これは夢ですか?いいえ、現実です
―――そう、今のこの状況を思い出す為には3日ほど遡る必要がある。
その日、実菜は残業を終えたが、終電ギリギリで逃してしまい仕方無しに職場で仮眠を取り、朝方自宅マンションに帰って来た。もちろん日本である。
入社してからほぼ一年残業続き。今日のように職場に泊まること、休日返上なんてことさえザラ。それでも休みの日は泥の様に眠ったが、普段の睡眠不足を補える訳も無く。
つまり何が言いたいかというと、極度の睡眠不足であった。ということ。
何はともあれ今日は休みなので後は寝るだけです。
朝日の眩しさに目をショボショボさせながらも何とか部屋に入り、着替えも化粧も落とさず(とにかく途轍もなく疲れていた)ベッドにダイブした。
したはずだったのだ。
のだが!!そこはベッドではなく床になっていた。
『――――っ??!!』
胸部をしこたま打ち咳込み痛みに耐えながら起き上がり座り込む。
『な、何?何が起きたの?!』
眠気は吹き飛んでしまった。
アパートの部屋に入ったはずなのに、今いる場所は薄暗く、コンクリート打ちっぱなしのような部屋で、やたら天井が高く感じる。四隅にロウソクでもあるのか、仄かな灯りで壁にゆらゆら影が揺れている。
訳がわからない。夢を見ているのだろうか。
呆然としていると、人影が近づきそれが背の高い黒いローブを着た男性だと気付いた時にはその人影は私に跪き手を差し出していた。
フードから覗く丹精な顔立ちと、その流れる様な自然な所作に思わず見惚れてしまい、つい手を預けてしまっていて、そのまま流れる様に立たされる。
やだ、これ王子様とお姫様のやつじゃない?!
訳が分からない状況にもかかわらず顔が熱くなるのを感じて居た堪れず、俯いた。
ん?何だこれ??
俯いた先にあるのは床。
その床に二重の円があって、その内側に何やら文字だか模様の様なものが描かれている。
その円の中心に私は立っていた。
ま、まさか…?これはもしや?魔法陣、とか、なんて?ここは違う世界でーす!みたいな?
……いやいやいや!そんなマンガじゃないんだから!
いや、でも、この雰囲気は……やっぱり夢か?!
背中に冷たい物が流れた気がした。
かなり混乱しながらもその状況に気付いた瞬間、一気に血の気が引くのを感じ、目眩がしたが何とか踏み止まり恐る恐る顔を上げた。
私より頭一つ分背の高いその人は今も私の手を握ったまま笑顔を向けてくれている。人懐こそうな笑顔とフードから溢れる銀髪。
人懐こい笑顔に絆され、ロウソクの灯りの朧気な雰囲気も相まって、まるで映画のワンシーンの様だ。と、半ば現実逃避しかけた私にその人が告げる。
『はじめまして。ドラゴニアン王国魔導師団第一師団長セシル・クリスフォードと申します。私が貴女を聖女として召喚致しました』
『……はっ?!』
今この男は何と言ったか??
『我が国は今、聖女を必要としています』
『せ、せい、じょ?』
目の前の美丈夫が何やら知らない国の名を告げ、その国が何やら聖女とやらを所望していると宣った。
『必要としている理由は場所をかえてからご説明したいのですが、此方の呼び掛けに応えて下さったと考えておりますが?』
『はぁっ?!』
いや、応えてないし!!
完全に何かの間違いだわ。元の場所に還してもらわなくては!
『いや、申し訳ないのですが、私は聖女ではありませんし、そのぅ、魔法?も使えません。何かの間違いだと思うので、還して貰いたいのですが?』
声の震えを何とか制し、目の前の彼に訴えた。
『間違いなどでは無いはずです。現に貴方からは膨大な魔力量を感じますし、それに……還す方法はありません』
『は?!無い?勝手に呼び出しといて!』
呼び出す方法はあるが還す方法は無いという。
そんな馬鹿な事があるか!!
少し困り顔のクリスフォードに、彼の手を握ったまま涙目で訴え掛ける実菜の様は宛ら婚約破棄された令嬢の様であったと、後の彼に揶揄われることになるのだが、この時の実菜に知る由も無い。
『バタンッ!!』
その時、前触れなく勢い良く部屋の扉が開いた。
『セシル!その者が聖女か!!召喚は成功したのだな!』
年若い男の声と共に細身の男性が入って来た。
入って来るなりズカズカと此方に近付くと、クリスフォードから私の手を奪う様に取り、自身の方へ強引に引き寄せ顔を覗き込む様に近付く。
横暴で自信過剰な感じに嫌悪感が半端ない。
『殿下。聖女様は此方にいらしたばかりですので…』
『私がお前を召喚させてやったのだ、感謝せよ』
顔が近いんだよ!!と、訴える代わりに顔を背けるが、更に近付けて来るので海老反り状態になってしまった。背中攣りそうなんですけど?
グイグイ来るじゃん…。
クリスフォードが執り成そうとするが、シカト。
しかもまるで私が此処に来たくて仕方なかった。みたいな言い方してくれるじゃない。
空気読め!!
そうね、よく見れば豪華そうな服を着てるし、殿下ってことは偉い人なんでしょうね!
どうして偉い人は平気で横柄な態度をとるのかしら?!しかも慕われる様な事全くしてない癖に自分は慕われてると信じて疑わない愚か者。
確か職場でもそうだったわね。本当イライラするわ!
不穏な空気を感じ取ったのか、クリスフォードは私達を引き離そうとしてるみたいだけど殿下に振り払われて、結果変な顔をして変な踊りみたいなことしてるように見えるし。殿下はまだジロジロ品定めしてるし。
言うまでもなく私のイライラは最高潮に達していた。
『しかし、聖女というからもっと美女を想像していたが現実はこんなもんか』
―――ぷちっ?
何か言いましたかね、この男?
耳を疑いましたよ?私。
そりゃ私は美人ではありませんけども?
クマだらけでドス黒い顔しているとは思いますけども?
口に出して言うことですかね?わざわざ?
『それに、もっと若いと思ったぞ』
―――ぷちぷち!!
『まぁ、女に見えなくも無いな。よい。私が使ってやる。感謝して尽くせよ。』
―――ぶっちん!!!
頭の中で何かが切れるような音がした。
『ってめぇ、言わせておけばイイ気になりやがって!っざけんなよ!!誰が好き好んでこんなトコ来るかよ!
てめぇらが勝手に呼び付けただけじゃねぇか!!
コッチの意思ガン無視でな!
しかも、元の世界に還さないときた。
そういうの何て言うかしってるか?頭カラッポの脳足りんみたいだから教えてやるよ!
拉致!!……ら、ち!!
立派な犯罪なんだよ!!!
こちとら犯罪者に感謝してやる義理なんてな!毛ほどもねぇんだよ!
分かったか!!こぉんのクソガキがぁっ!!!!』
一気に捲し立て、気が付いたら殿下の胸ぐら掴み上げて振り下ろしてました。殿下、啞然として床に転がってますね。意外と弱っちいみたいです。
クリスフォードが真っ青になって完全に固まってますが見なかったことにしましょう。
だって、そこで完全に限界が来て意識を手放しちゃったんですもん。
だってねぇ、やっとゆっくり寝られると思ってたトコに降ってきた災難ですよ?ブチ切れても許される案件じゃぁないですか?
だつて途轍もなく疲れてて、極度の睡眠不足だったんです。
ええ、えぇ、大事なことなんで二回目言いました。
有難う御座いました。