目に見えぬものでも在るんだよ
宰相やら総大将やら、名前を付けてあげないとかな〜?と、思う。今日、この頃。
と、言いつつ役職名のまま話は進んで行きます。
話の流れで津波が出てきます。表現は抑えてありますが、ご経験がある方はご注意下さい。
「話し合いで、平和的に解決しようとしたが、貴様相手では所詮無理な話だったな」
シャーリンは、宰相を睨みつけたままそう言うと、背中の大剣を取り、刃を宰相に向けた。
それを受け、宰相の後ろに控えていた5人の兵士達が、宰相を庇うように前に出て拳銃を構える。
「また、暴発させられても厄介だ。拳銃はやめておけ」
宰相が兵士達の後ろから声をかけると、兵士達は慌てた様子で腰に佩いた剣を構えた。
「退け!小隊長ごときが何人束になろうと、私の敵では無い。
それよりも、怪我人の手当てをしろ!」
シャーリンが剣を構えたまま、船上で未だ呻いている兵士達に視線を向けると、小隊長達も釣られてそちらを見やる。
「あの程度の兵士は、いくらでもいる。目の前の敵に集中しろ!!」
宰相の怒号が飛ぶ。しかし、小隊長達は、目を泳がせ互いを見やり、戸惑っている。
シャーリンと宰相の言葉、どちらを取るか考え倦ねている様にも見えた。
「貴様、本当に救えんな」
兵士は使い捨ての物ではない。シャーリンは、宰相の怒号に怒りを通り越し、呆れてしまった。
「はっ!貴様ら!目に見えぬ『神』などと戯言をほざくような者に、国を任せておくつもりか?!」
シャーリンの態度を宰相は鼻で笑い飛ばすと、躊躇う小隊長達に、尚も怒号を飛ばした。
「それでは、仕方あるまい」
その時だった。どこからともなく、低くぐもった声が辺りに響き渡る。
「何だ?誰だ!」
宰相が、警戒しながら辺りを見渡す。小隊長達は、すっかり怯えた様子で、それぞれが海を指差していた。
「う、海が!!」
小隊長の一人が声を上げるのと同時に、それまで静かだった海面が盛り上がり、小隊長達から悲鳴が上がる。
「つかまって!」
そう言うと同時に、静加が実菜の腰をさらい地を蹴り空へと舞い上がった。
盛り上がった海面は津波となり、港を襲う。
大きな船舶が押し流され港にぶつかり、ベキベキと音をたて潰れ、その船上にいた兵士達が海へと放り出された。小隊長達も波にのまれ、さらわれていく。
宰相は、近くの小屋にしがみつき、必死で波に堪えていた。
やがて、波が平穏を取り戻すと、柱だけになってしまった小屋にしがみついていた宰相が、ゲホゲホと飲み込んだ海水を吐き出していた。
「儂は確かに、ここに在る。
目に見える様にしてやったのだ、有難く拝め」
そこへ、先程のあの声が響く。
今回は声がやけに近いな。と、宰相は辺りを見渡した。そこかしこに船の残骸が散らばっている。全てが海水に浸っていた。
「っ?!」
先程までシャーリンがいた場所……小舟の係留所に目を向けた所で、宰相が息を呑む。
海から太い緑色の……柱?が立っている?いや、あれは、鱗、か?
「まさか、な」
かつてアンドロワは海龍を神としていたが、有り得ないだろう?
しかし、宰相の心臓は、己とは別の生き物になってしまったかのように、バクバクと波打っていた。自身の意思を無視して、膝もガクガクと震えている。
海水に浸かり、ぐっしょり濡れていたが、宰相の背中に冷たい物が流れた。
恐る恐るそのまま視線を上へと辿っていくと、いつか見た絵姿そのままの海龍が長い胴体をくねらせ、宰相を覗き込むようにしていた。
「ふがっ、ゔっ!!」
宰相は、後退ろうとしたが、脚が上手く動かず尻餅をついた。
「そんな、まさか……海龍?」
海龍の大きな双眸に捉えられ、震えながらも宰相が呟く。
「おヌシは儂の分身を扱えんであろう?
やはり、魂を磨かぬ奴は醜い……おヌシは醜いのう。醜い者はやはり、醜い事をする。
醜い者には、触られたくないものよ」
長い髭を戦がせながら、海龍が声を響かせた。
「有難うございます海龍様、少し宜しいでしょうか」
その声に、宰相は改めて海龍の全貌に目を凝らした。
シャーリン、どこに居るのだ?
海龍に気を取られ、気付かなかったが海龍の大きな左手の中に、守られる様にシャーリンが乗っていた。
そのシャーリンが遠慮がちに口を開くと、海龍がシャーリンに応えるようにその左手を地面へと降ろすと、シャーリンが飛び降りた。
「宰相、私は貴方をその座から外し、監獄へと送ります。
……理由は分かっていますね?」
そう言いながら、シャーリンは大剣の刃を宰相に向けた。
「斬りたければ、斬れば良かろう。こうなれば、この世に未練など無い。
……貴様の言葉を聞く者が居るかどうかは知らんがな!」
反抗するならば、斬る。その覚悟が伝わったのか、宰相が吐き捨てるように言葉を吐いた。
『言葉を聞く者が居るか……』苦し紛れに放たれた言葉がシャーリンの心を抉る。その心配は、シャーリンとて重々承知している。だからこそ、思い切る事が出来ずに今日まで来たのだ。
それでも、行動しなければならない。シャーリンは、宰相の言葉を苦い顔で受け取ると、正面を見据えた。
「おヌシの心配には及ばん」
シャーリンが言い淀んでいると、海龍が宰相の言葉に答えた。
シャーリンが、どういう事かと海龍を見上げると同時に海龍が大きく伸び上がり、うねるようにして頭から海の中に潜り込むと、すぐさま飛び出し大きく尻尾を振り上げた。
その勢いで海水の飛沫が豪雨の如く降り注ぐ中、大きな水の塊が幾つもシャーリンと宰相の間に落ちて来た。
その塊は、地面に当たるとパチンと弾ける様にして水へと変わり、中からは海へと放り出されたはずの兵士達や小隊長達が出て来た。
海龍が、海に落ちた者達を助けてくれたようだ。
シャーリンが目を丸くして海龍を振り仰ぐと「こんなものが海の中にあると、海が穢れるからな」と言って、海龍はシャーリンから視線を逸らした。
辛くも助け出された兵士や小隊長達は、ゲホゲホと咳き込みながら状況を把握しようと周囲を見渡し、シャーリンの後ろにいる海龍の姿を認めると、一同青ざめて固まった。
「おヌシ等に問う。儂の加護を持つ女帝と、そこに転がっている只の男、どちらの言葉に従いたい?」
青ざめていた一同が、海龍の問いに一瞬言葉を失ったが、一人の小隊長が勢い良く立ち上がり敬礼した。
「自分は!女帝陛下の言葉に従いたいです!!」
人間を人間とも思わない言動が多い宰相には、もう従えない。何よりも、目の前の海龍が『宰相』ではなく『只の男』と言った。そういう事だ。
小隊長はシャーリンに向け、勢い良くそう言い放った。宰相を振り返る事は無かった。
それに釣られてか自身の意思かは分からないが、その場に居た者は全員、女帝陛下に忠誠を誓った。
「そういう事だそうだ」
海龍が宰相に向けてそう言ったが、宰相はうなだれたまま口を固く閉ざしていた。
「奴を捕え、牢へ!他の者は怪我人の手当だ!」
シャーリンが叫ぶと、小隊長達が直ぐ様動いた。
小隊長に押さえられ連れて行かれる宰相や、担がれて行く兵士達を見送ると、シャーリンは改めて海龍を振り仰ぎ、頭を下げた。
「海龍様、有難うございました。お陰で死人を出さずに済みました」
「良い。それに、加護というのは本当であるからな。困った事があれば……また協力してやっても良いぞ」
そう言って、海龍はシャーリンから視線を逸らした。
もしかしたら、海龍様は照れ屋なのかもしれない。と、シャーリンは思ったが敢えて明言は避けた。
「念の為、言っておくが、儂は生け贄はいらんからな」
海龍の、いかにもウンザリといった言い方に、シャーリンは思わず吹き出していた。
一方、その頃、上空では。
間一髪、津波から逃れた実菜と静加は上空から事の次第を見守っていた。
「上手い事いったみたいね」
宰相を断罪出来た事を確認した実菜は安堵し、静加へ声をかけた。
「あれ、静加。何か震えてない?」
今まで、地上の出来事に集中していて気付かなかったが、静加が微妙にぷるぷるしている。
「『震えてない?』じゃないわよ!重いのよ!あんたが!
私はね、確かに力持ちよ?セシルだって持ち上げられるわ!でもね、それは瞬発力なの、持久力は無いのよ!!」
静加が、顔を真っ赤にして怒っていた。
「でも、私、飛べないし……」
「カントラがいるでしょうが!
カントラ!あんたもあんたよ!そこに居るなら、さっさと実菜を引き受けてよ!!」
カントラは確かに近くに居たが、完全にとばっちりで怒られた。
「カントラは飛ぶ為に居るわけじゃ……」
「今の状況で、そんな事を言う?!この状況で?!」
「……やれやれ」
カントラは、二人を掬うようにして背中に乗せると、溜息を吐いた。
二人は最後までわちゃわちゃしていた。
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