なにも浄化するのは瘴気だけとは限らない
話の中に場面転換がいくつかあります。分かりにくいかもしれませんが、宜しくお願いします。
「ふはは!これで勝ったつもりか」
クラウドの目が赤く光る。実菜の前に立ったデイジーが目の前を振り払う動作をすると天井で衝撃音がした。クラウドの攻撃を防いだのだろう。
「実菜、アイツは直ぐ分散する。この建物全体を浄化するようにして」
デイジーがクラウドを見据えたまま実菜に指示を出した。そう言う間にも衝撃音が壁や天井でしている。
「この結界がいつまで持つか正直分からない。出来るだけ早目にお願いね。いい?これまでの聖女がクラウドを倒せなかったのはアイツが分散してしまうから……小さくなってもアイツはまた何年もかけて成長して今みたいに大きくなる。今度こそ完全に消滅させたいの」
そう言うデイジーは既に肩で息をしていた。
クラウドが何なのか、デイジーが何者なのか分からない事だらけだけど、私に出来る事はデイジーの言う通り浄化する事だけだわ。今はまず集中しないと。あの黒いのが無くならない限り話も出来ない。
実菜は無理矢理自身を納得させると、いつも通り両手を胸の前で合わせて目蓋を伏せた。
その実菜の様子を見たクラウドは黒い煙の様に分離し外へ出ようとしたようだが結界に阻まれ行き場を無くし人影に象っていた物が揺らめいている。
「結界を張ったと言ったでしょう。聞いてなかったの?大事な事だから2回言うわ!覚悟するのは貴方の方よ!!」
そう言うとデイジーは抜刀しクラウドに突っ込んで行った。
「ふはは!貴様こそ血迷ったか!そんな物が私に効く訳……な?!」
デイジーの持つ剣が揺らめいていた人影の胸の辺りを貫いた。
「馬鹿ね。私がそんなヘマする訳無いでしょ!何の仕掛けもしてないと思ってるの?!」
その瞬間、鍔に埋め込んだ赤い石が光りを放ち分離した黒い煙が引き寄せられ人影に取り込まれる。
「うぐっ?!動け、ない?!」
「流石に浄化までは出来ないか……でも、動けないでしょ?攻撃も出来ないだろうし、無駄な抵抗は止めて浄化されるのを大人しく待ちなさい」
剣を差し込んだままデイジーがクラウドを宥めるように言う。それでも尚クラウドは逃れようと身じろぐ。
「あなた……この国の建国前から存在していたのでしょう?自分が何者だったか覚えていないの?」
クラウドの赤い瞳がデイジーを捉え「どういう意味だ」と微かにその瞳が揺れる。
「昔、闇堕ちした神と出会った事があったんだけど、あなた何となくそれと似ているわ」
デイジーの言葉にクラウドの瞳が大きく見開かれ「違う、違う、違う……」と呟き続ける。
「忘れてしまうには十分な時間が経過してるわよね……」
「黙れ!!!」
拘束されているにも関わらずクラウドは腕の部分を振り上げデイジーに向かって振り下ろす。先を尖らせたそれはデイジーの腹部を貫いた。
「ぅがっ、ふっ!!」
「デイジー!!」
デイジーの呻き声に気付いた実菜が思わず声を上げる。
「駄目よ!実菜、これを逃したら次は無い!」
絞り出すようにデイジーが言い、逃さないとばかり自身の腹を貫いているクラウドの腕を掴む。
早く、早くしないとデイジーが!いつもならもう浄化出来ても良いはずなのに。何でこんなに時間がかかるの。
実菜は泣きたくなる気持ちを抑え、震える両手を天に向けて伸ばす。その時、実菜は自分の中に黒い物が流れ込んで来るのを感じた。
な、何これ。大量の瘴気?のまれそうなんだけど。これを取り込んで浄化すれば良いのかな。
実菜は意を決してその瘴気を受け入れた。
刹那、実菜は見知らぬ森の中に居た。
あれ、ここは何処?この建物に入った時は日が暮れそうだったのに、今は昼間かしら明るいわ。
木々の隙間から少し大きな池が見え、その畔に白い服の金髪の女性が佇んで居る。実菜がそこへ近付こうと木の枝に手を掛けるとその枝を手がすり抜けた。それどころか太い幹まですり抜けられた。
え?どういう事。私、幽霊?いやいやいや、これは……もしかしてあの瘴気の記憶かしら。だとしたらクラウドの記憶と言う事よね。あの女性は誰かしら、あそこで何をしているのかしら。
その時、近くの茂みがガサガサと鳴り男性が顔をのぞかせた。
「わ!びっくりした!ごめん。人が居ると思わなかったから。こんな所で君みたいな女性が何をしているの。この山は魔物が出たりするから危ないよ」
男性が女性に向かって慌てた様子で言うと女性がニコッと微笑む。
「いいえ、大丈夫ですわ。貴方こそそんな危険な場所へ何をしに?」
「食料を狩りに来たんだ」と男性が手に持った弓矢を見せる。
そこで景色が歪み、再び視界が開けると先程の池が黒く濁りその周辺も黒い霧が漂っていた。そこへ金髪の女性が手を掲げると、霧も濁りもその手に吸い込まれる様にして消えていく。
あの女性、瘴気を浄化してるの?でも浄化と言うより吸い上げているような感じね。あんなに吸って身体は大丈夫なのかしら。
そこへまた男性が現れる。
「今日も居たんだね」
「貴方も、また狩りですか?」
「今日は、ここに来ればまた貴女に会えるかもしれないと思って……」
そう言って男性が女性の手を取る。女性もそれを受け入れるように男性を見つめ返した。
また景色が変わると今度は白い円柱が幾つも立っている神殿のような場所にその女性が立っている。その目の前には同じ様な白い服を着た白髪に白髭の男性が立っていた。
「フローディア、お前は愛の女神だ。人間の為に瘴気を処理したい気持ちは分からなくはない。しかし、一人の人間に深く関わる事は神として良しとしない。お前はこれ以上下界に下りてはならない」
「ですがお父様、そうしたらあの山の麓の人間達は生きて行けなくなりますわ」
「頼まれもしないのに、何でも手を差し伸べる事が良い事とは限らない。人間の世界のことはまずは人間達に解決させねばならないのだ。それが分からないと言うか。それでも行くと言うのならば、お前の神格を剥奪する」
「……分かりましたわ。お父様。今までお世話になりましたわ」
「フローディア……」
お父様と呼ばれた男性が溜息を吐き眉尻を下げた。
再び景色が変わり、池の前でフローディアと男性が抱き合っていた。フローディアは変わらず少女の様だが男性は幾らか歳を重ねた様に見える。
「僕は領主の娘と結婚しなければならなくなってしまった」
「いつかそんな日が来ると思っていましたわ。でもアレン、私はここを、アレンのいるこの地をずっと守っていますから安心して下さい」
アレンと呼ばれた男性はフローディアが何者か知っているようだ。
「分かっているだろう?フローディア、僕が愛しているのは君なんだ!君以外……」
「貴方と私は住む世界が違います。貴方はもうここには来ないで下さい」
アレンの言葉を振り切るようにフローディアが言い切った。その時、馬の蹄の音が聞こえてくる。鎧を身に着けた騎士が数人、2人に近付いて来た。
「やはりこういう事でしたのね。こんな所で浮気していたなんて、私を馬鹿にして許しませんわ!!」
騎士の後ろから女性が進み出ると鬼の形相で声を荒げた。
「ヴァイオレット!つけてきていたのか!」
「アレン!!貴方が中々私と結婚して下さらないからですわ!その女の所為ですのね?!」
「ヴァイオレット、この方は違うんだフローディアは……」
「なんでこんなみすぼらしい女を庇うんですの?!この女と一緒になったところで惨めな暮らしが待っているだけですわ。私と結婚すれば毎日贅沢な暮らしが出来ますわ!!」
そう言うと女がフローディアを睨みつけた。
「こんな女……殺ってしまいなさい!!」
その女の鶴の一声で騎士は躊躇う事なくフローディアに剣を振るった。が、その剣が捉えたのはフローディアを庇う為に前に出たアレンの首だった。
ドサリと落ちたアレンの首と、安定を失い切り口から血飛沫を上げて倒れた胴体がフローディアの前に横たわった。あっという間に血溜まりが出来たが、フローディアは構わずその場に跪きアレンの首を抱き上げる。白い服が次第に赤い服へと変わっていった。
「何という事を……」
「お前の所為です!お前が居なければアレンは死なずに済んだのです!お前は人殺しよ!!!」
ヴァイオレットは悲しむフローディアを罵倒し続ける。フローディアは血の気を失い人形の様になったアレンの顔を撫でた。目蓋を半分伏せたその瞳はもうフローディアを映す事は無い。先程まで見せていた愛を語る真剣な瞳も、優しい微笑みももう見る事は叶わない。フローディアはそっとアレンの目蓋を閉じさせた。
「何をしているのお前達!早くこの……人殺しを殺しなさい!!」
ヴァイオレットが金切り声を上げる。再び騎士が剣を振り上げたが、その瞬間その騎士の首が胴体から離れヴァイオレットの足元に転がり落ちた。
「き、きゃああ!!」ヴァイオレットが悲鳴を上げて後退る。周りの騎士達も一歩退いた。
「私が人殺しで、殺した人も貴女も人殺しではないの?人間とはそういう生き物なの?」
立ち上がったフローディアは俯いたまま呟いた。ゆっくりとヴァイオレットに向かって、フラフラと歩き出す。
「こんな、こんな人間を生かす為に、私は今まで……」
ザシュッ、ザシュッと一人、また一人と騎士の首が胴体から離れていく。「ヒッ」とヴァイオレットは後退るが背後を大きな幹に阻まれる。
「ねぇ、教えてよ。私が今までしてきた事は何だったの?」
フローディアが恐怖で戦き引き攣ったヴァイオレットの首を掴みながら問う。フローディアの瞳は血のように赤く染まっていた。
「ご、ごめんなさい。た、助け、助けて、そうだお金、お金をあげるから……」
「知らないなら、貴女は要らない」
フローディアは掴んだその手に力を込めた。ドサッと物が落ちる音がした後は森に暫し静寂が戻る。
「ふふっ、ふはは!!ふははははっ!!!」
天を仰いで高笑いするフローディアの腕や顔が次第に黒い瘴気に蝕まれて行くのが見て取れる。
「そうか、それならば返さなければなるまい。本来人間が受けるはずだった瘴気を!!」
そう言った瞬間、黒い瘴気の柱がフローディアから立ち昇る。瘴気は忽ち暗雲となり麓の領土を覆い尽くすと瘴気混じりの稲妻が次々と落ち、あちこちで悲鳴と炎が上がる。それはまるで黒い炎の様であった。
フローディアはその逃げ惑う領民達の様子を上空から満足そうに眺めている。
「ははは!!!ここに人間の居場所など無い!二度と住めぬ場所にしてくれるわ!!!」
そう高笑いをする姿は既にフローディアの形を成していなかった。
実菜は見入ってしまっていた。
ここが……クラウド、いえ、フローディアが歪んでしまったところなのね。事実と罪は変えられないけれど、癒やす事は出来ないかしら。
実菜はフローディアの安寧を祈りながら胸の前で両手を合わせると光りが次々と溢れ出し、瞬く間に黒くなったフローディアの意識を覆い尽くした。
ヒプノセラピー風の浄化方法にしてみました。
セラピーを受けた事のある方はご存知と思いますが、意外と効果があります。トラウマなどお持ちの方にはオススメです。
お読み頂き有難う御座いました。




