囚人の男
面会の続きに戻ります。
実菜の帝国への宣戦布告は却下されたが、シャーリンの囚人との面会は許可された。
そして、今に至るのだが。
未だ、信じられないという顔で、シャーリンを見つめるイーサンに対して、シャーリンは鉄格子まで近付いた。
「イーサン、命に差はない。誰でも等しく尊いものだ」
その言葉にイーサンは、顔をクシャリと歪ませた。
「本当に、シャーリン様だ。良かった……本当に良かった。
……聖女様、有難う御座いました」
イーサンは、涙と鼻水で濡れた顔を実菜に向け、ペコペコと頭を下げた。
実菜は、イーサンのその姿に「いや、たまたま癒しちゃったんですよ〜」とは言えず、笑顔を返すだけに留めた。
そんな実菜に、体当たりするように、ぐいぐいと静加が近寄る。デイジーは背が低かったが、静加は実菜と目線が同じ位だ。160cm程度か。
「ね、誰?誰なのあの人?」
警戒しつつも、面白いものを見付けた子供の様に、ワクワクしているのが見て取れる。
「……アンドロワ帝国の女帝、ですね?」
二人の背後に立ったロイが、小声で実菜に問う。その目は何か言いたげに、半目で実菜を睨んでいた。
「え、ええ。でも、陛下の許可は得ているわよ?」
ロイに睨まれ、嘘はついていないのだが、実菜は目を泳がせながら、自信なさげに答えた。
「ええ?!何で、何で?何でここにいるの?」
「貴女は、少し黙って」
実菜は、仕方なく先日の陛下に呼ばれた一件を掻い摘んで説明した。
実菜達が、コソコソやり取りをしていると、シャーリンがこちらを振り返った。
「あの、ダンは……もう一人の者はどこに?」
確かに。もう一人いたはず、実菜は看守を振り返る。看守は戸惑い、セシルとカイルを窺った。
「もう一人はどこに居る?」
カイルが看守に問う。
「奥に……ご案内致します」
看守が案内しようと動き出したその時、奥の方からバタバタと別の看守が走って来た。
「ああ!団長!師団長も!大変です!先日捕らえた男が、突然、泡を吹いて倒れました!」
「何?!」
その報告に、皆、その看守に続いて走る。
幾つかの牢を通り越し、その奥の問題の牢に辿り着くと、皆で中を覗き込む。
そこには、恐らくダンであろう男が、倒れていた。
「ちょっと!早く鍵を開けて!」
静加が看守に怒鳴りつける様に言うと、看守は慌てて腰にぶら下げている鍵束を取り出し、その牢の鍵を探す。
慌てている為、中々鍵穴に鍵が入らない。皆が緊張し、ダンを見つめる中、ガチャガチャと金属音だけが地下牢に響いている。
やっと鍵が開くと、その扉を開くのももどかしそうに静加が牢の中に飛び込み、ダンを仰向けにさせ、その顔を覗き込む。
「灯り!灯りを持ってきて!」
看守が慌てて、その手に持っていたランプを差し出し、男の顔を照らした。
その男は口から泡を吹き、白目を向いている。
静加は男の口を強引に開かせると、その中を覗き込む様に顔を近付けた。
静加は、舌打ちをすると顔を顰める。
「コイツ、奥歯に毒を仕込んでたね。でも……まだ微かだけど息がある。
実菜!ダメ元でお願い!」
「分かったわ!!」
実菜は、無意識に身体が動いていた。
直接、男の胸の上に手を置くと、癒やしの光りを流し込んだのだか、その手を伝って実菜の中に、ゾワゾワとした物が入ってくる事に気付いた。
この感じ……クラウドの時と似ている?
地下牢の、今の景色はそのままに、同時に別の景色が、実菜の脳裏に映し出された。
知らない農村の様な場所で10歳くらいの少女が、泣きながら厳つい男達に連れ去られようとしている。それを見送るしかない、絶望的な感情を実菜は共有していた。
この少女は誰なのかしら、そして、この感情は……誰のもの?
その時、ダンが激しく咳き込んだ事で、実菜は我に返った。
「一先ず、大丈夫そうだね。念の為、この男は治療棟に移そう、口の中を洗浄しないといけないし」
静加が、看守にそう言っているのを、実菜はぼんやりと聞いていた。
「ダン……何で」
シャーリンは震える声で呟く。やっと、絞り出した様な声だった。
「ねえ、こうなる前に、きっかけみたいなものが、何かなかった?」
慌ただしくダンが運び出されるのを横目に、静加が、ダンを監視していた看守に尋ねた。
毒を呷るのであれば、捕まって直ぐでもいいはずだ。何故、このタイミングだったのか。
看守は首を捻り、その時の事を思い出そうとしているのか、小さく唸る。
「特に、何も……相方の男に面会が許された、という話くらいで……」
「誰と面会する、とかは言ってない?」
「あー……聖女様と、他に、男の知り合いらしい女性もいるらしい、とは言ったかな?」
その看守の言葉に、静加はシャーリンを見据えた。シャーリンも瞠目し「まさか……」と声にならない声を発すると、イーサンが居る牢の方に目を向けた。
「イーサンに……話を聞きます」
そう言うと、シャーリンはもと来た廊下を歩いて行く。その場に居た者も、黙ってそれに従った。
ダンの起こした事に、イーサンは驚いていたが、理由は分からないという。
そもそも、今回のシャーリンを連れ出す、という作戦はダンが考えたらしい。
「その事だけどさ、よく誰にも気付かれず、連れ出せたよね」
静加が、イーサンに「奇跡だよね〜」と付け加えながら、話しかけた。
「………」
イーサンは、口を噤み、静加のその言葉を咀嚼すると、次第に顔色が悪くなり、眉を顰める。
「でも、だって……ダンが、陛下をお助けしようって……」
だがしかし、いつも厳重に警備されている城や港が手薄だった事が思い出された。あの時は必死で、何も疑問を持たなかったが……。
「仕組まれていた……?誰が?ダンが?いや、一人では……いつから?」
イーサンは、思ってもいなかった事に、混乱しているようだ。頭を抱えて、その場に踞っている。
仕組んだ人間は、一人しか思い当たらない。
「イーサン、お前の事は、私が守る。信じて待っていてくれ。
……不甲斐ない主人ですまない」
シャーリンは、イーサンに向かってそう言うと、実菜に向き直る。
「私を、ダンの所へ連れて行ってくれないか?」
実菜には、そう懇願するシャーリンの瞳に光りが宿っている様に見えた。
****
囚人が病気になる事もある。この国ではそんな囚人を治療棟に移し、治療するという。鉄格子を嵌めた病室ではあるが……。
ダンも、そんな病室の一つに移され、ベッドに横になっていた。
狭い病室な為、シャーリンと実菜だけが入室する。が、「様子を見たい」と、静加が強引に入り込む。
三人が覗き込み見守る中、ダンが薄っすらと目を開けた。
三人の中に、シャーリンの姿を認めると、ダンは目を剥き飛び起きる。正確には飛び起きようとしたが、まだ本調子ではなく、重力によりベッドへと戻ったのだが。
「俺は、生きてるんですね……死なせてくれたら、良かったのに」
ダンは、自身が生きている事を理解すると、実菜達から視線を外し、吐き捨てる様に呟く。
「もしかしたらなんだけど、あなた……人質を取られていないかしら。10歳くらいの女の子とか」
先程の映像はもしかして、と思い実菜は半信半疑でダンに尋ねてみたが、実菜を見据えるダンの表情で、それが正解である事を理解した。
シャーリンも瞠目し、実菜を見た後、ダンに向き直る。
「お前、確か……年の離れた妹がいたな?人質とは、どういう事だ?!」
ダンは両手で顔を覆い、首を横に振るばかりで話にならない。シャーリンは悔しそうに唇を噛みしめた。
「奥歯に毒を仕込んで置くなんて……暗殺者みたいよね〜
失敗したら死ねって言われてた?
もしかして、皇帝だけじゃなくて、聖女も殺して来いって言われてたりして〜
誰に頼まれたかは知らないけど、どちらにしても貴方も人質も殺されちゃうかもね〜」
静加が戯けるように言うが、ダンを更に震えさせただけだった。恐らく、静加の言った内容は、当たらずとも遠からずなのだろう。
「……宰相か?」
シャーリンが静かに問う。ダンはその問いに返事をするかの様に、ギュッと目を瞑り、肩を縮めた。その場に居た者は、それを是と取った。
実菜は、シャーリン達から見えない様に、静加を小突く。
「もう!静加!もう少し、言い方があるでしょう?」
「何よ、遠回しに言ってたら、寿命が来て、皆死んじゃうわよ!」
「デリカシーが無いって言ってるのよ」
「ぶはっ!!」
小声で、コソコソしていた実菜と静加だったが、変な声が聞こえ、そちらを見ると、ダンが何とも言えない表情で笑っているようだった。
「本当に……この国は、帝国と世界が違い過ぎて……異世界に来たようで……腹が立つ」
ダンは、誰に言っている訳でもなく、独白しているだけのようだったが、シャーリンの唇は噛みしめ過ぎて白くなっていた。
やっぱり、怒らせちゃったかしら。と、実菜が、見当違いな事を考えていると、廊下を走って来る足音が聞こえて来た。
顔を見せたのは、陛下の警護をしている第一騎士団の者だった。シャーリンの護衛をしていた者に、何か伝達すると、直ぐに立ち去る。
何事かと、実菜達が伝達を受けた護衛に目を向けていると、護衛が口を開いた。
「陛下が、お呼びです」
実菜と静加は顔を見合わせた。
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