封印されていた物
浄化の光りが落ち着く頃、実菜は現実に戻って来ていた。しかしその部屋にクラウドの姿は既に無く。デイジーが血溜まりの中に倒れているのが視界に飛び込んできた。
「デイジー!!!」
実菜の声が裏返る。駆け寄って上半身を抱き上げると微かに呼吸も脈もある。急いで実菜は回復を掛けた。
「デイ、ジー?デイジー!!」
どうして?!傷は塞がったわ。なのに何で目を開けないの?!
実菜は震える手でデイジーの頬を軽くぺちぺち叩いてみるが反応が無い。
その時、部屋の奥から「ゴゴゴッ」と地響きの様な音が響いた。奥を見ると岩の様に見えていた塊が動いている。
今度は何よ?!そう言えばデイジーが、クラウドが消滅すれば封印が解けるって言ってたわね。じゃあ、クラウドは消滅したって事で良いのよね?
あっ!しまった、殿下が転がったままだわ!大丈夫かしら。
封印が解けたからなのか、岩の様にゴツゴツしているように見えていたものがツルツルになって見える。動き出したその塊に実菜は愕然とした。
「ドラ、ゴン?」
血のように赤い目をした黒いドラゴンがそこにいた。「グガアァァーッ!!!」頭を擡げ、地震が起こるほどの咆哮を発すると、その振動で壁の表面がパラパラと剥がれる。
一難去ってまた一難とはこの事ね。どうしよう。デイジーも殿下も意識が戻らないのに!
そういえば、殿下……生きているわよね?
実菜がどうしたら良いか考え倦ね、アワアワしていると、ドラゴンの手足にあった渦巻きの様な模様が消えていくのが見えた。ドラゴンが少し身じろぎし苦しそうな仕草を見せると次第に色が薄くなっていく。
わ!凄い綺麗!白いドラゴンになったわ。目も青くなって、白い砂浜に青い海って感じね。でもなんで色が変わったんだろ?
どちらにしても危機的状況な事には変わりないのよね。
ドラゴンは実菜のそんな気持ちを知ってか知らずか、伸びをする仕草をすると時折フゥーッと息を吐きながらのっしのっしと近付いて来る。器用に殿下の事は避けてくれたので安心したのは束の間、実菜の身長程ありそうな顔を実菜に近付けてフンフンと匂いを嗅いでる様な仕草をする。グルグルと喉が鳴る音が聞こえた。「食べても美味しくないです〜」と実菜が震えているとデイジーにも同じようにフンフンとすると実菜に顔を向ける。
『また世話になったなヒトの子よ』
「へっ?誰?!」
聞き慣れない声に実菜はキョロキョロ周りを見るが誰も居ない。しかしドラゴンとは目が合う。
「今喋ったのはあなた?」
『器を変えたかヒトの子よ。そうだな、ヒトの寿命は短いのであったな。そうか、我は長く眠っていたようだ』
ドラゴンとは喋るものらしい。そしてあまり怖くない。実菜は思った。
「あなたはどうして封印されていたのですか?」
危害を加えるつもりは無さそうだと感じ、実菜が問うと再びフンフンとされる。
『なるほど……ヒトとは記憶を引き継がないものなのであったな。では教えよう。我は瘴気の塊に呪いを掛けられたのだよ。暴れて、瘴気を吐き出し、街を破壊するようにと。それを抑える為に封印されたのだ。ジュンコという名のヒトの子に』
ジュンコ……。ジュアンではないのね。
「それはいつ頃の話なのですか?」
『ジュンコが王となって3年程時が過ぎた頃だ』
えっ、えっ?ジュンコって女性ではないの?この国ではそうか、日本の常識で考えては駄目よね。うん、そうだ。
『我がこの地に留まってしまっていたのが悪用されてしまったのだよ。ジュンコには悪い事をした。……名は何という?ヒトの子よ』
「実菜。です」
『では、ミナ。お前に我の名を預けよう。我の名はカントラだ。ミナが呼べば何時でも参上する』
「そんな!悪いです。そんな呼び付けるような事」
『ははは。気にするな。ドラゴンとは恩を重んじる生き物だ。便利だぞ、我は。ジュンコは我の背に乗り国を浄化して回っていた。我も傷を癒やす程度のことは出来るしな』
「ジュンコ…様が浄化を……あ!ドラゴンは癒やす事も出来るのですか?!この子、デイジーを診てくれませんか?傷は塞がっているのに目を覚まさないのです」
実菜は抱き上げているデイジーの上半身をカントラに見せる様に少しだけ掲げると、カントラは再びデイジーに顔を近付けフンフンとし顔を上げる。
『ふむ。このヒトの子は夢を見ている。夢から覚めれば目を覚ますだろう。無理に起こしてはならない。時を待つのだ』
それは、いつか目覚めると言いたいのよね?それって、昏睡状態というのでは?!……でも、生きてるんだ。良かった。
その時カントラが外の様子を窺う様に顔を扉の方に向けた。
『どうやら迎えが来たようだ。ミナ、我は我らの住む世界へと戻る。無駄にヒトに姿は見せないのだ。だが必要な時は呼べ。我はどこに居てもミナの許に馳せ参じる』
実菜の返事は待たずフワッとカントラが宙に浮き上昇して行く。天井に当たるかというところで部屋の扉が乱暴に開けられセシルの声が飛び込んで来た。
「デイジー!!大丈夫か?!」
セシルとロイは勢い良く扉を開けた所で部屋の中の様子に固まった。そして部屋の上空で静かにカントラの姿が消えていく。
「デイジー?!」
未だ固まっているロイとは対象的にセシルは直ぐに復活すると、実菜に駆け寄り実菜からデイジーを奪い取る。
「ドラゴンの話だと夢を見ているだけだから夢から覚めれば目を覚ますって」
セシルが聞いているかは分からないが一応知らせておく。
「ミナ、ドラゴンとは?先程の白い巨大なものがそうなのでしょうが、どこから?」
ロイはしっかり聞いていてくれたようだ。実菜は説明しようとしたがロイが一旦止める。
「先ずはこの場の処理からです。倒れていた者達は護送車に乗せて既に王宮に向かっています」
セシル達が到着した時には、クラウドが「兵隊」と呼んでいた者達が何故か廃墟の中や外に倒れていてその中にはクライマー親子もいた。
「やはり殿下も、いや、今やデイビッドと呼ぶべきか、ここに居たのですね。デイジーも護送車の方が横に出来るからそちらにしましょう」
そう言ってロイはセシルの方を見遣る。
「師団長、デイジーを運んで下さい。お前達はデイビッドを運んでくれ」
ロイはデイジーを離さないセシルに半ば呆れた様に言った後に後ろに控えた師団員に指示を出す。
建物の外に出るともう既に朝日が昇っていた。
「眩し……一晩ここに居たんですね、私」
「すみません。王宮でもデイビッドの件や他の問題もあって確認してから出発したものですから」
それでも夜中の移動は大変だったはずだ。実菜が連れ去られなければもう少し余裕があったはず。
「ごめんなさい。私がシェーンに付いて来てしまったから」
「一先ず無事で良かったとだけ言っておきましょう」
そう言いながらロイは馬車の扉を開け、実菜に乗るように促す。
「それで、何があったのでしょうか」
ロイが走り出した馬車の中で実菜に問う。セシルはデイジーに付き添って護送車に乗っているので、この馬車には実菜とロイの2人だけだった。実菜は伝え漏れがないよう順を追って説明した。
「……そうでしたか、封印されていたのはドラゴンだったのですね。500年前ジュアン様は理由は分かりませんが、その事を明らかにしていなかったようです」
「ドラゴンを封印したのはジュンコという王様でしょ?知らなかったのでは?」
「……ジュンコ様は女王様で、本来であれば建国の女王と呼ばれるはずでした。実は私の家には代々伝わっている事がありまして……500年前ジュアン様と共に瘴気と戦ったのが我がスティックマイヤー家とクリスフォード家でした。それによるとジュアン様はジュンコ様の生まれ変わりで、ジュンコ様の記憶もお持ちだったという事です」
私とは関わり無い事とはいえそんな大事な事、何で今まで教えてくれなかったのかしら。セシルとロイと行動を共にする事が多かったデイジーは知っていた?でもデイジーはドラゴンの事も知っている様子だったわ。クラウドの事も、まるで見てきたみたいな言い方してた気がするのだけど。
もしかして、デイジーはジュアン様の生まれ変わり……?
「でも建国の王は……?」
「レオンハルト様です。ジュンコ様の夫の双子の弟君でした」
「じゃあ、ジュンコ様ではなく、そのレオンハルト様が即位してからがこの国の始まりという事?どうして弟君が……」
「はい。まあ、そういう事になります。……その、ジュンコ様達の事は歴史から消されたので……」
言いにくそうにロイは視線を反らした。
「消された……それは、どうして…」
「それと、ジュンコ様はこの国に召喚されて来たのだそうです。故郷はニホンだったと」
「え!!やっぱり?!」
そうかぁ、やっぱりね。それを聞いて少しスッキリしたわ。それにしても日本人は召喚され易い人種なのかしら。
実菜は自分の言葉が途中で止められている気がしたが、スッキリした事でスッカリ忘れてしまった。
「ミナ、少し休んだ方が良いのでは?寝ずに戦っていたのでしょう?」
ロイに促され、それに気付くと一気に眠気が襲って来た。実菜はクッションを枕に休ませてもらう事にし目蓋を閉じると直ぐに夢の世界に落ちていく。
ロイは苦い顔で溜息を吐くと窓の外の景色に視線を向けた。
「……きて下さい。ミナ!起きて下さい!」
ロイの声で実菜が覚醒すると既に王宮に到着していた。
「はっ!!ごめんなさい!すっかり寝てしまっていたわ」
「お疲れなのですから当たり前です。降りられますか?」
流石にそれは大丈夫。ロイにエスコートされ馬車を降りると、デイジーは治療棟に運ばれていると聞かされ様子を見に行くことにした。
案の定、そこにはセシルがいたのだが、何故かデイジーに添い寝をしている。
「「…………」」
実菜とロイは多くを語らなかった。スタスタとロイがセシルに近付くとスパーンと頭を叩く。
「「!!」」
突然のロイの行動に実菜とセシルは目を剥いた。
「叩く事ないじゃないか!父上にも叩かれた事ないのに!」
ぶふっ?!擦られ続けたネタが目の前で行われているわ!そういえばセシルは日本人の生まれ変わりだったっけ。あ、でも年代的に知らないか。じゃあ、天然??
「常識的におかしな事をしている師団長が悪いと思います」
ロイは飄々としている。そこへジョンが病室に入って来た。
「あ!師団長、また!デイジーさんが目を覚ましたら殴られますよ!」
「デイジーが目を覚まさなくても叩かれたぞ?」
ジョンは「は?」とセシルに返す。
「ジョン、何かあったのか?」
そのやり取りは無視してロイがジョンに問う。
「そうでした!クリスフォード公爵がいらっしゃいました!!」
「父上が?!」
ジョンの言葉にセシルが飛び起きる。しかし遅かったらしい。病室の入口から声が発せられた。
「やあ、セシル。久しぶりに会ったと思ったら、随分羨ましい事をしているじゃないか?」
振り返ると、セシルが歳を取ったらこうなるかもなぁ、という風貌の男性が口角を上げて立っていた。
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