魔物ですか?いいえ、ただの白い犬です
セシルも一緒に食べる事にして、切り株に腰を掛ける。
「丁度良い野菜が手に入らなかったんだよ、王都に入ってくる野菜の8割は、今から行くアガギア高原で作られてるんだ。でも昨年末辺りから収穫量が例年の半分以下になって今では壊滅的らしい」
お皿のお肉を口に運び、モグモグしながらセシルが事情を説明する。
「ですので、この先はもしかしたら魔物が出現するかもしれませんので、覚悟しておいて下さい」
不意に後ろからロイに声を掛けられ、ビクッとし実菜が振り返る。
「ロイ〜、ミナが驚くだろ〜?急に声を掛けるなよ〜。それより何処へ行ってたんだよ、ずっと居なかったな」
「周辺の安全確認ですが、それが何か?聖女様も同行しているんです。魔物だけでなく賊の類にも注意した方が良いのですが?!」
ロイは「お前もそこは気にしろよ」とでも言いたげな眼差しをセシルに向けている。
「あ、ロイ、まだ食べてないですか?取って来ます」
「ミナは動かないで良いから。また野郎達が騒ぐから!僕が取って来るよ」
そう言ってセシルは実菜を止めると、そそくさと鉄板の方に行ってしまった。ロイへの罪滅ぼしだろうか。
しかし……本当に打ち合わせってしたんだろうか?と実菜は首を傾げるのであった。
ロイの手にも、こんもりしたお皿が乗せられ、暫し4人はモグモグする。
「この辺はどの辺りになるのですか?」
食べながら景色を観ていた実菜が聞いてみる。今居る場所は林を切り開いているみたいだけと、少し先の方は平原のようにも見える。更に先に青い壁の様に見えるのがアガギア山脈だろうか、上の方は雲で見えないが、かなり大きいのではないだろうか。
「もうアガギア高原には入ってますよ。ここから見える平原を越えた辺りから畑になる筈です。因みに微かに見えるあれがアガギア山脈です」
ロイがここからでは青い山脈を指差しながら実菜の問いに答える。
「建国当初、魔物は山脈から生まれていたと言われていました。今ではそんな事はありませんけど」
ついでのようにロイは補足した。
デイジーも景色を見ていたが、どこか遠くを見ているようにも見える。たまに彼女の目には違う物が見えているかのように感じるのは、気の所為だろうか。実菜は思った。
しっかり休憩した後、再び領地に向かって出発した。
暫くは平原が続いていたが、ロイの言っていた通り、畑が増えていく。が、
「何かしら、違和感があるんだけど?」
窓に寄り、外を眺める。始めのうちは普通の畑の様に見えていたのが、先を行くうちに畑の緑が部分的に黒くなっている。それを遠目に見ると緑と黒の斑模様に見えるのだ。
「瘴気にやられたんだね」
デイジーの声に深刻な響きがある。これが収穫量半減の理由だということか。
更に1時間程走っただろうか、とうとう畑は一面黒い物に成り果てていた。瘴気が強くなっている、ということなのだろうか。そう思っていると馬車の速度が落ち、止まった。何事だろう、と外を伺うと、大きな黒い犬が2頭、いや、3頭が行く手を阻んでいるようだ。それに馬達が驚いてしまったみたいで「ヒヒーィィン」という嘶きが聞こえる。
「不味い!魔物だ」
デイジーはそう呟くと、バッと馬車から飛び降りた。
えっ?魔物?!犬じゃないの??
実菜は外を良く見るように窓にへばり付く。セシルとロイも外に出ているようだ、3頭の犬がウロウロし「グルルルッ!!」と地を這うような低い唸り声を上げ、威嚇してくる。馬達は完全にパニックになっているようで嘶きが収まらず、勝手に走り出す。セシルが3頭の魔物の内の1頭に向かって手の平を向けると炎がその魔物に向かって吹き出し、魔物が火だるまになり転げ回る。
そのセシルの腕を止め、デイジーが何か言っているようだ、セシルがこちらにチラリと視線を向けた後、渋々と言った感じで頷くのが見えた。
デイジーがこちらに走って来て、勢いよく馬車の扉を開けると「実菜!来て!!」と手を引っ張る。
「えっ?待って、ちょ、危なっ」
無理矢理引っ張られ、転がりそうになりながら外に出る。しかし、先程の唸り声が聞こえない。
「………」
魔物の1頭は焼け焦げて、ピクリとも動かなくなっているが、他の2頭は唸っている様な仕草をしてはいるが、見えない壁があるような、動きを制限されている様な、奇妙な光景があった。
「3頭共それぞれ動けない程度の結界をはってあるから大丈夫だよ」
デイジーって……。
「こいつらの前にアッチを先に落ち着かせよう。倒れでもしたら怪我で済まない事もある」
デイジーの指差す先には未だ暴れている馬2頭。それぞれが少し先まで行ってしまって、上に乗っている師団員が今にも振り落とされそうになっている。
「少し遠いけど、馬を落ち着かせて?」
「はいぃぃいっ?!どうやって?」
「いつも通りよ。馬達の流れを整えれば良いの」
そうね、確かにあのままじゃ可哀想だものね。
実菜は、ふぅ、と小さく息を吐き「私は出来る!」と頭の中で唱えると、いつもの様に目蓋を閉じて呼吸を整える。
ポワッと実菜が光輝き始め、次第に馬達も光始める。
何とか馬を落ち着かせようと、必死にしがみついていた師団員は突然光出した馬に目を剥く。
眩しい程の光が次第に消えて行くと、先程まであれだけ暴れていたのが嘘の様に大人しくなり、言う事を聞くようになった馬に、師団員達は何が起こったのか訳が分からないまま馬車の方まで戻ってくる。
目蓋を開いた実菜は、大人しくなっている2頭が視界に入り、上手く行ったことを理解した。
「実菜、上手くなったね。次はコッチの魔物を浄化してみようか。同じ様にしてみたら良いと思うよ」
デイジーが笑顔で浄化を強調する。実菜は緊張する気持ちを抑え、未だ結界の中で暴れている魔物に視線を落とすと、ゴクッと喉を鳴らす。
出来なかった時は、出来ない方法が分かった。と言う事だ。うん、そうだ!どっちも成功だ!
実菜はそう開き直ると、再び目蓋を閉じる。
再び光を放ち始める実菜に、今迄その光景を見た事が無かった師団員達は、先程から口を閉じる筋肉が無くなってしまったのではないかと思う程、口を開きっ放しでその様子に魅入っていた。
馬を落ち着かせた時より光は大きくなり、実菜の手元に熱と共に集中する。その両手を魔物の上に翳すと、手の平から光が零れていく様に魔物に降り注ぐ。まるで光が魔物に吸い込まれて行く様に周囲の者達には見えていた。実菜は自身の身体が動くままに従い、熱が消える頃目蓋を上げる。
結界の中に居た筈の魔物は、2回り程小さくなり、只の白い犬に戻っていた。実菜を見上げ、尻尾を振っている。
「お前達、白かったんだね」
よしよし、と実菜が頭を撫でてあげると、千切れんばかりに尻尾を振って、フンフンと手の平の匂いを嗅いでいる。しかし、丸焦げになっていたもう1頭は焦げは無くなって、色も白くなってはいたが、横たわったまま絶命していた。
命は戻らない……当たり前の事だ。けど、私がもっと早く…
「これが、この犬の運命だったんだ。実菜は十分自分の出来る事をしたよ?瘴気を発生させる事も無かった」
絶命した犬を撫でながら、デイジーが実菜にだけ聞こえる声で言う。
彼女がいる事で、私はどれだけ救われているだろう。
実菜はそっと涙を拭って振り返る。振り返ってギョッとした。セシル、ロイを始めその場に居た全員が口をあんぐりと開けて居たのだ。セシルだけは瞳を輝かせている。
「こいつには悪い事をしたな」
流石セシル、皆が動けず固まっている中、横たわっている犬に近付きデイジーの横にしゃがみ込んで白い毛を撫でる。「墓を作ってやろう」と言い出し、デイジーと2人で、いそいそと道端に穴を掘り出した。その側で2頭の犬がフンフンと様子を窺うように行ったり来たりしている。
取り敢えず、皆に指示出ししようよ〜。2人の世界に入らないでよ〜!
そこはロイが上手くフォローしているようだった。
出発出来る状態か確認し、後はセシル待ちとなったがそれも終わった様だ。さあ、馬車に乗りましょう。という時、犬2頭が実菜に纏わり付いて来て離れてくれない。
どうしよう。と、頭を撫でながらセシルを振り仰ぐと、「連れて行けば良いんじゃない?」と軽く言ってくれる。念の為ロイに視線を投げると、ふぅ、という溜息と共に頷く。
なんか、本当にロイって気苦労が多いと思う。何でセシルが師団長なんだろ?
目的地まではあと2時間程だと言う。何はともあれ、犬と一緒に馬車に乗り込んだ。
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