夢と現実
九条(剣持)の視点です。
基本、剣持の表記で話を進めようと思っていますが、またややこしい設定にしてしまいすみません。
混乱しやすいとは思いますが、宜しくお願いします。
中世ヨーロッパの様な石造りの建物が点々と並ぶ町並み、村と言った方がそれっぽいのかもしれない。舗装されていない道路は風が吹けば砂埃が舞う。
そんな所に俺は立っていた。俺は今、夢を見ているのだという自覚はあった。
ここに立っている俺は俺であって俺ではない。別の人間としてここにいる。でも、俺だ。不思議な感覚だが、夢なんてそんなもんだろう。
ラインハルト。
それが、今ここにいる俺の名前だ。
俺はこの夢の中では立派な剣を佩いた騎士で、今は警らの途中だ。
町の中を一通りパトロールした後、その町並みを抜け、その先に広がる畑へと向かった。
農夫たちが働いているのを眺めながら、果物畑に差し掛かった所で、手前の林檎の木の枝が、がさがさと揺れた。
「魔物か?」
夢の中の俺がそう呟き、警戒した。
ファンタジーか。と、つっこみたくなるが、夢だから仕方ない。夢なんて、そういうもんだろう。
慎重にその木に近付き、見上げた時だった。
「えぇっ?!嘘!下の人、どいてぇ〜っ!!」
声と共に木の枝から人影が落ちて来た。どうやら飛び降りたらしい。
結果、木の真下まで来てしまっていた俺に飛び込むようにそれは落ちて来た。
「……女?」
思わず抱きとめてしまったそれは、女性だった。
木登りなどして、あまつさえそこから飛び降りるなど子供の仕業かと思えば、これはどう見ても成人女性だ。
腕の中でぴょこんと顔を上げた女性は黒い瞳で俺を見上げ、ぱちぱちと目を瞬かせた。
驚くほど黒い瞳に黒く長い髪。こんなに色素の濃い人間はこの国にはいない。
異国の人間か?
夢の中の俺はそう思ったらしいが、俺にはその女性の顔にダブるように別の女性の顔が見えていた。
実菜さん?
俺には彼女は実菜さんだという、謎の確信があった。
「ごめんなさい。下に人がいるとは思わなくて。あの……ありがとうございました」
地に足を着け、スカートをぱんぱんと叩いた彼女はにっこりと微笑む。
「こんな所で何をしていた?」
「少し実験をしておりました。この国の林檎は酸っぱいでしょ?だから甘く出来ないかなって」
この国という事は、やはり異国人か。
しかし実験とは?何を言っているんだ?
彼女の言う事が理解出来ず眉を顰めていると、彼女がエプロンのポケットから林檎を取り出した。
林檎を取る為に登っていたのか。
訝しむ俺を気にする事なく笑顔でその林檎を一口かじると、しゃくしゃくと咀嚼し、味見をしているのか「ふん、ふん」と、頷いてからこちらにその林檎を差し出した。
「ほら!少し甘くなったと思います!食べて見て下さい」
「え……いや」
「大丈夫です。反対側なら口付けてませんから」
……そういう問題ではないのだが。
満面の笑みを浮かべる彼女に見つめられ、夢の中の俺の心拍数が上がっていくのが分かる。
戸惑う俺の手に彼女はその林檎を強引に持たせた。
「助けてくれたお礼です」
お礼って、かじっちゃってるじゃん。
「見ない顔だが、どこに住んでいる?」
これは、あくまでも警らの一環だ。決してやましい理由は何もない。
なぜだか、心の中で言い訳をしている。というか、言い聞かせているようだ。
「アレクという人の家よ」
「アレク?」
アレクは俺の友人でもある。少し変わり者ではあるが、他国に知り合いがいるとは聞いた事がないぞ?
アレクの客か?それとも……恋人か?
「これから、食材の買い出しなの。あの人、放って置くとご飯も食べずに何かしてるのよ?でも、口元にスプーンを持って行ってあげると勝手に口を開けるの!それが面白いわ。雛鳥みたいで」
恋人か。
楽しそうに話す彼女に、そう思った俺の胸が針が刺さった様にチクッと痛んだ。
「私、純子っていうの。騎士さまは?」
「ラインハルトだ」
純子は「またねー」と、大きく手を振りながら町の方へと歩いて行った。それを見送った後、手の中の林檎に視線を落とす。
友人の恋人では致し方あるまい。
この国で自分の口を付けた食べ物を相手に差し出す行為は求婚と同義だ。受け取った相手がそれを口にすれば了承した事になってしまう。
異国人であれば知らなくても仕方ないが。
後でアレクに注意しておこう。アレク自身知らないかもしれないしな。アレに常識を求めてはいけない。
そんな事を考えている間もチクチクと胸は痛み、穴が空いたような感じがしたが、それが何を意味するかは気付かないフリをした。
……妙な夢を見た。
目を覚ました九条はぼんやりした頭で考える。
妙にリアルで、妙に現実とリンクしている様な気がしてならない。
そもそも何なんだよ。ラインハルトって……名前なのか名字なのか、どっちなんだ?!
いくら九条陽人だからって、その改名の仕方はどうなんだ?!
そして、昨日、初めて会った女性が夢に出てくるなんて、なんだか恥ずかしいじゃないか。
しかも、俺は外国人ぽいのに彼女は日本人。
それに、夢なのに片思い的な……せめて夢くらいは良いものであれ。
あれは、気付かないフリをしてたけど、完全に一目惚れだろう。
切ないな、夢の中の俺。
だいたい、静加さんが手紙で『……運命の人は近くにいる』なんて、意味深な事を書いてくるから、変に意識したりして……いや、手紙を読む前からだったか?
うーん?うーん、うーん?
「寒い」
覚醒してきたら寒くなってきた。
暖房を付けると、部屋が暖まるまで再び布団に潜り込んだ。
そもそも、彼女の登場の仕方が尋常じゃなく突飛なんだもんな。だから変な夢を見たんだろう。
昨日の今日なのに、彼女は元気かな。などと考えてしまっている自分に驚く。なんだか、昨日から調子がおかしい。彼女の顔を思い浮かべると胸の辺がむずむずするようになっていた。
やっぱり、彼女は妖かしで、変な術を掛けたのかもしれない。
それよりも、何か胸の病気だったらどうしようかな。
―――昨日。
人が浮いてる。
窓から外を見た俺はそう思った。咄嗟に外に出て近付いたら、どうやら女性がスローモーションの様に極ゆっくりと落ちているようだった。
長い黒髪が物凄くゆっくりとなびいている。
何だこれ。
受け止めようと自然に手が出ていた。自分の胸辺りまで落ちて来た時、軽く彼女の身体が手に触れ、その反動で彼女の身体がふわっと浮いた。
その感触は、まるで風船みたいだった。
もしかして、これ、静加さんが憑れて来たやつかも。触ったらやばいやつっ?!
と、思った瞬間、彼女は重力に従い落ちて来た。
咄嗟に受け止めきれず、下敷きになるのが精一杯だった。
決して俺に腕力がないわけでもない。彼女が重いわけでもない。予定不調和だっただけだ。うん、そうだ。
情けない感じに下敷きになった状態で言い訳を考えてみた。
かっこわる。
しかし、動かないなこの人。意識がない、とか?
ん?生きている……よな?
心配したところで「寒っ」と、いう彼女の声が聞こえたからホッとして声を掛けたら、彼女が跳ね起きた。
もしかして、俺を下敷きにしている事に気付いていなかったのか?それは少し、心外だ。一応頑張ったんだぞ?
勝手に恩を着せながら起き上がると、彼女があわあわしながら立ち上がろうとした。
その横顔を見た瞬間、気付いたらその腕を取って引き寄せていた。何だか彼女が悲鳴を上げていたような気がしたけど、それを無視して彼女の顔を覗き込んでいた。
俺……何してんだ?
彼女を離したくないと思ってしまったような気がするが。
何でだ??
もしかして、やっぱり人間を魅了する妖かしみたいな類なんだろうか。
まじまじと彼女を見つめていると、眼球が溢れるんじゃないかというほど見開いて見つめ返していた。
顔が真っ赤で林檎みたいだ……ん?
待てよ?これが普通の女性だとすると……登場の仕方は普通ではないが……今のこの体勢は……。
ないな!うん。ないわ!
そりゃ、赤くなったりもするよな。
というか、俺は今、彼女から変態認定を受けているのではないかっ?!
不味い!何か……何か言わなければ!!
これでは変態エロオヤジになってしまう。
そう思って絞り出した言葉は、
「生きた……人間?」
だった。
俺は……馬鹿なのか。
もう少し気の利いた事が言えないのか?!彼女も眉を顰めているじゃないか。
うん。分かるよ、その気持ち。そうなるよね。
それなのに……彼女が弾かれるように立ち上がった時には、「離れて行っちゃった」とか名残惜しく感じてしまったり……。
俺……本当にどうしたっ?!
俺は別に、女性嫌いというわけではない。ただ、やたらと勘違いし易い女性から好かれる質なようで、こちらにとっては普通の親切をしたつもりでも、それが付き合っているという事にされてしまったりする。
だから会話ひとつするのも、距離を取っておくし、ましてや触れるなんて以ての外だ。
なのに、彼女にはやたら触れたくなってしまう。しかも、それがさも当然かのような感覚で。……なぜだ。
なぜ、ここにきて突然、変態が開花した?最も開花して欲しくない能力だ。
そんな俺の動揺など露知らず、彼女が不思議な手紙を差し出してきた。
異世界からの静加さんからの手紙。
もう、俺には訳が分からない。
唯一、言えるとしたら、静加さんならそういう不思議な事も、有り得なくはないよねー。と、思えてしまう事だった。
しかも、本当に遺体が無いとか……。
どうするんだよ、行方不明者届けとか出さなければいけないのか?
これはもう笑うしかない。さすが静加さんだ。
しかも、更に驚くべき事は、彼女がウチの会社の社員だという事だ。
……終わった。
社長が変態だ。とか、どうせ、次の日には社員全員に周知されてしまうんだ。白い目で見られてしまうんだ。きっと、そうだ。
だって、女性ってそういうもんだろう?
遠い目をしていたが、どうやら彼女は俺が社長だという事には気付いていないらしい。
切々と会社の愚痴を社長に語っている。
俺が表に出なくなってからの入社だから分からなくても仕方ないけど。それはそれで、寂しいなとか思ったり思わなかったりするわけで。
しかし、よく聞くと「それ、本当にウチの会社?」と、聞き返したい内容だった。
第三者だと思って、話を盛って話しているかもしれないし、真意は分からないが彼女が辛かったのは事実のようだ。
どちらにしても、これは確認しておく必要がある。
彼女を駅まで送った後、スマホを手にし電話を掛けた。
『……もしもし』
数コールの後、兼元の声が聞こえる。
「俺だけど」
『ああ……何?』
「俺……もしかしたら……変態かもしれない」
『………』
「もしもしっ?!聞いてるか?」
『剣持……俺たちの肩には百名足らずとはいえ、社員の生活がかかっている。くれぐれも警察のお世話になるような事は……』
「そこかっ?!心配するのはそこなのかっ?!」
『そこだろっ?!くだらない話だけなら、俺は電話を切るぞ?!』
ああ、そうだ。本題はそれではなかった。やはりまだ少々の動揺が残っているようだ。
「実は……神倉実菜という社員の事を調べて欲しい」
『……なんで?』
「彼女は会社に泊まり込むほど残業しているらしい」
『嘘だろっ?!ウチは残業にはかなり厳しくしているはずだぞ?!』
電話越しでも兼元の困惑が伝わって来る。
それもそのはず。ウチは無理な仕事のスケジュールは立てない。一人で無理そうなら周りがフォロー出来る体制を取っているのだ。
「ああ、だから真意を確かめてくれ。木根部長の部署だ」
『……任せておけ!!』
兼元が楽しそうな声色になった。俄然やる気が出たようで、即行で電話を切られた。
彼は木根部長を良く思っていないからな。かくいう俺も、木根部長が有能であるとは思っていない。それは見て来て知っている。
実父の頼みで仕方なく雇ったのだ。自分が使えないと思った者を息子に頼むとは如何なものかと思う。
しかも、本人は仕事は出来ないが管理職でなければ嫌だという図々しい男だった。無能な者ほどプライドは高い。目下の者に使われたくないのだろう。目下とはいえ、上司に従えない者は正直いらないのだが。
実父から無理を言われても部長にするのが限度だった。本当は平社員だって嫌なのに経営に関わらせるのは無理だ。そして試用期間は三年とさせてもらった。
その間に、業績を上げる事が出来ればそのまま部長として雇用するという契約になっている。駄目ならば契約終了。
無駄に人件費を払う余裕など無いのだ。流石に実父もそこは了承していた。
そして、今年でその三年を迎える。
実菜さんの件に絡んでいるのか分からないが、管理不行届きという線もいけるな。
解雇する気満々で俺はほくそ笑んだ。
お読み頂き有難う御座いました。




