狙われた聖女
ああ〜、ドキドキするわ。セシル、落ち込んでないかしら。デイジーも満更でもないはすだけど、先程の感じだとコテンパンにしてなくもない気もしなくも無い。
実菜はソワソワしながら馬車の中で大人しくしていた。
「何故貴女がそんなに緊張しているのです?」
ロイは不思議そうに実菜に問う。
「え!逆に何故そんなに落ち着いているんです?そう言えばロイも独身ですけど、お相手はいらっしゃるんですか?」
「幾つかお話は来ているようですね。その中から条件の合う方を選ぶつもりではいますが?」
「何その事務的な感じ」
「貴族の恋愛結婚は珍しいですよ。殆どが政略結婚ですから、私の様に歳がいっていても話が来る事はあるんです。どちらにしても現状の……情勢が落ち着いてから考えようとは思いますが」
ロイはまだ二十代だったはず。男性のそれで歳がいっているって事は、女性の私はこの国では完全な行き遅れって事ね。
実菜は先程のソワソワした気分から一転、苦い気持ちになった。
「戻って来たようですよ」
ロイの言葉と同時に扉が開いた。
「僕達、結婚しまーす!!」
扉が開くと同時にセシルが元気良く発表する。ジャーンとかパンパカパーンみたいな効果音が聞こえてきそうな勢いである。
「それは結構ですが公私混同だけは止めて下さいね。酷い場合は直ぐにデイジーの任を解きます」
「冷たいな。そこは先ず、おめでとうとか言ってくれないか?」
顔色一つ変えず言うロイにセシルが眉尻を下げて訴える。
「おめでとうございます。シシーさんの所へ寄ってから帰りますから早く馬車に乗って下さい」
「……」
飽くまで感情の籠もらないロイの態度に、セシルは憮然とした表情でデイジーを馬車に乗せると自身も乗り込む。
ロイと実菜は向かい合って座っていたのだが、ロイはセシルにどかされ実菜の隣に座ると短く嘆息した。
これはどう解釈するべき案件かしら。実菜は思案する。
セシルは凄く嬉しそうにしているけど、デイジーはセシルに肩を抱かれながら微妙な顔で目を泳がせてるのよね。まさか、セシルに無理矢理押し切られたとか?意外とデイジーって押しに弱そうだし。
「あの、セシル?デイジーに承諾して貰えたって事なのよね?」
「承諾……したよね?」
セシルが、え?という表情をした後にデイジーの顔を覗き込む。
何故に確認を今している?隣から再び溜息が聞こえて来た気がする。
「承諾はするけど、結婚は情勢が落ち着いてからよ?」
デイジーが焦った様にセシルに訴えると、実菜の隣でロイが頷いているようだった。
「先ずは婚約でもしといたら宜しいんじゃないですか?」
ロイが投げ槍とも取れる言い方をする。
「はぁ〜、分かったよ。でもさー、デイジーがデイジーっていう名前でこの世界に居るのも運命だったのかもね!」
「セシル!何言ってんの?そういう話はしなくて良いから!」
セシルがデイジーに向かって笑顔で話しかけたが、急にデイジーが激しく動揺し始め何故かロイを気にしている。
「師団長、それはどう言う意味でしょう?」
ロイは急に興味が湧いたようで、身を乗り出した。
「この花、僕が初めてプロポーズした時にデイジーに渡した花なんだ。雛菊っていう名前もその時教えてもらった」
そうよ!デイジーよ。雛菊も聞いたことはあったけどデイジーの方がしっくりくるわ。
「ちょっと意味が分からないのですが、今日が初めてではないのですか?」
眉間に皺を寄せロイが戸惑った声を出す。
「ああ、うん。どうやら僕はデイジーが日本に居た時の婚約者の生まれ変わりらしいんだ」
「あ!!もしかして、結婚する前に亡くなった婚約者?!」
実菜の中で昨夜デイジーから聞いた話とセシルの話が繋がった。
「そうなんだ、崖から落ちちゃってさ」
ん?何だか何処かで聞いた話じゃない?
「あれ?デイジーも崖から落ちて亡くなったのよね?」
そう言ってデイジーを見るとデイジーは両手で顔を覆って膝に突っ伏していた。
「デイジー!どうしたの?!」
「君も崖から落ちたの?!何で?」
「それ以上は聞かないで!!」
実菜とセシルの声が重なって、デイジーには2人が何を言っているのか分からなかったが徐ろに顔を上げると呻く様に言う。
「前世云々は置いといて、つまりプロポーズに使われた花がデイジーという名だったと。そう言う事ですね。成程、そうでしたか」
意味ありげにニヤニヤとしながらデイジーに向かって言うロイにデイジーは赤い顔で睨んでいた。
「そんなことよりも!!作戦会議よ!」
色んな事を打ち消すかのようにデイジーが大きな声で言う。
……作戦会議?
名もなき村、改めハルソナ村(ロイから村だった時の名前を聞いた)のシシーさんの所へ寄り、ビリーの事を伝えると何度も感謝され屋敷への帰路につく。
屋敷へ到着するとセシル、ロイとデイジーは屋敷で待機していたジョンとトイを交え応接室で会議をする。という事で実菜は自室へ戻る。その途中でデイジーがメイドを捕まえて実菜に軽食とお茶を用意するように伝えた。あのお風呂ではしゃいでいたメイドだ。
「失礼致します」
実菜の自室にノックと共に先程のメイドがトレイを持って入って来た。
「有難う。余計な仕事させてごめんなさいね」
実菜が目の前に置かれたサンドウィッチとお茶を見ながら言う。レタスと照り焼きチキンの様な物のサンドウィッチのようだ。実菜がそれを手に取るとビリリと瘴気に似た嫌な衝撃が実菜の手に伝わった。
「とんでも御座いません」
少し震えて上擦った声でそのメイドが答える。
「これはどなたがお作りになったの?」
部屋を出て行こうとするメイドに実菜が声をかける。
「シ、シェフ、でございます」
「そのシェフが作った物に細工をしたのはどなたが?」
背後からの声にメイドが振り返ると扉の前にデイジーが立っていた。その後ろにセシルとロイがいる。
「あ、あぁ、あう、あの……ふぅっぐ、ご、ごめんなさい」
みるみるメイドの顔が青くなり、とうとうその場に泣き崩れてしまった。
「ルル、お前がどうして……」
同じく青い顔をした伯爵がデイジー達を押し退けて前に出る。
「……これは、何かの間違いです。ルルはこの子はとても優しくて素直で良い子なんです!」
伯爵がセシルに縋り付く様にして訴えた。
「伯爵。その通りです。この子は優しくて素直で良い子だからこんな事をしたんです。少なくとも私はそう思っています」
デイジーが伯爵の言葉に答える。「それはどういう……」伯爵が困惑したようにルルを見る。
「……セントポール孤児院で言われたんです。言う事を聞かないと、孤児院の子供達を殺すって。聖女への挨拶だから大した事じゃ無いって、食べ物に入れろって、渡されて、でも、怖くて、ずっと出来なくて」
泣きながらルルが言う。
そう言えば孤児だったって言ってたわね。だけどデイジーが居た孤児院出身だなんて、凄い偶然ね。彼女が孤児院でルルを見たことを思い出さなかったら私は危なかったわ。それにしても、いつの間にルルの情報収集なんてしてたのかしら。
「誰に言われたの?」
優しい声でデイジーがルルに問う。
「今年の2月頃、孤児院から呼ばれて孤児院に帰った時に、神父さんの友達だって言う男の人から言われました。覆面をしていたので誰かは分かりません。2人だけの部屋で話したので神父さんはこの事は知らないとは思います。渡されたのは……瘴気が出始める直前の夜中です。どうやって来たのかは分からないですが、いつの間にか、覆面の男が屋敷の中に居て……」
ルルはそう言うとガクガクと震え始めた。
「……私、あの子達も、殺されるんでしょうか?」
「正直いうと分からない、とにかく非道な……」
「デイジー!……伯爵、何かあったときの為に師団員2人を置いて行きます。宜しいですか?」
未だ愕然とした状態の伯爵はただ頷くだけだった。
デイジーの言う作戦とは、彼女に食事を出させる。その食事に異変があれば「誰が作ったか」と聞くのを合図に3人が踏み込む。というとても作戦とは言えないシンプルなものだった。
ロイはこれに懐疑的だったが「動くとしたら滞在最終日」というデイジーの謎の確信に押し切られた。その理由は「優しくて素直で良い子」という事だったのだが、実際そのように事が動いた。
「サイモン伯爵の話によればルルをアガギア領に斡旋したのは孤児院の神父だという事ですが、神父も覆面の男とグルの可能性があると思いませんか?」
応接室にジョンとトイを交えた6人が集まったところで、ロイが口を開く。
「教会か……下手に手が出せないな。証拠らしい物も無い。やはり、証人でもあるルルは聖女におかしな物を盛ったという罪で王宮で拘束する形で保護した方が良いんじゃないか?」
「……そうですね」
セシルの言葉にロイは鼻から息を吐いてから、考えている様な仕草で頷く。
「その神父、今回の件は関わっているのかは分からないけど、多分人身売買はしているんじゃないかしら」
デイジーの言葉にロイ以外の人間が驚く。
「私はその孤児院に手伝いという事で居たんだけど、神父が誰かと話しているのが聞こえた事があるの。『出荷が決まった』と神父が言っていたわ。その後、子供が2人養子として引き取られて行った。その時は何とも思っていなかったけど、良く考えたら私の居た3ヶ月足らずで20人近くの子供が引き取られて行くのはおかしいわよね。最下層地域にわざわざ孤児を探しに行ったりしていたし」
この国では人身売買は法律で禁止されているが、親が自身の子供を売るのは良いのだという。それはそれで寂しい話ね。と実菜は思った。
「教会に探りに行くか〜」
セシルが心底嫌そうな声で言うと天を仰いだ。
ブックマーク登録有難うございます。
一人でも読んでくれている方がいるかも。と思うと最後まで書こう!と頑張れそうです。
お読み頂き有難う御座いました。




