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聖女として召喚されたので、期待に応えてみた結果  作者: 珠音


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実菜、恋心を自覚する

実菜が自分の席に戻り、正面の席の水田先輩にちらちら見られながらも、さっさと帰る準備をしていると、森本主任が不思議そうな表情で寄って来た。


「どうしたの?何かあった?」


プレゼンの事と、副社長に呼ばれている事を伝えると、主任が眉を顰めた。


「……プレゼン?明日ではなかった?私は何も聞いていないのだけど……」


そう言って実菜を見遣るが、実菜にだって理由など分かりはしない。


「それで?兼元くんには何で呼ばれているの?」


「兼元……くん?」


「あ、ああ、副社長よ……」


主任が慌てて言い直す。恥ずかしかったのか、ほんのりと頬に赤みがさしていた。

主任でもそんな間違いをするのかと思ったが、実菜には呼ばれている理由が分からない。正直にそう伝えると、主任は顎に手を当て「何を考えているのかしら」と、言うだけだった。



「そうだ」


実菜は副社長室に行く前に、パソコンで会社のホームページを開いた。

会うことはないだろうとは思うが、社長の顔と名前くらいは確認しておこうと思ったのだ。


「あれ?」


しかし、社長の名前は載っていたが、顔写真などはなかった。



こういうのって、普通載せてない?載せてないか。まあ、色々よね。仕方ないわ。

名前は……剣持陽人。よし、覚えたわよ。



「………」



……はると。


なんだろ、凄く懐かしい感じがする響きなのだけど?



「ああ、まただわ」


いつか感じた「知っているのに思い出せない」と、いう気持ち悪い感覚が再び襲ってきた。

頭に靄が掛かったようで気持ち悪い。


「気にしない、気にしない」


特に対処法も分からないのだから仕方ない。

そのまま副社長室へと向かった。

そして、副社長室のソファで待つ事二十分。兼元副社長が戻って来た。


「待たせたね」


先程よりも楽しそうで機嫌が良さそうに見えるのは気の所為だろうか。



……先輩のプレゼンが良かったのかしら。



それはそれで、納得出来ない実菜だった。


「プレゼンの結果は……どうだったんですか?」


ここで教えてもらえる内容ではないとは思ったが、そう聞いた実菜を副社長がきょとんとした表情で振り返った。


「もしかして、本当にプレゼンだと思ってた?この流れで?あの状況を見て?君……もしかして……天然?」


「……?あの、それは、どういう……?」


馬鹿にしているとも、呆れているとも取れる副社長の雰囲気に実菜は、少しむぅっ、としたが、副社長は楽しそうにくつくつ笑った。


「強引な形にはなったけど……まあ、明日になれば分かるかな?取り敢えず、出ようか」


副社長はひと息つく間もなく、そのまま実菜を伴ってビルを出た。


「あの、どちらに行かれるんですか?」


人の波を避けながら副社長の後を追う。もう結構な距離を歩いた気がする。


「この先の店を予約しているんだが……タクシーを使った方が良かったかな」


「……予約」


予約が必要なお店に行くらしい。それだけで実菜は緊張した。


「こんなおじさんが相手で悪いね。彼氏に何か言われたら謝るから、遠慮なく言って」


「か、彼氏っ?!」


本気とも冗談とも取れる物言いで副社長が言う。

確か、三十歳くらいだと思ったが、おじさんというような年齢だとは思っていない。

しかし、唐突な単語に実菜の顔にぼんっと、熱が集まった。


しかもその時、何故か実菜の脳裏に浮かんだのは静加の養子の顔。



うわ!うわっ?!何であの人?!



更に、ぼ、ぼんっ!と、実菜の顔の熱量が増した。


「ふ〜ん。良いねぇ、若いって。あ、これって、セクハラになっちゃうのかな……」


「ちがっ、違います!彼氏じゃないんです!あの人は……」


素直に狼狽える実菜に、生暖かい目で兼元は笑っていた。


「いやぁ、君に想われている「あの人」が羨ましいねぇ」


「だから、違うんですってばー!」


言葉とは裏腹に実菜の熱は引いていかない。



ぅふぁあー!違うのに。あの人にも申し訳ない!

あの……あれ?そういえば、私。

あの人の名前、聞いてなかったわ。

まあ、名字は九条なんでしょうけど。



「………」



そういえば自己紹介らしい事はしてなかった。それに、借りた交通費も返しに行かなくてはならない。



「ごめん、ごめん。さ、ここだよ」


赤い顔で黙り込んでいる実菜に、機嫌を損ねたと思ったのか、兼元は軽く謝ると到着したお店のドアを開いた。



お店は緊張するような雰囲気ではなく、フランクなイタリアン。兼元が女性店員に「予約してある兼元です」と、告げていた。


通された席は少し奥まったテーブル席。

「もう一人来てから……」と、兼元が伝えると店員は笑顔で頷き下がって行った。



……もう一人。とは?



実菜が疑問を抱いていると、兼元が「ちょっと、ごめんね」と、どこかに電話をかけ始めた。


「あ、もしもし。もう中に入ってるから……は?いや、ちょっと、おいっ?!」



……揉めてる。



「さっきはそんな事、一言も……って、おーい」



……あ、切られたっぽい。



兼元は一部始終を観察していた実菜に、困ったような笑みを向け「ドタキャンされた」と苦笑した。


「参ったな。ま、折角ここまで来たんだから何か頼もう」


そう言うと兼元は店員を呼び、「食べられない物ある?」と、実菜に問う。

実菜が首を横に振ると、兼元は「じゃあ、このおすすめセットを二つ」と、手慣れた様子で注文した。


暫くすると、おすすめセット二人分がテーブルに並ぶ。

いつもよりだいぶ早い夕食を目の前に、実菜はちらっと兼元の様子を窺った。



……無言。辛い。



出来ればこの状況の説明をして欲しいと願う実菜だったが、兼元は失念しているようだ。フォークを手にしてセットのサラダをつついている。

食べてからでも良いか。と、実菜もサラダを口に運んだ。


「ここ、剣持とかともよく来るんだよ」


「……そうなんですか」


唐突に話し出した兼元に、実菜は口から生やしたレタスを素早く口に仕舞い込んだ。

剣持とは社長の事だ。どうやらこの店の常連らしい。「とか」と、いうことは、他は専務とか常務の事だろうか。

実菜はレタスをごくんと飲み込む。


「ところで、あの……聞きたい事とは?」


兼元が口を開いた事で話しやすくなった実菜が質問した。すると、兼元が頬杖をついて遠い目をした。


「あの……?」


聞いてはいけない事だったのか?兼元の様子に実菜が不安になっていると、それに気付いたのか兼元がふっと、笑った。


「実は君に用があったのは俺じゃなくてね……もう一人、ここに来る予定だった奴で……」


そう言いながら兼元はサラダを口に運び、もしゃもしゃと咀嚼する。ごくんと飲み込むと「そいつ、俺の事をすげー振り回すんだ。どう思う?!」と、フォークの先を実菜に向けた。


「……はぁ……」


どう思うと言われても、そいつがどいつか分からない。実菜に用があるというなら知っている人間だとは思うが、誰だか教えて貰えていない今は曖昧な返事しか出来ない。

そして、フォークの先は向けないで欲しい。


「もう知らん。勝手にしろって感じだ」


兼元はそいつが誰なのかは教える気はなさそうだ。怒っているというよりは、呆れているといった感じでそう言うと、もしゃもしゃとサラダを完食した。



結局、ただの食事会になってしまったが、副社長はかなり気さくな人だという事が分かった。

そして、あの森本主任が会社立ち上げ当初からの友人だということも判明した。その当時は学生だったわけだが、三人でよくこの店に来ていたのだという。「森本は戦友なんだ」と、副社長は言っていた。


だから主任は副社長をくん呼びしたのか。と、納得しながら帰路についた実菜であった。






そして翌朝、流石の実菜にも分かりやすく異変が起きていた。


始業時間を過ぎても先輩と水田先輩が出社して来ない。部長の姿もない。

この会社は土日祝日休みだが、うちの部署は休日出勤もある為、平日に休みを持ってくる事もある。

今日、休みだったとしてもそこまで不思議な事ではないのだが、昨日の副社長の「明日になれば分かるかな」という言葉が思い出された。


よく見ると、森本主任もいなかった。何となく異変を感じ取った皆がざわめき始めた頃、森本主任が入って来た。

意図せず、主任に注目が集まり、その注目に応えるように主任が全員を見渡す。


「えーと……皆、ちょっと良いかしら。急な話ですが、木根部長と原まきさん、それと水田まりさんは一身上の都合で退社となりました。以上です。じゃ、えーと……仕事に戻って」


一瞬、しーんと静まり返ったが、「ふーん」とか「へー」とか、反応薄く声が上がっただけだった。


主任はそんな様子を一瞥すると、部屋を出て行く。実菜はそっと立ち上がり、その主任の後を追った。


実菜の所属するイベント企画部は二十名程の部署だ。そこで同時に三人も退社とは只事ではない。やはり、何があったのかは気になる。


主任が給湯室に入って行くのが見えたので、こそっと中を覗くと、主任がドリップコーヒーの袋をぺりっと開けたところだった。



どうしよう……つい、ついて来てしまったけど。声を掛けて大丈夫かしら。



つい先日まで自分は嫌われていると思っていたのだ。それは誤解だとは分かっているのだが、声を掛ける事が迷惑ではないかと躊躇ってしまう。


顔の半分だけを覗かせるような格好のまま動けずにいると、その気配に気付いたのか主任がちらっとこちらを見た後、「うわっ」と、二度見した。


「びっくりしたー!神倉さん?何を家政婦の真似してるのよ?!」



見つかった。



いや、見つけて欲しかったのかもしれない。少しほっとしながら実菜も給湯室に入って行く。


「私も、コーヒーが飲みたくて……」


全くの嘘ではない。と、頭の中で実菜は言い訳した。

実菜の言い訳などつゆ知らず、主任が新しいドリップコーヒーの袋をぺりっと開けてくれていた。


「良かったらどうぞ。まだ口を付けてないから」


そう言って主任は入れたばかりのコーヒーを実菜に差し出した。


「ありがとうございます。でも、すぐ出来ますから大丈夫です……」


差し出された紙コップを戻そうとした時だった。ピリピリとした刺激が、その紙コップから実菜の指先に伝わった。


「……主任……私の事、嫌いなんですか?」


あまり心地良いとは言えないその刺激に、思わずそんな言葉が実菜の口からついて出ていた。


「へ?……何それ。誰かに何か言われたの?」


主任がぱちぱちと目を瞬かせて小首を傾げた。

きょとんとしている主任に、実菜がはっと我に返る。


「いえ!何でもないです!違いました!」


「??」


きょとんとしていた主任だったが、風を巻き起こす勢いで手の平をひらひらとさせる実菜に、ふっと、笑みをこぼした。


「神倉さん。三人の退社の件が気になっているんじゃないの?」


「……はい」


実菜は素直に頷いた。


「昨日のはね、プレゼンではなくて……糾弾会議というか、尋問会議というか……兎に角、原さんと水田さんの行いを問い質すのが目的だったんですって」


「問い質す?」


「ごめんなさいね、私も謝らなくちゃ。聞いたわ……そこまで酷い状態だったなんて気付かなくて」


聞いた、というのは実菜の勤務状態の事だろう。主任は視線を落とした。

だが、それは実菜にも非がある事だ。

話し掛けにくい雰囲気を醸し出している人間に話し掛けるなんて、それだけでも面倒に感じるだろう。

そんな人間が自分が帰宅した後、何時まで仕事をしているかなんて気にも留めないはずだ。


「でもそれなら、何でわざわざプレゼンだなんて……」


「彼等が神倉さんにどういう態度を取っているのかを第三者にも確認して欲しかったらしいわ。彼等の逃げ場を失くすのが目的だったみたい」


「………」


それでは副社長は、実菜があの場に連れて行かれる事を想定した上で、わざわざ実菜に帰るように指示を出した事になる。何故だ。


「どう詰めたかまでは聞いてないけど、解雇か自主退社かを選ばせたみたい。結果は一緒だけどね」


それならば、自主退社の方が体裁は良い。


「だけど……よく文句も言わずに従いましたね」


「雇用契約書に従わせたのよ」


雇用契約書……入社時、確かに色々書いてある書面にサインをしたけど、内容はあまり読んでない。

実菜は視線を泳がせた。


「あはは。熟読してる人なんていないだろうけどね『他の従業員の業務を著しく妨害する等の行為が認められた場合、解雇を申し渡す』って、やつよ」


「あー……あはは」


取り敢えず、曖昧に笑っておく。


「要は人の邪魔しないで自分の仕事をしてね。って事で、あくまでも保険的な規約だったんだけど、まさか……ねぇ?」


主任はそう言って、肩を竦めた。確かに当たり前すぎる内容だが、もしかしたらその規約も主任は一緒に作成したものかもしれない。


「……ところで、昨日の……あれって……」


急に口籠った主任が、実菜をちらちらと見ている。


「あれ、とは?」


実菜が主任を見ると視線を逸らされた。


「副社長と……何の話だったの?」


ああ、それか。と、思ったが、結局何だったのかは実菜にも分からない。


「それって、神倉さんと二人になる為の小芝居じゃないの?」


どんなだったか実菜が説明をすると、主任が眉を顰めたが、そんな事はないと思われる。


「主任は社長と副社長のお友達なんですよね?副社長が主任は戦友だって言ってました」


実菜が兼元から聞いた話をすると、じっとりした目で主任が実菜を振り返り、実菜の両腕をがしっと掴んだ。


「ねぇ、女が戦友って言われて嬉しいと思う?!」


「へっ?そ……ですね……どうですかね」



んー?仲間としては凄く嬉しいと思うけど、主任は嬉しくないのかしら。

あ、でも、もしあの人からそんな風に思われたら……。



「っ?!」


そこまで考えて実菜は、ぼんっ、と、赤くなった。



何で今、あの人の顔が浮かんだんだ?!

何で今、あの人に女として見て欲しいとか思っちゃったんだ?!



そして実菜は一つの考えに辿り着く。


「しゅ、主任〜!どうしよう、私……好きになってしまったみたいです!」


何故、あの人の顔が浮かぶのか気付いてしまった実菜は、主任の腕を逆に掴み返していた。実菜の勢いに主任の顔が強張った。


「好きって……兼元くんの事?」


「……違います。何でそこに副社長が出てくる……あっ?!」


何でだよ。と、思ったが、そうか、そういう事かとじっと主任を見つめた。


「主任は副社長の事が、好……もがっ!」


勢い良く実菜の口が主任により塞がれ、二、三歩後ろに下がった。主任の眉がひくひくとしている。


「皆まで言わないで、絶対、誰にも言わないで、寧ろ忘れて!」


忘れる事は出来ないが、主任の鬼気迫る勢いに実菜は必死で頷いた。


「………」


「………」


暫し見つめ合う二人。そして主任は諦めたように息を吐いて、実菜の口から手を放した。


「さっき、嫌いなのかって聞かれたでしょう?あの時、ドキッとしたの。嫉妬してるのが態度に出てたのかもって」


「嫉妬?主任が……私に?」


主任は恨めしそうな視線を実菜に向けた。


「兼元くん……剣持くんもだけど、凄くモテるの。だけど今まで、特定の人を構うという事が無かったわ。それなのに神倉さんを誘って食事するなんて、もしかして……と、思ったのよね。

でも、神倉さんに好きな人がいると分かって少しホッとした」


そう告白した主任はすっきりした様子で、ふふっと笑った。


「いいじゃない。私は女とも見られていないけど、きっと神倉さんならその人と上手くいくわよ」


「いや、でも、九条さんとは一度しか会ったことないですし……」


しかも、その人に借金してますし。と、実菜はしゅんとなったが、主任は目を瞬かせていた。


「うん?……まあ、そういう事ね。コーヒーも冷めちゃうし、そろそろ仕事に戻りましょうか」


急に話を切り上げた主任は、コーヒーを片手に満面の笑みを浮かべていた。

お読み頂き有難う御座いました。

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