似た者母娘か他人の空似か
「あれは……ミナ、なのか?」
段々と姿が小さくなっていく実菜を見上げていた静加に、いつ来たのかセシルとロイが背後から声を掛けてきた。
静加を追って、地上を走って来たのだろう、二人共、呼吸が乱れている。
「あれは……先程のやり取りは……ジュンコに見えたのだが?」
「……純子だねぇ……」
目を細めて上空を見つめ、目を擦りながらロイが呟いた。それに対し、静加も呟き返す。
有無を言わせない強引さで、自分がしたい事をしてしまう。その所為で周りが振り回されることも多々あったのだが……純子とはそういう女性だった。
「あれが実菜の本質なら、良いとは思うけど……振り回すような事は、止めて欲しいわ」
「で、彼女はどちらに?」
「空から浄化して回るみたいだわ」
純子の性格に偏るのは、悪い事ではないけれど、大丈夫かな?と、静加が考えていたところで、ロイの視線に気付いた。
「何よ?」
「いや、彼女も、貴女には言われたくないと思いましてね。どっちもどっちな気もしますし。
それにしても、本当に……ソックリなんですね」
「はぁ?!誰と誰がよ?」
呆れた顔でそう言うロイに、静加が言い返したその時、セシルが動いた。
「ねぇ、二人にしか分からない話をするの、止めてくれない?」
何故だが、セシルにジト目を向けられた静加は、深い溜息を吐く。セシルはそんな静加の腰をさらい、引き寄せた。
「師団長、男の嫉妬は醜いですよ?」
揶揄する様なロイの言い方に、セシルがそのジト目を、そのまま睨む様にロイに向ける。ロイはその瞬間、そっぽを向いた。
何を遊んでんのよ……。
「セシル、勤務中よ」
「……」
セシルを見上げると、無言でロイを睨んだままだ。
……子供かっ!!子供なのか?!
ちらりと見ると、騎士団他、不審人物二人までがジト目をこちらに向けている。
いや、騎士団は良いよ、その気持ちは分かる。
しかし、不審人物AとB。お前達は立場をわきまえろ!そんな目を向けるな!
静加はこの状況に、居た堪れなくなり、再び深く溜息を吐くと、言った。
「ロイ、後は任せたわ。執務室に連れて行くわね」
「はっ?何を……」
静加は、ロイの返事を聞く事もなく、セシルのベルトを掴むと地を蹴り、空へと舞い上がると、あっという間に飛んで行ってしまった。
「逃げましたね……誰と誰が、ソックリじゃないんでしょうか」
完全に苦虫を潰してしまったロイは、周囲の人間が、憐れみの視線を自身に向けている事に気付いていなかった。
そして、その後、「女を取られた男」という不名誉な噂が、王宮を駆け巡ってしまう事も、この時のロイは知る由もなかった。
「何か……楽しそうっすね、この国」
不審人物Aは虚ろな瞳で呟いた。
****
地上でそんなやり取りがあった事など知る由も無い実菜は、人が豆粒より小さく見えるくらいの上空に居た。
「それで、どうするのだ?
また、国を一周すればいいのか?」
カントラは、器用に上空で止まると、実菜に行き先を問う。
「うん、ちょっと待って。以前と違って、少し国の形が広くなってるのよ」
そう言うと、実菜は地図を取り出す。
ドラゴニアン王国は海に面している国だ。そして、山脈で隣国と隔てられている。
「やっぱり、昔と比べると範囲が広がっているわね。でも、山脈を超えないのは変わらないのね。
今回も入江の方から、山脈に向かって浄化していきましょうか。
じゃあ、まず港の方……海に向かってくれる?」
「承知した。少し飛ばすぞ、しっかりつかまっていろ」
そう言って、カントラは翼を羽ばたかせる。
「わ、待って」と、急いで実菜は地図をポケットにしまうと、カントラの、恐らく首であろう部分にしがみついた。
直後、スピードが上がる。
空気を切り裂きながら飛んでいるのか、というほどの風の音が実菜の耳をかすめた。
早いのは良いんだけど、凄い風ね。
前はもっと、景色を眺めながら、楽しく飛んでた気がするんだけど、これじゃ、顔を上げる事も難しいじゃない。
実菜が、若干の不満を抱いた頃、急に風が止んだ。
どうしたんだろう、と実菜が顔を上げると、目下には海が広がっていた。
「凄い……」
思わず、実菜は呟いた。
まだ、5分と経ってないのに。と、実菜は懐中時計を取り出し、時間を確認すると、下の港を見下ろした。
……ここが、サファイア湾。
もう一度、実菜は地図を確認した。
他国との貿易も、全てこの港で行なわれている為、今も各々の国旗をはためかせた、幾つもの大型船が停泊しているようだ。中には見た事ある旗もある。
あの頃は、もっと、澄んだ色だったと思ったけど、これも瘴気の所為なのかしら……。
何を隠そう、このサファイア湾という名は、純子が名付けたのだった。……今、考えると、もっと他になかったのかとも思うが。
あの時も、こんな風に眺めていて、陽の光に当てられた海がキラキラと、本当に宝石の様に見えたのだ。
しかし、今は……。
いやいや、感傷に浸っている場合ではなかったわ。
「カントラ、少し下に降りて……そうそう、このくらい。
それで、ここから……少し距離があるけど、あの砂浜になっている所まで、ゆっくり飛んでくれる?」
恐らく、それでこの港周辺は大丈夫だろう。
カントラは実菜の言う通りに飛び始めた。それに合わせ、実菜が浄化の光りを零すようにして地上に振り撒く。
あ、海だけ浄化しようと思ったら、船にも掛かっちゃったわ。大丈夫だとは思うけど、びっくりさせちゃうわね。
港では、大勢の人々が行き交い、荷を運んでいたが、突然、光り出した船や海に右往左往しているのが、実菜の所からも見て取れる。
その中の何人かが、実菜達に気付き、こちらを指差し、騒ぎ始めた。
「騒ぎになりそうだから、少し速めましょうか」
「もう既に騒いでいるようだが?」
仕方無い、とでも言うかのように、カントラは何度か羽ばたくと、実菜が落ちない程度の速さで砂浜を目指した。
砂浜近くで、カントラは高度を上げ、再び停止する。
「ふう、これでこの辺は大丈夫」
実菜は地図と照らし合わせ、今、飛んで来た場所をカントラの背から覗き込む様にして、確認する。
海の色も先程より澄んでいるように見えた。
「問題はこの後ね、港と違って海沿いは人も少なかったけど、この先は街もある。
また騒ぎになっちゃうかしら」
「ならば、姿を消せば良いのではないか?」
「そんな事、出来るの?!知らなかった!
何で教えてくれなかったの?」
「……聞かれなかったからな」
カントラは居心地悪そうに言うと、青い瞳を一瞬光らせた。
一瞬だけ、実菜の身体を違和感が走る。
「もしかして、今、私達、見えなくなっているの?!」
「ああ、そうだ。これでどこを飛んでもヒトの子には見えん。
それで、これからどこへ向かうのだ?」
「うん。結構、距離があるけど、ここから一直線上にある、あの山に向かってくれる?」
ほぼ、国を横断する形にはなるが、アガギア領は浄化の必要はないはずだし、この山まで行ったら後は王宮に向かって終了。で大丈夫だろう。
順調に行けば、夕方までには帰れるはず。
カントラは再び高度を下げると、ゆっくり飛び始めた。
そう、これよこれ。景色を観ながら……その景色が光っていくのを観るのが楽しいのよね。
鼻歌が飛び出そうな勢いの実菜が、ふと、真下を見るとカントラの影が下の畑に映っている。
「ねぇ、影は出てるけど、大丈夫かしら」
「ヒトの子は、何の影かまでは気付かん。
それより、浄化の光りは見えているが、それは良いのか?」
確かに……。
港ほどではないが、人が出ている。
農作業をしていたお爺さんが、急に光り出した作物に、驚いて腰を抜かしたのか座り込んで居るのが見えた。
あらら……驚かせちゃって、ごめんなさい。
実菜は、心の中で平謝りする。
その後も、同じ様な事を度々繰り返した浄化行脚だったが、実菜とカントラは、日が落ちる頃には王宮に帰って来る事が出来た。
広い場所、という事で、魔導師団の演習場にカントラに降りてもらうと、実菜はカントラの背から降り、顔を近付てけきたカントラの顔を撫でる。
「有難う。助かったわ。あなたが居なかったら、きっと何日もかかったと思うもの」
「容易い事よ。また呼ぶが良い」
カントラはぐるぐると喉を鳴らすと、バサリと翼を羽ばたかせ、上空に出来た空間に消えて行った。
……さてと、余韻に浸っている時間は無いのよね。
カントラが消えて行ったオレンジ色の空を見つめながら、実菜は少し寂しさを感じていたが、我に返ると「先ずは報告かしら」と、第二騎士団へと向かう事にした。
廊下を歩いていると、実菜を呼ぶ声がする。
実菜がきょろきょろとしていると、魔導師団の方から手を振って近付いて来る者がいる。
「実菜、おかえり〜」
「ただいま、静加」
挨拶もソコソコに、静加は「こっち、こっち~」と、実菜の手を引くと、師団長執務室まで連れて来た。
「あ、本当に帰って来てた」
中に入ると、セシルとロイの他にカイル団長まで居る。
「そうよ、分るのよ。凄いでしょ」
ふふん、とドヤ顔で胸を張る静加だが、実菜には何が何やら分からない。
「只今、戻りました。一通り浄化は終了しました。
あ、これ、地図です。助かりました。有難う御座いました」
先ずは、報告と返却よね。忘れちゃうからね。
「え、本当に……?」
実菜から地図を受け取りながら、カイルが信じられないという顔で実菜を見つめる。
「本当です。国をほぼ一周したのですが、もし残っている所があれば、また行きます。
ところで、何で団長までここに居るんです?」
見慣れない光景に実菜が首を傾げていると、ロイが息を吐く。
「ミナ、今日、何があったか覚えていますか?」
「今日?……あー、はい!あ、その件で、ですか!」
そうだった。今日、私、攫われそうだったんだっけ。すっかり忘れていたわ!!
「あの二人は、何者だったのですか?」
「その様子では、忘れていましたね?まあ、良く……はないですが、置いておきましょう。
彼らは、どうやらアンドロワ帝国の差し金のようです」
お読み頂き有難う御座いました。




