二度あることは三度あるというのは、どうやら本当らしい。そして、三度目の正直というのも本当らしい
「……で?俺はどうして、こんな所にいる訳?」
見渡す限り、畑が続くアガギア領を前にデイビッドは呻くように呟いた。
無精髭に窪んだ目蓋、青白くて痩けた頬で生気が感じられない。
一見デイビッドとは気付けない程、雰囲気が変わってしまっていた。
一人称も、「俺」になってしまっている。
操られていて、反逆を企てたのは本人の意思では無い、とはいえ、無罪放免とするのは難しい。と言う陛下に実菜が提案したのは、デイビッドをアガギア領での農作業に従事させる事だった。
実際、デイビッドには、操られていた期間の記憶は無いらしい。アリスの言っていた、「何を話したか覚えてない」というのは、そういう事なのだろうと推測される。
……ん?待てよ。
であれば、陛下と話した事も覚えていない、という事は、その期間に陛下と話をしたという事?
……陛下は息子が息子でない事に気付けなかった。という事……。
「………」
うん。そこは、突っ込まないでおいてあげよう。
あの陛下の事だから、それも気付いているだろうし、なんなら、自分を責めてそうだしね。
「なあ、おいっ、て!」
返事をしない実菜に、デイビッドが苛立ち、声を荒げた。
「あ、ああ、ごめんなさいね。
今日からここで、領民の方達と一緒に農作業をしてもらいます」
「はあっ?!何だそれ!何で俺がそんな事、しなくちゃならないんだ!!」
「これは、貴方に課せられた懲罰です。期間は無期限。
当然、監視も付きますから、逃げる事は出来ませんので無駄な事は考えないように。
因みに領民の方達には、貴方が懲罰で来ているという事は、伝えていません。あくまでも、貴方は領民の一人、ということになります。
ここに来た経緯を知るのは、伯爵だけです。
……サイモン伯爵、宜しくお願いします」
実菜は、伯爵に頭を下げる。
伯爵も笑顔で黙礼すると、問答無用でデイビッドを連れて寮に向かって行った。
伯爵に、引き摺られる様にして寮に向かう彼を見送りながら、実菜は心配になってきた。
『彼に必要なのは労働です!実際に身体を動かして、心身ともに健康になる事で、変われます!
伯爵の許で働く事で、学ぶ事が出来るはずです!』
そう陛下に、ゴリ押ししたのは実菜だ。
そのゴリ押しぶりは、誰かを思わせる感じがしたが、それが誰かは深く考えないようにした。
しかし、今の様子を見ると……大丈夫かしら。
「やっぱり……甘かったかしら」
「甘い!蜂蜜に砂糖をかけるくらい、甘い!」
無意識に呟いていた実菜の言葉に、返事をするように背後から声が返ってきた。
当然だが、実菜が一人でデイビッドを連れて来た訳ではない。
第一騎士団が連行するのに、実菜が同行した形だったが、何故だが静加も付いて来たのだ。
振り返ると、数人の騎士団員の前で、静加が腰に手を置いて、仁王立ちしていた。
「やっぱり、そう思う?」
実菜の眉尻が下がる。
もし、デイビッドが問題でも起こして、元々の作業に支障でも出たら……と考えると、今更ながら、これで良かったのかと悩んでしまう。
近い内に、様子を見に来た方が良いかしら。
「甘いのは、陛下よ。結局、息子には甘くなってしまうのよ。
実菜が、甘い懲罰にしてくれて、内心ホッとしてるんじゃない?」
「静加……もう少し、声を抑えましょうか」
第一騎士団は陛下の護衛も兼任している。後ろに控える騎士団員を気にして、実菜は「ホホホ」と彼らに笑顔を向けた。
「聖女様、我々も王宮に戻りましょう。
今の時間であれば、今日中には到着出来るはずです」
静加の声は届いていなかったのか、気にしていないのか、騎士団員の一人が淡々と、そう伝えた。
本来なら、一泊して明日出発するところなのだが、実は今、とても忙しい。
廃墟の事後処理もそうだが、それに関連する形で、何か問題が起きたらしい。魔導師団は、そちらに掛り切りになっている。
そして実菜には、他の農地の浄化の要請が来ている。
アガギア領ほどではなくても、作物に影響が出ているらしい。
ほぼ全国行脚になるらしいのだが……。
「何、憂鬱そうな顔をしているの?」
馬車に揺られながら、静加は眠そうな目を実菜に向けた。
「静加は眠そうね……。
王宮に戻ったら、浄化の全国行脚が待っているのよ」
今にも船を漕ぎ出しそうな静加に、実菜は溜息を吐きながら説明する。
「ふーん……また母様だけ?いつ、カントラに乗せてくれるの?私も空飛びたい……」
「静加?……寝惚けてるの?」
何やら、むにゃむにゃ言った後、とうとう静加はコックリし始めてしまった。
まあ、朝が早かったし、こう揺られてるとね、眠くなるよね。
でも、今、カントラって言ったわよね。
……カントラ。
「あ!!」
突然の実菜の大声に、静加がハッと目を覚ます。
「何?!どうしたの?」
「カントラにお願いして、国を回れば良いんじゃない!!」
静加は目をパチクリしている。何の話か分かってないようだ。
「静加が、今、カントラに乗せてって言ったじゃない?」
「えっ、私、そんな事を言った?!」
やはり、寝惚けていたようだ。
「でも、良い案よね。早いし。
静加も一緒に乗って浄化しに行く?」
「私はいいよ、空飛べるし」
そういえば、純子だった頃、静加にカントラの話をしたら「乗せて」ってせがまれたんだっけ。
結局、乗せてあげられなかったけど。
実菜は、遠い目をして記憶を辿る。
「私……純子や、ジュアンだった時の事を覚えてはいるけど、段々ぼんやりしてきてるのよね」
「当たり前でしょう。
そもそも、覚えていないのが普通なんだから」
寂しそうに言う実菜に、静加は呆れたような顔をした。
****
王宮に到着したのは、確かに今日中だった。
日が変わる直前、でもギリギリ今日よね。
はぁ〜、明日も早いのに、こんなの久しぶりだわ。
しかも、明日は第ニ騎士団に同行して、浄化行脚……。
第ニ騎士団、という事が実菜を憂鬱にさせていた。
単純に、気不味い。というだけなのだが。
馬車の中で、少し寝ていたので身体が痛い。あちこち、身体を伸ばしながら実菜は、明日の事を考えていた。
……カントラに、浄化の手伝いをお願いするにしても、明日は行かなくちゃいけないよね〜。説明しないといけないし。
……こんなに気にするのは、ちょっと自意識過剰かしら。
「考えるの、やめよっ」と、バフンッ、と、ベッドに倒れ込むと、いつの間にか夢の世界に落ちていった。
****
朝、実菜が支度を終えた頃、部屋の扉がノックされた。
「ミナ様、騎士団の方が、お迎えがいらしています」
メイドの声だった。
ん?そんな話だったかしら。確か、一度、騎士団の執務室に集合だったはずだけど。
戸惑いながら、メイドに連れられた先には、確かに団服を纏った男性が立っている。
「あっ、お早う御座います!お迎えに上がりました!!」
若そうな団員が、実菜に気付き、敬礼で元気に挨拶した。
「準備は整っていますので、そちらまでご案内致します!」
「………」
そうは言っても、これまでの事もあり、実菜は警戒した。
「あの、その前に、団長とご相談があるのですけど、どちらにいらっしゃいます?」
その団員は、不思議そうに首を傾げる。
「馬車の所に、皆と居るはずですが?」
どうやら、本物の団員のようだ。不安は残るが、実菜はその団員に付いて行く事にした。
正門に向かい、その男は歩いて行く。
しかし、正門付近に馬車等は見当たらない。
「馬車は、どこに用意したの?」
「門の外に用意してあります」
実菜の問いに、団員は笑顔で答えた。
門の外まで来ると、確かに馬車はあった。団服を纏った男が一人、御者台に乗っている。
確かに馬車だけど……小さい馬車が1台?
訝しく感じながらも馬車に近付いた時、突然、案内していた団員が実菜の腕を取ろうと、手を伸ばした。
「バシィィィン!!」
と、その瞬間、その団員が吹き飛ばされ、馬車に激突した。
「そう何度も騙されないわよ!!
カントラ!!お願い!来て!!」
両手を突き出した姿勢で、衝撃波を繰り出し、男を吹き飛ばした実菜は、その姿勢のまま、空に向けてカントラに呼び掛けた。
「おい、大丈夫か?!」
御者台に座っていた男が、倒れた男に近付き助け起こそうとしたその時。上空に亀裂が入り、その空間から白い大きな塊が姿を現す。
「う、うわぁあぁっ!!」
その白い塊……カントラの姿を目視した御者の男は、助け起こした仲間を放り出し、逃げ出そうとするが、カントラがその男に向かって大きな口を開けて咆哮を上げた。
空気が振動するその衝撃に、男は腰を抜かしたのか、動けなくなっているようだ。
実菜は咄嗟に耳を塞いでいたが、それでも身体がビリビリしている。
「カントラ、有難う」
「ミナ、何やら、厄介事に巻き込まれているようだな」
地上に舞い降りると、カントラは実菜に顔を近付けた。陽の光を浴びて、白い鱗と青い瞳が光って見える。
「うん、そうみたい。その二人の男は多分、私を連れ出そうとしたんだと思うんだけど、良く分からないの」
「コレが?」
ヒョイ、とカントラは片手の爪に男達の団服を引っ掛け、持ち上げた。
「ちが、違う、俺達は、頼まれただけで……」
「おい!聖女が強いなんて聞いてないぞ!」
男達は怯え、青い顔で、カントラの爪から逃れようとするが、どうにも出来ないようだ。
「ちょっと!何事よ?!」
慌てた様子の声が上から聞こえたと思ったら、静加が空から実菜の隣に舞い降りて来た。若干、呼吸が上がっている様子から、本当に慌てて来たのだろう。
「大きいエネルギーが突然現れたから、何かと思って来てみたら……どういう状況?」
白いドラゴンが、団服を着た男二人をつまみ上げている。という、この事態を把握仕切れてない静加は、実菜に向けて説明を求めた。
「あ!もしかして、コッチが聖女だったんじゃないのか?!」
「確かに、コッチの方が若そうだし、替玉だったのか!だから強かったんだな」
静加が現れた事で、二人が勝手な事を言う。
「失礼ね!私はそこまで年取ってないわよ?!
それにコッチの方が数倍強いんだから!!」
思わず実菜は、静加を指差し言い返す。
どうやら、この男達は「聖女は黒髪の若い女」くらいの情報しか持っていなかったようだ。
「ああ、じゃなかった。えぇと、この男の人が……」と、実菜が説明を始めた時、ドヤドヤと複数の人が近付いて来る気配があった。
「聖女様!ご無事ですか?!」
先頭にいたのはカイル団長だった。
時間になっても来ない実菜を心配して、自室を訪ねたら、騎士団から迎えが来たと言う。そんな訳が無い、と探してくれていたそうだ。
「いや、しかし……」
と、探してくれていたのだろう騎士団の面々は、カントラの姿を見て固まっていた。
「そうだ!カイル団長!
浄化は、この友達のドラゴンに手伝いを頼みますので、騎士団に同行してもらわなくても大丈夫です」
カイルは理解が追い付いていないのだろう、瞬いた。
「団長、この国の地図は持ってます?お借りしたいのですけど」
「いや、しかし、ええ?」と、言いながら、カイルは懐から折り畳まれた紙を取り出した。
実菜は、躊躇なくその紙を受け取り、中身を確認するとポケットに仕舞う。
「では、お借りしますね。浄化が終わって報告に行った時にお返ししますから、ご心配なく」
実菜は、まだ呆けた顔のカイルに、一方的に言うと、静加に向き直る。
「じゃ、行ってくるね。今日中には終わるとは思うけど、その二人の事、宜しく!」
「ちょ、ちょっと!この男達は何なの?」
「騎士団を装って、私をどこかに連れ出そうとしたの。……カントラ、乗せてくれる?」
実菜がそう言うと、カントラは男達をカイルの前へ下ろす。カイルは団服を纏った、見知らぬ男達を前に我に返ると、他の団員達とその二人を捕縛した。
それを確認すると、カントラは、実菜が乗れるように伏せた。
「じゃあ、行って来まーす」
その声が合図だったように、カントラが翼を広げ、一度ゆっくりと羽ばたいた。
お読み頂き有難う御座いました。




