夢と現実②
剣持視点が続きます。
現実では猛暑が続いていますが、物語では二月です。
自分自身が設定を忘れそうになるので、一応お伝えしました。
ブーッ、ブーッ。
机の上でスマホが震えている。その音でハッと目が覚めた。
……まさかの、回想中の寝落ち。
慌てて起き上がりスマホを見ると、時刻は午前十一時を示していた。そして、着信は兼元。
部屋はすっかり暖まっていた。その所為でぬくぬくとすっかり二度寝してしまっていたらしい。
電話に出ると兼元の不機嫌そうな声が飛んで来た。
『……まさか、寝てた。とか、ないよな?』
「そんなわけないだろ」
スマホの向こうから、諦めにも似た溜息が聞こえた。
流石、付き合いが長いだけある。と、感心しながら無駄に嘘を吐く。
『そうだよな、俺はもう一仕事終えたのに、まさかの寝てるなんてな?有り得ないよな?』
明らかに嫌味を言う兼元に、曖昧に笑って誤魔化した。一仕事終えたとわざわざ報告するという事は、何か分かったという事か。
「で?何か分かったんだろ?」
『……お前な』
呆れながらも、昨日の今日でしっかり調べ上げてくれる有能な部下であり、親友。
それによれば、なんとフォローし合う為の体制が、結果的に彼女を苦しめていたという事が判明した。
同じグループの、それも先輩たちから仕事を押し付けられていたとは。
誰だよ、そんな配置にした奴は。まあ、木根だろうけどな。その状況を結果的に作り上げたのもどうやら木根らしいということだ。
うーん。しかし、これだけでは解雇理由としては少し弱いか?弱いな。
解雇させる気満々だったが、少し不安になって来たぞ?
だが、兼元に言わせると降格させれば勝手に辞めていくだろうという話だ。
確かに、契約書もあるし、降格か解雇かを選ばせたら辞めてくれそうだな。無能な奴はプライドが高いからな。実父には解雇する旨を一応伝えておくか。
木根の事は兼元に任せておけばいいだろう。その辺は上手くやってくれるはずだ。
『ところで、彼女とはどういう繋がりだ?社員だけど、直接会った事なんてないだろ?誰かから聞いたのか?』
「あー……、静加さんの友達というか……知り合いだったみたいで、たまたま昨日、家に来たんだ」
あまりそこは突っ込んで欲しくなかったが、言わない訳にはいかないだろう。
『え、あの人の?』
付き合いの長い兼元は静加さんに一度会った事があるのだが、苦手としている女性のタイプなんだろう。二度と会う事はなかった。
『て、ことはやっぱり気は強そうだよな。だとすると謎なんだけど』
「どういう事だ?」
『彼女、仕事を押し付けられて黙っているようなタイプに見えなかったんだよな。気が強そうっていうか……だって俺の事、睨んだんだぞ?』
兼元を睨む?直接彼女に話を聞いたのか?
うーん。なんだろう、もやもやするな。なんていうか、彼女にどんな接触をしたのかが物凄く気になる。
「彼女……何か言っていなかったか?」
『何かって何だ?剣持の事か?』
「いや……俺が社長だとは気付いてないようだった」
あれ?そもそも俺の名前、知らないんじゃないか?
そういや、俺は静加さんの手紙に彼女の名前があったから知ってるけど、俺、名乗ったか?
『何だそれ?何でそれで会社の話になるんだ?それに、俺は特に会話はしてない。何せ、俺が彼女の口を塞いでたからな』
「どういう状況だ?!それは?!」
『まぁ、それは後で話すとして、取り敢えず仕事を全くしていなかった原まきと水田まりも解雇の方向でいいんだな?』
いや、今、話せよ!
「……ああ、それでいい。
そんなことより!彼女に変な事してないだろうな?」
『………』
何で黙るんだ。何かしたのかっ?!
『彼女、凄く可愛いよな』
「んなっ?!まさか、お前っ?!無理矢理何かしたのかっ?!」
『………』
だから、何で黙るんだ。
『まさかはお前だ。昨日言ってた変態だなんだって話は彼女が関係しているのか?お前こそ、何かしたから俺も同じだと思ったんじゃないのか?』
「俺は何も……して……」
なくはない。
電話の向こうの男が大袈裟な溜息を吐いたのが聞こえた。
『おい。強く否定出来ないという事は、そういう事だろう?それはセクハラで収められるような案件か?』
つまり、それは社内でなんとか出来るのか、警察が介入してくるとこまで発展しちゃうのか、どっちなんだい。ということを暗に問うてるわけで……。
「そんな事するわけないだろっ?!」
勢い良く否定はしたが、自身の行動を冷静に省みてみた。
助ける為に抱きしめるような感じになった。
………抱き心地が良くて、少しそのままでいた。
視線を自分に向けたくて、彼女の髪を弄んでみた。
………彼女の赤くなった可愛い顔を堪能していた。
セクハラだなっ!!そして、変態だなっ!!
「兼元……俺は、どうしたらいいんだ……病気かもしれない」
結局、俺は、彼女の事を考えると胸がおかしくなることと、見ると触れたくなってしまうという事を親友に話すという、こっ恥ずかしい羽目になっていた。
『……つまり、なんだ。剣持は彼女に一目惚れしたってことだな』
至極どうでもいい話をするように兼元が言った。
半目をしている兼元が目に浮かぶ。
「は?一目惚れ?」
……一目惚れ。夢の件は兼元に話していないが、夢に見るほど彼女の事を好きになっているということか?
好きであれば普通の感情だと兼元は言う。
胸がおかしな感じなのも病気ではないと言う。
敢えて言うなら恋の病らしい。
これが……恋、なのか??
恋愛が皆無だった訳ではないが、今までこんな状態になった事がないから分からない。がしかし、状況からみてもそういう事なんだろう。
恋と変は似ている。恋であれば変ではない。つまり、変態ではない?
剣持がおかしな解釈をしていると、兼元がふっ、と笑う。
『いや、しかし。恋愛初心者がそのまま歳を重ねると、本能のまま突っ走るんだという事を知ったよ。半径1メートル以内に女性を近付けさせないでいた剣持がねぇ』
笑いながら言うが、笑い事ではない。こちらは必死だ。
それに、兼元だって恋愛マスターなわけではないはずだ。結婚はおろか、彼女だっていない。
『会いたいなら、会えばいいだろうが?どこにいるか分かっているんだし、剣持は社長なんだし……』
「それは駄目だ!!」
『何でだよ』
社長として会ったら、彼女が俺に嫌悪感を持っていたとしても、会わざるを得ないだろう。
それで、もし、俺の事が嫌で会社を辞めちゃうような事があったらどうするんだ。辛いじゃないか。
それなら、このまま会わずにいた方が幸せなんじゃないか?そうだろう?誰も傷つかないんだし。
それに、彼女は静加さんの知り合いなんだし、静加さんはいないけど、気が向いた時にもしかしたら……有り得ない事だとは思うけど、向こうから家に来てくれる可能性もなくはない。
……かもしれない。
……と、思えなくもない。
『……面倒くせぇな』
心の声がダダ漏れていたようだ。兼元の呟きが苛立ちを帯びていた。
『まぁ、彼女にも男がいるかもしれないしな。会わないのも一つの手ではある。どうせ、社長の顔はほとんど表に出てないんだし、これからも気付く事はないだろ』
兼元の言葉に愕然とした。
男!!そうだ、そもそも彼女に彼氏がいないなんて分からない。いるに決まっているじゃないか。何でそこを考えなかったんだ。
『おい?聞いてるか?』
呆然と黙り込んでいると、心配したのか兼元が声を掛けてきた。
「そ、だな……うん。聞いてる」
『……はーっ、もう、分かったよ!話を聞いてやるから今日、こっちまで来い!今から出れば、いくら田舎の山からでも夕方には着くだろ?いつもの店だからな?絶対来いよ?!』
「……ああ、分かったよ」
兼元は溜息を吐くと、「じゃあな」と、電話を切った。
今では静加さんと住んでいたこの家で、ほぼ全ての業務をこなしていた。
ここから都内までは高速道路を使えば車で三時間程度。時間がかかっても四時間だ。今からであれば余裕で到着する。
しかし、と、剣持は考える。兼元に言われ、何となく返事をしてしまったが、もう既にあらかた話してしまっている。あと何を話すと言うのだろうか。
まあ、解雇書類の作成とその確認と……全部ここで出来るけど……色々やることはあるな。
たまには会社に顔を出すか。
すっかり引き籠もりになっていたその重い腰を上げた。
山を下りた麓の町で借りている駐車場に、剣持が所有する乗用車が一台置いてある。その乗用車と家から乗って来た軽トラを交換した。
細い道で、なおかつ雪道は軽トラが一番だが、流石に長距離はきつい。
車を例の店の近くの駐車場に止めたが、やはり予定より早く到着した。
さて、どうしようか。
「そういえば、近くに公園があったな」
剣持がのんびり散策しながら歩いていると、程なくしてその公園が見えて来た。
大き過ぎず、かといって小さくもないその公園は、その外周をジョギングする者も多い。
子供が遊ぶための公園というよりは、池があったり緑多めのお散歩のためっぽい作りになっていた。
ベンチも多く設置されていて、昼間は近所のOLに占領されているが、夕方のこの時間は老夫婦が座っているだけだった。
公園を一回りし、時間調整したところで店に向かう。
そろそろ兼元も来るだろう。
店のある通りに出たところで剣持は思わず足を止めた。
店の手前に兼元と実菜がいるのが目に入ったのだ。
え……?何で兼元が彼女といるんだ?偶然か?
二人とも剣持に背を向けていてこちらに気付く様子はない。
兼元が何か話しかけ、それに実菜が赤い顔で上目使いに返していた。剣持には二人の会話は聞こえていないが、とても親密そうに映っていた。
もしかして……二人、付き合っているのか?
二人は店の中に消えて行ったが、楽しそうにしていた二人の笑顔が頭から離れない。(剣持にはそう見えた)
もしかして……話ってその話か?付き合い始めたという報告か?
実菜が兼元に向けていた照れた表情は、正しく恋人に向けるものだ。(剣持にはそう見えた)
「……そんな」
剣持はよろよろと、近くの壁に寄り掛かった。
血の気が引いて手足が冷たくなっていく。視界も暗くなってきた。
お、落ち着け、落ち着くんだ……これは、何かの間違いだ。
昨日の今日だぞ?兼元に限ってそんな……。
でもあいつは昔からモテる奴だ。あいつにその気がなくとも実菜さんは分からない。
先程の実菜さんの兼元を見るあの表情……間違いない。(剣持にはそう見えた)
兼元、まさか実菜さんを弄んでいるのかっ?!
明後日の方向に思考が飛んだところで、兼元から着信があった。
「……もしもし」
『あ、もしもし。もう中に入って……』
「悪い。急用が出来た」
電話口で何やら兼元が言っていたが、無視して電話を切った。
今、二人の前に姿を見せるだけの心の余裕は剣持にはなかった。とても平常心を保っていられそうにない。
駐車場に止めた車に戻るとステアリングに突っ伏し、溜息を吐く。最早、溜息しか出ない。
ふと、剣持の脳裏に今朝の夢が蘇った。
友人の恋人に懸想してしまうという今朝の夢。
……正夢かよ。
やはり、溜息しか出なかった。
お読み頂き有難う御座いました。




