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聖女として召喚されたので、期待に応えてみた結果  作者: 珠音


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セシルの休日

実菜を送った次の日の、静加とセシルの休日に話が逸れます。

しかも、いつもの2話分くらいに長くなってしまいました。すみません。

更に、後半セシルとメイメイの場面転換が激しく、たいへん読みにくいと思われます。

お読み頂ける場合には、申し訳ありませんが、頑張って下さい。

その女の子は突然、僕らの村にやって来た。

戦争で空襲から逃れる為に東京から来たのだと聞いた。

施設から来たという職員の大人が数人と、その女の子が一人。村長の家の納屋を借りているらしい。

施設というから孤児院かと思ってたけど、子供は彼女一人だけだった。少し変だなとは思ったけどそれだけだ。


村にやって来て数日経っても、村の中でその女の子は見掛けない。


僕を含め、村の子供たちはその女の子を見てみたくて村長の家を覗きに行った。

村長の家の生け垣に隠れながら五人の男の子どもが中の様子を窺うと、彼女は村長の家の手伝いをしているところなのか、庭で飼っている鶏に餌を撒いていた。


長い黒髪をおさげにした彼女は、白いブラウスとモンペ姿だというのに、僕には妙に大人っぽく、綺麗に見えた。

僕は、人形の様に無表情で餌を撒いている彼女に魅入っていたが、覗き仲間の一人、剛造(たけぞう)が急に庭に入って行った。


「おい!お前、魔女だろう?!」


「お、おい……タケ?」


なんの事だと皆が思ったが、急な事でぽかんとしていた。声を掛けられた彼女は無表情で振り返っていた。


「何か言えよ。俺は知ってるんだぞ?!お前は魔女だ!!その金色の目が何よりの証拠だ!」


柔道場に通っていた事のある剛造は、同年代の子供たちよりも一回り大きい。そんな剛造がずんずんと彼女に迫って行くのを見た皆は焦って止めに入った。


「おい!タケ止めろ……」


だがその時、僕は聞いてしまった。彼女の声を。


「……敵」


彼女が呟いたその次の瞬間。剛造は空を飛んでいた。


「うわぁああーっ!!!」


派手な音を立て、受け身を取る事も出来ず剛造が地面に転がった。


彼女が素早い動きで剛造の足元にしゃがみ、立ち上がったのは辛うじて分かったので彼女が何かしたのだろうと思う。

剛造は悪いやつでは無いけど、何かに付けて暴力を振るうので転がる剛造を見て少しだけスカッとした。



かっこいい!!



何より、そんな事が出来てしまう彼女を格好いいと思ってしまった。



「静加っ?!何をしているの!!」



だが、剛造が派手な音を立てて倒れた事で、彼女と一緒に村に来ていた大人たちが納屋から慌てて出て来た。


「あいつ、私のコードネームを知ってた。だから……敵」


「そんな訳ないでしょう!もう外に出ちゃ駄目よ!」


その人たちと静加と呼ばれた彼女の会話はよく分からなかったが、大人たちが静加と僕たちを近付かせたくないと思っている事は、何となく分かった。


彼女はきっと外に出してもらえなくなるんだろう。だけど、僕はもっと彼女の声が聞きたいと思ってしまった。





さて、どうしたら彼女と話が出来るだろうか。

僕は色々考えたが、何も思いつかない。

いつもの仲間と遊ぶ事が減った代わりに村長の家の周りをうろうろとする事が増えた。



……納屋に穴とか空いてないのかな。



村長の家の納屋は半分はしっかりとした壁で出来てるが、あとの半分は後付されたらしくトタンで出来ていた。上手くすれば隙間くらい出来てるかもしれない。

僕は、こっそりと家の裏側の垣根の隙間をくぐり、トタンで出来た納屋の壁を調べた。

しかし、綺麗に貼られたトタンに穴などなく、がっくりする。



だけど、待てよ……ネジを外したら良いんじゃないか?!



壁は小さなトタンを何枚も張り合わせてネジでとめられて作られていた。端っこであれば一個くらい外しても大丈夫なんじゃないか。


僕は一番端っこのネジを外してみる事にした。見付かったら大目玉を食らうなんて事はすっかり頭から抜けていた。


幸か不幸か、少しネジが緩んでいる箇所を見つける事が出来たので、それを音を立てないように注意しながら外す。



やった!取れた!



僕は逸る気持ちを抑え、ゆっくりとトタンをめくり、中を覗き込んだ。


「っ?!」


衝撃を受け、僕は思わずその場にしゃがみ込んだ。



目が……合った?!



納屋には耕運機なんかも置いてある。あわよくば彼女の姿が見られるかとは思って覗いたのだが、色んな物が置かれている向こうから、彼女はこちらを見ていた。

そして、僕と目が合った。



いや、たまたまこちらを見ていただけで、気付いてはいないだろう。



僕はもう一度、覗きを試みる。

僕はどきどきしながら、トタンをめくり上げた。


「ふっ!!……ぐぅ」


僕はなんとか叫ぶのを堪えた。


彼女は目の前に来て僕を見つめていた。壁がなければ……手を伸ばせば届くくらい近くで。



何か言わなくちゃ。逃げられないうちに!!



「僕……君と話がしたかったんだ」


彼女はあの日と同じく無表情で、何を考えているかは分からないが、じっと僕を見つめていた。


「……何?」



彼女の口が動いた!!



相変わらず表情は動かないが、口は動いた。声が聞けた。僕はなんだか、それだけで嬉しくなってしまった。


「君の声が聞きたかったんだ」


「……それだけ?」


だが、嬉しさのあまり、僕の声は大きくなっていたみたいだ。奥の方で大人が彼女に話し掛けたのが聞こえた。


「……虫を見つけたの」


彼女が返事をしている。もしかしたら言い付けられるかもしれないと思ったが、僕の事は言っていないようだ。


ここでバレたらもう会えなくなっちゃうかも。僕はそのままこっそりとその場から逃げ出した。



次の日も、その次の日も僕は彼女を一目見る為に納屋へと通った。僕がトタンの隙間から覗くと、不思議といつも彼女は直ぐ近くにいる。

特に会話らしい会話はないけど、僕は彼女に会えるだけで良かった。


何度目か会いに行った時だった。


「あなた、山の中の家の子ね。明日、朝、五時に行くわ」


「え?」


「明日、待ってて。もう、ここには来ないで」


僕は一瞬、何を言われたのか理解出来なかったけど、その日はそれだけ言うと彼女はトタンの隙間から離れて行ってしまった。

僕は仕方がないので大人しく帰るしかなかった。



朝の五時に来るって言ったっけ?

え……僕の家に来るって事?



何で僕の家を知っているのかとか、何でそんな時間なのかなんてどうでも良くて、ただ単純に嬉しくて舞い上がっていた。今夜はとても眠れそうにない。と、思っていたが、すっかり寝坊していた。


激しく揺さぶられて目を覚ますと、僕の布団の横で彼女が座っていた。


「〜〜っ?!?!」


物凄く驚いたけど、彼女に口を塞がれてて叫ぶ事は出来なかった。

叫んでたら一緒に寝てる弟と妹が目を覚ましてしまうかもしれなかった。危ないところだった。


どうやって家に入ったのかは分からないけど、彼女は黙って立ち上がると部屋を出て行く。慌てて後を追った。

玄関には普通に彼女の靴が置いてあったから玄関から入って来たのかもしれない。彼女は当たり前の様に玄関の鍵を開け、外に出ると山に向かって歩いて行く。少し道を上がった所で振り返った。

振り返った彼女は今日も相変わらず無表情だった。


「あなた……何が目的なの」


「……目的?」


何を聞かれているのか分らなくて僕は首を傾げたが、彼女から話し掛けてくれたのはこれが初めてかもしれない。それは嬉しかった。


僕の目的なら、最初に言った通りだ。彼女の声が聞きたい。話がしたい。それと……ちょっと仲良くなれたらもっと良いな。


その事を話すと彼女は無言だった。元々あまり喋らないけど、もしかしたら気持ち悪いと思われたのかも。僕は急に怖くなった。嫌われるのは嫌だ。


「あなた……怖くないの」


「何が?」


言葉少なく、しかも抑揚の少ない彼女の話し方は少し分かりにくい。


「私の……目」



……目?目が怖いってどういう事だ?かあちゃんの怒った時の目は怖いけど?



僕は首を傾げるしかなかった。


「私の、目の色」


彼女に言われて、その事か。と、思った。剛造が魔女だと言ったその瞳の色は金色だ。光りの加減では光っても見える。



そうか!猫のみーこに似てるんだ。



みーこは、色んな家を餌を求めて渡り歩いている野良猫だ。たまに夜に見かけると目が光ってたりする。それに似てるんだ。

彼女に親近感を持ったのはそれかもしれない。


「そういえば、僕の色とは違うよね。きらきらして綺麗だ」


僕は思った事を言ったが、野良猫に似てるとは言わなかった。そんな事を言って嫌われでもしたら一大事だ。

でも、そんな事を思ってるって、バレてたらどうしよう。僕はどきどきしながら彼女を見たら、彼女の目が少し大きくなった。



表情が変わった?!……あれ、これ。もしかして……バレてるっ?!



「違うんだよ!あのね、みーこは暗い所で光るけど、君は明るい所で光るだろ?!全然違うから!!」


「??」


怒らせたと思った僕は慌てて言い訳したが、彼女は眉を少し下げただけだった。



あ、また表情が変わった。



「あなた……変」


彼女にそう言われた僕はがっくりしたが、嫌われてはいなそうなのでほっとした。それに、表情が変わるのが見れて嬉しい。


「私……静加。あなたは?」


彼女にそう言われて僕は飛び上がるほど嬉しくなった。いや、実際に飛び上がった。



その日から、毎日その時間に会うようになった。何でその時間なのかは静加が言わないから僕も聞かない。そんな事を聞いて、会ってもらえなくなったら困る。



「ねぇ、静加。見てこの葉っぱ、朝露がついてる。何で水がつくんだろうねー」


「晴れてるからじゃない?晴れてると葉っぱの温度が下がるの。だから………」


静加は色んな事を知っていた。説明されても僕にはよく分からない事ばっかりだったけど。色んな勉強をして、外国語も喋れると言っていた。

だけど、勉強を教えてくれた「シゲさん」という人の話を楽しそうに静加がしていると、胸がチクッとして少し嫌だった。



「これ、猫みたいじゃない?!」


ある日、たまたま見つけた石ころが、本当に猫みたいな形をしていた。耳があって、目の部分が少しだけくぼんでいる。

その石を見せた時、静加が「ふっ」と、笑った。


表情はよく変わるようになっていたが、笑ったのを見たのはこれが初めてだった。


「静加!かわいい!!」


「っ?!」


僕は素直に思った事を言っただけだったけど、何故か静加は顔を赤くして怒った表情をした。


「赤い顔もかわいい!!」


「っ!!!」


僕は本当に素直に思った事を言っただけだったのに、悪い事を言ったわけではないはずなのに、何故か静加に叩かれた。謎だ。

叩かれたけど、僕は静加の笑顔がもっと見たいと思った。

静加はそういうのが好きなんだと思った僕は、それからは変わった形をした石を探しては静加に見せるようになっていた。石が見つからなかった時は綺麗な形の葉っぱを見せてみたりした。


見せた時は、いつも笑顔を見せてくれるようになったけど、もしかしたら、そんな僕がおかしくて笑ってたのかもしれない。

でも、静加の笑顔が見られるなら、そんなのどっちだっていいって僕は思った。






*****


セシルが目を覚ますと、いつもの天井が目に映る。隣に視線を移せば、まだ寝ている静加の姿があった。


「……夢か」



久しぶりにあの頃の夢を見た。

そっか……静加はもしかして、あれを覚えてくれていたのかな。



セシルは先日の静加を思い出していた。

静加に葉っぱや石を差し出された時は、全く意味が分からなかったけど、そういう事かと、覚えていてくれたんだと、そう思うと胸がほこほこして自然と笑みが溢れた。



静加はあの頃と比べたら、凄い笑うようになったよねー。よく喋るし。



セシルは隣で寝ている静加の頬を人差し指でつんつんとつついた。特に意味はない。


「あれ?……反応しない」



……いつもなら直ぐに起きるのに。



そして怒られるのだが。しかし、そこでやっとセシルは異常事態に気付く。



何か静加の顔、赤くないか?



こころなしか呼吸も荒い気がする。セシルは静加の頬に、今度は手の平を当ててみる。


「熱いっ?!……静加、静加!!大丈夫かっ?!

あぁあ……どうしよう!……僕が昨夜無理させたからかっ?!」


昨日、静加は多大な魔力を消費する召喚術を使ったのだ。それなのに……と、セシルは後悔しながら静加を揺さぶった。


「……さい」


「静加!!えっ?!何だっ?!」


「うっるさぁーい!!!」



……怒られた。



一度起き上がった静加はそう叫ぶと、倒れ込むように再び横になった。更に呼吸が荒くなっている気がする。



こういう時はどうすればいいんだ?!



医者を呼ぶなどという高等技術はセシルにはなく、ベッド周りをうろうろしながら考えた。


「そうだ!!水だ!」



確か、子供の頃、熱を出した僕に侍女が水で濡らしたタオルを頭に乗せてくれてた気がする。



思い出したセシルは、水とタオルを取りに早速キッチンへと走った。


「何に水を入れればいいのかな?」


あちこち戸棚を開き、がちゃがちゃとかき回した結果、片手鍋を見つけた。


「これで、いっか」



次は……タオルだな。



セシルはリネン室の扉を勢い良く開けると、大きさ順に整えられて棚にしまわれているシーツやタオルを引っ張り出した。


「大きいのしかないな……あ!これくらいかな」


ハンドタオルを見つけたセシルは、それを持って片手鍋を片手に意気揚々と寝室へと戻った。






それを傍観していたものがいる。メイメイだった。


「……何をしとるんじゃ」


キッチンの周りはごちゃごちゃと物が散乱し、セシルの出て行ったリネン室を覗けばリネンがぐちゃぐちゃに崩れていた。


この惨劇を見たメイメイは溜め息を吐いた。


静加が起きて来ないという事は、そういう状況なのだろうと察した。


「……仕方ないのぉ」


そう呟くと、メイメイは侍女風メイメイへと変化していた。






「静加っ!!今すぐ楽にしてあげるからね!」


セシルは不穏な台詞を吐きながらナイトテーブルに片手鍋を置くと、タオルを鍋の中の水に浸け絞り静加の額に乗せた。



ん?これって、冷やしてあげてるんだよね?

……て、事は、氷の方がいいのかな。



そう思ったセシルは魔法で氷を出して、手頃な大きさにすると、タオルの上に直に置いた。


「ふぅ……これでよし!あとは……食べ物か。何が食べられるかな」



侍女は……確か、果物を細かくしたものを食べさせてくれた気がする。



セシルは再びキッチンへと走った。キッチンが元通り整頓されている事にも気付かず、果物はないかとパントリーを覗く。

再びごちゃごちゃとかき回したが、粉物と食器類しかなかった。


どうしたものかな、と振り返ると、流しの隣に置かれた籠の中に林檎が見えた。


「あった!これでいいか」






リネン室から出て来た侍女メイメイは、再びキッチンで騒いでいるセシルに嫌な予感しかしなかったが、静加の様子を見る為に寝室へと向かった。


「……あれは、阿呆か?」


寝ている静加の額に、直に乗せられた氷を見たメイメイは呆れていた。

すぐさま氷を置いてあった片手鍋に移した。幸い、直ぐに気付いたのでそこまで氷は溶けていなかったが、枕は濡れてしまっていたのでセシルの物と交換した。

タオルも氷水で絞り静加の額に当ててやる。






セシルは林檎を手に取ってみたが、さてどうしようかと周りを見遣る。



よく分からないけど、潰れてればいいんだろうな。



あまり考えずに、セシルは風を巻き起こし林檎を粉砕した。

粉砕された林檎は、当たり前だがあちこちへと飛び散った。


「……あれ?おかしいな。なくなっちゃったぞ?」


そんなわけがないのだが、もしかしたら静加は食欲がないかもしれない。と、勝手に思い直したセシルは、いつも静加がしてくれている事を代わりにやろうと思いついた。そしたら、喜んでくれるかもしれない。


「林檎はお昼に持って行ってあげればいいか」


セシルは静加がいつも洗濯をしてくれている事を思い出した。


「いつも外で洗ってたな」


セシルは中庭に走った。






「……何が起きたんじゃ」


キッチンに戻ったメイメイは愕然とした。


キッチンの隣のパントリーは荒らされ、壁や床に果物の汁と破片が飛び散っている。


「……阿呆が」


メイメイはぶつぶつと文句を言いながらパントリーを片付け、壁と床を拭くと、おそらくはこれがしたかったのであろうと、林檎をすりおろした。


すりおろした林檎を皿に盛り、皿とスプーンをトレイに乗せると、メイメイは辺りを窺う。



あやつは今度はどこに行きおった?



耳をすますと、中庭の方で騒いでいるのが聞こえてくる。

メイメイは嫌な予感しかしなかった。






「あれ?洗濯って泡が出てるよね」


中庭に出られる部屋の窓の近くで洗濯用のたらいと石鹸を見つけたセシルは魔法で水を出してたらいを満たすと、同じく近くに置かれた洗濯籠から洗濯物をぽいぽいっと水の中に入れた。


「どうやったら泡になるんだ?溶かせばいいのかな」


セシルは洗濯石鹸を手に取ると、炎で溶かしてみた。

溶けた石鹸はたらいの中に落ち、それをじゃぶじゃぶとかき回したらもこもこと泡立った。


「おお!いいじゃないか」


セシルは泡でじゃぶじゃぶとさせた洗濯物たちを、静加がやっているように物干しに掛けていく。


「ふぅーっ。……あ!そろそろ静加のタオル、替えた方がいいんじゃないか?!」


セシルは玄関へと走った。






メイメイは気が進まなかったが、中庭に出られる部屋へと向かった。

洗濯物が干されているのが見える。


「………」


メイメイは、ぽたぽたと泡がしたたり落ちる洗濯物を前に、言葉がなかった。






セシルは玄関から屋敷に入ると、キッチンカウンターにトレイが置かれているのを見つけた。


「あれ、何だこれ……あ、林檎?」


香りを嗅ぐと林檎の香りがする。セシルはきょろきょろと回りを見て、首を傾げた。


「まあ、いっか、静加に持って行ってあげよう」


セシルは特に深く考えなかった。

寝室へ行き、静加を起こしてみるが反応はない。


「起きたら食べるかもしれないな」


セシルは片手鍋が置かれたナイトテーブルに、トレイも置いた。


「さてと、あとは……掃除かな?箒だっけ……どこにあるんだろ」


セシルは前世では一般庶民であったが、細かい記憶まではない。そして、現世では生粋のお坊ちゃんとして育っている。

洗濯もそうだが、掃除も、静加がしているところを見て初めて、それがどういうものなのかを知ったのだ。故に掃除用具がどこに仕舞われているかなど見当もつかなかった。


取り敢えず、部屋以外の扉を開けてみる事にしたセシル。


「あれ……ないぞ?んー……あっ!あそこか?!」


キッチンにも外に出られる勝手口がある。その辺にも物置きがあったはずだと思い出したセシルはキッチンへと走った。


「あった!!」


しかし、物置きを開けると、箒の他にちりとりやモップ、バケツ、雑巾が置かれていた。箒もいくつか形の違う物がある。


「どれを使うのかな……でも、これしか使い方が分からないや」


一番大きな箒を手に取ると、颯爽とリビングへとやって来たセシル。

静加を真似て掃き出したのだが、勢い余って花瓶の乗った台に箒をぶつけた。結果、花瓶は落ち、見事に割れた。


「ありゃ!大変だ……まぁ、後で片付ければいいか」


一通りリビングを掃いたセシルは少し疲れてきた。


「休んでから片付けよう」


セシルは箒をソファに立て掛けると横になった。






洗濯物の泡を落として干し直し終えたメイメイは、陶器が割れる様な派手な音を聞いて、本日何度目かの嫌な予感を覚えた。



「……何じゃ、この摩訶不思議世界は?」


リビングへと続く廊下に出たメイメイは、物置の扉がぱたぱたと開いている状況に脱力した。


「開けたら閉めるもんじゃろぅが!」


メイメイは、やたら物置の数が多いこの屋敷にも腹が立ってきた。


「静加は何を考えてこんなに物置を作ったんじゃ?!」


ぱたぱたと扉を閉めながら愚痴る。



「………」


そして、リビングに入ったところでメイメイは絶句した。


花瓶が割れ……派手な音はこれか……床に破片が散らばり、棚に飾られていた置き物たちも散乱していた。


ソファに箒が立て掛けられているので、恐らくは掃除をするつもりだったのだろうとメイメイは推測した。まさか、これが掃除後だとは思わなかった。


ソファから足が生えている。見るとセシルがぐうぐうと寝ていた。


それを見たメイメイの腕がぷるぷると震え出した。


「もう、嫌じゃーっ!!もう、知らーん!!」


むきゃーっ!と、メイメイは空いているソファにダイブした。着地した時にはしっかり豆柴メイメイに変化していた。


メイメイは匙を投げる事に決めたのだ。






静加の意識が浮上し目を覚ますと、すっかり熱は下がっていた。


「ふぅーっ!!よく寝たぁー!って、あれ?もうこんな時間?!」


時刻はお昼を過ぎ、おやつの時間が迫っていた。

上半身を起こすと頭に乗っていたタオルが落ちる。


「あれ?私、熱が出てたのか?そういえば騒がしかったような……セシルがやってくれたのかな」


隣を見ても、当然セシルはいない。


「あれ?セシルの枕……湿ってない?」


疑問符を頭に乗せながらナイトテーブルを見遣る。


「何で……片手鍋?」


疑問符が増えた。しかし、トレイに乗っているのはすりおろし林檎だ。


「これを食べろって事かしら?」


お腹も空いている。取り敢えず林檎を口にしたが、静加はセシルにこんな事が出来るとは思っていない。


「実菜……は、昨日帰ったんだったわね」



誰がやってくれたんだろ?



更に疑問符が増えた。


静加は疑問符を抱えながら片手鍋とトレイを抱えて寝室を出た。


「っ?!」


流しに鍋とトレイを置いたところでリビングの様子が目に入った。


「……何が……起きた?」



強盗にでも入られたのかっ?!

……いや、でも、セシルのあれは……寝てる……のか?

しかも、ソファにあるのは……箒?



静加が恐る恐るリビングに入ると、メイメイが片目を開けた。


「メイメイ……何があったの?」


「私はもう、テコでも動かんぞぇ」


それだけ言うとメイメイは目を瞑ってしまった。

メイメイからは何故か洗濯石鹸の香りがする。静加は中庭を覗いてみた。



……洗濯物が干されている。メイメイがやってくれたのかしら?

でも何でまた??



静加は再びリビングへ戻った。取り敢えず、メイメイにはお礼を言っておこう。


「メイメイ、お洗濯ありがとね?」


「……何で疑問形じゃ?まあ、よい。とにかく……旦那には金輪際、家事をやらせるでないぞ。一切を禁じるがえぇ」


メイメイはフンッと鼻を鳴らした。

静加は何となくだが、状況を理解した。割れた花瓶もセシルの仕業だろう。

メイメイの様子を見るに他にもやらかしている感が否めない。


「セシルったら何で急に」


花瓶を片付けた静加は、ソファで眠るセシルの頭を避けるとそこに腰掛けた。それでもセシルはまだ起きない。


「おおかた、シズカに褒めてもらおうとでも思うたんじゃろ?尻拭いするこちらにしたらいい迷惑じゃ」


メイメイはふて寝をしていたが、律儀に答える。


「やっぱりメイメイが面倒見てくれてたの?悪かったわね」


「体調は良いのかぇ?」


メイメイは起き上がると前足に顎を乗せた。


「うん。少しだるいけど、熱は下がったから大丈夫」


メイメイが心配してくるなんて珍しい。そう思ったところへセシルが目を覚ました。


「あ!静加っ?!もう大丈夫なのか?!」


セシルが飛び起きた事で、一気に騒がしくなった。


「静加っ!!そういえば、シゲさんて何だったんだよ?!好きだったのか?!」


「起きた途端に質問攻めって何なのよ。それに、シゲさんて誰よ?夢でも見たの?」


何故だか興奮しているセシルに、咎めるタイミングをすっかり逃してしまった。


「そうなんだ、夢を見たんだよ!

静加が子供の頃に言ってただろ?勉強を教えてくれたって!」


「……は?子供の頃?」


突然の変化球な質問に静加は面食らった。



勉強を教えてくれたシゲさん??



記憶を辿った静加は「ああ」と、頷いた。


「シゲさんね。好きだったわよ。……それにしても、随分とピンポイントな夢を見たのね」


「え……好き……だった?」


静加の「好き」と、いうフレーズにセシルが固まった。


「でも……でも、静加は今は僕の奥さんだよねっ?!」


縋るような、情けない表情で二の腕を掴まれた静加は眉を顰めた。


「……何か、勘違いしてる?シゲさんて、ご存命であれば90歳過ぎのお婆ちゃんだけど?」


「……は……?お婆……ちゃん?……女性?……良かったぁ」


安心したセシルは、静加にもたれるようにして抱きついた。


「まさか、そんな何十年も昔の話で嫉妬されるとは思わなかったわ」


静加はどっと疲れを感じた。





そんな二人を傍観していたものがいる。メイメイだ。

メイメイは静加の顔を見遣り、その視線をそのお腹に移し、再び顔に戻した。


「シズカのくせに気付かぬとは……この分では生まれ出てから気付くようじゃの」


ふぅ。と、息を吐く。


「え?何か言った?」


「赤子の面倒は、御免じゃと言うたんじゃ」


聞き取れなかった静加にそう言うと、メイメイはふいっと視線を逸らした。


セシルの事だと思った静加はけらけらと笑い出した。そんな静加を見て、セシルがつられて笑い出す。




セシルの休日はこうして穏やかに過ぎて行った。





二人の間にかわいい男の子が生まれてくるのはもう少しだけ先のお話。

お読み頂き有難う御座いました。

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