黒かった畑
「本当に回復薬飲まなくて大丈夫?!」
「大丈夫だよ!そんなんじゃないんだから」
領地に向かう途中、実菜は何度もデイジーに確認するがその度にデイジーの苦笑いが返ってくる。
ん〜、どうも誤魔化してる様な気がするから心配なのよね。でも本当に駄目な時は本人が何とかするから大丈夫か。デイジーだもんね。
「ミナ、この辺で一度浄化してもらって良い?」
広い領地を3つに分けてその箇所毎に浄化していくことになり、馬車で一番近い場所に到着した。
「うわぁ!広いですね」
見渡す限り畑だ。今は作物は刈り取られて何もないが広いのは分かる。実菜はしゃがんでその土を摘み上げてみる。
何かビリビリする。確かに触ると気持ち悪い感じが伝わってくるわ。黒いし。これが瘴気の感じなのかしら。
実菜は徐ろに立ち上がり目蓋を伏せると胸の前で両手を合わせる。この姿勢が一番しっくりくると感じていた。浄化の光りが両手に集まり次第に強く大きくなっていく。実菜がその光りの玉を空に放つと玉は空で弾けるように幾筋もの虹色の光りとなり、領地に降り注いだ。光りが消えたところで実菜は再び土を摘み上げる。
うん!気持ち悪い感じは無いわね。土色に戻ったし、畑の土って感じだ。見える範囲でも黒い所も無いし良いんじゃないかしら。
振り返るとセシルがウィンクしながらサムズアップしていた。
イイネって全世界共通なのかしら……。
ガラガラと馬車に揺られながら次の場所に移動する。
「本当に広いですよね。この領地」
「ええ、そうですね。でもこの広さに対して領民が少ないんだそうですよ」
確かに民家らしい物はあまり見ないわね。だから伯爵は外から人を雇い入れているのかもしれないわね。
「あれ?この辺が次に予定していた場所じゃなかったか?」
セシルが窓の外を見ながらロイに問う。
「そのはずでしたが……一応様子をみてみますか」
何かあったのだろうか。実菜も外を窺う。
あれ?土は土色ね。この辺はそんなに影響が無かったのかしら。あ、畑に出てる人も何人か居るみたい。
「どうも〜、調子はどうですか?」
馬車から降りるとセシルは畑に居た領民達に営業マンさながら愛想よく声をかけた。
「あー、魔導師団の方ですか、この度はどうもお世話様でした。お陰様でこの通りですよ、有難う御座いました」
と言って、声をかけられた男性は頭を下げる。実菜は畑の土を少し掬ってみる。気持ち悪い感じも無いし土色だ。
「そう言えば少し前に畑全体が光ったんです。それも皆さんが何かして下さったんで?」
「……あー、それはこちらの聖女様が領地の土を浄化したんです。今まで以上に良い作物が出来るようにと」
あー!!セシル、その単語は言っちゃ駄目なやつ!
「えっ!!聖女様!」
実菜は焦ったが時既に遅く、案の定その場に居た5人の領民達は拝む様な仕草をしながら平伏す。
やめてー!!何でここの人達はここまで聖女を神格化してるのよー!!
「ミナ、君が何か言ってあげないと彼等はこのままだと思うけど?」
楽しそうにセシルが実菜に囁く。この人絶対楽しんでるわよね。と思いながらも実菜は領民達に向けて口を開く。
「お顔を上げて下さい。私はこれで行きますが、お仕事頑張って下さい。あなた方の作物を食すのを楽しみにしていますね」
「「はい!有難う御座います!!」」
笑顔で言う実菜に泣く者まで居る始末だ。
ジュアン様。あんた、何てことしてくれたんだ!!
実菜は心の中で聖女ジュアンに八つ当たりした。
「しかし、本当に改めて凄いな。この分だと最後の地域も既に浄化されているんじゃないか?」
「確かに、これから向かう場所は瘴気から一番遠い場所でもありますしね」
最後の場所に向かいながらセシルが茶化すように言うが、意外にもロイは肯定する。
うーん、もしかして私の力って凄いの??いやいやいや、駄目よ調子に乗っちゃ!何でも慣れた頃が一番危ないんだから!
実菜は自身を一喝するべくペチペチと両頬を軽く叩くと「何してるの?」とそれを見ていたセシルに突っ込まれる。「気合いです」と答えれば「ふーん」と興味無し、といった返事が返ってくる。
興味無いなら聞かないで欲しいわ!恥ずかしいじゃない。
それにしても、と実菜は隣のデイジーを窺う。彼女は今日はいたく大人しい。脚を組み、頬杖をついた状態でずっと窓の外を眺めている。
やっぱり具合が悪いんじゃ?いや、この感じは黄昏?この昼の時間に黄昏れているの?
「この辺じゃないか?」
セシルの声に窓の外に視線を移す。領地に来た時にポチとタマに出会った場所に近い。更に畑道に入って行く。
「やっぱり異常が無いように見えるなぁ」
「斑に黒かった部分も見当たりませんねぇ」
セシルが呟くとロイもそれに答える。実菜は土の状態を一応確認しておきたかったので馬車を止めてもらう。
うーん。異常なしね。土も葉っぱも瘴気の感じが無いわ。
「これなら特に問題は無いでしょうから伯爵が言っていた家に向かいましょう」
ロイがそう言うので馬車に戻るとデイジーは中に座ったままだったようだ。
「デイジー、何かあったの?」
「ごめん、考え事してた」
流石に実菜は心配になり、声をかけると彼女自身も現状に驚いて居るようだった。
「調子が悪ければ言って下さい。とは言っても用事は済ませてから帰りますが」
とロイが言う。ロイが日本人だったらブラックな上司になりそうだなぁ。などと思いながら馬車は民家へ向かって走り出した。
一軒の広い屋敷に到着すると、家主だろう男性が出て来てペコリと頭を下げる。
「態々来て頂いて有難う御座います。この家の家主でコリーと申します」
「良いんですよ。話は伺っていますが、今の状況は?」
敷地面積は広いが殆が農耕具置き場や作業場のようで、生活スペースはこじんまりしているようだ。コリーは実菜達を家の中に案内しながらセシルに状況を説明する。
「それが不思議なのですが、少し前に綺麗な光りが降って来ましてね。そしたら作物は元通りになっているし、意識が朦朧としていた彼も元気になっていたんです」
それを聞いたセシルが実菜を振り返る。
「君の浄化能力って何なの?神なの?凄いを通り越して反則じゃない?!」
それを聞いたコリーが実菜を勢い良く振り返る。
やばい!!
実菜は平伏そうとしたであろうコリーの肩辺りを両手で押し止める。
「私が聖女ですけど、大丈夫ですから!!その方の様子を念の為、診させて下さい!」
「は、はいぃ!」
目の前に聖女が居るのと、触れられているのと情報処理が追い付かないらしいコリーは目を白黒させながら返事をし、フラフラしながらその男性が寝ている部屋へ案内してくれた。
部屋を訪れると想像していたよりも年若い、少年と言っても良いくらいの男性がベッドで上半身を起こし、お粥の様な物を食べて居た。その傍らでは彼と同じ歳位の女性が椅子に腰掛けて居る。実菜達が部屋へ入ると女性が立ち上がり頭を下げる。
「この度は父がご無理をお願いしたようで申し訳ありません」
「いや、良いんですよ。でも意識がはっきりしたと伺いましたが?」
父。ということはこの家のお嬢さんて事ね。
「はい。大事になってしまったようで申し訳ありません。森を出た所で魔物に出くわしてしまいまして、でもかすり傷を負った程度だったので大丈夫だと思っていたら毒を持っていたようで、途中で倒れてしまった所をこちらのケリーに助けて頂きました」
ベッド上の彼はそう言ってケリーと瞳を交わすと2人とも恥ずかしそうに目蓋を伏せた。
「森……。もしかして貴方、シシーさんのお孫さん?」
実菜の声に彼がこちらを向き頷く。
「はい。名もなき村に住むビリーと申します」
名もなき村……通称だろうか。名前位は無くさなくても良いと思うんだけど。
「成程。そんな事情がありましたか。シシーさんが青い顔で心配していましたよ。2週間も帰って来ない、と」
ロイの話にビリーは驚いて声を上げる。
「2週間?!すみません。意識がはっきりしたのが先程なので状況を把握してませんでした」
「今日我々が家まで送りますよ」
ロイの申し出にビリーは戸惑う感じでケリーを見ると女性も同じようにビリーを見つめる。
「別に今日の今日で無くても良いんじゃないかしら。魔物なら暫くは出ないだろうし、何ならシシーさん達に迎えに来てもらった方が良いんじゃない?ビリーもきっとちゃんと挨拶したいだろうし?」
ずっと静かにしていたデイジーが口を開き、意味深な視線をビリーに向けるとビリーとケリーが顔を赤くして俯いた。その隣でコリーがこの世の終わりの様な顔をしている。
まあ!そういう事!看病からの恋愛なんて、ドラマみたいね。素敵!
「あ〜……成程。そう言う事情がおありでしたら、我々はシシーさんに報告だけしておく事にしましょう」
後は若い者同士で、といった感じでその屋敷を出る。何とも言えない顔でコリーが見送ってくれたが、こちらも何とも言えなかった。
「あら、可愛い」
屋敷の門を出た所で思わず実菜は呟いた。屋敷の前の道は農道だがその道沿いに白や黄色の花が咲き誇っている。
「……雛菊だね。この国にもあるんだねぇ」
デイジーが実菜の後ろから覗き込む様にして花の名前を教えてくれた。
雛菊。う〜ん?うん、雛菊だよね。
実菜は何かしらの違和感を感じたが納得する事にして馬車に戻ろうとすると、それとは逆にセシルはその花に近付いて行く。どうしたんだろうと見ているとセシルはしゃがみ込んで咲いているその白い雛菊をプチプチと数本摘み取りブーケの様に纏めると立ち上がり、デイジーの前に立つ。真剣な眼差しで彼女を見つめると徐ろにそのブーケを彼女の手に収めて口を開いた。
「僕と結婚してくれる?」
「……なんで貴方がそんなこと言うのよ?」
うええぇえぃっ?!セシル!ここで?今?!何故に??
真剣なセシルの言葉にデイジーの辛辣とも言える言葉が返される。実菜はデイジーの言葉にズッコケそうになりながらも成り行きを見守ろうとしていると、実菜のローブが引っ張られた。振り返るとロイが微かに首を振っている。邪魔をするな、ということだろう。実菜はロイに引きずられる様にして馬車に押し込まれた。
ロイのケチー!!気になる、気になる〜!
お読み頂き有難う御座いました。




