その男、思い出す
セシルとロイは温室に向かって空を飛んで行くデイジーとミナを呆然としながら見送っていた。
「ロイ、空を飛ぶ魔法なんてあったか?」
「今迄読んだ教本にはありませんでした」
未だポカンと口を開いているセシルに対しロイは冷静に返していたが、ロイもまた動揺が収まってはいなかった。
ここまで自在に魔力を操るとは……。厄介だな。
彼女が身を置いて居たのはセントポール教会だという事だったが、あそこはマンガス伯爵のマンガス領だ。第二王子派の…事実上筆頭と言って良いだろう。
その隣はクライマー子爵領だが、偶然か?
ロイは青白い顔の小柄なシェーンを思い出していた。そこで、ふと思い出した。
そうだ、マンガスとクライマーが共同で商会を経営していたんだ!!クライマーは腰巾着の様なものだが、何故それを忘れていた?!
急に頭に掛かっていた雲の様な物が晴れていく感覚があった。
そうだ、そしてマンガス商会がグレイデル商会を吸収して……グレイデル?!
絶句し、思わずロイは口を手で覆った。
グレイデル伯爵家は屋敷が全焼して、使用人は元より、伯爵と夫人、それと令嬢が……1人亡くなっている。いや、しかし、瞳と髪の色が。
まさか?!
ロイは自ら導き出した答えを打ち消そうとしたが、思い直す。
……彼女ならば簡単にやれそうだ。
ロイはハッとして演習場を見渡す。すっかり暗くなったその場にセシルの姿は無かった。
居ねぇしっ!!!
果たして、温室に灯りが灯っていた。近付くと結界が張られているらしく、中に入れない。体良く締め出されたか?温室は、ガラス部分が多いが、何せこの暗さである。人影があるくらいしか確認出来ない。
突然、温室の中で白い光が放たれた。
あれは、ミナ?ミナが光っているようだ。何が起きているんだ?地面も光って見えるが?
小さな人影はデイジーだろう。少し離れてセシルがいる。
その場に縫い付けられたように立ち続けていたが、灯りがこちらに向かって来る。出て来るのだろう。隠れる必要は全く無いのだが、何故かロイは建物の影に隠れる。
3人はロイには気付かず、そのまま帰って行くようだ。
暫くして、ロイも寮に戻ろうとしたが、途中でデイジーを見掛け立ち止まる。
寮に帰るのではなさそうだが、何処へ行くんだ?
まさか、図書館か?今日の今日行くとは。確か国の歴史が気になるとか言っていたが、この国の誰も気にしない事を何故彼女が気にする?真実を知ってどうするのだろう。恐らく、その手の事は王宮図書館には無い。王家は完全に無かった事にしている。禁止エリアに入った事も無いので確実ではないが。
思わずデイジーの後を追って行くと、やはり図書館に入って行く。閉館ぎりぎりで滑り込んだのに、思いの外、人がいる事に驚いた。
そうか、学生か。卒業試験の勉強だな。もうそんな季節か。
そんな事を考えながら奥に入って行くと、閲覧禁止の看板の付いた扉の中に消えて行くデイジーが、ちらりと見えた。扉が閉まった後は警備の者が、その前に立ちはだかっている。
私はここで何をしようと言うのだ。単刀直入に聞くか?彼女の場合、その方が早い気もする。何なら付けて来た事にも気付いていそうだ。
結局、ロイは図書館の入口でデイジーを待つ事にした。単刀直入に聞くことにしたのだ。
閉館時間が迫っていたからなのか、デイジーは15分程で出て来た。
デイジーはロイの姿を認めると、ふぅ、と息を吐き、「今度は堂々と後をつける気?」とロイに言葉を投げる。
「やはり、気付かれていましたか。この時間に寮では無く、何処へ行くのかと気になってしまいましてね」
「貴方は、一体私の何を探っているのかしらね?」
デイジーは腕を組み、首を傾げると口角だけを上げる。
「その事なのだが、少し時間を貰えないだろうか。話がしたい」
デイジーは少し考えてから「明日の夜なら良い」と、返事をした。業務終了後、落ち合う事にし、寮に戻る。が、2人同じ所へ向かっているので、少し気不味かった。
****
子供を抱いて薄暗い廊下を走っている。荒い呼吸と足音だけが廊下に響く。何処までも続いているのではないか、と思える程長く感じる廊下の突き当たりの扉にやっと到着すると、躊躇うことなく目の前の扉を開く。
その部屋の中央に進み出る。と、その時、再び扉が開く。ハッとして振り返ると、金色の髪と瞳をした短髪の男性が肩で息をしながら近付いて来る。
「どうしてもやるのか」
男性は苦しそうな、せつなそうな顔で、こちらに問うと、子供を抱き取りキスを落とす。
「ええ、ここは危険だわ。この子には安全な場所に居て欲しいの。あそこなら、ちゃんと育ててくれる。ここよりずっと良い筈よ。本当は私だって、ずっと側に居たいわ、当たり前じゃない。でも……」
そう言うと、目の前の子供と目線を合わせる。
「いつか、必ず迎えに行くわ。それまで………待っていて」
――――――夢を見た。
寮のベッドで目覚めると、デイジーはぼうっとする頭で先程の夢を反芻する。
ゆっくり起き上がると、ベッドから立ち上がりサイドテーブルに置いた水差しからコップに水を注ぎゴクゴクと飲み干した。カーテンを開けると既に明るくなっており、木の上で鳥が遊んで居る。
今日はセシルと実菜の所に行くんだったっけ。デイジーは昨日の素直な彼女を思い出していた。素直さは才能でもある。だが、同時に生き辛い事もある。彼女は壊れずにいられるだろうか。
ふぅ、と息を吐きながら机の前に立つと、デイジーは何も置いてないように見えるその机上を撫でるように手を翳す。
すると、古びた書物の様な物がそこに現れた。
あんな夢を見たのはこれを読んだ所為ね。
パラリ、とページを捲る。
これはまだ表に出さない方が良いだろう。慎重に見極めてから……しかし。
これは閲覧禁止エリアの図書館から持ち出した物だ。基本そのエリアから本を持ち出すことは出来ない。持ち出そうとすれば、図書館内及び直接陛下の執務室に警告音が鳴る術が掛けられているという。どういう理論で作られた術かは分からないが。
しかし、この書物はそのエリアに在りながら隠蔽魔法を掛けられた上、本棚の裏に隠されていた。
デイジーがそれを見つけたのは偶然だったが、その場でそれを開くのは躊躇われた。隠蔽魔法を掛けられた物にも警告音は反応するだろうか?賭けだった。
「ロイ・スティックマイヤー」
書物の開いたページの文字をなぞりながら、呟く。
彼の話したい事とは一体何なのか。私がデイジーという名では無い、ということか?それだけならば警戒するのみ。だがこの書物通りであれば、何処まで話すか、という問題が出てくる。
はぁ、と再び視線を書物に落とす。そこには知った名が記されている。
「偶然は必然、か……」
デイジーは誰も居ない居室で独り言ちた。
「うん、ま、取り敢えず今日は実菜に回復薬を作らせてみますか」
気を取り直すように言うと大きく伸びをした。
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