封印
サブタイトル「実菜、恋心を自覚する」で、実菜が社長の名前を確認するという文面を追加しました。
カットして投稿しましたが、あった方がしっくりくるかなぁ、というくらいで、特に話の流れに変更はありません。
宜しくお願いします。
――――少し、話そう。
とは……何を、話すんですかぁぁぁーっ?!
街灯が灯り、すっかり日も暮れた公園で、実菜と剣持の二人は、ベンチに座っていた。
公園を通る人もまばらで、時折ジョギングしている人のリズミカルな靴音と息づかいが聞こえる程度だ。
そんな中、話そうと言った剣持にベンチまで連れてこられた実菜だったが、その剣持はというと、一向に口を開く様子がない。
ちらっと様子を窺えば、剣持もこちらをちらっと見て、お互い視線を逸らす。こんなことを既に十回ほど繰り返していた。
どうして、こんなことになったのかしら。
決して、この状況が嫌だと言うわけではない。横並びでベンチに座っているお陰で、緊張も少ない。
実菜の計画では、お店に二人を置いて自分たちは解散するというとても計画とは呼べないほどの安易なものだったはずだ。
剣持の様子を見ればムスッとした表情に見えなくもない。
怒ってる……のかしら。
でも、そうよね。わけも分からず強引に外に連れ出されたんだから。
ん?わけも分からず?
あれ?私、まだ説明していなかったわ!
「「あの!」」
二人の声がかぶった。
「あ、社長からどうぞ」
「いや、実菜さんからどうぞ」
そして、二人して、どうぞ、どうぞと譲り合う。
このままでは埒が明かない。
「えっと、ですね。私の取った行動に関してなのですけども、これはですね。あのお二人に是非ともお互いの気持ちを話し合って欲しくて、ですね」
「あの二人って、兼元と森本のこと?」
「はい」
「お互いの気持ち?」
「はい。副社長には、是非とも男を見せて欲しいところです。なにせ、森本部長はずっと……」
「……ずっと?」
しまった。また口を滑らせてしまうところだった。
でも、最後までは言ってないわ。セーフ。
「へ?森本って、兼元のことが好きだったのか?!知らなかった!」
アウトだった。
「そうかー。いや、びっくりしたよ。そうかー。でも、兼元はどうなんだろうな」
「副社長も同じ気持ちのようです」
どうせバレたのだ。いや、バラしたのだ。どうにでもなれ、という気持ちで副社長のこともバラす。
「えっ?!本当にっ?!」
剣持は身を乗り出して目を丸くして驚いている。剣持の顔が近くなって、胸がきゅっ、となったが、お陰で先程までの重い空気は無くなっていた。
「あの、森本部長からは口止めされていたので、その……私が言ったことは内緒にしておいて下さい」
剣持は満面の笑みでこくこくと頷いた。
「なんだ……兼元のやつ、人のこと言えないじゃないか」
「……人のこと?」
「えっ?!」
「え?」
実菜は剣持の呟きに反応してしまったが、剣持は反応されたことに驚いたのか、固まってしまった。
そんなに驚くことかしら。
それはつまり……好きなのに、伝えられてないということを言っているのよね。
じゃ、社長も好きな人がいるってことよね。
まあ、そうよね。いても何もおかしくないわ。
ても、何かしら……胸がざわざわして苦しい。もう帰りたい。
実菜は自分の膝に視線を落として、コートの裾をきゅっと掴んだ。
剣持の近くにいることが辛くなってきた実菜が思い切ってベンチから立ち上がると、固まっていた剣持が「へ?」と、実菜を見上げた。
「社長、私もう帰りますね」
「えっ?!待って!」
「っ?!」
既に足を踏み出そうとしていた実菜の手を、剣持がぱしっと掴む。
「話が……あるんだ」
そうだった。まだ、社長の話……聞いてなかった。
「……はい」
再び、遠慮がちにベンチの端に座ったが、剣持を見ると、実菜の手を掴んだまま実菜から顔を逸らし視線を泳がせていた。
「社長?」
おずおずと実菜が声を掛けると、剣持の肩がびくっと揺れた。ぎこちない動きで実菜を振り返った剣持の顔は引き攣っているようにも見えた。
「何?」
え?何って、何?
こちらが聞きたいのだけれども?
話があるって、今おっしゃいましたよね?
あっ?!もしかして、借金のことかしら。
そうよね、お金の事はなかなか貸した側からは言い出しにくいものよね。
「あの、借りたお金の事でしたら今日は用意がなくて、社長は明日も会社にいらっしゃいます?」
「借りたお金??」
静加の家から実菜のマンションまで結構な距離だった。なので、交通費もそれなりの額だったのだ。
だが、剣持は忘れているのか「何それ」と、眉を顰めた。
「……交通費です」
あれ?この話ではないのかしら。
「……ああ!あれね。あれは別にいいよ」
「駄目ですよ!結構な額だったんですから」
社長である剣持には大した額ではないのだろうが、貧乏人の実菜にとっては一万円を超えたらそれはもう結構な額なのだ。それは流石に気が引けた。
「あー……それじゃぁ、こうしよう。俺のことは社長ではなくて、名前で呼ぶ……とか?」
「はい??えと……剣持さん?九条さん?」
謎の司令が出た。しかも名字を二つ持っている。どちらを呼べば良いのか分からないが、そのどちらとも剣持は微妙な表情をした。
「俺の下の名前……知ってる?」
「はい。陽人さん……ですよね」
確認しておいて良かった。
あ、社長が何か嬉しそう……。
て、あれ?名前って、もしかしなくても下の名前ってこと?
「何の罰ゲームですか?」
言いながら、実菜はもやっとしたものが胸に沸いてくるのを感じていた。
「え、罰……何で?!」
物凄く心外だ。とでも言いたそうな表情で剣持が問い返してくる。
「流石に、社長の事を下の名前で呼ぶのはどうかと」
返事をしながらも実菜の胸に沸いたもやは、今は頭を覆っていた。
目眩に似た感覚で、目の前にいる剣持の姿も声も遠ざかったり近付いたりとして、実菜は目が回りそうだった。
何これ、気持ち悪い。ぐらぐらする。
そうなりながらも、なんとか平静を保とうと踏ん張っていた。
「そうか、そうだよね。その前に……」
そんな実菜の状態など気付きもしない剣持は、俯いて何やらぶつぶつと呟いている。
……何で、名前なんて呼ばせるのよ。
勘違いするじゃない。……私は特別なんじゃないかって。
「あなたったら……私の気持ち……知ってるくせに……」
剣持が「えっ?」と、顔を上げて実菜をじっと見つめる。
え?今、私……何か言った?
しかし、朦朧とした状態になっている実菜は、その声が自分が発した物なのか、どうなのかが分からない。
「あなたは……優しいけど……私の欲しい言葉は言ってくれないの……」
……何、言ってんの、私。
剣持はぽかんと口を開けて、実菜を凝視していた。
実菜もぼんやりとした意識の中で、自分が発している言葉を聞いていた。
「思わせぶりで……あなたなんて……大嫌いよ」
その瞬間。剣持が実菜を抱きしめていた。
「違う、違うよ!俺は自信がなかっただけなんだ。君は、皆から愛されていたから。だけど、言っただろ?君を愛しているって。忘れちゃった?なら、もう一度言うよ。誰よりも、君を愛している。だから……泣かないで」
真剣な表情で言う剣持が実菜の頬に触れた。
社長……君って、誰のこと?
剣持が何を言っているのかは理解出来ないが、剣持が実菜の目尻を指で拭ったことで、実菜は自分が涙を流していることを知った。
私、泣いてるの?何で?
「それでも、やっぱり……嫌いかい?」
剣持は苦しそうな表情で実菜を見つめていた。
実菜の意志とは関係なく、その口は開く。
「うそよ……好き、大好きよ……ラインハルト」
―――――ラインハルト?
その瞬間、実菜が感じていた靄のような感覚が、ガラスのようなものに変わり、それにひびが入り、ぐずぐずになって崩れ落ちていった。
実菜の視界には、その破片がきらきらと光って見えた。
「あ……あぁあ!!」
思い出したわ!
私が、ジュアンとして最期を悟った時……。
「私、ずっと、ずっとずっと……何年も何十年も……」
思い出してしまった想いが溢れて止まらない。
実菜の様子に、心配そうにしていた剣持の胸をぽかぽかと叩く。
突然、暴れ出した実菜に戸惑いはしたものの、剣持は黙って受け止めていた。
「あなたを捜したのに、どこにもいなくて……」
ラインハルトに会えないのが寂しくて辛くて、最後の力を使ってその想いを封印したんだ。
……次に生まれ変わった時には思い出さないように。
「お婆ちゃんになっちゃって……それで、それで……ふぅ、ふゎあぁぁぁん!!」
ジュアンの気持ちが、これでもかっ!というほど溢れ出し、とうとう剣持の胸に顔を押し付け泣き出した。
これには流石におろおろして「ふぇっ、あ?うん。うん?ぅんんん?」などと、変な声を漏らしていたが、実菜の背中に腕を回すとぎゅっと抱きしめてくれた。
でも、ラインハルトが見付けてくれたら、封印が解けるようにもしてた。
……いつか、同じ魂を持つ人に出会えると信じて。
……いつか、見付けてくれると信じて。
自分が記憶を持っていても、相手が覚えていなかったら悲しいだけだもの。
――――――数十分後。
二人はベンチの端と端に離れて座っていた。
「あの、すみません……取り乱しまして。意味が分からないですよね」
「いえ、大丈夫です」
実菜の目はすっかり赤く腫れてしまっていた。剣持のコートの胸辺りが実菜の涙でぐっしょりになっているのがそれを物語っていた。
剣持は「はは」と、笑っているが、実菜は顔を上げられない。
「実は、最近、ラインハルトという男性になった夢を見たんだよね。それで、えっと……女性も出てきて、それが実菜さんで……想いを伝えたかったんだけど言えなくて、それで……」
剣持は話し始めたが、後半はもじもじとして声がよく聞き取れない。
まさか、社長がラインハルトの生まれ変わりだなんて!
そんなことがある?!
剣持はラインハルトの夢を見たと言っているが、だがしかし、まさか、生まれ変わりだとは思っていないだろう。
しかも実菜が口走った内容は、ジュアンが言わせたものだ。そのほとんどが意味不明だったに違いない。
社長はきっと、私が取り乱していたから話しを合わせてくれてただけなのよね。
実菜は息を吐いた。
私って、実はもんのすごーく、重い女だったのね。
実菜は思い切り泣いたお陰か、今はすっかりと平静を取り戻していた。
「先程の言動は、取り憑かれて言わされたようなものですので、本気にしないで下さいね?」
そんな大昔の話を切り出されて、今更、責任を取れと言われているようなものだ……しかも、今の自分ではない。
実菜は剣持が気にしないようにそう言ったのだが、剣持の反応は思ったものと違った。
「……本気じゃなかったの?」
明らかにショックを受けた表情で、ベンチの端から実菜に近付いて来た。
「俺は本気だよ?本気で君を愛しているよ」
実菜の手を取り、大事そうに包むと愛おしそうな視線を向けた。
こ、ここにも、取り憑かれた人間が……?!
剣持は目からビームか何かを出せるのだろうか、実菜はその甘い視線に溶けそうになるのを必死で堪えた。
「そ、そそそそれはきっと、ラインハルトの夢を見て、その意識にひ、ひひひ引きずられているだけかとっ!」
「それはない!」
必死で実菜が言い募るも、剣持にきっぱりと否定された。
「だって、もう君がいない人生は考えられないから」
恍惚の表情で実菜の手の甲に口付けを落とす剣持の口撃に、実菜はあっさりと溶けた。
いや、溶けている場合ではない。
それが引きずられているという事では?
そんな状況で、あ、愛とか、言われても、騙しているような気がしてしまう。
「でも、そうだよね。君には他に好きな人がいるんだよな……」
そう言って剣持は表情を暗くした。
「えっ?」
他に好きな人……とはっ?!
新たな情報に実菜は混乱した。どうやら自分には剣持以外に好きな人がいるらしい。
へー、そうだったんだぁ。知らなかったぁ。
って、いや、そんな馬鹿なっ?!
「誰がそんな事を?!」
「そんなの、誰だっていいよ。やっぱり……いるんだね」
剣持が捨てられた仔犬のような瞳で実菜を見つめた。
いや、よくない!
そんな瞳で見ないで!!
なんか、浮気を問い質されている気分なんですけどっ?!
実菜は居た堪れない気持ちで顔を背けたが、その頬に剣持の手の平が添えられて、向きを戻された。
「ねぇ、その男は俺よりも実菜のことを愛してるの?」
「い、いないです……そんな人は……だ、だって……」
目と鼻の先で剣持の双眸に捕えられ、上手く舌が回らない。
「実菜が、一方的に好きなだけ?」
「違う!違います!!……あれ?そうかも?」
思い込みで好きだと思われているなら、私の片思いになるのかしら?
剣持の視線がじっとりとしたものに変わった。
「俺には、もうチャンスはない?」
「もう!違うの!聞いて下さい!……あなたです!」
剣持の迫ってくる雰囲気に耐えられず、ぐいっとその胸を押しやった。
「あなたの事が好きなんです!」
もう何だこれ。恥ずかしい。
何でこんな乱暴な告白をする羽目になっているんだ。
「……え?本当に?だって……あれ?」
「誰ですか、変な事を言った人は」
次第に剣持の瞳に光りが戻り、満面の笑みに変わると、「じゃあ、えっと」とか、照れた様子で言いながら実菜を抱き寄せた。
「こうしても、良いよね?」
返事をする前に、実菜は剣持の腕の中に収まっていた。実菜の髪に顔を埋めて「正夢だった」とか、嬉しそうに呟いている。
いいのかな。私は嬉しいのだけど、後で我に返られてばっさりとフラれるとか……ない?よね?
実菜には諸手を上げて喜ぶには不安があった。
「式は、いつにする?」
「……はい?」
戸惑いながら剣持の背中に腕を回した実菜だったが、その言葉に固まった。
式って、結婚式?
早くない?
お読み頂き有難う御座いました。




