空を飛ぶのに箒は必要ですか?いいえ、必要ありません
第三魔導師団の研究室から演習場まではソコソコ距離はあるが、温室までは目と鼻の先。
距離があるとは言っても15分かかるかどうか、というところ。確かに空を飛んで来たら演習場から一分もかかってなかったと思う。確かに早い、早いけどさ。
「大丈夫?」
温室の目の前に降り立つとデイジーは実菜を離し、顔を覗き込んだ。
大丈夫なわけあるか!!
「魔法は、箒を使わなくても飛べるのですね」
突然の出来事に未だ硬直している身体をギ・ギ・ギと動かし、デイジーと視線を合わせ意味をなさないであろう言葉を紡ぐ。
「ん〜、他の人が飛んでるのを見た事を無いから分かんないけど、多分飛べると思うよ?」
じゃあ、飛べるのは稀有って事ね。
これまでの経緯から実菜はそう結論付けた。
もうね、何て言うか、デイジーなら何でもアリな気がする。こういうのをチートって言うんじゃないだろうか。
「今からここでどうするんです?もう結構暗くなりましたよ?」
やっと身体の緊張が解けて辺りを見渡すと、真っ暗になっている事に気付く。確か温室はサッカーコート位の広さだったと思ったが、暗くて全体像が分からない程だ。
デイジーは魔法でピンポン球位の灯りの玉を作り温室の中に入って行った。仕方無いので実菜もそれに続く。
中に入ると彼女は灯りを大きくした。育てられている植物が良く見える。ここで育てているのは実験で使う物ばかりで、少量ずつだが何種類もある、と聞いているがここに入るのは今日が初めてで、見えてる植物の名前すら分からない。
不意にデイジーが振り返る。いつになく真面目な雰囲気に何故か緊張が走った。
「今日、魔法を見て、どう感じた?」
「……?凄い、と感じました」
質問の意図が正直分からなかった。
「そっか、貴女も出来る筈なんだけど。出来るようになりたいとは思わなかったんだ?
だって、出来なかったよ?
「難しい事は考えないで?貴女自身が使えるようになりたいか否か、どうなりたいか、と言うことよ。助けが欲しいなら協力するけど、嫌なら手を貸す必要も無いでしょ?」
「……期待に応えたい、というのもあるけど、何も出来ないのは……悔しい」
私、悔しかったんだ。気が付かなかった。いや、目を逸らしていただけだ。どうせ出来ないって。頑張っても出来なかったら、恥ずかしいって。
やだ、私、そんな風に考えてたんだ。
「そっか、自分自身を知る為には、自分に正直にならないとね。貴女の意思を確認したかったの。いつも心が見えなかったから」
そう言ってデイジーはニッコリ笑った。
「心が……見えない?」
「貴女ってば典型的な現代人なんだもの、少し強引な感じになるかもだけど、我慢して?」
言ってる意味が分からない。首を傾げると「手を貸して」とデイジーが私と両手を繋ぐ。デイジーと私が輪になる形だ。何する気だ?と思っていたら、手を繋いで直ぐ変化が起きた。左手から肩くらいまで何かが中で蠢いている様な、くすぐったい感覚が走る。
「う〜ん、そうか、やっぱり一旦押し出すね、強引だけど」
やっぱりって、こっちはさっぱり分からないけど、されるがままでいる。
徐にデイジーが左手を実菜の胸辺りに当てると、淡く光始めた、右手は印を結ぶように動かしつつぶつぶつ何か唱えているようだった。すると更に光が強くなる。そして右手も左手の上に置くように胸に当て、ふぅぅーーっと、細く長く息を吐き出す。
あ、熱い!!何これ?!火傷しそうなんだけど?!
デイジーの手が置いてある辺りがかなり熱い。息を吐き出すのに合わせて、何かが中に入って来るような、その熱が全身に巡って行くような感じがする。全身汗ばんできた頃、目眩の様な貧血の様な、気持ちの悪さが襲って来て、思わずその場にしゃがみそうになるのを何とか堪える。
それが合図だったかのように、朦朧として来た実菜の両手を最初にしたようにデイジーが繋ぐ。
すると先程肩辺りで止まっていた物が全身に流れていくのを感じる。
何だろう。ふわふわする。この気分が高揚する様な、身体が解れて軽くなる感じは。
「今なら身体を巡っている物があるのを感じ取れる筈だよ。それがこの国で言う魔力、なんじゃないかな」
身体がスッキリし、落ち着いた頃デイジーは手を離してそう告げる。ちらりと見ると、デイジーはとても優しい笑顔で実菜を見つめていた。
本当だ。身体中に何かが満ちて巡っている感じがする。両手を握ったり開いたりして自身の身体だということを確認する。まるで自分の身体じゃないみたい。不思議な感覚だった。
「自分が本当はどうしたいのか、何が好きで嫌いなのか。はっきりとした自分を持っているとストレスが溜まる環境に居る人は、ストレスから護る為に身体を固くしてるんたけど、そうすると流れが滞る。実菜はそういう状態だったから魔力も滞ってたってだけなの。本当、多いのよこういう人〜」
何となく分かったような、分からないような。多いと言い切るデイジーは日本でそういう人を相手にする仕事でもしていたんだろうか。でも確かに、考えるだけ疲れるだけだから言われるままに仕事してた気がする。理不尽だと思っても言われるまま、聞き流すように頑張ってた。
ふと、気付く。
それ、聞き流す事を頑張ってたんじゃない。辛い事に気付かないように頑張ってたんだ。
辛かったんだ。そっちに意識を向けなきゃいけなかった。
「あ、それとね。頑張る事は、結果はどうあれ恥ずかしい事じゃないよ?寧ろ誇れる事だから。もし笑うような人がいたら、その人は頑張ろうと思える事を持っていない可哀想な人よ」
デイジーは人の心を読む魔法も使えるんだろうか。それとも年の功?私自身が気付かない事ですら気付いてそうだわ。
「じゃ、流れを感じれるようになったところで少し練習しましょう!」
デイジーはとても楽しそうにそう言うと、しゃがみ込んで足元に生えている植物を物色する。
「デイジー?練習って何の?」
「ねぇ、この葉っぱの根元に両手を置いてみて?」
えっと、デイジー?質問しましたけど?
すっごく尊敬の念を感じたけど、デイジーは少し自分を抑えた方が良いんじゃないかしら。と思いながら言われた通りに根元の土の上に両手を置いた。
「初めは身体の中の流れを感じるだけでやってみようか?」
「感じてれば良いって事?」
デイジーが頷く。
この作業の理由を知る事は諦めた。彼女の言う通りにしても、きっと悪い事にはならない。何故だが信じられる。こういうのを信頼と呼ぶのかしら。
身体の中の流れを…感じる。自然と目蓋を閉じていた。温かい何かが身体を巡り、それが徐々に大きくなり外へ流れ、外から身体へ流れ込む。
「実菜、目を開けてごらん?」
デイジーの優しい声に目蓋を開けた。
「え……?」
信じられない光景に瞬いた。
私、光っている?!
私自身が淡く光っている。それだけでなく、手を置いている周辺の植物5株程も光っていて、他のそれよりも成長している。蕾を付け、花弁が開いている物さえある。
「花が……咲いてる?」
思わず独りごちるが、ハッとしてデイジーを見遣る。彼女がやったのか?しかし、デイジーはこれ以上無い程の笑顔をこちらに向けていた。
「出来るじゃん。これが貴女の力だからね。貴女には出来るの」
私がやったの?……私の、力。
未だ半信半疑だったが、改めて手元の植物を見下ろした。もう光は消えていたが、そこに咲いた小さな白い花はそのままそこにある。
「これが温室の使用許可を取った本当の理由?」
不意に声が響く。セシルだ。
振り返る間もなく私の隣に同じ様にしゃがみ込んで、その場の植物を見比べている。
早い!!
「あら?結界を張っておいた筈なんだけど?」
「僕が来るの、分かってたんでしょ?入口の所だけ結界が弱かった」
苦い顔でセシルは上目遣いにデイジーを見上げるとデイジーは片方の口角を上げるだけの返事をした。
お読み頂き有難う御座いました!




