと思っている様だが諦めたようにそう言うと、改めて二人に向き直った。
いや、協力するのは、こちらだったはずなのだけど。と、実菜は思ったがコムの機嫌が悪くなるのは困るので、黙っていた。
「ねぇ、この格好って、やっぱり変じゃない?」
静加が、患者の様子を見たい。と言うのでコムに連れられて病棟の方へとやって来たのだが、二人は団服の上に白衣を着ているのである。周りの人間が訝しげにこちらに送る視線に実菜は耐え兼ねていた。
「そんな事、言ったって仕方ないでしょ。それよりも、こっちよ」
コムはさっさと病室へと入って行ってしまっていた。静加に手を引かれ実菜達もその病室へと入る。
この病室は感染して間もない患者が入院していた。
中では10人の患者が高熱でうなされていた。
実菜は、静加がコムからこの病室の患者のカルテを受け取っているのを見ながら、静加は一体どうするのかしら。と、完全に第三者のスタンスで佇んでいたのだが、静加がカルテを手に実菜に近寄って来た。
「実菜、ここからは貴女の出番よ」
「はい。……はい?」
静加の言っている意味が理解出来ず、聞き返す。
実菜は薬の知識など持ち合わせていない。かといって、今回は癒やしの力を使う訳でも無いという。
そんな実菜の出番とは、一体どういう事なのか。
「先ずは、この人を覚えて」
静加はそう言って、一番手前のベッドの患者を指差した。
「へ?……覚える?」
「そう、しっかり、顔を見て、覚えて」
さっぱり意味が分からない。静加とのこういうやり取りは久しぶりな気がする。
これまでの事から、意味は分からないが、意味のある事なのだろう、と実菜は大人しく静加に従う事にした。
実菜があまり特徴の無い、その患者の顔を覚えているその横で、静加はカルテに何やら書き込んでいた。
その病室の患者全員を覚えさせられた実菜は、忘れないうちに、と今度は調合室まで走らされた。
本当にコレ、意味あるのよね?
実菜が、若干の不信感を抱きつつ、調合室で呼吸を整えていると、静加はコムが止めるのも構わず、生薬の入った引き出しを全部抜き出して実菜の前に置いた。
「さあ、実菜、選んで?」
何だコレ?
「流石に……説明してもらえないかしら?」
何度も言うが、実菜には生薬の知識はない。それを選べとは如何なものか。
「さっき一番目に覚えた患者を思い浮かべて、その人にあう生薬を直感で選ぶの。実菜が選べば、絶対合ってるはず!」
何だその直感て、プレッシャーが半端ないんですけど。
そもそも、そんな心許ない選び方で大丈夫なのだろうか。
もうどうなっても知らん。と、実菜は開き直ると、一番目に覚えた特に特徴の無い患者の事を思い浮かべた。
思い浮かべたまま、生薬の入った沢山の引き出しを眺める。
「あ、これと、あれと……」
不思議と何となく分かる自分自身に実菜は驚いたが、静加は考えるポーズで小さく頷いている。
「じゃ、今度はそれぞれの量を決めていこうか。同じ様に量を感じてみて?でも実菜は生薬に触れないでね、それだけで癒やしの力が宿っちゃうかもしれないから」
そう言うと、静加が匙を取った。
実菜が選んだ生薬は根っこのようなものや皮、果実のようなもの、と5つだが、それを同じ様にしてみると、これも不思議と何となく分かった。
「それは、もう少し……あ、減らして」
自分で出来ないのはもどかしい。が、やっと10人分出来上がった頃には、すっかり日が暮れていた。
お読み頂き有難う御座いました。




