これは回復薬ですか?いいえ、聖なる回復薬です
朝、何時ものように研究室の扉を開けた私は室内の様子を見て目を擦った。寝惚けてるのかな、私?
しかし、何度瞬こうと目の前のその光景は変わる事が無い。つまり現実。
「ミナ。この二人、君を待ってたんだけど…」
リードが私に気付くとサッと近付き、「どうにかして」と囁く。
「デイジーもセシルもここで何してるんです?」
何故かデイジーとセシルが、私がいつも使っている作業台の前にちょこんと着席していたのだ。しかも二人共瞳をキラキラさせて、何かを期待するかの様に私を見つめている。
「ミナ〜。こっち!早く!」
セシルが手招きしているが、本当に自由過ぎやしませんかね?そもそもリードの許可は取ってあるのかしら?
リードを見ると、溜息を吐きながら「良いから行ってやれ」とでも言うように掌を振っている。良い弟さんをお持ちですね……。
「えっと、それで今日は何でしょうか?」
作業台に行き、再び質問する。
「これこれ!ちょっと調合してみて」
見ると作業台の上に置かれていた鍋の中には既に何時もの回復薬用の薬草が入っていた。
「……?」
この二人が動く時、最初にその意図を理解する事は難しいらしい。当然今日もこれから作る予定なので、まあ、良いかと深く考えず鍋を火に掛ける。
暫くして鍋の中身が沸々として来た。何時もの様に大き目のしゃもじの様な物で掻き回す。と、デイジーが「流れ、流れ!」と囁く。
デイジーさん、ちゃんと説明しましょうか。
とは言え、言わんとする事は分かったので、昨夜の要領で鍋を掻き回してみる。
「ボコッ、ボコボコツ」
「っ!!!」
何時もと違い、緑色の液体が沸騰するかの様な大きな泡を出し始めた。デイジーとセシルは目を剥いてそれを凝視する。しかし瞳はキラキラしている。
貴方達、なんなの?双子なの?!なんでそこまで行動パターンがそっくりなのよ。
でも、良いの?これ、良いの?!
「そのまま、続けて!」戸惑っていると、またデイジーが囁く。
どうなっても知らないよ〜?薬草、無駄に出来ないのに〜!
デイジーを信じて掻き回す事5分程。あら、不思議。何時も10時間掛かっていた回復薬が出来上がったようですよ?
ボコボコが静かになると、鍋の中には何時もと変わらないように見える回復薬が出来上がっていた。
「凄い!それ回復薬だよね!どうやったの?!」
遠くから様子を観ていたらしいリードが何時の間にか隣に立っていて、鍋と私を交互に見る。
いや、私にも何が何だか分からないのです。私が聞きたい。
デイジーは、ほくほく顔で10個分の回復薬用の瓶にそれぞれ流し込むとセシルに目配せする。セシルはそれを受けて頷く。
「さあ、ミナ!行くぞ!!」
いや、だから、説明してって!!何処にいくのよ?!
「リード、今日1日ミナを借りて行くぞ」
「駄目だと言っても連れて行くんだろ?はぁ〜、後でちゃんと説明しろよ?!」
「分かった、分かった」と言いながらセシルがデイジーと実菜について来るようにと促す。苦い顔のリードに見送られ研究室を出ると、セシルが行き先を口にした。
「治療棟に行くぞ」
「え?何処ですかそれ?」
王宮の敷地はとても広く、文官達のいる執務棟、魔導師団棟、騎士団棟と渡り廊下で続いていて、その先に魔導師団と騎士団で分かれて演習場があり、その先にそれぞれの宿舎棟がある。更にその先に治療棟があるのだという。
詰まり、結構遠い。と言う事だ。
「しかし、デイジー。空を飛ぶなんてどこで教わったんだ?どの教本にも載ってないだろう?」
道すがら、セシルがデイジーに疑問をぶつける。
「別に教わってないよ?飛べると思えば飛べる。飛べないと思えば飛べない。各々の常識の問題じゃない?セシルは飛べると思わないの?」
「う〜ん、考えた事が無かった。そういうものだと思ってたし」
「じゃあ、飛べない」
デイジーの言う事は分かりそうで分からない。でも言わんとする事は何となく分かる。そんな感じが多い。
う〜ん、とセシルが小さく唸り始めた頃、治療棟に到着したようだ。微かに病院みたいな匂いがする。
「ここは基本怪我人しか居ない。偶に風邪くらいの患者はいるけどね。大きな病気は王都の病院に移るから」
セシルが簡単に説明しながら入口の扉を開けて中に入ると更にアルコールの匂いが強くなった。呻き声の様なものも聞こえてくる。白い服を着た看護師の様な人達が数人、病室であろう部屋を忙しく行き来していた。
忙しそうだわ。私達、邪魔じゃない?
そんな実菜の心配など、どこ吹く風でセシルはツカツカとその内の一つの病室へ入って行く。
「元気かぁ〜?」
知り合いの病室なのか、セシルが声を掛ける。その後にデイジーと実菜も中へ入った。
よく見る病室とあまり変わらない間取りで、どうやらこの部屋は6人部屋のようだ。ベッドが6台ある。しかしこの部屋を使っているのは1人だけのようで、知り合いであろうそこに居た男性が寝ているベッド以外はベッドメイクされていない。
「師団長、元気な訳無いじゃないですか。腕を切断する事が決まったんですから」
男性は窶れた様な暗い顔でセシルに訴えた。師団長と呼ぶからには師団員なのだろうか。
「毒を持つ魔物から右手に毒を受けてしまってね、解毒薬が間に合わなくて右腕全体に毒が広がっている。このままだと……」
セシルが実菜とデイジーに説明している途中、そこまで言った時、男性が泣き始めてしまった。
「死にたく無い!でも腕を無くしたら、退団しかない。どちらも嫌です!!」
胸が詰まる……。実菜が何も言えず神妙な顔をしている隣で、セシルがその場に似つかわしくない明るい声で、デイジーに「1個頂戴」と声を掛ける。
デイジーから受け取った回復薬をその男性に渡す。
「何ですか。回復薬?じゃ無いみたいですね」
「騙されたと思って飲んでみて」
回復薬じゃ無い?どういう事だろう。
男性は訝しげに瓶を眺めていたが、セシルの圧に押され、思い切ったように瓶に口を付けそのまま飲み干した。
男性はそのままキョトンとし、暫しその場に静寂が訪れる。そして、それを破ったのはその男性だった。
「え!えっ?!動く?どうして?!」
目を剥いて右腕を眺めて曲げたり伸ばしたりした後、徐に巻いてあった包帯を剥がし始めた。
「あ、あ、あーーーっ!!!!治ってる!治ってますよ!!!」
自分の腕を見て、泣き叫び「師団長、師団長〜」と嗚咽しながら、セシルの手を握った。
先程の叫び声の所為かパタパタと治療棟の女性職員がやって来た。
「どうしました?!スタインさん」
スタインと呼ばれた彼は、信じられないという顔で自身の右腕を掲げる様に女性職員に見せた。
何ですか?という顔をしていた女性だったが、次第に目を丸くさせた。
「どういう事ですか?!今朝見た時は真っ黒だったのに!!」
「それだけでなく、もう何とも無いんです」
スタインはそう言うと、先程と同じ動きをして見せた。その後、医師が来たが同じ様に驚いていたので、セシルが回復薬を見せた。
「クリスフォード師団長、これは?回復薬……では無さそうですが?」
スタインに続き医師もそう結論付ける。不思議な事を言う。実菜はその回復薬を手に取った。「何これ?」間近に見るそれは、何時も見ている透明な液体では無かった。透明ではあるのだが、その中にキラキラとした金色のラメの様な物が混じっている。
「こちらの聖女様が作った聖なる回復薬ですよ」
その言葉に驚きセシルを振り仰ぐ。聖なる……回復薬?
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