女帝、悩む
こんなに帝国での話が続くとは思っていなかったのですが、もう少し続きます。
「暇ねぇ〜」
そう言いながら、静加がテーブルの上の饅頭に手を伸ばす。饅頭を割ると、中身は白餡だったようだ。静加が「やった」と顔を綻ばせているところから、彼女は白餡が好きなのかもしれない。
「何よ?」
静加を観察していた実菜に気付いたのか、静加がもぐもぐしながら聞いた。
「暇だから、静加を観察していたのよ。白餡が好きなの?」
今、二人がいるのは帝国の王宮の一室。
宰相の捕物劇を終え、こちらに招かれたのだが、その後始末で如何せん慌ただしい状況だ。
早い話が、二人はこの部屋に放置されている。故に暇を持て余していた。
「まぁね、でも、あんこも好きよ。ドラゴニアンにはこういう和菓子的な物が無いから、嬉しかっただけよ」
二人が不毛な会話をしていると、ドアをノックする音が響いた。
「お待たせしてすまない」
ドアが開くと、着替えを済ませたシャーリンが部屋へと入って来た。
「ふぉほ〜う」
静加がシャーリンを見て、オヤジ的な可笑しな声を漏らしたが、実菜もシャーリンに釘付けになっていた。
王宮ではいつもこの姿なのか、今のシャーリンは赤色の漢服の様な着物に、頭にはシャラシャラと揺れる金色の髪飾りという装いをしていた。
鎧姿も凛々しくて良かったが、スタイルが良い分、こちらの方が妖艶さが増していた。
日本の着物っぽいけど、それよりは動きやすそうに出来てるわね。どういう作りになっているのかしら。
「この国では、こういった衣装が一般的なのです」
実菜はシャーリンの衣装を不躾にジロジロと見ていたが、シャーリンは気にする様子はなく、そう言うと手前の椅子に腰を掛けた。
「あなた方のお陰で、良い結果が導き出せた事、感謝申し上げます」
改まって、シャーリンが二人に頭を下げた。
「結局、私達、何もしていないですから」
女帝ともあろう人が、こうも簡単に頭を下げて良いのだろうかと思い、実菜は慌てて頭を上げさせた。
「結局、宰相は監獄へ送るだけ?」
侍女がシャーリンにお茶を淹れ、二人のお茶を淹れ直して下がって行った頃、静加がシャーリンに問うた。
それにしても、おかしな問い方だ。「送ったの?」ではなく「送るだけ?」とは。監獄送りは前提で、暗に処刑……死罪にしないのか、ということが言いたいのだろう。
「はい。生涯、監獄に居てもらいます。そんな簡単に楽にはさせません」
罪を償って欲しい、という事だろう。罪の意識を持ちながら生き続ける事は辛い。
あくまでも罪の意識があれば、だが。
「簡単に死刑にして終わり、としない考え方は好きよ。でも、ひとつ問題が片付いて良かったわね」
シャーリンが浮かない顔をしていた為か、静加が励ますようにシャーリンに言った。
確かに、新しい宰相の選定や、感染病の事などやらなければならない事が山積みではあるのだが、それにしても何故だか落ち込んでいる様に見えた。
「差し出がましい事とは思いますが、何かありました?」
たまらず実菜がシャーリンに問うと、シャーリンは眉をハの字にして嘆息した。
「偉そうに、私が何とかするとか言っておきながら……結局、海龍様とあなた方がいなければ、何も出来なかった。兵士達が忠誠を誓ってくれたのも、海龍様がいたからですし。
それを思うと、これから一人で大丈夫かと、少し不安になってしまって」
そう言うと、シャーリンは困った様に微笑んだ。
その様子を見た静加も、シャーリンと同じ様な表情で首を傾げた。
「何で一人でやろうとするのか分からないのだけれど、これから宰相も決めるのでしょう?
人それぞれ得手不得手はあるのだし、適材適所で皆で新しい帝国を作っていけば良いんじゃないのかしら。
それに、海龍様が居たから、忠誠を誓っていた様には見えなかったけど、もしそう思っているのなら、今は『龍の威を借る女帝』で良いじゃん。お陰様の気持ちがあるなら、利用出来るものは利用して良いと思うよ?」
静加が早口で一気に話し切った。
傲慢になるな、という事かしら。それにしても龍の威を借るとは、言い得て妙だわ。と、思ったが実菜はふと気付く。
静加はいつもこんな感じだったから、忘れていたけれど、女帝相手にこの軽口……。
今更ながら実菜はハラハラし始めた。
「あ、そうだ。もし、相談するなら……」
これ以上失礼な事を言われては敵わない。尚も口を開こうとする静加の口を実菜が塞いだ。
「な、なにふるのほ?!」
フガフガしながら、静加が口を塞いでいる実菜の手をぺしぺしと叩く。
「あなたは軽口が過ぎるのよ」
実菜は小声で静加に言うのだが、しっかりシャーリンにも聞こえている。結局、二人とも失礼だった。
「大丈夫だ。変におべっか使われるより、ずっと良い」
二人のやり取りを見ながら、シャーリンがハハハと笑った後、「それに……」と、シャーリンが目を泳がせた。
「これは、褒め言葉として受け取って欲しいのだが……何故か静加殿と話しをしていると、どこぞの長老と話しているような錯覚を起こして、話しを聞き入れ易いのだ」
「ぶはっ!!」
シャーリンが言いにくそうに言う、その傍らで実菜が思わず吹き出した。失礼な事極まりない。
「実菜!笑い過ぎよ!あんたの方が失礼じゃない!シャーリン様と私に謝れ!」
「だって〜!静加が長老って!その通りなんだもの!流石、シャーリン様!」
一頻り笑った後、実菜はシャーリンに謝った。
「いや、大丈夫だ。しかし、二人は仲が良いな。まるで姉妹か……母娘の様だ」
シャーリンが笑いながら、何気なく言った言葉に二人はドキッとした。
「凄い、シャーリン様、何で分かったのですか?!」
「姉妹なのか?」
「……違いますけど」
思わず実菜は肯定してしまったが、今は血縁的には全くの他人である。説明した所で信じてもらえるかは分からない。寧ろ馬鹿にしていると思われるかもしれない。結局、否定するしかなかった。
母娘という事はなかろう。この娘は何を言っている?とでも言いたげな表情で、シャーリンは静加に視線を向けた。
「あ〜……、彼女の言葉を訳しますと、シャーリン様の洞察力は素晴らしい。と、申し上げているようです」
静加がフォローするように説明するが、それでも伝わるものではなかったようだ。しかし、納得いかないながらもシャーリンは小さく頷き、気を取り直す様に咳払いをした。
「さて、折角起こし頂いたのだ。庭園でも案内しようか」
シャーリンがそう言うと、静加の瞳が輝いた。
「あの、王宮だとお抱え薬師とかいたりします?出来れば、調合室とか見てみたいのだけど」
どこかソワソワした雰囲気の静加が、前のめりでシャーリンに迫る。
「調合室?あるにはあるが……今、あそこは戦場と化しているので、遠慮願いたい」
流行病の酷い現状の為、民間の薬屋だけでは事足りず、王宮薬師も国中を走り回っているのだそうだ。
申し訳無さそうに言うシャーリンに、それはそうかとヘコんだ静加だったが、直ぐに復活した。
「では、視察、という名目で病院を案内してくれませんか?」
これにはシャーリンだけでなく、実菜も驚いた。
「流石に客人をそのような場所に連れて行くわけにはいかない」
「静加、何でそんな所に?」
「もしかしたら、流行病の治療薬で協力出来るかもしれないと思ったのよ」
静加がそう言うと、シャーリンは実菜をちらりと窺った。
「ああ、そうか!そういう事なら、私が癒やして回れば良いじゃない?
ドラゴニアンより広いから少し時間は掛かるだろうけど」
すっかり忘れていたが、シャーリンもそれで完治したのだ。それなら、この件も万事解決である。
実菜はそう思ったのだが、静加もシャーリンも実菜とは考え方が違うようで、二人とも難しい顔をしていた。
「シャーリン様はこの件に関して、一度も実菜の力を頼ろうとしませんでしたよね。
治療薬に協力するのと、実菜が国中を浄化して回るの、どちらが良いですか?
もちろん、完璧な治療薬が出来るとは限りませんし、全く頼らないという選択肢もありますけども」
確かに、シャーリンを癒やしたのは偶然だったが、その後もそれらしい事を言われた事は無かった。
しかし、静加もシャーリンもこの期に及んで一番楽な方法を取ろうとしないのは何故なのか、実菜は理解出来ずにいた。
「確かに聖女様の力を以ってすれば容易い事だとは思う。
しかし、その力は永遠ではない。
何十年、何百年後に同じ様な事が起きた時、全く打開策が無いのが問題だ。
とはいえ、このままでは死に絶えてしまう可能性もある。正直に申し上げれば協力願いたい」
私の力は永遠ではない。それは、つまり私がいつか死ぬという事。人間だから当たり前だ。その後、聖女が現れるとも限らない。
その場限りではない方法で治療したい、という事かと実菜は理解した。
「同感だわ。シャーリン様のその考え方、私は好きよ。
先ずは治療薬を試してみて、それで駄目なら実菜に帝国を一周してもらいましょう。
……という訳で、病院を案内してくれる?」
シャーリンの「協力願いたい」という言葉を言質としたのか、静加が笑顔で進言する。その笑顔には、問答無用と書かれていた。
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