環境が変わると泣きたくなる事もある。人間だもの
「ねぇ、さっきから何の話?」
「生薬の話ですよ」
面倒臭そうにデイジーがセシルに答える。
漢方薬は薬だ。いい加減にして良い事じゃ無かった。基本も知らないのに調子に乗ってたんだ、私。
「一応言っておこうと思ってた事を言うと、頭痛が出るかもよ。と言われて頭痛が出たら信用に繋がるけど、何の説明も無く頭痛が出たら不信に繋がる」
そこで一呼吸置いてデイジーは実菜の様子を伺うと再び口を開く。
「もし、生薬の基本を学びたいのであれば、ある程度は教えられるよ?基本があると無いとでは違うからね。でも、魔力の流れが良くなった今の実菜には必要無いとも思う」
「必要無い?」
デイジーの言葉に終始目蓋を伏せていた実菜だったが、最後の言葉にデイジーに視線を合わせる。彼女はくふふ。と含み笑いをしている。
必要無いってどういう事だろう。まだそのレベルに無いって事かしら。確かにまだまだなのは否めない。
「知りたければ、また後で試してみよう?」
デイジーは茶目っ気たっぷりにそう言うと片目を瞑った。
それまで蚊帳の外になってしまっていたセシルが、話が一段落ついたと踏んで我慢出来なくなったように声を上げた。
「ねぇ、何で治療棟で回復を掛けたの?デイジーに教わってたんだ?」
「ひーる?」
「回復魔法の事だよ。デイジーが指導したからミナまで無詠唱になっちゃったじゃん」
チラッとデイジーを横目で見ながらセシルが不満をぶつける。
「私、そこまで教えてないよ!」
そこで、ぶうぶう2人の言い合いが始まる。
実菜は何て言って良いか分からないが、このモヤツとした気持ちを持て余していた。
いつもの様に黙って話を聞いていれば良いか。
そこでまた、デイジーの言葉が甦る。
「心が見えない」
ハッとすると、ズキッと胸に刺さる様な痛みを感じた。このモヤッとした気持ちを上手く言葉に出来ないかもしれない、でも何も発さ無ければ良くも悪くも私の気持ちなど分かって貰えないだろう。
緊張して全身が熱くなるのを感じたが、実菜は意を決して顔を上げた。
「あの!あの時、デイジーの言ってた事を思い出したの。出来ると思ったからやってみた。最初から出来ない事にして諦めるのはもう止めようと思ったの………」
そこまで一気に言葉を吐き出して、ふぅ、と小さく息を吐く。2人は言い合いを止めて、突然話し始めた実菜を見ていた。
どうしよう。後、何を言ったら良いんだろう。実菜が言い淀んでいると、「それで…」とデイジーが白いハンカチを実菜に渡しながら実菜の気持ちを整理させるかの様に言葉を紡ぐ。
「それは上手くいったように見えたけど、今は何を感じているの?」
ハンカチを渡された事で、実菜は自分が泣いている事に気付いた。
「ヒール?は上手く出来たと思う。けど、それで良かったのかなって、上手く言えないけど、余計な事、必要無い事をしたんじゃないかって、それに生薬の事も…何も考えて無くて」
後は言葉にならなかった。嗚咽を出さないようにハンカチで顔を覆う。
「ミナ、ヒールは傷を癒す程度の物なんだ。それすら現状出来る人間は殆ど居ない。それを骨をくっつけたり、解毒したりなんて高回復だ。伝説級の高等魔法だよ。そんなの練習が必要に決まってる。今回は練習だったんだ。だから気に病む必要は全く無い。寧ろ今日の患者が幸運だっただけだよ。今後は申請して必要性を吟味する様にするしね」
セシルは、何だそんな事、とでも言うように肩を竦める。
「そういう気持ちがあれば大丈夫なんじゃない?実菜が例えば、戦場に同行して何も考えずにヒールを使っていたら、皆、命の危険すら考えない不死の軍隊が出来上がっちゃうしね。
はははっ。それにしても実菜、ちゃんと自分の浄化も出来るようになったんだね!涙は浄化方法の1つだよ」
今迄、気付か無い内に気を張り続けて居たのかも。泣いたら少しスッキリしちゃったわ。さっきまでの悶々とした気持ちが全く無い。浄化というのは本当かも。今では何で悩んでいたのか分からないくらいだ。
「ところでさ、ミナはお茶会の服は決まったの?ウォーター侯爵令嬢から招待を受けてるって聞いたよ?まぁ、内容はマナー講座だとも聞いてるけど」
その場の空気を変えるかのようにセシルが話題を振ってきた。
あ、そうだった。日々の内容が濃過ぎて忘れてたわ。もう3日後じゃない?何も決めてないわ、どうしよう?
「あ、そう言えば、あの団長と買い物デートしたって聞いたけど、それはどうだったの?」
「ぶっ……?!」
デイジーが前のめりで可笑しな事を言うので、実菜は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになったが、寸での所で堪えた。
「あ、あれは!護衛と護衛対象っていうだけで!デートだなんて全く無いです!!」
なんとか含んだ紅茶を無事嚥下したところで、しっかりと否定する。
こういう事はハッキリさせていないと後々何を言われるか分かったもんじゃないわ。
実のところ実菜もあの事件はそういう意図が最初からあったのではないかと、そう思わない事も無かった。只、実菜は自分が他人から好意を持たれる筈が無い。と極端過ぎる程思い込んでいるので、今回の事もカイルが無理矢理リードに突き合わされたと考えていた。
「ミナ……」
「実菜」
2人の声が重なる。本当に息ピッタリね、と思いながら2人を見ると、何故か凄く残念そうな顔をしている。
「な、何なの。本当よ?デートじゃ無いわよ。只、ちょっと疲れてしまって服は購入する程見て回れなかったけれど」
「そういう事じゃ無くてさ」
「ミナ、それじゃ流石に一目惚れしたカイルが可哀想だよ」
「ひ、ひと、めぼれっ?!」
誰がっ!誰にっ?!
「あ、うん、もう分かった。ミナが鈍感だって事が」
「実菜には、その手の事はハッキリ言わないと駄目だって事が分かったわね」
「えっ、だってカイルはいつも視線逸らすし、喋らないし、私の事を嫌ってるんじゃないの?!」
衝撃の事実を突き付けられ、実菜はわたわたと反論するが、2人からジト目を返される。
「それこそ、好きだからじゃないの?」
「そう言えばリードから聞いたんだけど、アイツ初めてミナと合った時、動揺し過ぎて色んな所に打つかってたらしいよ!」
あ、そう言えば、作業台やら壁やらに打つかってたかも。そういう事だったのか、でも、……好き?私を?でもカイルは同じ騎士でもあの人とは全然違って……。
「?」
あの人って、誰?あれ?あれれ?今、一瞬誰かの顔が頭に浮かんだ気がしたんだけど。ん?日本でそんな人居なかった。よね?しかも、同じ騎士って、んー?
先程とは違う悶々とした気持ちになる実菜であった。
「実菜が好きじゃ無いなら、団長の事は放って置きましょう!」
この件は終わり!とでも言うかの様にデイジーが締める。
あれ?何の話してたっけ?
「そうだね、カイルは初恋と失恋を経験する事が出来たんだ。良かったじゃないか。で?服はどうするの?」
「私は団服で良いよね?」
そうだ、服の話だった。話を脱線させたデイジーが確認する様にセシルに問う。
「え、ええ〜…。少人数とは言え、お茶会だからなぁ、しかもマナー講座としてのだし」
ふむ、とセシルが考え込む様に顎に手を当てていたが、何か思いついたのか、ポンッと手の平を拳で叩く。
「僕が2人の服を用意してあげるよ」
「「はい?!」」
実菜とデイジーの声が重なる。
「いや、用意するというのは正しく無いか。上位貴族だと毎回ドレスを新調したりするんだよ、特に女性は。そういう一度しか着ていないドレスを集めて販売してる業者に知り合いが居るから、そこを紹介してあげる。茶会服もあるんじゃないかな?」
「凄い!この国にもリサイクルショップが?!」
「リサイクル?んー、じゃ、今から行くか!」
セシルはリサイクルショップの意味は分からなそうだったが、気にはしなかったようだ。
しかしセシル、今、私達は仕事中だと思ってましたよ?
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