修学旅行気分
「はははは!」
晩餐時、話を聞いた伯爵は愉快そうに笑う。
「笑い事ではありません。私はそういう扱いをされる事には慣れていないのです」
「それだけこの領地において聖女様は偉大なお方なのです。分かってやって下さい」
伯爵は目尻の涙を拭きながら実菜に言う。
「偉大なのはジュアン様であって、私はそんな大層な生き物ではありません」
「はははは!生き物って!」
憮然とした表情で実菜が言うと、今度はセシルが笑う。
「ですが、有難う御座いました。浄化には大変な魔力量を要すると伺いました。大変だとは思いますが明日は領地を宜しくお願い致します」
伯爵は真面目な表情に戻るとペコリと実菜に頭を下げる。
「分かりました。出来るだけのことはします」
「ところで伯爵、領地の様子はいかがでしたか?」
ロイが伯爵に尋ねると、伯爵は穏やかな視線をロイに向けた。
「畑は変わらずでしたが、体調が良くなった者が多かったのには助かりました。ですので今日は動ける者には枯れた作物を出来るだけ刈るようにと言って回って来ましたよ」
そう言うと伯爵は実菜へ視線を戻す。
「ということで、聖女様には特に領地の土を浄化して欲しいのです」
「土を?」
「はい。作物を作るに当たってその出来を左右する程、土はとても重要です。」
「成程。心得ました」
「それと……領地の入口辺りの家に寝込んでいる者が居るのです。領民ではないですし、瘴気に当てられている訳でもないのですが、どうも魔物の毒にやられた所をその家の者が助けたらしく……解毒剤で毒は抜けたようですが、未だ熱が下がらず朦朧としているそうで、申し訳御座いませんがその者も様子を見に行って貰えませんか」
「分かりました」
穏やかに晩餐を終えると自室として与えられている部屋へ戻る。
「実菜〜、お風呂入りに行こ〜」
着替えとタオルを抱えてデイジーが実菜を誘う。王宮で頂くお風呂は一人用だったが、この屋敷のお風呂は数人入れる銭湯みたいな感じだった。伯爵邸の宿舎に住まう領民達も一度に入れるように大きく作ったらしいのだが、1つしかないので女性時間と男性時間がある。女性が先の時間。これを逃すと最後まで待たなければならないのだ。実菜も着替えとタオルを抱えてデイジーと並んでお風呂に向かった。
しかし…修学旅行感が否めない。でも楽しいわ。皆でワイワイしながらお風呂に入るって。
時間の空いたメイドさんも一緒に入る。
「今日の聖女様は本当にカッコよかったです!!あの光り、私見ましたわ!私も光って、そしたら、こう、サーッと本当にサーッと頭痛が引いていって、あんなに辛かったのに!」
興奮気味に身振り手振りを交え話す彼女はとても若く見えた。
「私の出身地はここではなくて、と言っても捨て子の孤児だったので本当の事は私自身知らないのですが、ここの伯爵様にメイドとして拾って貰って、ここに来てから聖女様の伝説を聞いたのです。その伝説を自分自身で体験出来るなんて!」
伯爵は他にも孤児を引き取っているらしい。宿舎に住んでいるのは殆どそういう人だという事だ。
兎に角、15歳だという彼女は最後までテンション高めではしゃいでいた。
部屋へ戻ると「ブォーン」というドライヤーの様な音がデイジーの方からする。みると彼女の髪がすっかり乾いていた。
「便利ねぇ〜」
「やってみたら?」
簡単に言ってくれるじゃないの!ん〜、でもこれが出来たらこの国ではかなり便利……。
実菜はこんな感じかしら〜?と思ったようにやってみたが出来たのはそよ風を起こす程度の物だった。
「上等、上等!」
その様子を見て、キャハハと笑いながらデイジーが実菜の髪を乾かす。
そしてそのままベッドに潜り込んだがまだ眠れそうにはない。
「ねぇ、デイジー」
「何?」
「デイジーは日本では家族っていた?」
「孤児だったから親は居なかった。独身だったから旦那も居なかったし。ああ、でも養子は居たね」
「養子?」
「弟子になりたいって言うからさ。そんなの取る気は無いしあんまりしつこいから養子になるなら弟子にしてやるって無理難題のつもりで言ったんだ。そしたら本当に養子になっちゃってねぇ〜」
「で、弟子?!デイジーって何者?」
「何者でもないよ。漢方薬作ってた只の婆さんだ」
「だから生薬に詳しかったのね!でも何で結婚しなかったの?」
「今日は質問が多いねぇ。結婚出来なかったとは思わないんだね。まあ、結婚を約束した男が死んじゃったんだよ」
「………」
「黙るな。あんたこそ恋人の一人や二人居なかったのかい?」
「う〜ん。付き合った人は居たけど、何て言うか、好きになれない、というか、違うと言うか……上手く行かなかったのよね。デイジーって意外と一途なんだね〜。ねぇ!セシルは?!デイジーと合うと思うんだけど?!」
「意外って、にしても唐突だねぇ。セシルは話が合うから良いとは思うけど、私、こう見えて83歳だからねぇ〜」
「……今のデイジーにその年齢は関係ない気がするけど?」
「ははは。実菜は日本に帰りたいとは思わないの?」
「両親と兄が居るし、友達も居るんだけど、私、ずっと居場所が無いような、いや、あるんだけどでも、ここに居て良いのかな?みたいな?逆に最近はこの国に居る方がしっくりきちゃってる気がするし。帰りたくない訳では無いけど」
「ふ〜ん。居場所……しっくり、ねぇ〜」
デイジーは意味深にフフッと笑い。欠伸をする。
「そろそろ寝るよ。明日実菜は大変なんだから、もう寝な」
「は〜い。おやすみなさい」
実菜はガールズトークに満足し、目を瞑ると2人の寝息だけが部屋に響いた。
****
「う〜ん」実菜は目を覚まし伸びをすると、隣のベッドを見る。
デイジーはまだ寝てるのね。早く起き過ぎちゃったかしら。でももう目が覚めちゃったし……。
実菜はデイジーを起こさないように静かに支度を終えると、そっと部屋を出た。
この師団服も板に付いてきたわねぇ。と実菜は伯爵邸の並木道を散歩しながら自分の着ている師団服の裾を伸ばしてみる。
もっとゴワゴワしてるのかと思ったけど意外と柔らかいし、でも頑丈そうだしどんな素材なのかしら。
「ワンワンッ」
「ポチ、タマ。あなた達もお散歩なの?」
散歩中の実菜にポチとタマが駆け寄る。放し飼いにされているらしい2匹はぐるぐると実菜の周りを回った。
あ!そう言えば聖女ジュアンの事、デイジーの意見を聞くのを忘れてたわ!昨夜時間はあったのに〜。デイジーに聞いてみたい事が多いのがいけないのよ!
実菜は犬を撫でながら口を尖らせた。
「聖女様〜!朝食の準備が出来ました〜!」
屋敷の玄関から、昨夜お風呂ではしゃいでいたあのメイドに声を掛けられたので実菜はポチとタマにじゃれつかれながら大広間へ向かう。中に入ると既に全員テーブルに着席していた。
あら?でもデイジーがまだね。どうしたのかしら。
実菜の席は上座近くに用意されている。申し訳なく思いながらも着席するとスープ、パン、サラダとベーコンエッグが置かれる。
「デイジーはどうしたの?」
「私、早く起きてしまって、今まで散歩していたんです。私が起きた時はまだデイジーは寝ていましたけど……」
近くに座るセシルに聞かれたが、実菜にも分からない。
「私、様子を見てきますね」
「聖女様はデイジーさんと普通ですよね」
実菜が立ち上がろうとした時、トイが実菜に声をかけた。
「普通?どういう意味?」
「あ、いや、よく考えたら師団長も副師団長も普通なんですけど。でも俺は…何ていうか……ウチのばあちゃんに似てて。怖いんですよ、ウチのばあちゃん」
中身はお婆ちゃんだからね。そう言えばセシルとロイ以外はその事を知らないんだったわね。
トイが苦い顔をするとジョンもその言葉に加勢する。
「そうそう。7歳も年下なのに、あの威圧感?ていうの?めちゃくちゃな言動なクセに正論かもしれないと思わせる謎の説得力があるし、異論があるとコテンパンに言い負かすし、兎に角1つ言える事は……」
「「怖い!」」
「……何が怖いの?」
「「だから、デイジーさんが!!」」
トイとジョンがデイジーについての意見が一致したところで部屋の入口から声がかけられ、つい返事をした2人だったが、実菜達の反応に徐々に顔が青くなり、ゆっくりと声がした方へと首を動かした。
「で、デイジー、さ、ん」
半目で2人を睨むデイジーがそこに立って居た。口角は上がっているが目が……。
「デイジー、遅かったね。早くしないと時間が無くなるよ?」
セシルが2人に助け舟を出したのか、何も考えていないのか、そこは謎だがデイジーに声をかける。デイジーは頷いてセシルの正面の席に着席した。
「あれ?デイジー、体調悪い?顔が赤いけど」
セシルの声に実菜が反応する。
「本当?!ごめんなさい!昨夜遅くまで私が喋ってたから!風邪引いちゃった?」
「いやいや、違うから、大丈夫だから気にしないで!」
デイジーは慌ててそう言うと、顔を伏せるようにしてパンをモグモグし始めた。
確かに顔が赤いわ。あんまり酷いようなら後で回復薬でも飲んで貰おうかしら?
お読み頂き有難う御座いました。




