出来ると思った事はやってみる事にした
「聖なる回復薬、ですか。貴女様が……お会い出来て光栄です。この治療棟での治療と管理を任されています、医師のリチャード・アンダーソンです。以後、お見知り置きを」
威厳を感じさせる口髭を蓄えたリチャードは眩しそうに実菜を見ると、目元の皺をくしゃりとさせて微笑む。優しそうな雰囲気を纏った彼は如何にも医療従事者と言った感じだ。
「神倉実菜と申します。聖女などとは、程遠いですが、宜しくお願いします」
「そんなご謙遜を。流石、聖女様ですね。通常の回復薬であれば体力、魔力の回復と多少怪我の治りが速くなるくらいで、あれだけの毒状態を一瞬でなど……あの、図々しいお願いだとは承知していますが、この聖なる回復薬を少し分けては頂けませんか?実はこちらのスタイン殿と同じ様な末期の患者が数人おりまして、その者達に使ってあげたいのです」
眉尻を下げ、情けなさそうな顔で言うとリチャードは実菜に頭を下げた。
「そんな、私が作った物で良ければ差し上げますので頭を上げて下さい」
人に頭を下げられるのは慣れていない。妙に照れるし、焦ってしまう。そう言えばセシルにも下げられたっけ。と、ちらりとセシルを伺うと、笑顔でうんうんと小さく頷いている。
これは回復薬をあげても良いよ〜、の頷きよね?
そこでふと、ここに来るまでのデイジーとセシルのやり取りを思い出した。
「アンダーソン医師、その前に患者さん達の居る病室を見て回っても宜しいですか?」
「良いですよ。では聖女様の慰問。という事に致しましょう」
一瞬キョトンとしたリチャードだったが、直ぐに笑顔に戻り、慰問の提案をしてくれた。デイジーもセシルも何も言わずにいたが、その顔には「期待」の二文字が見えるようで思わず二人から目を逸らす。
上手く出来るか分からないから、突っ込まれると何となく恥ずかしいのよね。上手くいきますように。
「では、隣の病室から行きましょうか」と、リチャードが案内してくれるようだ。
この治療棟には6人部屋の病室が10部屋用意してあり、今入棟して居るのは30人程で1部屋に2人か3人で振り分けているのだという。
隣の病室に入ると、2人の男性患者がベッドに横になっている。
「医師、どうしたんですか?」
1人が緊張した声を掛けてきた。それはそうだろう、医師が頻繁に病室に来ることはない、あるとすれば何かある時。
男性患者2人は医師に続く実菜達3人に気付くと訝しげな表情に変わる。
「魔導師団か…、何しに来たんだ」
もう1人の患者がボソッと呟く。好意的では無い響きが感じられる。
騎士団と魔導師団はお互いが気が合わない者が多い、と言う話を聞いていたから、もしかしたらこの男性は騎士なのかもしれないわね。
「まあまあ、今日は聖女様がいらしてくださったんだ。お行儀良くしておくれ」
リチャードがまるで孫を嗜める様に言うと、実菜を振り返る。
「聖女様、この2人は見ての通り右側の者が腕の骨折、左の者が脚の骨折です。口は元気なので噛まれないように気を付けて下さい」
リチャードの冗談に「俺らは犬じゃねぇ!」とかぶつぶつ返ってくる。きっと仲が良いんだろうな、と感じ、微笑ましくてつい小さく笑ってしまった。
それが馬鹿にされたと思わせてしまったのか、2人共顔を赤くさせると、ふいっと向こうを向いてしまった。
あ、失敗してしまった。ごめんなさい。でも見られているよりはやりやすいかも。
実菜は病室の中央辺りまで進み出た。リチャードが声を掛けようとしたが、セシルが手で制する。
男性患者は2人共窓際のベッドを使っている。もう少し近付いた方が良いかしら?と、もう一歩前に出ると実菜は徐に目を閉じる。
流れを感じる事には慣れたわ。でも何かしら、これは……あ、2人の流れね。成程、これが2人の滞っているところか。それぞれ滞りの場所は違うのね。こんな事も分かるなんて、不思議な感覚ね。
実菜が目蓋を薄っすらと上げると、ベッドの上からこちらを凝視する視線とぶつかり、ビックリしてしっかり目を開けた。
「い、今、ひか、光って……俺らも」
2人共同じ様な事を言っているが、何を言っているか分からない。
「体調は如何ですか?」
堪らず実菜が聞くと、2人はそれぞれ腕と脚を見た後、信じられない、と言う表情で互いに顔を見合わせ、そして医師を見る。
「え、まさか……」と、リチャードが呟き、恐る恐るそれぞれの包帯を解き、添木を外す。
2人が自身の身体の動きを確認した後、やはり信じられない、と言う表情のまま「治ってる」と呟くと実菜に目を向け、やや潤んだ瞳で「聖女様…」と心酔した様な声を上げた。
やだ!!ちょっと恐いんですけど?!
その後も全部屋を回り、同じ様な結果を出した。つまり、聖女崇拝者を着実に増やした。
リチャードはひたすら驚愕し、動揺を隠せずにいたが、セシルに今後はどうにもならない場合にだけ聖女の回復薬、若しくは聖女自身の要請を受け付ける事とする。と伝えられると冷静さを取り戻していた。
取り敢えず、現状の入棟患者は居なくなってしまったが。
いや、良い事なんだよ?良い事なんだけど、ここの職員の仕事を取ってしまった感が否めない。
「ねぇ、食堂で何か食べようよ!私お腹空いた!」
治療棟を出てからそんな事を考え、悶々と落ち込んでいる実菜を他所にデイジーが明るい声を出した。
確かにお昼を大幅に過ぎている。何ならオヤツの時間だと言っても良い位だ。
食堂は流石に空席の方が多かった。デイジーはケーキセットのサンドイッチを頼んでいたが、実菜はケーキセットだけにしておいた。何となく食欲が無い。
「あれ、ミナさん?これからお昼ですか?そうだ、昨日はお世話様でした!わざわさ作り直してくれたんですってね。ありがとうございました。お陰様であの後、妹の体調がすっかり良くなったんです。いつもは半月くらいはぐずぐずしてるのに」
突然掛けられた声に振り返ると、リュートが笑顔で立っていた。
ん?作り直す…?何の話だろう。確かに昨日リュートには葛根湯もどきを渡したけれど。その後は会っていなかったわよね?
「妹さんの頭痛、引きました?」
訳が分からず曖昧に返事をしていると、デイジーが横から口を挟んできた。
頭痛?ますます分からなくなったぞ?!
「あ、ミナさんから聞きました?そうなんです、直ぐ引いてくれて安心しました」
「それは良かったです。ね?実菜?」
よく分からないが、デイジーが同意を求めて来るので実菜もうんうんと頷く。リュートも頷くと「じゃ、ゆっくり食べてね〜」と言って研究室に戻って行った。
リュートの姿が見えなくなったのを確認してから実菜はデイジーに向き直る。デイジーはふよふよと視線を外す。
「何がありました?」
「あ〜、昨日、実菜が煎じた物は、生薬の内の1つの分量が多かった。あれだと身体の弱い者が飲むと頭痛が出る事があるんだよ。だから念の為、効能はあまり変わらないけど弱めの物を煎じておいて、もし実菜から受け取った人が何か言って来たら、説明してから渡してもらうようにお願いしておいたんだ。でも、内緒にしていた訳じゃないよ?あの後、言おうとして忘れちゃったんだよ!」
デイジーは全然悪く無いのに、何故か言い訳の様にわたわたしながら説明している。仕事を交代してもらう時にお願いしていたんだろう。
恐らく本当に忘れていたんだろうとは思う。そんな事より、知らぬ内にフォローされていた事がより一層実菜を悶々とさせ、落ち込ませた。
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