その男、逃亡中
おはよう御座います。すみません、朝から少し気持ち悪い話です。少しだとは思いますが、苦手な方は閲覧お気を付け下さい。
会場での騒ぎの直後の話になっています。混乱させるような構成ですみません。
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男は焦って逃げていた。もう既にかなり走っていて、脚が縺れそうになるほどだ。
こんな筈じゃ無かったのに!!何なんだあれは?!あんな物だなんて聞いてない!!このままでは、俺も……兎に角、あいつは危ない。
男の本能は警告音を鳴らしていた。
王都に居るのは不味いか。いや、人が居ない場所で余所者は逆に目立つ可能性が有る。市井に紛れ込んでしまえば……。
男は顔を流れる汗を拭きながら、市井の繁華街の人混みに消えて行った。
「いや〜、しかし、お前さんもその歳から新しい仕事したいだなんて、変わってるねぇ」
繁華街で働く者達が常連にしている定食屋の女将は新しく入って来た男に向かって言う。
繁華街や工房の従業員が、入れ代わり立ち代わり休憩所のように利用するこの定食屋は、路地裏の店だというのに繁盛していた。
「すんません。俺、畑を耕す以外の仕事がしたかったんすよ」
厨房から男が鍋を振りながら、困ったような声で返す。
ゴーンと名乗る男は器用であった。野菜は作っていたが、料理はしたことが無い。鍬しか持った事が無い。と言っていたが、一度教えれば直ぐ覚えた。
しかし…
客の途切れた店内の客席で休憩していた女将は目を細めて男を見遣る。
私はこの仕事50年やってんだよ?舐めちゃいけない。お前さんが嘘ついてる事くらいは分かるんだよ。こんな隠れた様なとこに来るくらいだ、何かから逃げてる。そんなところだろうけどさ。鍬しか持った事が無い〜?そんな奴がそんな綺麗な手をしてる訳が無いだろうが。
少しでも可笑しな態度を取れば直ぐ叩き出してやろうとも思ったが、仕事は真面目なようだった。
少しお調子者のようだが、只の気の弱い男か。暫くは置いてやっても良いだろう。
女将はそう判断を下していた。
「休憩戻りました〜」
ゴーンの先輩に当たる厨房の従業員、マークが休憩から戻ると、ゴーンに「休憩にしろ」と伝える。住み込みでお願いしたい。と言うので、ゴーンにはこの店の2階の1室を居室として与えていた。彼は賄いに作った野菜炒めを持って、静かに2階に上がって行く。
「あいつ、大人しいっすよね〜」
先程戻って来たマークはゴーンに対してそう感じているようだ。そんな事を言っているこの男も訳ありだったが。
ここには、そんな奴らしか集まらんのかねぇ。
女将は知らず苦い顔をしていた。
「まあ、真面目に仕事してくれりゃ、大抵の事は大目に見るさ」
「あざーっす!助かってます!今、生きていられるのは女将さんのお陰様々です!」
この男はいつもこうだ、多分ゴーンもこの手のタイプだろう。今は大人しくしているが…。
「あー、はいはい。それを分かってくれてて嬉しいよ。そろそろ夜に向けての仕込みを始めるかい」
この定食屋は夜は酒場に変わる。
しかし、この日は少しいつもと違っていた。この定食屋では常連以外のお客とは珍しいものだ。気の合う者たちが約束するでも無く集まり、酒盛りをしているというのが常なのだが、この日は妙な一見さんが来店していた。しかも1人で
着古した様な黒いスラックスにサスペンダーをして、黄ばんた白いシャツを腕まくりしたその男はビールとつまみを注文し、4人席で1人チビチビやっていた。ビールの泡が口髭に付く。
ハンチング帽を目深に被り、目元が分からないが若くは無いだろうと思われた。
「珍しいっすよね〜、1人客なんて」
マークが女将にコソッと耳打ちする。女将もそう思っていたが、違和感も感じていた。
何だろうねぇ、あの男は平民じゃなさそうだねぇ。所作が上品過ぎるだろう。猫背のフリをしているようだが、あれは結構背も高いね。しかし、こんな所に1人で何しに来たんだい。金持ちの道楽と言ったってなぁ。若い女が居る訳でもないし。
「金さえ払ってくれれば、1人でも何でも良いさ」
女将はマークを見てそう返すが、チラリとゴーンが視界に入った。彼は狼狽えた様子で、厨房の隅に隠れるかのように蹲っている。
ふーん、ゴーンはアレから逃げているのか。お貴族様相手に何したんだい。しかしこんな小さな定食屋、良く見つけたねぇ。あんな変装までして。ゴーンが見付かって、ここで大捕物でもされちゃ敵わないね、さてどうしたものかな。
女将の心配を他所に、そのハンチング帽の男は1杯呑み終わると、静かに店を出ていく。
なんだい、拍子抜けだね。
女将は、お会計をして去って行くその男の後姿を見送りながらそう思うと、その後はその男のことを忘れてしまっていた。
もう、見付かってしまったのか?!まだ2日と経っていないんだぞ?!
ゴーンは来店した1人の客が『アイツ』だと直ぐに気付いた。まさか直々に変装までして追ってくるとは思っていなかったが。
震える手を抑えながら、注文された料理を作っていく。なるべく客から見えない流しで洗い物をするようにしていたが、酒を1杯呑んだだけですぐ出て行ったようだ。
何だ、気付かなかったか?それとも様子見か。帰りはマークに貼り付いて帰ろう。1人は危険だ。
店の2階に部屋を借りているが、外階段で上がるように作られている。幸いにマークも2階に部屋を借りていた。
最後の客達を見送ると、後片付けをして終了だ。
「じゃあ、後は頼んだよ」
女将は定食屋の奥に自室を作っている。いつも通り後片付けを2人に任せて自室に引っ込んで行った。
「よし、俺等も帰るぞ」
皿洗いと軽目の掃除を終えると、マークはゴーンに声を掛ける。ゴーンは無言で頷くと、マークと共に店を出る。
「明日の買い出しは一緒に行くからな。早く覚えてくれよ?」
「分かった。よろしく」
マークは階段を上がりながらそう言うと、「おやすみ」と言って自分の部屋に向かって行った。マークの部屋は2階の奥になる。ゴーンの部屋は上がって直ぐの部屋だった。マークがまだ視界にある内に急いで部屋の鍵を開け、中に滑り込むと内鍵をする。
ふぅ、助かった…。
ゴーンは安堵し灯りを付けたところで、違和感に気付く。
ま、まさか……な?
背中を冷たい物が流れる。ゆっくりと首を動かし、ゴーンは後ろを振り返った。
果たして、扉の前にハンチング帽のその男は立って居た。
何故?!いつの間に?!部屋の…中に居た、のか?
「私から逃げようとでも思ったのかな?こんなところで何をしているんだい?それに、何故私から逃げる必要がある?」
「………」
「君なんかの為に、私が直々に迎えに来てあげているんだ。いつもの調子で言い訳の1つでもしたらどうなんだい?」
ゴーンは男の、静かな口調の中に強い怒りを感じ、恐怖で自身の歯がかち合うのを止める事も、言い訳を考えることも出来なかった。
ふっ、と男がゴーンを嘲ると、手の平をゴーンの顔を掴む様に翳す。
あ、と声を発する間もなく、ゴーンはその場に崩れる様に倒れ込んだ。男はゴーンの身体を軽々と持ち上げると、部屋の窓から外の暗闇に溶け込む様に消えて行った。
ウォーター達の食事に混ぜた物は、あんな大きな気持ち悪い物では無かった。なのにあんな……、それに少し発言が可笑しくなる、というだけの、騒ぎを起こさせ、あわよくば失脚させる。という嫌がらせ程度の計画では無かったか。店に出している、いつもの妙な煙程度の、代物だと思っていたのに…。
ゴーンは、いや、ウォルはぼんやりした頭で、会場での出来事を反芻していた。はっきりと覚醒すると、自分が椅子に拘束されている事に気付く。
ここは…確か、あいつの別邸だったか、いや、でもここはもう…。
「目が覚めたようだね」
「な、何を」
薄暗い部屋の中、ウォルに近付く男の手には、何やら赤黒く蠢く拳程の大きさの物が握られていた。
「ほら、口を開けるんだ」
「っっ!!!」
男はウォルの口に指を入れると、強引に下顎を引き下げ、手に持つそれを口の中に捩じ込むように押し入れ、そのまま手の平でウォルの口を塞ぐ。
「ふがっ!!ぐ、ふっ!」
苦く、鉄の様な味のするそれを吐き出すべく、ウォルは激しく暴れ、椅子がガタガタと音を立てる。しかし、口を塞がれ吐き出す事は叶わない。しかも口の中で蠢くそれは意思を持っているかのように無理矢理喉の奥へ自ら入って行くようだった。呼吸出来ず、苦しさで更に暴れると縛られている椅子ごと床に倒れる。
暫くするとウォルの大きな腹がボコボコと動く。それに反応するかの様にウォルの身体がビクッと跳ねる。
「育ててから入れたから、少し苦しかったか。でも大丈夫だ。直ぐに楽になる。1日も経たず君の意識は無くなるからな。私はね、ウォル。距離が離れている人間は操れなくなってしまうのだよ。だから君には遠くで私の役に立ってもらうことにした」
床に倒れ、虚ろな目で空を見つめているウォルに男が近付く。涙と鼻水、涎でグチャグチャのウォルの顔に更に近付くとニヤリと口角を上げ、耳元で囁やく。
「私はね、ウォル。昔からあの女が嫌いなんだ。折角、力が戻ってきたのに、また私の邪魔をしに戻って来た」
男はウォルの虚ろな目がギョロギョロと異様な動きをし始めたのをつまらなそうに見ながら、独り言の様に呟く。
「私はこの国を壊したいだけなのに、私を消そうとするなんて、ひどいだろう?だから……聖女を殺せ」
その言葉にウォルのギョロ目が男を捉えた。
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