事情聴取
デイジーも部屋に入って来ると4人でソファーに座り会議が始まる。
「クライマーが居なくなったとはどういう事です?」
改めてロイが問う。
「息子達と一緒に商会の会合に出掛けたきり帰っていないそうだ」
と言うと、ふぅ、とセシルは勢い良く頬杖をつく。
「それ、アリスも知っているのかしら」
おずおずと実菜が口を開くと、「アリス?」とセシルが問い返す。そこでロイが今日の卒業式パーティーでの出来事を2人に報告した。
「ロイ。事情聴取は誰がしている?」
「第一騎士団が対応しましたから第一の団長か副団長でしょう」
「あの、それとマンガス伯爵のご家族とかはどうされてるんですか?」
再び実菜が口を開く。
「ああ、それなら夫人も息子2人も屋敷にいたよ。何処に行ったか以前に、いつ屋敷を出たのか誰も気付いていなかったらしい。家族だけでなく使用人もだ」
なんだそれは、それはもうミステリーとかホラーな話なのではないか?
「気付かれずに屋敷を出たとして、身を隠す場所よね。そう言えば本邸以外に別邸とかは持って無いの?」
腕を組んで思案している様子だったデイジーが、ふと思い出したようにセシルとロイに問う。
「クライマーは持っていないな。マンガスは確か、昔坑道だった山の近くに別邸を持っていたか?いや、しかしあそこは……坑道を閉じてからは廃墟だと聞いているが」
「逆に言えば、誰も来ない場所と言う事よね」
デイジーの言葉にセシルとロイは思案する様に押し黙る。
「一先ず今は、そのアリス嬢とやらに会いに行くか」
セシルの一言で一行は地下牢に向かう事となった。因みに殿下の方は城の裏手にある塔に幽閉されているのだそう。王族用の牢みたいな物らしいのだが。
「でも、アリスも殿下も言ってる事、変じゃなかった?」
地下牢まで歩きながら実菜はロイに聞いてみる。
「確かに確認したいとは思いましたね。殿下は陛下との会話を覚えていない様子でしたし、陛下にも一度その時の殿下の様子を確認しておかないと」
地下牢への入口まで来ると既に暗い雰囲気が漂っていた。アリスの取り調べをした第一騎士団の団長の話では「自分は騙されただけ、悪く無い」の一点張りなのだそう。
暗い地下への階段を降りて行くと蝋燭の明かりだけになるので更に暗いし、換気が出来ていないのか少しジメッとしている感じがし、少しカビ臭い。
一際、蝋燭の明かりが灯っている牢の鉄格子の前に立つとベッドに座るアリスが居た。まだ数時間しか経っていないはずなのに振り返った彼女の顔は別人の様に窶れて見えた。
「何しに来たのよ」
彼女のものとは思えない程低い声だった。思わずゾクリと鳥肌が立つ。
「貴女は騙されたと言っている様ですが、誰に騙されたのですか?」
単刀突入にロイが切り出すとアリスは口を一文字にして黙る。
「言えませんか。では質問を替えましょう。貴女は本当にクライマー子爵の娘なのでしょうか?」
「そんなの知らないわ。向こうがいきなり孤児院に来て養子にしたんだもの」
アリスはそう言うとプイッと横を向く。少し調子が戻ってきたようだ。
あれ?お母様が亡くなって引き取られたのではなかったか?リリーの話と違うわ。
「そうですか、てっきり覆面を被った男が丁度良い馬鹿を駒として使う為にクライマー子爵に養子に迎えさせたのかと思ったのですが」
その言葉にアリスは目を見開いてロイを見つめる。
「ど、して、覆面て……」
「やはり貴女に入れ知恵をしていたのは覆面の男ですか」
「ち、違う。違うわ!」
アリスは慌てて否定するがその慌て方は肯定しているようなものだった。馬鹿だと言われている事にも気付かない。
「クライマー子爵が行方不明なのですが、お心当たりは御座いませんか?」
ロイが畳み掛けるように問う。
「しら、ない、知らないわ」
そう言いながらもアリスの声は震えているが、何かを訴えるように彼女の瞳が揺れている。
「覆面の男に何を要求されました?例えば殿下を何処かに連れて行く、とか。何かを食べさせる、とか?それが出来なかった時はどんな罰があると言われました?」
更にロイが問うとアリスの顔がくしゃりと歪み、嗚咽が牢の中に響く。
「デイビッドを店に連れて来いって、それだけだった、のに、婚約破棄させて私と婚約、するようにしろって、そうすれば王妃になって飢える事も無いって」
嗚咽交じりで聞き取り難いがデイビッドを王太子にする目的があったようだ。しかし、彼女がしていた事は彼の評価を下げる事ばかりだったようだが。とても王妃になれるとは思えない。
「王妃などと夢の様な事を……そんな男のいう事を何故聞いていたんです?それにお店とは何のお店ですか?」
泣きじゃくるアリスに容赦なくロイの聴取は続く。
「学園の、寮の部屋に、居たの。入れる訳無いのに、簡単に、こ、殺されると思った。怖かった。お店は、香りを楽しむお店だって、聞いた。私はお店の受付までしか入った事がないわ。マンガス伯爵のお店よ」
アリスはまだスンスン言っているが吐き出した事で幾らか落ち着いた様にも見える。実菜は思い切って口を開いた。
「殿下から色々と買って貰っていたようですが?」
「……何度もそのお店に連れて行かなくちゃいけなくて、行った後は変になると言うか、別人みたいになる時があって、その時に欲しいって言うと買ってくれてた」
「変になる?具体的に言うと?」
デイジーが横から口を出すと、アリスは眉を顰めて「んー」と唸ると「馬鹿みたいになる?」と首を傾げながら言う。
いや、それ貴女には言われたくないでしょ!
「だって、ぽやーっとして、へらーっとしてて、でも次の日には何を話したかも覚えてなかったり。あっ!でも凄く怖くなる日も何回かあった。まるで、あの……男みたいに」
そこでまたアリスは恐怖を思い出してしまったらしく、自身を抱きしめるようにして小刻みに震え出した。
「アリスは、単純に恐怖から言いなりになっていたようですね。何が何でも自分が殿下の婚約者にならなければと必死だったのでしょう。知識は与えられてなかったのか……やり方は意味不明ですが。それに、やはりあの店は関係しているようですが我々が行った時は普通のシガーバーで、変な所は無かったはず」
執務室に戻って来るとロイが腕を組んで鼻から息を吐く。
「まあ、あの孤児院は食事も満足に与えて無かったからね、『飢えない』という言葉は文字通り餌としては十分だったのかも……それよりマンガスが取り引きしている商品に怪しい物は無いの?」
ロイはデイジーに視線を向けると「無い」と首を振る。「じゃあ、密輸かしら」とデイジーも頬杖をついて呟く。
「近隣の国でもデイジーが考えていそうな物は禁止されているから栽培さえされていない」
隠して栽培したところで直ぐにバレる。現にこうして十分怪しまれている。……ぐっ、しかし、尻尾は掴めていないな。
ロイが一人で自己嫌悪に陥っているとセシルの声で現実に引き戻された。
「じゃあ、マンガスの廃墟に乗り込んでみますか!」
セシルの元気なその提案にデイジーも調子を合わせる。
「誰も来ない廃墟でケシでも育ててるかもしれないしね〜」
眉間に皺を寄せているロイに対してデイジーが茶化すように言ったのだが、ロイはその言葉に片眉を上げる。
「先ずは密偵を送ります」
廃墟への密偵派遣が決定した。
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「ねぇ、デイジー。影って何?」
パーティーから数日後、相変わらず温室で薬草の世話をしている実菜の所へデイジーがランチのお誘いに来たので、実菜は聞いてみる事にした。
「影?ああ、実菜に付いている?んー、実菜の場合は見守る人かな。気配があるから今も居るよ」
「私の場合?違う事もあるの?」
「日本で言えば、隠密とか御庭番とか草とか?少し違うか?どうかな、とにかく忍みたいな感じよ」
「ああ、何となく分かったわ」
実際に理解出来たのは忍だけだったけど。でも私にもデイジーみたいに気配とか分からないかしら。
食堂に向かいながら、実菜は気配とやらを感じようとしたが全く分からないまま食堂に到着し、注文したサンドウィッチを受け取ると席に着いてしまった。
「ねぇ、デイジー。気配ってどうやって感じれば良いの?」
変な緊張を勝手にした実菜は疲れた顔でデイジーに問う。
「へ?うぅ〜ん、先ず自分のテリトリーのエリアを作るでしょ、始めは半径2メートル位で良いかな。そのエリアに侵入した物を感じる。それに慣れてきたらテリトリーを広げる」
テリトリーを作るってところでもう理解不能なんですけど……。
「えぇと、因みにデイジーはどれ位のテリトリーまで感じ取れるの?」
「集中して王宮の敷地位かな?普段はこの食堂位のテリトリーにしてる」
「……へー」
漢方薬作ってた只のお婆ちゃんが何でそんな事出来るのかしら。実菜か首を傾げるとそれを見たデイジーが実菜の真似をして首を傾げる。
うーん、外見だけだとこの仕草が可愛い只の女の子なのに。
「そうだ、デイジー。さっき思ったんだけど……」
ここで実菜は先程の温室で感じたことを話した。
温室では力のコントロールを付ける為に幾つか場所を別けて薬草を成長させているのだが、場所によっては同じ種類の薬草でもよれよれの葉っぱになったり、時に香りが違ったりすることがあったのだ。回復薬としての効果も問題はないくらいだが微妙に違う。それも毎回ではなく、実菜はそれが不思議だった。
「あー……成程ね。考えられるとしたら、実菜の状態かしら」
「私の?」
「うん。正確には力を使う時の感情かな?落ち込んでいる時だと元気の無い物に育ったりとかね、特に成長させる力を使う時には顕著になると思う……」
と言った所でデイジーが急に手の平で口を塞ぎ、考え込む様に押し黙る。
「ごめん!ちょっと魔導師団に戻らないといけなくなった!……それと実菜、貴女は一人ではないからね!忘れないで!」
「え、あ、うん。分かったわ」
突然の言葉に戸惑う実菜を尻目に慌ただしくデイジーは食堂を後にする。
突然どうしたのかしら。突発的な感じはいつもの事だけど、今日は少し焦っている様にも見えたし、一人ではないというのは影が見守っている。という事を言っているのかしら?
デイジーを見送り一人になると、実菜は急に食欲が無くなりサンドウィッチを押し込むようにして食べ終え食堂を出る。
「聖女様ですか?」
実菜が研究室に戻ろうと渡り廊下を歩いていると、ふいに声をかけられた。見ると生け垣に隠れる様にして少年とも青年とも取れる若い男性が立っている。小柄で青白い顔をしたその男は周囲を窺いながら実菜に近付いて来ると内緒話のように小さな声で自己紹介した。
「突然申し訳御座いません。私はシェーン・クライマーと申します」
お読み頂き有難う御座いました。




